105.一味の交流
どうも、魔王城にて平和な魔族ライフを送っている魔王子ジルバギアスです。
レイラが自在に飛べるようになってから、しばらく経った。
俺も相変わらず、勉学に、鍛錬に、魔法の修行にと、日々を忙しく過ごしている。
「――どうぞ、お茶です」
勉学の休憩時間、メイド服姿のレイラがティーカップを差し出してきた。
ファラヴギの知識と魔法を継承し、ドラゴンとして才能を開花させつつあるレイラだが、まだメイド的な地位に甘んじている。ファラヴギの件は周りに伏せていることもあるが、本人としても、こっちの方が落ち着くらしい。
「ありがとう、レイラ」
「はい。……
気恥ずかしそうに、トレイで顔を隠しながら頬を染めるレイラ。
ウッ……わかっててやってるんだけど……未だに慣れない……ッッ! 俺まで赤面しちまいそうだ。
お茶を飲みながらどうにか平静を装う。いや、落ち着こう。こういうときは、一種のスナギツネみたいな、スンッとした顔のソフィアやヴィーネを見て心のバランスを保つんだ……!
――レイラと俺が、こんな新婚ごっこみたいな真似をしているのには、もちろん理由がある。
ファラヴギの一件で少し吹っ切れたレイラだが、その変化は周囲にも敏感に感じ取られていた。特に、今まで気にしていなかった人形態の裸体で、
まったくの誤解なんだが……
しかし俺とレイラは、それを逆手に取った。誤解大いに結構。レイラが俺を乗せてもおかしくないほどの親密さを、普段からアピールしていくことにしたのだ。
レイラが俺に取り入る形だと、殺意を隠した罠の可能性もあり、プラティをはじめとした周囲の目も厳しくならざるを得ないが、俺が手を付けてレイラが絆されたという形を取れば、まあまあ言い訳は立つ。
そんなわけで、『つがいごっこ』に興じることにしたわけだが……これがまた、こっ恥ずかしい。
レイラがいちいち本気で照れるもんだから、こっちまで年甲斐もなく照れてしまうわけだ。そして、俺が照れているのが伝わってますますレイラが照れるという、照れ照れスパイラルに陥っている。
おかげで俺の周囲も――最初は微笑ましげに、あるいはレイラを疑いつつ見守っていたが、最近では「またかよチッ」みたいな雰囲気を醸し出すようになった。
偽装としては、最高レベルと言っていいだろう。
……レイラのおかげで、俺もクレアの件に、踏ん切りがついたのも事実だ。
幼馴染が人類の仇敵となってしまったのはショックだったが、父親との別離を乗り越えたレイラを見ていると、俺もしっかりしなければと思えるようになった。
いざとなれば、俺がクレアを終わらせる。
その覚悟を、決められた。
そういう意味で、レイラは特別な存在だ。ファラヴギとの約束もある。レイラは、絶対に幸せにしなければ――
「くぅーん」
と、リリアナが俺の膝に顎を乗せてきた。
上目遣いで、どことなく寂しそうだ。
「よしよし」
お茶を傍らに置いて、わしゃわしゃと頭を撫でてあげると、リリアナは気持ちよさそうに目を細める。俺が死霊術を習ったりレイラとの時間も取るようになったので、相対的に触れ合いが減ってしまい寂しい思いをしているようだ。
幸い、レイラに噛み付いたりするようなことはないが……
でも寂しいのは仕方ないよなあ、今のリリアナにとって、世界の大半は俺の存在が占めているわけだし……
「…………」
と、思いつつリリアナを撫でていると、複数の視線を感じる。
ひとりはレイラだ。ちょっと複雑そうな顔をしていたが、俺が顔を向けるとすぐに笑顔を取り繕った。……つまり、取り繕ったことがわかってしまうような堅めの愛想笑いだ。
花が咲くようなとびきりの笑顔をいつも見せられているから、否が応でも、違いがわかってしまう。
……そりゃまあ、普通に考えて、意中の相手(ということになっている)が絶世のエルフの美女(犬)とイチャついてたら、気が気でないだろうけどさ。
……『つがいごっこ』、だよな? つまり、今のこのレイラの、不満を飲み込んでいそうな絶妙な雰囲気も、演技のはずなんだ。彼女が俺なんかのことを本気で愛してるだなんて、痛い勘違いをするほど俺もうぬぼれてはいない。
いないんだが……なんだろうな、レイラの金色の瞳が……
最近は時々……底なし沼のように感じるときがある……
「…………」
そしてまた、もうひとり。
ガルーニャがスナギツネ顔から、今度はお気に入りの昼寝スポットを奪われた猫のような表情に変わっていた。
ふれあい時間の減少という意味では、彼女もモロにしわ寄せを食らっているのだ。
「……ガルーニャも、おいで」
「あっ……はい」
リリアナの反対側に、そそくさとやってくるガルーニャ。
「わふ」
しかたないわねー、とばかりにちょっと頭をズラして、ガルーニャのために俺の膝上のスペースを空けてあげるリリアナ。
ことん、と膝に頭を載せてきたガルーニャを、俺はわしゃわしゃと撫でてあげる。
「にゃ~~~ご……ゴロゴロゴロ……」
いやーホントにガルーニャの手触りは格別だな……
ツヤツヤのもふもふで指の神経が喜んどるわ……
本当に、すっごい格別なんだけど……
こう……、……レイラの視線が……
「あの――」
スッ、と背後にやってきたレイラが、俺の両肩に手を置いた。
「肩、凝ってないですか? あなた」
レイラの吐息が耳元をくすぐる。そのまましっとりとした手付きで、肩を揉みほぐしてくれるレイラ――
「あ、ああ、……ちょうど凝ってたんだ、ありがとう……」
右手にガルーニャ、左手にリリアナ。
そして背後からはレイラが肩もみ。
いやぁ、極楽だな……極楽、のはずなんだけど……
なんだろう、このドラゴンの牙が首に食い込んでるみたいな感覚は……レイラの顔が見えないことに、俺は今、ホッとしている……!
