415.悪徳商会


 アークディーカン商会……聞いたことがあるのは、前世じゃなくて今世のはずだ。前世のこととか、もうほとんど記憶に残ってないし。


 アンテ、覚えてないか?


『ふふーん! 覚えておるわけがなかろう!』


 わかってたけど威張るな威張るな。



 ――それから衛兵が来るまで、女がぽつぽつと事情を語った。



 彼女の名前はオハンナ。父親が商人をやっているらしい。


 タミクサー商会という家具や木材を扱う商会だそうで、お抱えの職人が斬新なデザインの家具を生み出し、最近売り上げを伸ばしていたという。


 が、それを何者かが疎ましく思ったらしく、ごろつきによる嫌がらせが多発するようになった。


「夜中に店を荒らされたり、商品を壊されたり。ガラの悪い人たちが店の前に居座って、お客さんたちを追い払ったりして……」


 もちろん衛兵隊に訴えかけたが、どうやら裏金でも掴まされているのか、やる気がなく役に立たなかった。


 客足は遠のき、ただでさえ経営が苦しかったのに、追い打ちをかけるように、新たに仕入れた商品を満載していた輸送船までもが行方不明に。


 ……これ、吸血鬼に沈められた奴かもしれないな……。


 そして、いよいよ店の資金繰りが悪化し始めたところで――思わぬ救いの手が差し伸べられた。


「それが、アークディーカン商会だったんです。困ったときはお互い様、なんて優しいことを言って、破格の低利子で融資してくれることになって……」


 あまりにも都合のいい話だったので詐欺を疑ったが、念入りに契約書を確認し、父はその話を受けることにした。約束通りに融資を受け、店は持ち直した――かのように思われた。


 が、それからしばらくして、鬼のような取り立てが始まった。全く覚えのない暴利での、利息の支払いを求められるようになったのだ。


「話が違う、と父が契約書を持ち出せば、最初からこの約束だったと向こうが言い張って、しかも父の筆跡を巧妙に真似た偽の契約書まで用意されてたんです……!」


 オハンナは悔しげに、歯を食いしばりながら言った。


 もちろんそんな契約書は無効だと代官に訴え出たが、どうやら代官もグルらしく、アークディーカン商会の肩を持つばかり。どころか、タミクサー商会側の契約書こそ偽物だと決めつけ、返済を急かされる始末だった。


 払えないなら店や家を明け渡せ、とアークディーカン商会は迫ってくるが、そんな理不尽が通るか! と父は従業員ともども店に立てこもり、意地でも退かない構えを見せている。


 当然、そんな状況下で、身辺に危険を感じていたオハンナも、家に引きこもって外には出ないようにしていたのだが――


「使用人が留守にしたところを見計らったのか、いきなり家に、この人たちが押し入ってきて……それで……!」


 涙目になりながらオハンナ。どうやら、「カネが払えないなら嬢ちゃんのカラダで払ってもらうぜグヘヘ」みたいなことを言われ、誘拐されかけていたようだ。


 ぬぅぅ、救いようのない悪党どもだな……!


「許せん! なんという悪徳商会! しかも代官までグルとは……!」


 話を聞いたミルトのご隠居は、それまでの好々爺然とした態度からは一変、我が事のように激怒した。


 ほどなくして衛兵隊が到着し、ごろつきたちを連行していったが――「またお前らか」「ほどほどにしとけよ」みたいな態度で、あんまりやる気がない様子。


「きっとすぐに放免されると思います……」


 オハンナは、疲れたように笑った。


「あの程度の連中を捕まえてたら、牢屋がいくつあっても足りませんし……」


 はぁ……と重い溜息。


 セーバイ――活気ある街のように見えるが、庶民の生活は……。


「衛兵隊は何をやっておるのだ!! なんという体たらく!!」


 ミルトのご隠居、再び激怒。額に青筋を立てて、そのままブッ倒れてしまわないか心配になる……。


「お嬢さん!」


 しかしすぐに平静を取り戻し、キリッとした顔でオハンナに向き直るご隠居。


「余計なお世話かも知れないが……我々が一肌脱ごうじゃないか!」


 オハンナの肩を叩いて、力強く宣言。


 マジか。俺は思わずご隠居の顔を二度見した。オハンナも「こいつマジか」みたいな顔でご隠居をまじまじと凝視している。


 そりゃあ……オハンナたちは気の毒だし(彼女の話が全て真実なら)、俺だって、何かできるもんなら力にはなってあげたいが……。


 少し、引っかかるんだよなぁ。


 記憶が定かじゃないけど、アークディーカン商会。仮にこれが夜エルフ絡みだったとしよう。殴り込めば商会を壊滅させられるので、借金の話や諸々の弊害も有耶無耶にできるかもしれないが、夜エルフの傀儡商会なら、こんなあくどい真似はしないはずなんだよなぁ……


