414.善良な一行


 老人とその護衛と思しき一行、それを取り囲むごろつきたち。


 後者の方が圧倒的に多勢なのだが、護衛の屈強な男ふたりの威圧感に、手をこまねいているようだ。


「なんだ、先手を譲ろうってのかい? それなら遠慮なく!」


 と、俺から見て右側、屈強な護衛ふたりのうち、曲刀を構えた男が軽薄な笑みを浮かべて踏み込んだ。


 速い! それでいて、まるで剣舞でも舞うように軽やかな剣さばき。ごろつきたちの只中に斬り込んでいく。


「ぎゃあッ!」

「脚がああァ!」

「いでええぇッ!」


 瞬く間に手足を切り裂かれ、悲鳴を上げてのたうち回るごろつきたち――だがよくよく見れば、見た目こそ派手だが、動脈や腱のない箇所をやられていて大した負傷ではなさそうだった。


 もちろん、曲刀使いが手加減しているのだ。この男、かなりできる……!



「ぬぅん!!」


 それに続いて、左側の角張った顔の男も突っ込む。曲刀使いとは対照的な豪剣で、ごろつきのなまくら刃を弾き飛ばし、空いた左拳で殴りつけ一撃で昏倒させる。


「はァッ!」


 さらに剣の腹で別のごろつきの頭を叩いて気絶させ、その手からこぼれ落ちた棍棒を拾い上げて、剣の代わりに使い始める。


「ぎゃぁぁっ!」

「ぐわああぁっ!」

「あぐぁ、ひゃは、ひゃはぁぁ!!」


 いや容赦ねえな! ごろつきたちが棍棒でボコボコにされていく……最後のひとりなんて、下顎に棍棒叩き込まれて前歯が砕け散ってるじゃねえか。曲刀使いに斬られた方がよほどマシだな……



「こっこんなの敵うわけがねえ!」


 次々とやられていく仲間たちに、後ろの方でへっぴり腰に剣を構えていたごろつきが、得物を放り出して逃げていく。


「逃がすかァ!」


 が、それを見てガタイのいい獣人が走る。瞬く間に距離を詰め、ごろつきの肩を掴んだかと思うと、そのまま見事な足払いをかけて、背負うようにして投げ飛ばしてしまった。


「ぐきゅぅ」


 地面に叩きつけられて、ノびてしまうごろつき。パンパンと手を払う獣人は、オレンジっぽい体毛に黒の縞模様、顔のあたりには白色も混じった独特な毛色で――



 まるで、虎のような顔をしていた。



『猫系獣人じゃのぅ』


 アンテが興味深げな声を上げる。


 ああ、かなり珍しいな。だけど、同盟圏にも猫系獣人はいるんだ。


 というか本来、犬系も猫系も、昔は大陸中に幅広く分布して暮らしていた。西部は猫系が多く、東部は犬系が多いという違いはあったみたいだが。


 魔王国は大陸の西の果てで産声を上げ、猫系獣人を傘下に加えて拡大していった。その過程で犬系獣人とは敵対し、猫系獣人をガンガン国民にしたわけだが――大陸の東部で暮らしていた猫系獣人たちが、全員、わざわざ魔王国に馳せ参じたかというとそんなことはなく。俺たち人族と一緒で、猫系だろうと犬系だろうと同族間での争いとかもあるし。


 というか、東部の果てに暮らしてる連中とか、物理的に移動するのが難しいしな。そんなわけで、今でも同盟圏には、犬系に比べれば少数ではあるものの、普通に暮らしている猫系獣人もいるんだ。


 魔王国と違って、国内の敵対獣人を絶滅させる――なんてこともないし。


 ……今は、まだ。


 魔王軍のせいで、猫系獣人=人類の敵、みたいなイメージになりつつあるのも事実で、同盟圏の猫系獣人たちは肩身が狭いとも聞く。


 戦働きで汚名返上しようにも、敵やスパイと間違われる恐れがあるので、迂闊に前線には近づけない。というか、切羽詰まって殺気立ってる同盟軍に近づいたら、ロクなことにならないだろう。色々と厳しいよな……


