463.英雄の条件
『私たちは6歳児に完敗したのか……』
『そんなのあんまりだよ……』
『冗談きついぜ……』
――正直、みんな俺の正体より、俺が6歳であることにショックを受けているようだった。そこから流れるように質疑応答タイムに突入ッッ!!
・6歳なのにデカすぎでは?
「魔族は早熟だからな……だいたい15年で肉体が完成する。ただ、俺の場合はさらに特殊で、魔界から帰還したとき、精神年齢に引っ張られて成長が加速しちまったんだ。魔界帰りで肉体が変化するのは割とある現象みたいで、俺はその中でも特に極端な例――と、周りからは思われている」
・いくら体が育ってても、6歳を出陣させたり追放したりはあんまりだろ
「それはそう。反論の余地がない」
・言動から何かおかしいと怪しまれないのか?
「6歳とは思えない、とはよく言われる。魔界は現世と時の流れが違うから、向こうで長いこと過ごしたせいで大人びた言動になった……ってことにして、どうにか誤魔化してるけど」
・魔族って意外とアホ?
「意外とってかアホ。大部分はアホ」
そしてそんな連中に同盟は負け続けているという現実。クソがよォ!!
『『理不尽だ……』』
一通り答え終わったら、みんな茫然というか、意気消沈してしまった。
「……まあ、いくら悪魔の契約があっても、普通の魔族はここまで強くなれないとは思う。俺は前世の経験があるし、環境にも恵まれていたし、何より、魔神と契約できたのデカい……」
『魔神……か』
レキサー司教が腕組みして唸る。
『恐るべき存在だな。正直なところ、羨ましくもある……いくら経験があろうと、環境に恵まれようと、それほどの魔力を得る手段は他に存在しない』
羨ましい、か……。
まあ、気持ちはわかる。条件だけ見たら俺は初代魔王と同等だもんな。捕食の魔神と契約し、魔王国を興した初代魔王と――
『禁忌の魔神。君がそいつと、いったいどのような契約を交わしたのかは想像もつかないが……さぞかし邪悪でおぞましい存在なのだろうな』
畏怖と憎悪が混じり合ったような、険しい顔で言うレキサー司教。
「…………」
それを受けて、俺の中からアンテが無言でスッと飛び出してきた。
ギョッとして、攻撃魔法を放ちかけるレキサー司教たち。そういや魔神と契約したことは話したけど、一緒になって現世に降りてきたことまでは話してなかった。
事前情報なしにいきなり上位悪魔が現れたら、そりゃ臨戦態勢は取るだろうさ。俺とレイラが平気な顔をしていたから、辛うじて攻撃は思いとどまったようだが。
「あ……言い忘れてました、魔神もこっち来てるんですよ」
「うむ。我こそが魔神アンテンデイクシスである」
偉そうにふんぞり返るアンテ。
『えっ……
『神にはとても見えんが』
『思ったより、ちっちゃいんだな』
俺とアンテを見比べながら、ヴァンパイアハンターたち。ちっちゃい――存在の格が、という意味だろう。アンテも一端の大悪魔に相応しい魔力を誇るが、いつの間にか俺の方が魔力強くなっちまったんだよな。
少なくとも、
「この体は我が本体の、ほんの爪先にも満たぬ欠片に過ぎぬわ」
はっ、と心外そうに皮肉な笑みを浮かべるアンテ。
「我の本体が現世に降臨すれば、物の理が歪んでしまおう。
『……戦ってる間も、ずっとこの魔神さんがアレクの中にいたのかい?』
アーサーが遠慮がちに尋ねてくる。
「ああ。基本的にずっと俺ん中でゴロゴロしてる」
「ゴロゴロは余計じゃ」
『そうか! だから背後から襲いかかっても、普通に防がれたんだな!』
若手ヴァンパイアハンターが、合点がいったという風に叫んだ。
『魔王子の野郎、背中に目でもついてんのか! って思ってたけど、魔神が背後を見張ってくれてたんだ。道理で……』
「いや? 剣聖の不意打ちを1回防いだ以外は、我は特に何も警告しておらんぞ。全部こやつが勝手に対処する。支援するために魔法はちょくちょく使っておったがの」
俺を指さしながらアンテ。
『えっ。じゃあ、あれは全部自力で……? 怖……』
『アレクは、
やたらアーサーが持ち上げてくれるけど、俺、強襲部隊のメンツじゃ下から数えた方が早い木っ端だったんだよな……
「単に枢機卿のミラルダと顔見知りで、天涯孤独だったから声かけられただけじゃねえかな俺……」
『ミラルダ? 鬼婆のミラルダ?』
「あ、知ってる?」
『はい! オレも教導院で世話になりました。5年くらい前の話ッスけど』