 むしろ、現地に溶け込むため、資金援助は本当に低利子で、返済にも猶予があるとか、そういうやり口になるはずだ。……嫌がらせをして救いの手を差し伸べる、自作自演はやりかねないとは思うけど。


 なのに、妙に世間の悪評を買いかねない動きをしているのが気になる。


「……それは、でも……」


 オハンナは困惑していた。一肌脱ぐと言っても、いったい何ができるのか? と言わんばかりだ。


 まあな。悪徳商会だけじゃなく、代官もグルっぽくて衛兵隊も役に立たないとなると、ただの金持ち隠居老人にはちと荷が重い。……まさか、借金を肩代わりしてくれるわけでもあるまいし。


「お気持ちは、大変ありがたいのですが……向こうが突きつけてきた返済の最後通告の期日が、もうすぐなんです。手遅れじゃないかと……」

「それは、いつなのだね?」

「明後日です……」


 早いな……。俺は遠い目になった。


 ご隠居も、(ちょっと時間がないな……)とばかりに一瞬、真顔になっていたが、すぐに朗らかに笑ってみせる。


「……何とか、手を尽くしてみよう。ジゼル」

「はっ」


 例の、素人とは思えない女がご隠居のそばに寄る。


「アークディーカン商会……探れるか?」

「仰せのままに……」


 恭しく頭を垂れた女は、そのまま下がり、夜の闇に溶け込むようにして姿を消していく。


 おい! やっぱカタギじゃねえってこいつ!!


 ってかこの爺さん何者だよ!! 商人だったとしたらクッソあくどいことしてそうなんだが!? そうじゃなきゃ他国の間者か何かだろ! いや、間者がこんなお節介焼く意味がわかんねえけど!!


 しかしあの女、まさかと思うがアークディーカン商会に潜入するつもりか? もし夜エルフが潜んでたら、不意を打たれて命取りになりかねないぞ。止めた方が――


『いや、そのまま行かせるべきじゃ』


 ……何か考えがあるのか? アンテ。


『夜エルフに遭遇して殺されたら、むしろ好都合――あやつの魂を呼び出せばよい。有力な手がかりとなろう』


 …………。


 思わず俺が閉口した隙に、女の気配はすっかり消え去ってしまった。


 ……行っちまったもんは仕方ない。


「あの女性、『ジゼル』という名前で?」

「うむ。何かと頼りになる部下でな」


 重々しくうなずくご隠居。部下、ねぇ……ん? なんか肘を掴まれたな。


「む~……」


 あっ! レイラがほっぺたをぷっくりさせてる!


 違う! 違うって! 美女に目移りしたわけじゃないの!


 俺は咄嗟にレイラの首(の【キズーナ】のチョーカー部分)をガシッと掴み、死霊術で呼び出す可能性、そのために名前を確認したことなどを、圧縮して伝えた。


 仮に偽名だったとしても、互いに顔を見て薄いつながりはできてるし、俺の本気の魔力でゴリ押せば呼び出しは可能なはず……。


 誤解が解けたレイラは、ホッとしつつも恥ずかしくなったのか、赤面してうつむいていた。


「…………」


 そしてそんな俺たちを、ご隠居一行が、何か奇妙なものを見る目で見守っていた。


 なんだ、いったいどうした?


『嫉妬して頬を膨らませた恋人の首根っこを、いきなり引っ掴んで黙らせた上、赤面までさせる一部始終を目撃したら、そりゃこんな顔にもなるじゃろ……』


 ちっ……違!


 そういうアレじゃない! そういうアレじゃないんだ……!


「んんっ、アークディーカン商会か」


 俺は咳払いしてから、口を開いた。


「ここまで事情を聞いておいて、はいさようならというわけにもいかない。叩けば出るホコリもあるかもしれないし、俺も俺なりに、勇者としてできることがないか考えてみようと思う……」


 ご隠居が、感銘を受けたように、うむうむとうなずいている。


「う……ああ……ありがとうございます。皆さん……本当に……!」


 オハンナがさめざめと泣き出した。これまで、彼女らが周囲に助けを求めなかったとは考えづらい。誰も救いの手を差し伸べなかったのか、あるいは、差し伸べられられなかったのか……いずれにせよ孤立無援だったのだろう。


 なまじ、希望を与えたら、ダメだったときにより残酷かもしれないが……。



 安請負したからには、俺も、俺にできることをしないとな。



 ……起こすか、久々に。



 ヴィロッサを。


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