221.叛乱のすゝめ
――謁見の間、魔王国側も同盟側も区別なく、全員がギョッとした。
捕虜たちが動揺しているのは言うまでもないことだが、ニチャールやタヴォーさえ(そこ、切り込むんですか?)と目を丸くしている。
「仮に、だ」
俺は鏡で練習しておいた魔王子スマイルを浮かべながら、捕虜たちに語りかける。
「お前たちが、永劫の忠誠を魔王国へ捧げ、奉仕し続けるというならば、だ……わざわざ自治を認める必要があるか?」
清々しい笑顔で。
「それならば、奴隷でいいではないか」
俺の暴論に、捕虜たちが目を剥いた。ポークンも(横暴ですな……!)とばかりに腕組みしてうなずいている。
「叛乱の意志――すなわち自由への渇望とはそういうことだ。それがないというならば、自治権を返上し今すぐ奴隷となるがいい。そうしないというならば……自由への渇望を認めるということだ」
うん、何もおかしいことは言っていないな!
『極端なんじゃよなぁ』
アンテが呆れたような声を漏らす。
まあ、その通り。奴隷はイヤでも、そこそこの待遇の平民なら、不満はあれど大人しく従う。そういう生き方もあるだろう。だが……それでは困るんだよなあ。
きたる魔王国崩壊の日に備えて、力を蓄えていてほしいんだ。
虎視眈々と反逆の爪を研ぎながらも、暴発はしない――そんな状況が望ましい。
「俺個人としては、そんなお前たちの意志を好ましく思うぞ」
なので俺がニヤリと笑ってみせると、捕虜たちの反応はまちまちだった。
セバスチャンは、俺の真意を探ろうとするかのような険しい顔つきで、神官見習いは荒ぶる内心を抑え込むような無表情。活きの良い負傷兵は、こんな場でさえなければ「何が言いてぇんだテメェは!」と食って掛かりそうな形相だった。
良い。
実に良い。
「魔王国では、」
俺は、やおら玉座から立ち上がった。
「力が尊ばれる。世界を、己が望むままに改変する資格――それこそが力の本質だ。我ら魔族が偉そうにふんぞり返っているのも、資格の持ち主たる自負があるゆえ。そして我らの最上位に君臨する最強の個こそが、魔王陛下だ。世界のあり方に干渉する最大の資格の持ち主――それを覇王と呼ばずして何と呼ぶ? 力。全ては力なのだ。個の力が、存在の格を決定する」
『惰弱』という単語が、魔王国で最大の侮辱と取られるのは――
尊厳の根幹、個の『力』を否定することが、ひいては相手の存在を全否定することにつながるからだ。
「裏を返せば、力なき者は蔑まれる。その筆頭がお前たちだ、人族」
そう。俺が魔王子として6年間過ごし、培った魔族的感覚。
「お前たちは、たしかに強い。団結した際の打たれ強さ、守りの堅さは目を瞠るものがある。……だがなぁ、群れれば強いのは誰だって同じなんだよ」
我ら魔族だってそうだ、と俺はおどけて言ってみせた。
「剣聖というごく僅かな例外を除いて、お前たちは惰弱に過ぎる。だから奴隷がお似合いだとか、殺してしまえだとか、やたらと軽んじられる羽目になるのだ。そういう意味では、頑強な肉体を持つ獣人たちの方がよほど地位が高い」
何とも言えない顔をしているのが、タヴォーをはじめとしたホブゴブリンたちだ。この理屈で言うなら、こいつらも……
「扱いの軽さに不満があるならば、力を示せ。団結して強いのは当たり前として、個の力をさらに高めよ。その暁に、魔王国の支配が受け入れられぬというならば」
不敵に笑う。もはや俺を睨みつけるような、負傷兵の目を見つめながら。
「存分に、叛乱を起こすがいい。歓迎するぞ」
俳優のように腕を広げて笑う俺へ、捕虜たちは狂人を見るような眼差しを向けた。周りの闇の輩も、「そこまで言い切っちゃいます?」と困惑顔だ。
スッ――と、俺は指を4本立ててみせた。
「400。何の数字かわかるか?」
「…………」
「エヴァロティ攻略戦に参加した、魔族戦士の数だ」
「!」
そりゃ驚くよな。思ったより、ずっと少ないだろう?
「そして魔王国全土には、数十万の魔族の戦士が控えており、己の出番を、出陣の機会を、今か今かと待ちわびている」
もちろん、ちょっと盛ってる。全員が全員、戦えるわけじゃない。
俺は新兵に訓示する教官のように、捕虜たちの前を練り歩く。
「なぜ、魔王国が1国ずつを相手取って、のんびりと戦争をやっているのか。疑問に思ったことはないか? ……戦を楽しんでいるという側面ももちろんある。だが答えはもっと単純で――魔王軍が本気を出せば、あっという間に大陸を平らげ、戦う相手がいなくなってしまうからだ」
捕虜たちは――思い描いただろう。
数十万の魔族の戦士が、大挙して全ての戦線に押し寄せる様を。
「我ら魔族は、戦うために生きている。我々にとって、戦場とは有限の資源なのだ。思うがまま貪っていては、一瞬で枯渇してしまう。ゆえに、じっくりと楽しんでいる――戦という宴をな」
魔族よォ……それに巻き込まれる身にもなれってんだ!