「そっかぁ! また教鞭とってたんだなぁ、元気そうで何よりだ……」
『もうバリバリッスよ、めっちゃ厳しかったッス。……当時は』
ははは……と俺たちは力なく笑いあった。まだ20にも満たないヴァンパイアハンターの青年。同じ恩師から学んだふたりが、殺し合っちまった……。
『実際のところ』
レキサー司教が再び口を開く。
『君のことを知っている人間は、どれだけいるのだね? ハイエルフの聖女を逃したとは聞いたが……』
「本当にごくわずかです。リリアナは、俺の正体と、魔王国の全般的な知識を持っていて、俺の死霊術の研究ノートも預けてあります。聖大樹連合が夜エルフ諜報網の対策に乗り出したらしいので、おそらく情報は無事に伝わったのでしょう。ハイエルフの女王と、その側近あたりは俺のことを把握しているはずです」
『ふむ……なるほど』
「あとはもう、数えるほどしか……そうだ、改めて紹介しましょうか」
俺はレイラを見やった。
「彼女はレイラ。レーライネじゃなくてレイラが本名です」
「どうも、改めましてレイラです」
「彼女は白竜王ファラヴギの娘です。ファラヴギと俺は、魔王城強襲作戦で戦場を共にした仲ですが……作戦失敗後、魔王国内に潜伏していたファラヴギと、軍事演習で脱走ゴブリン狩りにでかけた、俺こと魔王子ジルバギアスが運悪く鉢合わせしてしまいまして……」
苦い顔をする俺に、レキサー司教たちは『あっ……』と何かを察したようだ。
「……結果的に、俺はファラヴギを殺しました。反逆者とはいえ、ドラゴン族が俺を害したことに対する詫びとして、闇竜王が献上してきたのが、当時人質に取られていたレイラです」
『『お、おう……』』
若干引き気味の皆。
『じゃ、じゃあ、恋人関係ってのは偽装――「恋人なのは本当です」
別のヴァンパイアハンターの言葉に、爆速で上からかぶせるレイラ。
「決して、偽装では、ありません」
『ソ、ソウデスカ……』
ね! という顔で振り返ってくるレイラに、俺も微笑んでうなずき返す。レイラの向こうで困惑しているレキサー司教たちの視線が痛い……
「えーと、続きまして……バルバラ」
『はーい』
刺突剣から、ニュッとバルバラが姿を現す。聖銀呪で光り輝くレキサーたちとは違って、彼女は色濃い闇の魔力をまとったままで、なんというかいかにも
「こちら、剣聖のバルバラです」
『よろしく。
結果はご覧の通り、と肩をすくめるバルバラ。
『エヴァロティで……』
『それはまた……』
『なんと……』
沈痛の面持ちで、それ以上の言葉が見つからない様子の皆。
「そして……年かさの兵士さん」
『ふわぁ~ああ……久々だな』
あくびをしながら、遺骨から年かさ兵士が飛び出してきた。そして並み居る聖教会の精鋭たちに、ちょっと気圧されたように後ずさる。
『……またえらい増えたな。それも強そうな人ばっかじゃねえか』
「彼は、俺が魔王子に生まれ変わって、
そうして【名乗り】を習得した……
『どうも。魔王城で闇の輩に取り囲まれて、見世物みたいにこいつと殺し合いをさせられたぜ。そしたらこの王子サマが、『俺に勝ったら生かして帰してやる』なんて宣言するもんだからよ、仲間たちと必死こいて戦ったんだが……』
肩をすくめる。
『ま、手も足も出なくてよ。心臓をナイフで一突き、それでくたばったわけだが……死に際に、『闇の輩に死を』だなんてこいつが耳元で囁きやがって』
どこか皮肉げに、困ったように笑う。
『それが気になって気になって、おちおち眠ってもいられねえ。そんでこいつが死霊術を習得したあと、呼び出されて、事情を聞いて……必ず魔王を倒すって約束されたから、見守ることにしたのさ』
他の仲間たちの分もな、と締めくくった年かさ兵士は、ふと俺をしげしげと見つめて、ピウッと口笛を吹く真似をした。
『前回より――ずいぶんと強くなったみたいだな』
「わかるのか?」
『おうよ。生きてたときも、これくらい魔力がわかりゃ便利だったんだがなァ』
しみじみとした年かさ兵士の言葉に、アーサー以外の他の面々も『違いない』と苦笑する。
「……というわけで、俺の正体を知っている人物は、以上になります」
『聖教会には、知らせないのかね?』
「正直なところ、魔王子ジルバギアスの正体を明かすつもりはありません。万が一、俺のことを知った勇者や神官が死亡して、エンマに魂を拾い上げられたら取り返しのつかないことになるからです」
