224.最高と最狂


「――ホアァァァァッッ!? ハイエルフの皮ッッッ!!?」


 ドワーフ工房、魔王城支部の片隅。


 注文殺到でちょっと疲れ気味だったクセモーヌが、薬物でもキメたかのようにブッ飛んだ。


 その手には――めちゃくちゃ肌触りのいい、上質な白い皮が。


「コッ……コレで、ワタクシに何かを作れ、と……!?」


 青ざめた顔でわなわなと震えている――流石のクセモーヌも、倫理的に難しかったか……?


「やっぱりダメだよな」

「いえっ!! そんなことはありませぇん!!」


 ダァンッと作業机を叩きながら、一転、顔を紅潮させながら鼻息も荒く立ち上がるクセモーヌ。


「こんなチャンス、二度とありませんよぉぉ! そもそも手に入りませんし、倫理的にも問題が山積みッ! 少なくとも同盟圏じゃ絶対ムリですよぉぉ! 貴重な機会をありがとうございますッッ、ぜひぜひ作らせてくださぁぁいッッ!!」


 あ……お前、やっぱそっち側なんだ……


「アアッ! でも対価……対価どうしようッ!? むしろワタクシがおカネ払いたいくらいなのにッ、でも掟が、ハァッ、ハァッ……ッッ!!」


 瞳孔がガン開きした瞳を虚ろにさまよわせ、過呼吸に陥り始める。オイオイ……


「……そうだ! この皮の切れ端ッ! 余ったらこの皮の切れ端をください、研究し尽くしたい……!」

「ああ……うん……いいよ……」

「やったぁぁぁッ! ありがとうございますッ! ありがとうございますッ! オホホッ、ホッ……ォォァ……ッッ!」


 感極まって、こっちが心配になるほどガクガクと震えていたクセモーヌだが――急に、スンッと真顔になった。


「一周回って冷静になってきました。それで、どのようなモノがお望みですか?」


 うわぁ! いきなり落ち着くな!!




 結局……リリアナの皮は採用することにした。


聖犬ハイエルフの皮ですよ!!」

「馬鹿野郎!!」


 よりによって本犬ほんにんの前でおっぴろげ始めたヴィーネの手から、俺は咄嗟に皮を奪い取ったが、時既に遅く、ソファから飛び降りたリリアナが駆け寄ってきて、スンスンスン! と匂いを嗅ぎ始めた。


「……わぅ?」


 が、本当は犬ではないので何もわからなかったらしく、ただ首をかしげていた。


 ちなみに、この皮はリリアナを迎え入れたあと、夜エルフから献上されたものだ。素材そのままのやつと、胴着ベストに仕立て上げられたものの二種類がある。


 そういえばリリアナがうちに来たばかりのころ、お着替えを使用人に任せたら、夜エルフの手で件のベストが着せられていたことがあった。本犬の皮で出来たベストを本犬に着せるという、あんまりにもあんまりな夜エルフしぐさに、俺を含めて全員が絶句させられた過去がある。


 それ以来、素材もろとも、リリアナを刺激しないようクローゼットに封印されていたわけだが……


「くぅん?」


 ちょっぴりベロを出して、可愛らしくおすわりしているリリアナ。「それ、なぜか親近感を覚えるけど、理由がわかんない」という顔をしている。


 ……やっぱり、自分の皮膚だとわけか……未だに……


 皮剥の凄惨な記憶を想起させられていない、という点では良かったが。相変わらず記憶も自我も戻らない、戻る気配がないという点では、全く素直に喜べない。


 何はともあれ、こんなモノ、仕舞っとくか……。


『……しかし、素材としては最高級じゃろ? 死蔵してても、それこそ意味があるまいよ』


 と、アンテが普段と変わらぬ調子で指摘してくる。


 いやぁ……それは、そうだけどさ……


『それに、それほどの素材ともなれば、クセモーヌなら凄まじい逸品を仕上げてくるじゃろ。リリアナは気にしとらんようじゃし、性能は高いし、嫌がるお主は禁忌の力を稼げる。良いこと尽くめじゃ、魔王討伐が近づくんじゃぞ? 何をためらう必要がある』