魔王国はクソ! 存在が害悪!!
そして俺はそんなクソの王子なわけだ……畜生め!
「というわけで、叛乱を起こしたいならまったくもって構わん。むしろ歓迎しよう。降って湧いた戦場に、国中の戦士たちも沸き立とう。槍を振り上げ、首級を目当てに馳せ参じるであろう――右も左も叛徒、首を取れば取るほど手柄になる。素晴らしい話じゃないか、最高の宴だ!」
俺はぱちぱちと拍手してみせた。
……おいおい、どうしたお前ら?
さっきまでの威勢の良さはどこいった?
脂汗なんて垂らしてる暇はねえんだよ!
もっとやる気出せよ! おいどうしたコラ!!
「従順なだけの奴隷など、いらん! そんなものはすでに足りている! 惰弱なままあぐらをかき続けるならば、俺は容赦なく、自治区の枠組みを撤廃するだろう! 己を鍛えよ! 力を示せ! それが、魔王国の民になるということだ……!!」
こちとら魔王をブチ殺さなきゃいけねえんだ!! わかってんのか!!
いくら俺が善政を敷いたからって、それに甘えて従順な魔王国民なんかになってもらっちゃ困るんだよ!!
「お前たちに、武装を許可したのはそういうわけだ。民を守るためだけではない。己の尊厳を守るための武装だ! 人族なぞいらんという声は、魔王国に根強い! それが悔しいなら、力で見返してみせろ! 生きる価値があると声高に叫べ! お前たちが、お前たちこそが! 自治に値する種族かどうかの試金石だ……!!」
身振り手振りを交え、熱弁を振るった俺は――
不意に、冷ややかな笑みで捕虜たちを見下ろした。
「……敗者復活の機会としては、極上のものだと思わんか?」
この機会をふいにすると言うならば――
それは、自由意志の、生存の権利を手放すも同義。
「…………」
ごくり……と、捕虜たちが生唾を飲み込む。
俺が与えられる最大のチャンスだ……! 無駄にしてくれるなよ、頼むぜ同胞。
「まあ、とはいえ、だ。くれぐれも中途半端なことはしてくれるなよ」
どっかと玉座に腰を下ろしながら、俺は憂いを帯びた顔を向ける。
「あれだけ、やる気があるように見えたエヴァロティでさえ、たったの3日で落ちてしまった……。次は、せめて4日は楽しみたい。叛乱は歓迎するが、
叛乱に失敗したら、十中八九、ほぼ更地になるからな。
チャンスは一度きりだってことを念頭に置いて力を蓄えてほしい。
「ちなみに、俺個人を狙った暗殺は、効果が薄いからあまりおすすめしない。俺は第7魔王子、王子の中で一番下の若輩者だ。上にはまだ似たようなのが6人いる。魔王国への影響は……自分で言うのもなんだが、微小と言わざるをえん」
俺の言葉に、ニチャールやタヴォーが(嘘つけ――ッ!)と無言で叫んでいた。
まあ上3人は超えるか並ぶかしているし、アンテに預けてる魔力を全回収すれば、他もたぶん超えられるけどな!
「というわけで、最低でも俺を100人くらい同時に相手取るくらいの気概で挑め。生半可な覚悟で失望させてくれるなよ? もちろん、そのときは教会の建築でも、旗揚げでも、何でも自由にしていいからなっ!」
俺が見習い神官に明るく笑いかけると、たぶん、俺の魔力をおぼろげに知覚できている彼は、青い顔でぷるぷると首を振った。
おいおい、頼むぜ。俺100人くらいなら何とかしてみせてくれよ。
今の俺が100人いたって、魔王に勝てるか怪しいんだからさ……。
『さすがに、100人おれば何とかならんか?』
なるかなー? 隊列組んで包囲すれば……その上で先輩勇者みたいな奇跡をひとりでも起こせれば、致命傷を与えられる……かも……?
まあ、するだけ無駄な想定だが。
「――力なきは悪である」
俺は呪文を唱えるようにして言った。
「――力こそが大義である。己の価値を示せ、
あまりに惰弱な体たらくでは、自治の意義が疑われかねない。
かといって中途半端に暴発すれば、魔王国中の魔族が押し寄せてくる。
なので、税をキッチリと納めつつ、ストイックに己を鍛え続けなければならない。
……まぁ、なんだ、設定した俺が言うのもなんだが……
色々大変だろうけど、頑張ってくれ。
「代官として、今一度言おう」
俺は、最後にとびきりの魔王子スマイルを浮かべた。
「『魔王国にようこそ』!」
一緒に魔王国滅ぼそうぜ!!!
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