『……人形作家エンマ、か。まさか魔王国に身を潜めていたとは……厄介な』
レキサー司教が舌打ちするが、ホントだよな。極論、腕力を高めれば『解決』する魔王と違って、エンマは一筋縄ではいかない。
「なので、追放刑の終盤、魔王国に帰還する直前に、魔族について詳細に書き記した匿名の手紙を、聖教国に送ろうかと思ってたんですが……」
『アレク……開き直って、正体を明かすわけにはいかないのかい?』
アーサーが、どこか懇願するような口調で問うた。
『魔王子ではなく、魔王子に生まれ変わった勇者として、同盟側で戦うわけにはいかないのか?』
…………。
『きっと聖教会はきみを受け入れるよ。戦力的にはもちろん、心情的にも。魔王城強襲作戦で散っていったはずの英雄が、生まれ変わってもなお、人類のために戦い続けていただなんて……そんなの、放っておけるはずがない』
……魔王子ではなく、魔王子に生まれ変わった勇者として、か。
俺は思わず夢想する。同盟軍の先頭に立って、聖銀呪を隠すことなく、全力で魔王軍に立ち向かう己の姿を。
【名乗り】を二重がけし、勇者や神官、剣聖に拳聖、ドワーフ鍛冶戦士、森エルフの導師たちを引き連れ――
聖銀呪を込めた転置呪撃で、次々に魔族の戦士を討ち取っていく。
そんなふうに戦えたら、どれだけ気持ちがいいだろう。
だけど……
「アーサー……お前らしくもない。そんなの、できるわけないだろう。特に、今の俺には許されないよ」
俺は力なく笑った。
「ジルバギアスが実は勇者だった、と明かしたら、帝国の件はどうなる?」
……アーサーは、口を開いたが、何も言えなかった。
――許されるはずがない。いち勇者の独断と暴走で片付けるには、俺のやらかしは重大すぎる。少なくとも、聖教会は表立って俺を許すことはできない。
『それは……そうだ。確かに……』
本当に、聡明なアーサーらしくもなかった。普段なら……いや、生前なら、そんなこと言われるまでもなくわかっただろうに……
『でも……それなら、せめて、表立って正体を明かさずとも、聖教会と共同戦線を張ることはできないか? 最悪、エンマ経由で魔王国に正体がバレてしまっても、諜報網が崩壊しつつある今、魔族がその情報を効率的に運用できるとは思えない。帝国に対しても、ごまかしは効くはずだ!』
「……俺のために色々考えてくれるのは嬉しいんだけど、アーサー。ちょっと無理があるとは思わないか……?」
『だけど……それでも……!!』
「アーサー」
俺は、ありがたく思うと同時に、不審に感じた。
「なんで……そんなに、必死なんだ?」
――アーサーは押し黙った。
『だって…………あんまりじゃないか……ッ!』
絞り出すように。ぎりぎりと拳を握りしめながら。
『このまま、魔王子に成りすまし続けるなら! 魔王国に戻ったあと、きみは同盟との戦いを変わらず強いられることになる! 帝国の件は、確かに、勇者としてはあるまじき行いだった。けど僕は、きみがただの快楽殺人者じゃないことを知ってる!』
もどかしげに、アーサーは首を振った。
『きみは勇者だ。気高い勇者だ! アウリトス湖で、君がどれだけ無辜の人々のために奔走していたか、僕は間近で見てきた! 槍ではなく、聖剣を振るう君は、本当に誇らしげな顔をしていた。正真正銘の勇者だった! なのに――』
…………。
『――あんまりじゃないか……! 同胞を守るために、同胞との殺し合いを続けなきゃならないなんて。せめて聖教会と共同戦線を張れるなら、アレクもこれ以上、苦しまずにすむって……』
そう思ったんだ……と。
アーサーの声は、尻すぼみになって消えていった。
「もし……そう、できたなら。どれだけ、良かっただろう」
俺は、己の言葉を噛みしめるように、一言一言。
「だけど……ダメなんだ。それじゃ」
『どうして?』
「強くなれないんだ」
答えは、残酷なまでに単純。
「言ったろ。今の俺が10人がかりでも、魔王は倒せない、って。魔王国を滅ぼすには、魔王を倒さなきゃいけない。そのためには、俺は強くならなきゃいけないんだ。今よりも、ずっと、ずっと――」
そして、俺は。
「――人族を殺さないと、強くなれないんだよ」
勇者として禁忌を犯さないと。
これ以上、強くなれない。
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