222.臥薪嘗胆


 ――狂気の魔王子、ジルバギアスとの謁見を終え。


 セバスチャンたちは、小さな会議室に通された。


 みなのところに戻る前に、話し合って考えをまとめておけ、ということらしい。室内は同盟側の人員のみで、見張りはなし。温かい茶とつまみまで用意されていた。


 まあ、どうせ内部の会話は、部屋の外に筒抜けなのだろうが……


「さて……どういたしましょう? 各々方おのおのがた


 衝撃冷めやらぬのは事実だが、いつまでも黙っていても仕方がない。せっかく与えられた時間を有効に使わねば、とセバスチャンは口火を切った。


「いったい……何が目的なんだ、あの王子……」


 負傷兵のひとりが唸るように、つまみのピクルスを口に放り込みながら言う。


「おそらく、言葉通りではないかと」


 ゆらゆらと揺れるカップの茶を見つめながら、神官見習いが答えた。


「現時点では、我々を皆殺しにするよりも働かせた方が得。そして将来的に我々が力をつけ、叛逆するなら、戦になるのでそれはそれでよし、と……」

「……魔族って、みんなああなのか?」

「さぁ……まともに話してるところを見たのは、これが初めてなので何とも……」


 そう。神官見習いが言う通り、同盟と魔王国の断絶は激しい。


 戦争以外での交流が皆無なので、魔族がどういう連中なのか、具体的にはさっぱりわからないのだ。


「……あの王子、嫌な匂いはしなかったな」


 ずず、と茶をすすりながら、黒毛の犬獣人がつぶやく。


「嫌な匂い?」


 セバスチャンが問い返すと、犬獣人はトントンと指で鼻先を叩いた。


「嘘をつくヤツからは、なんとなーく、嫌な匂いがするんだ。犬獣人オレたちの間でも、気のせいじゃないか、って意見が分かれるくらい曖昧な話だから、勘みたいなもんだけどな。……それに、魔族に当てはまるかもわからないし」


 ……仮に嘘をついていないのだとしたら。


 本気で叛乱しろと発破をかける、イカれた代官ということになるのだが……。


「まあ……いずれにせよ、我々の選択肢はそれほど多くはなさそうです。仮に、あの王子に他の狙いがあったとしても、あのくるっ……突飛な思考を推し量ることは、難しいでしょうから」


 神官見習いは、少々危険な単語を引っ込めて、当たり障りのない表現をしてから、茶をグイッとあおった。


「そうですな。とりあえずは、この税を何とかせねば」


 セバスチャンは、手元の資料に目をやる。


 来年までは猶予期間として、税はほぼ免除されている。裏を返せば、今年中に生活基盤をしっかり整えなければ、来年からの暮らしが立ち行かない。


 ――立ち行かないだけで済めばいいが、自治区取り潰しの可能性さえある。


「今年中に荒れた畑を何とかしつつ、麦や豆類を作付け。家畜の餌の確保も始めておかなければ、畜産に影響を及ぼしましょうな」


 セバスチャンには、農業や畜産の直接の経験があるわけではない。だが貴族の領地運営に携わっていたため、段取りについてはある程度把握している。書類を見つめながら、頭の中では越冬に必要な食糧、来年に残せる飼料、予想される収穫高や税についてを大まかに計算していた。