「…………」


 ごろつきを制圧した虎獣人は、複雑な心境の俺の視線をどう感じたかはわからないが、ムスッと顔をしかめてそのままそっぽを向いた。


「む、新手か?」


 血で湿った棍棒を手に、角張った顔の護衛が俺を睨む。


 いやいやおっかねえって。


「聖教会の方から来た、勇者アレックスだ。……といっても、この街の支部の所属ではないが」


 俺はすかさず、銀色の輝きを指先に灯して見せた。


「戦いの気配を感じ取ったので、駆けつけてきたところだ」

「ふぅん……流石は勇者」


 俺の言葉に、軟派な雰囲気の曲刀使いが得物を鞘に納めながら感心したような声を漏らす。


「状況がわからないので、静観していた。十中八九、このごろつきどもの方が悪いとは思うものの……」


 顔を布きれで隠してる時点で、後ろめたいところがあるって白状してるようなもんだしな。


「これはいったい、どうしたことだろうか?」

「我々もあなたと似たようなものだ、勇者殿」


 と、件の老人があごひげを撫でながら口を開いた。


「私はゴータム=ミルトと申す者。しがない隠居老人だ」


 護衛の人たちにも『ご隠居様』って呼ばれてたもんな……かなり身分がいい、それに護衛の腕も立つ。かなりお金持ちみたいだが。


「もともとは布生地を商っておりましたが、今は店のことなども後任に任せて、諸国を旅しておりまして」


 ほーん、だからやたら服の仕立てもいいのか。


「ここセーバイにも、旅の途中に立ち寄ったのだが、夜の街を散策しているとこちらのお嬢さんの悲鳴が聞こえたのだ。何事かと駆けつけてみれば、あとはご覧の通り」

「なるほど……それは失礼」


 俺は、角張った顔の男に目礼しつつ、欠片でも疑った非礼を詫びた。俺たちとほぼ一緒で、ただ一足早かったってだけか。


「いやいや、あくまで公正を保とうとする姿勢、その冷静さ。誠に感服の至り」


 朗らかに笑うミルトのご隠居。


「あの、終わったなら、衛兵隊を呼んだ方がよいのではなかろうかと」


 そしてその背後から、若い声。見れば、線の細い青年が、ひょっこりと顔を出していた。


 全然気づかなかった、こんな奴いたんだ? 一応、剣は握っているようだが、あんまり強そうな雰囲気ではない。ご隠居の背後を守っていたのか、それとも背後に隠れていたのか……。


「そうだなハンス、これ以上面倒なことになる前に、さっさとプロに任せた方がよさそうだ。よし、ここはオレがひとっ走りして呼んでこよう」


 軟派な曲刀使いが、ぱちんと指を鳴らして賛同。言うが早いか街中の方へと駆けていった。


 そうしている間にも、ミルトのご隠居のそばに控えていた美女が短剣を仕舞い、気絶したごろつきどもをせっせと拘束していく。


 めっちゃ手際がいいな……


 っていうか、縄を持ち歩いてるとか、準備もいいな。


 この女、素人じゃねえな……?



「お嬢さん、立てるかな?」

「は、はい……ありがとうございます」


 被害者と思しき若い女が、ご隠居の手を借りて、涙を拭いながらフラフラと立ち上がった。


「この人数……ただの強盗というわけでもなさそうだ。いったい何があったのだね」


 穏やかなご隠居の問いかけに、くしゃっと顔を歪める若い女。


 おや、この様子だと……


「……何か心当たりが?」

「…………はい。この人たちは……」


 女は、絞り出すように。



「アークディーカン商会に雇われた、ごろつきです……」



 何やら事情がありそうだが、俺は頭の片隅に、引っかかるものを感じた。



 アークディーカン商会。



 ――がある気がする。


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