223.希少素材

※おかげさまで200万PV突破しました! ありがとうございます!

――――――――――――――


 俺がエヴァロティを発つころには、日が沈みかけていた。


 捕虜たちは昼行性だからな、夕方に謁見したんだ。魔王城に着くのは、深夜になるかな? 魔族たちにとっては真っ昼間だ。


『――寝ててもいいですよ?――』


 着いたら起こしますから、とレイラは言ってくれたが、そんな、せっかくのレイラとの飛行を眠って過ごすなんてもったいない。


『――えへへ――』


 あと、ぼちぼち自分用のボン=デージ・スタイルを注文しようと思うから、何か、素材も見繕わないといけないんだよな。魔王や魔王子たちを見るに、自分で仕留めた大物の、毛皮とか角とかそういうやつ。


『――なるほど……お父さんの鱗とかですか?――』


 びっくりするくらい自然に、負の感情ゼロでレイラが尋ねてきた。


 いや……! それは、……ちょっと……


『――たしか、まだちょっと余ってましたよね――』


 いや……アレは余りっていうより……


 レイラのための形見っていうか……


 在庫的なヤツじゃないじゃん! 扱いとして!


『――死蔵してても仕方ありませんし……あなたの役に立つなら、きっとお父さんも喜んでくれると思うんです――』


 そ、そうかなー???


『――それに……きっとカッコイイでしょうし――』


 照れがちなレイラから、ほわんほわんとイメージが流れ込んでくる。ファラヴギの鱗をアクセントにした、すっごい格好をした俺の想像図が――


『――わ! わ! ダメです!! これは見なかったことにぃぃ!!――』


 レイラが悲鳴を上げて急加速し、背中の俺もめちゃくちゃ揺れ始めたアァァッッ見てない! 何も見てないからぁぁ!!


『ぶわぁっはっはっはっ!!』


 空気を読んで黙ってたアンテも、たまらず大爆笑。



 ……何はともあれ、レイラが心から望んでいることが(これ以上ないほど)伝わってきたので、ありがたくファラヴギの鱗も使わせてもらうことにした。



 しかし、鱗だけではボン=デージ・スタイルは完成しない。何かしらの皮革も必要になるだろう。なので魔王城に戻る道中、なんかデカい熊とかがいたら適当に仕留めよう、という話になった。


『――あっ! あれなんかどうでしょう?――』


 しばらく、目を皿のようにして地表を眺めながら飛んでいると、レイラが前方を前脚で指し示した。


「どれどれ?」

『――向こうにいる……かなり立派な四足獣です!――』


 レイラの指の先に目を凝らすけど……何も見えねえ! いくら魔族が夜目が効くとはいえ……!


 それから数十秒飛んで、山間の原っぱに差し掛かったあたりで、木陰に佇む黒い影がようやく見えてきた。


 いや、ドラゴンの視力エグいな!! 物見だけで食ってけるじゃん……そんな必要ないだろうけど。


「あれは……二角獣バイコーンってやつか」


 それは鋭く立派な角を2本生やした、馬に似た魔獣だった。光属性の一角獣ユニコーンと対を成すような存在で、闇属性の魔力を持っている。普通の馬よりもかなり大柄で、性格も獰猛な雑食性……らしい。


 実際にお目にかかるのは俺も初めてなので、噂に聞いただけだが。確かユニコーンと同様、それなりに強い魔法抵抗があり、力も強く、走るのもクッソ速い。常人が仕留めるのは至難の業――というよりかなり危険、って話だったな。


 角が立派で魔族ウケも良さそうだし、毛皮もかなり獲れそうだし、なめし加工とかもクセモーヌなら魔法で何とかするだろう。


 よし、アレにしよう!


『――わかりました!――』


 レイラが急降下し始める。もしゃもしゃと足元の何かを食べていたバイコーンは、「ん?」と顔を上げ、迫りくるレイラに目を剥いた。


 流石の、凶悪な魔獣と名高いバイコーンも、ドラゴンの急降下にはビビるか。いや当たり前だよな。勇者だってビビるわそんなん。


 くるりと背を向けて、一目散に駆け出す。噂にたがわず、ものすごい速さだな! レイラには負けるけど!


