447.絶望のとき


 メチメチと生々しい音を立てて、俺の腕が新しく生えてくる。


 久々だな、この『傷』そのものを引っこ抜いて、相手に押し付ける感触は。逆に、追撃しようとしていた剣聖の手からは、剣がすっ飛んでいった。


「なっ……!?」


 篭手の隙間から体液が溢れ出し、グニャッとあり得ない方向に曲がる腕。何が起きたかわからないだろう?


 自分の腕がいきなりポロッと落ちただなんて。


 初見で理解できるはずがないよなぁ……


「ぐぁ……ッ! いったい、これは……!?」

「ククク……これこそが、我がレイジュ族に伝わる最強の血統魔法――」


 ちょっと溜めを入れて、


「――【転置呪】だ!!」


 あ、キメ顔しても、仮面で見えねえんだったわ。


「「【転置呪】……!?」」


 だがキメ顔なんてしなくても、近衛騎士たちに与えたインパクトは絶大だった。


 まあ、強敵が戦いの手を止めて、ドヤりながら説明し始めたらそりゃ聞くよね。手の内も知りたいだろうし、向こうとしても仕切り直したいだろうし。


 いいだろう、存分に教えてやるぜ!!


「そうだ! レイジュ族はこの転置呪により、対象と自らの傷病の状態を転置する。すなわち、相手に自らの傷病を押し付けることができるのだ……!」

「「な、なんだと……!?」」

「いわば、闇の治癒の呪術。傷を押し付ける先、生贄を必要とする点が、光の奇跡に比べると使いにくくもあるが――逆にこうやって、攻撃にも転用できる!」


 俺は自らの手をズバッと刃で斬り裂いて見せてから、適当に近くにいた近衛騎士へ傷を押し付けた。


「【転置メ・タ・フェスィ!】」

「がッ……ぐわああああッッ!」


 突然、手から溢れ出した血に、剣を取り落として悲鳴を上げる近衛騎士。


 そんな大した傷じゃねえだろ大袈裟な!


 それにしても、こいつらの鎧兜の高品質なことよ。かなり魔法抵抗があって厄介だな。さっきの剣聖でさえ、本人の魔法抵抗はほぼ皆無なのに、鎧の魔除けの効果だけでアンテの禁忌の魔法を振り払うくらいだったし。


『あれは速度重視で力の込め具合が足りなかっただけじゃ。次はああはいかん』


 ちょっと悔しそうなアンテ。


 一方、内心のほほんとしている俺たちをよそに、近衛騎士たちは動揺していた。


「ば、馬鹿な……! そのような闇の邪法が……!?」

「そんなの、無敵じゃないか……!!」

「そうだ。レイジュ族は、魔王国において最強……特に貴様らのような、傷を押し付けやすい魔力弱者で溢れた戦場では、文字通り無敵だ!!」


 俺は傲岸不遜に笑ってみせる。


「ちなみに、自分の傷だけではなく、他者の傷を、また別の第三者に転置することも出来るぞ。我が一族は人族の飼育繁殖にも長けていてな、潤沢に人族を用意することで、魔族の治療も一手に引き受けているのだ……」

「飼育……繁殖、だと……!?」

「つまり……それは……!?」


 俺の言葉に、ただただ恐れ慄いていた帝国軍にも、若干の怒気が宿る。


「ククク……そうさ。我らが魔族のために、人族はその命を捧げているのだ。貴様らのような惰弱な種族に、相応しい役割であろう!」

「……ッ!!」

「レイジュ族は即死しない限り、瞬時に五体満足の状態に戻り、あらゆる傷病を敵に押し付けられる不死身の戦士。その中でも俺は、魔王の血を継ぐ最強の魔族だ。ゆえにこうして単身、軍団とも戦えるわけだ。なにせ多少の傷を負おうとも、敵に押しつけられるのだからな! むしろ健康な敵が多ければ多いほどいい……!」


 ククク……!


「もっとも……押し付けられるのは、あくまで傷と患部のみ。毒素はそのまま体内に残るので、毒のような搦め手や、クソや汚水を塗りたくった罠などには、手を焼かされるがな。まあ、貴様らのように惰弱な存在には、そのような卑怯な手しか残されていないのだろう! 哀れなことだな! ハッハッハッハ……!!」


 毒は! 有効です!!


 だからガンガン使っていこう!!!


 最悪、刃にうんちを塗りたくるだけでもいいぞ!!!


