198.不治の病
「生きてる。死んでる。生きてる。死んでる……」
――魔王城、地下深く。
アンデッド宮殿のとある研究室に、ブツブツとつぶやきながら、花びらを1枚ずつ千切っていく女がいた。
「……生きてる。……死んでる!」
「【――出でよ、ジルバギアス=レイジュ】」
ズドドドドッと何本もの禍々しい魔力の腕が門に殺到。
霊界をまさぐるが――引き抜いた先には、何もない。
「ダメだぁぁぁまだ生きてるぅぅぅ……!」
へにゃぁと机の上にだらしなく突っ伏すエンマ。
「……あの、それ、花いります?」
魔導書をめくりながら冷ややかに問うたのは、エンマの弟子にして死霊王見習い、クレアだ。
わざわざこのためだけに、呆れ顔に切り替えるのもバカバカしい、と言わんばかりの無表情。
「だってぇ、時間をおいてやらないと、鬱陶しいってクレアがー」
机に顎を乗せたまま唇を尖らせるエンマ。
「いや……確かにそうは言いましたけど……」
花占いをやる前は、数秒おきにジルバギアスの呼び出しを試みていて、それはもう死ぬほど鬱陶しかった。
が、今は今でめちゃくちゃ鬱陶しい。
「やるなとは言いませんけど、せめて他所でやってくれません?」
何を隠そうこの研究室、クレアの私室なのだ。
エンマのかたわらには花束が山と積まれているが、魔王城のどこからそんな大量に調達してきたのか……
「えー。でもひとりだとなんか寂しいしー」
拗ねたような顔をしていたエンマは、不意に、いたずらっぽい、ニヤリとした笑顔に切り替えた。
「――それにジルくんが出てきたらクレアだって嬉しいでしょ?」
クレアは動きを止める。息が詰まるような感覚があった。もうこの体は呼吸なんてしていないのに。
……いったい、
「だってクレア、ジルくんのこと嫌ってるじゃないか。彼が死んでボクたちの仲間になったら、小気味よく感じるだろう?」
が、続くエンマの言葉に、緊張を解く。……内心を見抜かれていたのにはちょっとビビったが、エンマがお熱なジルバギアスに、
「それは……そうですけど。お師匠さま的に、思うところはないんですか?」
「別に? ボクはジルくんのこと好きだけど、好みなんてヒトそれぞれだからねぇ。特に、魔王軍の被害者でもあるきみは、彼に思うところがあっても仕方ないよ」
エンマは飄々とした態度で肩をすくめる。
「それはそれとして、ボク的には、彼が仲間になるのはステキなことだと思うんだけどね?」
「……それこそお師匠さまの勝手ですから、あたしがどうこう言うつもりはありませんよ」
――エンマの決定に口出しする権利もない。こうして気安く接してはいるが、彼女は絶対者であり、クレアはその薄汚い手下に過ぎないのだ。
「まあ、あの
「今、戦場でそれを体感してる真っ最中なんじゃない? それとも王子様だから、手取り足取りサポートされて余裕なのかなぁ。いずれにせよ、彼は我が強いし、死霊術にも優れた才能を見せている……」
エンマがにっこりと笑った。
「死んだあとも自我を残せる可能性に、彼は
うふふ、あはは、とそんな未来を夢見て、ひとり笑うエンマを、無表情で見つめるクレア。
しかし、不意に、エンマが動きを止めた。
「あ、もう王都攻めが終わったみたい」
「えっ、もうですか?」
思わず、机の引き出しから日記帳を出して日付を確認してしまうクレア。……まだ王子が出陣してから3日と経ってない!
エンマは目を閉じている。まぶたの下、両眼がそれぞれ別々の風景を見ているように、独立してぎょろぎょろと動き回っていた。
「
「……お師匠さまも意地が悪いですよね、ホントはイザニス族やドラゴンなんかよりずっと早く連絡が取れるのに」
理屈は簡単だ。髑髏馬車のアンデッドの中に高位個体が紛れ込んでいて、重要そうな情報が引っかかったら、霊界通信により各地のアンデッドたちがリレー形式で魔王城に伝達してくるのだ。その気になれば、連絡を受けたエンマが、現地のアンデッドの『目』や『耳』に憑依して直接様子を見ることもできる。
魔王城に伝令を送る用意をしているところを、魔王城にいながら見物しているのだから、滑稽というべきか意地が悪いというべきか。
「賢者は多くを語らずと言うだろう?」
エンマは目を閉じたまま愉快そうに笑う。わざわざ力をひけらかす必要はない――こと、魔族に対しては。
と、そのとき、「あっ」と声を上げたエンマが、口の端をつり上げて片目を開き、クレアを見据えた。
「ジルくん、家来が全滅したんだってさ」
――まるでこちらの反応を楽しむように。
「…………」
思ったより、いい気味だ、という気分になれなくて、クレアはただ黙り込んだ。
「敵の精鋭部隊と運悪く鉢合わせしたらしいよ。だけどジルくんは傷ひとつなく生還した、といっても、レイジュ族だしなぁ。逆に敵部隊を全滅させたらしいけど……惜しいなぁ、人類側ももうちょっと頑張っていれば……ぐぬぬ」
意地悪な笑み、感心した様子、口惜しげな渋面――目まぐるしく表情を切り替え。
「あと、思ったより人族の死者は少なそうだ。デフテロス王国は、徹底抗戦より若い世代を逃がすことを優先したらしい。……なんでみんな、わざわざ苦しみが長引くようなことをするかねぇ」
――どうせいつかは死ぬのに。
「しかも若い世代だなんて……また無為な生命の営みが続いてしまう! 負の連鎖を早く断ち切ってあげなきゃ、可哀想だよ……!」
「……そうですね」
「でも、王都にもそこそこ住民が残ってるみたいだけど、どうするのかな? 方針がはっきり見えないや。いつもみたいに殺処分かなぁ、だといいんだけど――」
目を閉じて、ぶつぶつつぶやきながら情報収集に勤しむエンマを、クレアは無表情で見つめていた。
この
何をどう感じようと、自然に表情が歪むことだけはない――
「ま、想定より少ないとはいえ、死体処理の手配はしなきゃだし、新たな同志も増えそうだね! そろそろ倉庫も再拡張した方がいいかなぁ……うーん色々と忙しくなりそうだ……何よりジルくんが帰ってくる!!」
パンッ、と手を叩いて、情報収集を切り上げ花開くように笑うエンマ。ガラス玉のような瞳がきらきらと輝いていて、まるで、恋する乙女の姿だったが――
ふと、かたわらの花束に目を留め。
「――ふふ。戦勝祝に、もっとちゃんとした花を用意しないとだね」
エンマがちょんと指でつつくと、ざらぁっ……と全てが枯れ果てて散っていった。
それを見てクレアは初めて表情を変化させる。――眉根を寄せた不機嫌な顔。明確な抗議の意思を示していた。
「ここ、あたしの部屋なんですけど? お師匠さまが片付けてくださいね!」
ビシッ、と床にこぼれ落ちた花びらの山を指差しながら。
「…………。~♪」
プヒュ、ピヒュ~とクッソヘタクソな口笛を吹きながら、エンマが退室していく。柔軟な唇と、その繊細なコントロールが要求される口笛は、アンデッドとしては音が出せるだけでも凄い、超高等技術なのだが――
「いや、ちょっと無視しないでくださいよ! お師匠ッッ!!」
「さー忙しくなりそーだー」
「余計な仕事を増やすなっつってんの!!」
アンデッドの宮殿は今日もにぎやかだ。
そして、新たな
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