 レイラならこのまま一息に仕留められるだろうが、俺の狩りだから、俺がトドメを刺さないことにはなぁ。



 ――――よし、捉えた。



 射程範囲だ。



「【逃走を禁忌とす】」


 ビタッ! とバイコーンが硬直し、その場ですっ転ぶ。足元は原っぱだけど、毛皮に傷がついてなきゃいいんだが。


 レイラがバッサァと翼を広げて勢いを弱めたところで、俺もひらりと身を躍らせ、飛び降りながら剣槍を構える。


「悪いな」


 必死に起き上がろうとするバイコーンの胴体に、アダマスの刃を突き立てた。馬と同じ内臓の配置なら、おそらく心臓やら肺やらをまとめて一突きに――


 傷口から血を噴き出しながら、力なく崩れ落ちるバイコーン。


「…………」


 いや、生まれ変わってから、初めてのまともな狩りだけど……


 魔法、エッグいな! 


 獲物が逃げないとかズルじゃん……一生猟師で食ってけるわコレ……


『そんな必要ないじゃろ』


 ないけど。


「うまくいきましたね!」


 ふわりと俺の隣に降り立ちながら、レイラが弾むような、金属質な声で言う。


「本当だよ。ありがとうレイラ」


 すりすりとすり寄ってくるレイラの頭部、目の横のあたりの鱗を優しく撫でる。


「えへへ……」


 いやはや、かなりの大物だな。俺がまだ少年の体格ってこともあるが、それにしたってデカい。毛皮だけ剥ぎ取るか迷ったが、レイラいわく「このぐらいなら持って飛べそう」とのことだったので、血抜きだけして魔王城に戻ることにした――



 のだが。



「え、バイコーンの革を服に?!」


 魔王城の飛竜発着場の近くで。


 ちょうど仕事上がりのプラティと出くわし、事情を説明すると――素っ頓狂な声を上げられた。


「それはダメよ、縁起が悪いわ!」

「えっ、縁起!?」


 まさかのダメ出し。


「なんでバイコーンがダメなんですか?」

「これを見なさい」


 バイコーンの死体、その立派な角に、おもむろに手刀を叩き込むプラティ。


 バキャッ! と乾いた音を立てて、呆気なく折れた。


「ユニコーンと違って、見た目の割に角が脆いのよ……そのぶん、すぐに生え変わるんだけど、あまりに折れやすいから魔族には縁起が悪いとされてるわ」

「えぇ……」


 知らなかった……そんなの……。


「バイコーンの毛皮なんて身にまとったら、何を言われることか……!」

「で、でも……俺、『角折つのおり』のジルバギアスなんて呼ばれてますし、そういう意味じゃ相応しくないですか?」

「『角折つのおれ』になったらどうするのよ」


 う、うーん。


 そんなわけで、バイコーンの死体はお役御免になってしまった……。


 なんか……悪いことしたな。俺が事前に知っていれば、今でも元気に原っぱを駆けていただろうに……。



 ――使いみちがないので、練兵場にいたオーガ兵に「いるか?」と声をかけたら、「ゴチソウだー!」と喜んでいた。



「アリガトございます、魔族さま」


 どうやら俺を王子と認識していないらしい、見上げるような赤褐色のオーガ兵が、それでもペコペコ頭を下げていて可笑しかった。


「やっぱり、生で食うのか?」

「ウーン。生もオイシですけど、オデは、薄く切って、サッと湯に通して、塩かけて食うです。それがオイシってっちゃが言ってた」


 意外にグルメじゃん……


 食べてみるのもアリだったな、と若干後悔しながら部屋に戻る。


「おかえりなさいませ」


 ガルーニャやヴィーネたちに出迎えられて、部屋着に着替えてから一息つく。


「わうん!」


 リリアナが駆け寄ってくる。おうおう、寂しかったのかな。独りにしてごめんね。ソファでくつろぎながら、リリアナをナデナデ。


 しかし困ったなぁ。まさかバイコーンが魔族に忌避されていたとは……闇属性の魔物なのに……


 別のヤツを狩りに行くか? いや、でも時間がなぁ。


 レイラとの狩り自体はすっごい楽しかったけど、勉強とか鍛錬とか死霊術の研究とか、色々やることあるし。


「なんかいい素材ないかなぁ……革で……」


 俺が思わずぼやくと。


「何を言ってるんですかぁ、殿下! すごくいい素材があるじゃないですか!」


 かつてなくニチャニチャした笑顔で、ヴィーネが言った。


「え? 何が?」

「コレですよ、♡」



 ヴィーネがゴソゴソと、クローゼットから取り出したのは――



 どこか温かみのある白色の、なめらかな皮で――



「わう……?」



 おや……? と首をかしげるリリアナ。



聖犬ハイエルフの皮ですよ!!」



 馬鹿野郎!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る