「さあ……貴様らも理解しただろう、魔族の強さを。そしてその中でも俺が、いかに突出した戦士であり、貴様らと隔絶した存在かを!」



 説明はこれくらいでいいか。



「【――我が名はジルバギアス。魔王国が第7魔王子!!】」



 ズンッと槍を地に突き立て、改めて名乗る。



「【我が仇敵に……絶望と破滅をもたらす者なり――!!】」



 悪いな帝国軍。



 アンタらは、俺の仇敵ではないんだが。



 俺が、俺のを滅ぼすための……糧になってくれ。



「俺が欲するのは、ただのみ!! 【さあひれ伏せ雑魚どもォ!!】」


 呪詛を撒き散らす。転置呪のお披露目で、近衛騎士たちはかなり心がくじかれているようだ。魔法の鎧に、人族にしては高めの魔力をもってしても、弱気になれば闇の魔力に容赦なくつけ込まれる。


 近衛騎士の魔法抵抗を水に濡れた紙のように突き破り、俺の呪詛が侵食していく。


「どけどけェ! もはや雑魚に用はない!!」


 槍で薙ぎ倒しながら突き進む。


 俺としては、魔族の恐ろしさ、そして必要最低限の情報も流布できたのでもう満足です! あとは皇帝だけブチ殺して終わりにしたいと思います!


 よし、皇帝の金ピカ悪趣味馬車が見えてきたぞ! ……なんか、慌てて馬をつなげて逃げようとしてんな。でも馬車がデカすぎて用意に手間取っている。


「逃がすか! 【狂乱せよ!!】」


 呪詛を放った。距離が離れているのでかなり減衰したが、馬を暴走させるにはこの程度で充分だ。突如として暴れ馬の群れと化し、馬丁たちの手には負えなくなる。


「――陛下! お下がりください、危険です!」

「ええい、邪魔だ! 戦場が見えぬではないか!」


 近衛騎士の壁を突破すると、馬車の2階のバルコニーみたいなところから、そんな言い争う声が。



 ゆったりとした衣を身にまとい、化粧をした男がひょいと顔を出す。



 ――目が合った。



 こいつ、王冠かぶってやがる。



「なっ……!? まさか、あれが魔王子か!?」

「そう言う貴様は、この雑魚どもの親玉か? 思ったより貧相な奴だな」

「ッ! 誰か、この無礼者の首を刎ねよ! 生かして捕らえる必要はない!!」


 ……生かして捕らえる?


 マジで言ってんのかお前。俺は思わず噴き出してしまった。爆笑というには、乾いた笑いだったが。


「何がおかしい、蛮族め!」

「ふん。俺の首を刎ねられる奴が、どこにいるってんだ?」


 俺が大仰に周囲を指し示すと、皇帝と思しきアホは、ようやく近衛騎士たちの惨状に気づいたようだった。


 血まみれの鎧の抜け殻と化した死体とも呼べない死体に、呪詛に腕を切り落とされて悶絶する剣聖、薙ぎ倒されて気絶し倒れ伏す者たち、腰が引けて俺の前に立ちはだかることさえできぬ惰弱者……


「な……」


 絶句。


「【我が名は、ジルバギアス。魔王国が第7魔王子】」


 圧倒的な魔力を、叩きつけてやる。


「【貴様の終焉だ。大人しくその首を差し出せェ!!】」


 さっさと終わりにしよう。俺は槍を手に駆け出す。


「うわぁっ! くっ来るなっ、【光あれフラス!】」


 顔を青ざめさせて後ずさる皇帝。うおっコイツ聖銀呪使いやがった。闇の魔力の壁を展開して防ぐ。



 ……聖銀呪を、使いやがった。



 聖銀呪を、使いやがったな?



 討魔の光を宿しておきながら。



 この……体たらくか!!



 ふ ざ け ん な コ ラ ァ !



「お前も勇者の系譜かァァァァッッ!!」


 ダンッ、と地を蹴り跳躍。馬車の2階のバルコニーに着地。


「ヒィィ――」


 尻餅をついた皇帝がどうにか後ずさっていこうとするが、動転しすぎてうまくいかないようだ。足をジタバタさせて、股間から染みまで広がっていく。


 あまりにも情けなくて、俺はやるせなさに襲われた。


 こんな……こんな奴のために!!


「貴様のような小物、討ち取る価値もないと言いたいところだが……それでも大将首は大将首だ」


 唸るように。


「――死ね! そして俺の功績のひとつになるがいい――!!」



 悲鳴を上げて顔を覆う皇帝に、俺は刃を振り上げ、そして――




「【余はここに聖戦を布告す】」




 ――凛とした声が、戦場に響き渡った。




「【絶対防衛圏アーヴァロン!!】」




 魔力の爆発。



 眩い銀色の光。



 天に――広がっていく。



 星空のようにきらめく、神秘の力が……!



 ドーム状の極めて強大な結界が、俺をこの地に閉じ込める。



「……馬鹿な」



 呆然とつぶやく。



 なぜだ。あり得ない……!



 だって……サードアルン号は!



 もう出港したはずなのに! なぜ!?



 ――天を貫く光の柱の根本に、人影があった。



「魔族め……これ以上、お前の好きにはさせない!!」



 左目に爛々と銀色の光を宿す美青年に、対なる双剣を構える司教。そしてふたりに付き従う勇者や神官たち――




 アーサーとレキサー司教、そしてヴァンパイアハンターの面々が。




 戦場に、いた。







――――――――――――――――――――――

「次は夜に勝負だ、アーサー」


 ――勇者アレックス、グラの街にて

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