『モテる男は辛いのぅ』
アンテが俺の中で揶揄するように言う。うるせえやい。
ちなみに部屋の反対側では、ヴィーネが「わたしは何を見せられてるんだ」とでも言いたげな表情を浮かべていた。ソフィアは相変わらずのジト目だ。
……喉が乾いてきたな。俺はいったんナデナデを切り上げて、茶で口を潤す。
「『異種族の女の落とし方』って本でも書かれたらどうですかね」
ソフィアのボソッとした発言に、鼻から茶が吹き出そうになった。
「ガハッ、ケホッケホッ……何言ってんだお前!」
「いえ、真面目に。名著として語り継がれますよ」
「誰も読まねえだろそんなもん!」
「読まれなくても語り継ぎます。私が」
やめて!?
そんな形で歴史に名を残したくないの! 手遅れ感あるけど!!
「真面目な話、ジルバギアス様には何か書いていただきたいんですよねぇ」
ソフィアは何やら、悩ましげに溜息をついた。
「どうした、急に」
「いえ、このままだと読む本がなくなっちゃいそうなんです」
ソフィアいわく、今のペースで本を読み進めていったら、あと数年で魔王城の書籍を全て読破してしまう計算になるという。エンマの拠点にある資料室のものを含めての話だそうだ。
「いくら占領地から本をかき集めているとはいえ、そろそろかぶりも多くなってきてますし……誰かが書かないと、新しい本はできないんですよ……!!」
そして魔王国に作家は存在しない。
筆を執ろうとした魔族は何人かいたが、稚拙極まりない文章しか書けなかった上、上達する前に晒し上げられて全員断筆してしまった。
本の供給が途絶えるかもしれない――知識を糧としているソフィアには、由々しき問題だ。
「魔族の方々にもどうにか、創作や研究に開眼していただきたいんですが……身近なところではジルバギアス様くらいしかいませんからね」
流石の奥方様も興味なさそうですし、と肩をすくめるソフィア。
「そして私でも未知の分野となれば、やはり、異種族の女の落とし方――」
いやそういうのじゃねえから! ってか本人たちの前でそんな話すんじゃねえ!
「……残念ながら期待に沿えそうにない。方法論とかあるわけじゃないし……」
第一、文章になんて残せたもんじゃない。
・リリアナ
→正体を明かして説得し、禁忌の魔法で記憶を封印して犬と思い込ませる。辛い記憶を思い出したくないからか、魔法が解けても犬のままでいることを選択。結果として懐いた。
・ガルーニャ
→もともと忠誠心は高かったが、前世で村の猫を相手に培ったナデナデ技術が活かされて、身も心もメロメロに。結果としてめっちゃ懐いた。
・レイラ
→父親の仇にして恩人という複雑な関係だったが、死霊術で父を呼び覚まし、なんやかんやあってわだかまりが解けた。正体も明かしたことで一蓮托生の仲に。
……書けるわけがねえ。すべてが終わったら自伝に記してみてもいいかもしれないけど、読んだところで誰も信じなさそうだな……
「ま、そういうアレコレは、俺じゃなくダイアギアス兄上に聞くことだな」
「あー、その手がありましたか」
いや冗談だよ!? ホントに聞きに行くなよ!?
「それにしても不思議ですよねえ、定命の者って。教育係の私が教えていないのに、私が知らないような知識をいつの間にか得てるんですから……ねえ?」
「えっ、あ、はあ……」
ヴィーネが「なんでわたしに同意を求めるのよ」と言わんばかりに困惑した様子で相槌を打つ。
「夜エルフには、誰かいないですか。本を書かれているような方は」
「……あまり。知り合いに毒物の研究が趣味の者がいて、色々と書き散らしているのを見たことはありますが……」
「ええっ!? その方に! お話って伺えますかね!!?」
「あ、いや、でも一応は秘伝なので……」
「ぬぅぅ……ッ! そこをどうにか……!!」
思わぬソフィアの食いつきに、タジタジなヴィーネ。
いやホントに必死だなソフィア、彼女には悪いが笑ってしまう。
その間も、俺が再開したリズミカルなナデナデに、ガルーニャは「ゴロゴロ……」と喉を鳴らして白目をむきかけてるし、リリアナも夢見心地。
くすくす、と俺の背後で、レイラが小さく笑った。
「……わたし、幸せです」
俺にしか聞こえないような、小さな声で。
彼女の手が、指が、俺の肩を愛しげに撫でている。……勘違いしちゃいそうだ。
「そう、か」
肩の力を抜いて、俺は短く答えた。
願わくば――世界がこの部屋で完結していて、平和なひとときが、いつまでも続けばいいんだけどな。
そんな贅沢が許されないことなんて、俺自身、重々承知しているけれど。
……それにしても、ダイアギアスで思い出したが、もう1週間が経とうとしているな。明日は月の日、魔王一族の定例食事会だ。
前線にいてこれまで欠席してた緑も、明日には顔を出すはず。
せっかくの美食が不味くならなきゃいいんだが……
今から気が重いぜ。
――――――――――――――
おはようございます!
なんと読者の方(C.K.アキヲ様)が、アンテのイラストを描いてくださいました!
↓↓↓の近況ノートに掲載させていただきましたので、皆様、ぜひぜひご覧になってください!!!
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