 ふと、顔を上げたセバスチャンは、この場に集った面々を見やる。


「この中に、羊飼いや牛飼いの経験がある方は?」

「ウチは農家だった。鶏くらいは飼ってたが、せいぜい数羽で……」

「自分は商家の生まれで。成人してすぐ聖教会に入りましたが」

「オレは生まれついての戦士だ。狩りをして生きてきた」

「同じく」


 みな、口々に答えるが、残念ながら大規模な畜産業に馴染みの深い人材は、いないようだった。


「ふぅむ……それでは、それぞれの部屋に戻ったあと、この分野の人材も探した方がよいでしょうな」


 探した方がよい、というより、見つからなければ大事おおごとだ。


「そうだ、今更ですけど、自己紹介しません? 今後とも顔を合わせる機会が増えるでしょうし」


 と、神官見習いが提案してくる。


 ――この場にいるのは、隔離された各集団の代表者たちだ。今後の自治区の運営でも、中心的な立場になる可能性が高い。


「自分は、神官見習いのマイシンです。修行中の身なので、まだ止血の奇跡くらいしか使えませんが、どうぞよろしく……」


 神官見習い――マイシンが会釈し、「次は誰が?」とみなで目配せしあう。


「……セバスチャンと申します。みなさん、もうご存知かと思いますが」


 自然、マイシンの隣に座るセバスチャンが名乗り、みなの笑いを誘った。なぜかセバスチャンだけは、魔王子に名前を聞かれていたからだ。


「タフマンだ。生まれは農家で、一兵卒。怪我の治りがちょっと早いくらいしか取り柄がないんで、あんまり期待しないでくれ」


 負傷兵が吊った左腕の包帯をぽんぽんと叩きながら、肩をすくめる。


「ドーベルだ。王国軍森林猟兵大隊に所属していた……オレの部屋には、同僚がいなくてな。もしみんなの部屋に獣人兵がいたら、ドーベルの野郎は生きてるって、伝えてくれないか」


 シュッとした顔つきの黒毛の獣人が頭を下げる。もちろん、みなが快諾した。



 ――そんな調子で自己紹介を進めていったが、『代表者』のほとんどが、一般人や一兵卒に過ぎないことも明らかになった。



 指導者層や、指揮官級の人材は軒並み戦死している、という暗い事実もまた、浮き彫りにされる。



「何はともあれ、今は怪我や病気を治すことに注力するべきでしょうな。労働人口が増えないことには……」


 セバスチャンは税についての資料を眺めながら、眉根を寄せる。


 基本的に、税は人頭税の形を取るようで、例の『自治区民名簿』に載っている人数分だけ徴収される。


 そして現状では、あの名簿に登録されていても、怪我や病気で働けない者もいる。彼らのぶんは、他が働いてカバーしなければならない。今年は税がほぼ免除されているので問題ないが、来年以降は――回復の見込みがない傷病者たちは、正直なところ頭痛の種になりそうだ。


 ただし驚くべきことに、魔王子いわく、今後自治区民が増えたとしても、名簿に登録するかどうかは個々人の判断に委ねるそうだ。税を回避するため、あえて申請せずに『野良』の身分で過ごす、という手も、あることにはあるのだ。


 が。


『――要は、お前たちは魔王陛下の飼い犬だ』


 魔王子ジルバギアスの言葉が蘇る。


 あの名簿に記載されている者は、『飼い犬』として保護される。裏を返せば、名簿に登録されていなければ、『野良犬』と大差ない扱いなのだ。


 それこそ、魔族に殺されようが誘拐されようが、被害を訴えることもできない。


 今後、捕虜たち――いや自治区民には、王都の市街地なども徐々に解放されていくらしいが、新たな住民が増えた場合、働けそうにない者はあえて名簿に登録せず隔離して、他の者たちがその身を守る、という形を取るかもしれない。


「うぅむ……」


 農業や畜産業はもちろんのこと、衛兵隊の組織、仕事の割り振り、市街地が解放された場合の家屋の使いみちなど、やるべきこと・やりたいことが山積みで、セバスチャンはにわかにめまいに襲われ始めた。


「とにかく……今は、生きねば」


 己を叱咤するようなセバスチャンの言葉に、周囲のみなも、強くうなずく。


「あと……我々のまとめ役が必要だと思うんですが」


 マイシンが、遠慮がちにそんなことを言った。


「神官様かセバスチャンさんでいいんじゃねえか?」


 相変わらず、つまみのピクルスをぼりぼりと食べながら、タフマン。


「そうだな、オレたちなんかより、ふたりのどちらかの方がいいだろう」


 腕組みしたドーベルもうなずく。


 他の面々も異議は無いらしく、視線がセバスチャンとマイシンに集まる。


「その、自分は見習いですし、若輩に過ぎるので……ここはセバスチャンさんに」

「しかし……」


 セバスチャンは、ためらった。


「……わたくしは、他国の人間です。プロエ=レフシ連合王国の。……デフテロス王国民ではございません」


 話を聞く限り――この場にいるみなは、デフテロスの民だった。しかも自治区は、エヴァロティの名を冠している。なのに、余所者の自分がまとめ役だなんて、おこがましいにも程があると感じていた。