 うぬ……うぬぬぬぬ……。


 今一度リリアナを見やる。


「?」


 つぶらな瞳。


「これ……使っていい?」

「わん!」



 ――というわけで、現在に至る。



 しかし、改めて『どんなモノをお望みか』と問われると、迷うな。


「まあ……デザインについては任せるしかないが、最低限、外は普通に出歩ける感じで頼む」

「わかりました。下着ではなく礼装としてのご注文ですねぇぇ!」


 あっぶね! 言わなかったら何が出来上がってたわかんねえぞ……!!


「ただ、普段着や鎧の下にも着込める程度に邪魔にはならず、装飾は抑え気味、あるいは取り外し可能なものにしてくれ」

「ほほう! 鎧の下、なるほど……」


 きらんと目を光らせるクセモーヌ。ただの礼装じゃないことに気づいたようだ。


 まあな。こうなったからには、伊達や酔狂で終わらせるかよ。リリアナには悪いが開き直って、ガチガチの対闇の輩仕様で作らせてもらう……!!


「俺が愛用しているホワイトドラゴンの鱗鎧には、強い魔除けの加護がついてるんだが……下に着込むものにまで同じ効果を付与したら、やはり干渉するか?」

「その可能性は大いにありますねぇぇ! より効果の強い方が勝り、弱い方はほぼ無効化されるかもしれません! 製作者が同じなら調整できたかもしれませんけど! 実際はやってみないとどう転ぶかわかんないので、別のエンチャントをおすすめしますよぉぉ!」


 ふぅむ。せっかくの素材が無駄になるかもしれないし、試してみる気にはなれないな。魔除けについては鎧に任せて、別の効果を持たせるか。


 ならば……将来的に、俺が必要とするものといえば……



 ――俺は、防音の結界の呪文を唱えた。



「耐火・耐冷の加護。それも最大級に。魔法の業火や冷気を叩きつけられても俺ごと守ってくれるようなモノがほしい」


 クセモーヌが得意とする温度調節のエンチャントを、最大限に活かす。もちろん、第1、第2魔王子戦を念頭に置いたものだ……


「ワタクシも職人の端くれですので」


 結界に気づいたクセモーヌが、ニヤリと笑った。


「お客様の情報は漏らしませんよ。、こうした活躍の場をいただけて、本当に、格別に感謝しておりますので!」


 ……なるほどな。非常に面白い。


『お客様』と強調した言い回し。守秘義務を守ってはいるが、クセモーヌは言外に、こうも示唆していた――



『他の魔王子たちのボン=デージ・スタイルにも、何らかの仕込みがあるぞ』と。



 まあ、言われるまでもなく予想はついていた。超高級な魔法具の性能を、潜在的な敵対者に対して、バカ正直に申告する奴がいるかよ。それでも裏付けが取れたのは、ある意味ではデカいが……


「そうか……俺も、兄姉たちにな」


 俺もまたニヤリと笑って返すと、クセモーヌはそれ以上は何も言わず、ただ笑みを深めるのみだった。


「では耐火・耐冷、承りますよぉぉ! ですがこれほどの逸品、せっかくですし、光属性を活かした何かもぜひぜひ組み込みたいですねぇぇ……! どうします? 光る機能でもつけますか?」

「光らせられんの?」

「これならできますねぇ!!」


 えぇ……光り輝くボン=デージ・スタイルとか、時代の最先端走りすぎだろ……


 ……いや、でも。


「光ってのは、ただの光じゃなく、清浄なる光だよな」


 俺はふと冷静になって、独り言のようにつぶやいた。


「それはもちろん! なんせハイエルフですからねぇ」


 相槌を打つクセモーヌ。


 ならば……他に、俺が必要とするモノと言えば。



「――対アンデッド戦闘で効果的な加護」



 俺は彼女をまっすぐに見据え、「できるか?」と問うた。



「……へぇ」



 軽く目を瞠ってから、興味深げに笑ったクセモーヌは。



「――できますよ、もちろん」

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