「なんだ、そんなもん、関係ないよセバスチャンさん」


 タフマンが困ったように笑う。


「俺たちゃ人の采配なんて、やったこともないんだからさ。こちとら一兵卒だぜ?」

「生まれも育ちも、国も関係ない。能力のある者が、上に立つべきだ」

「そうそう。おれなんて読み書きさえできないんだぜ!」

「誰もお前に頼むなんて言ってねえよ」


 おどける負傷兵に、別の元軍人が乗っかり、思わずみなで笑う。


「セバスチャンさんは、貴族様に仕えてらっしゃったんですよね?」

「……はい。家令を務めておりました」

「なら、もうあなたほどの適任はいませんよ。それに……セバスチャンさんは、あの殿に名も覚えられてますしね」


 マイシンの一言が決定打となった。


「……わかりました」


 セバスチャンは、改めて、重責を感じながらもうなずいた。


 ――王城で、討死するつもりだったのに。


 何の因果か生き残って、捕虜になったかと思えば。


 魔王国初の自治区で、まとめ役を任されることになろうとは――



「僭越ながら、このセバスチャン――」



 ……お嬢様。



 そちらに伺うのは、もう少し後になりそうです。



「――我が主家・ダ=ローザ男爵家に恥じぬよう、誠心誠意、まとめ役を務めさせていただきます」



 この老骨、まだまだ死ねそうもございません。




          †††




 捕虜たちが去ったあと。


 俺が玉座に腰掛けたまま、ぶどうジュースで喉を潤していると(6歳なので)、ニチャールが揉み手しながら近づいてきた。


「いやぁ殿下、素晴らしい演説でしたね! 下等種どもも、殿下の威風に気圧けおされているようでした」


 ……近くに魔王軍側の獣人兵もいるからな? 捕虜をまとめて『下等種』でくくると、獣人兵たちにも角が立つから、ちょっと気をつけた方がいいんじゃねえか。


「少し、脅しすぎたかもしれんな」


 下手に同調すると俺まで反感を買いかねないので、相槌を打つことなく返事した。


「あそこまで脅されると、叛乱の芽が完全に潰えてしまうのでは?」


 あんな敗残兵どもに、反抗してみせる気骨があるとは思えませんが……? などとほざくニチャール。なんだァ? テメェ……


「そのときはお前たちの傑作、オッシマイヤー座の出番だな。あれで反感を煽れば、元王国民にはたやすく火を付けられよう。それを踏まえての、あの言動だった」

「おお……! そのようにご活用いただけるとは、光栄の至りでございます! いやはや殿下もおヒトが悪い……」


 ハハハこやつめころすぞ。お前にだけは言われたくねえわ。


「まあ、そういうわけで」


 俺は、空になったぶどうジュースの盃をニチャールに押し付け、席を立つ。


「連中をどのように、いつ刺激するかは、俺が決める。賓客のように遇せとは言わんが、くれぐれも神経を逆撫でするようなことは、してくれるなよ」

「はっ、御意に!!」


 任せてください! とばかりに自信満々な様子のニチャールだが、すっげー不安になるな……


「…………」


 俺はタヴォーとポークンにも(頼むぞ)と目線を送っといた。(心得ております)(横暴が必要な際は許可を取りますので)というノリでうなずき返された。コイツらは話がわかるんだよな。



 ……まあ、仕方ない。



 色々と不安な点はあるが、ひとまずは魔王城に戻るかな。



 来週の会食に備えて……



 俺も、自分のボン=デージ・スタイル、注文しなきゃだし……。

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