446.魔族の本領
帝国軍のうち、俺と光刃教徒の戦いを目の当たりにした兵士たちは、完全に士気が崩壊しているようだった。腰が抜けて動けない者以外、俺が前へ前へ進むたび、潮が引くようにサァッと距離を取っていく。
『戦いというか虐殺じゃったがのぅ』
俺は戦おうとしてたんだよ。でも、アイツらが逃げるのが悪い。最期の瞬間まで、噛みついてでもかかってこいってんだ。それが聖銀呪を宿した者の責務だろうに。
一番腹立たしいのは、聖銀呪に覚醒している時点で、彼らには本来その資質があるはずってことなんだよな。だけど光刃教とかいう浅い教えのせいで、完全に性根が捻じ曲がっちまった。
俺が知る限り、聖銀呪が後天的に使えなくなったケースは一例もない。魔族に生まれ変わっちまった俺が今でも普通に使えているくらいだから……多分、心がちょっと惰弱になったくらいじゃ、聖銀呪は見放さないんだろうな。良くも悪くも。
「運が悪かったな」
俺は誰に言うとでもなくつぶやいた。
さらばだ、同志になれたかもしれない者たちよ。
願わくば俺みたいに生まれ変わって、次こそは立派な戦士になってくれ。
――と、前方の軍勢の只中から、光の玉が次々に空中へ打ち上げられた。
のしのしと進撃する俺を、魔法の光が煌々と照らし出す。
「くっ、来るぞー!」
「放てェーッ!」
バババヒュンッ、と弓の弦が連続して響いた。にわかに明るくなった空に、まるで流星群のようにきらめく無数の矢――
どうやら帝国軍では、軽装歩兵が弓兵や投石兵を兼ねているらしい。隊列を組んだ重装歩兵の後ろで、軽装歩兵たちが必死に弓を引き絞り、
まるで土砂降りのような凄まじい物量の矢玉が、俺目がけて降り注ぐ。
――が、残念ながら全て防護の呪文に弾かれてしまう。周囲にドチュドチュドチュッとおびただしい数の矢が突き立ち、礫が大地を抉る。いきなり矢の草原みたいになって歩きにくいな、バッサバッサと剣槍で刈り取りながら進む。
「だっダメだ!」
「全然止まらねえ!」
「まるで効いてないぞ!」
当たり前だろォ!? こんなションベンみてえな攻撃で上位魔族が止められたら誰も苦労しねえんだよ!!
まだまだ活きのいい歩兵がいっぱいいるなぁ~皇帝の馬車まで突き進むならアイツらも刈り取らなきゃダメか~、なんて諦め半分に考えてたら、角笛の音が響き渡り、俺の前方で構えていた歩兵集団が一斉に左右に分かれて退いていく。それも、何かから逃げるような必死さで――
前方、さらに奥。
密集隊形で構える、豪華な鎧の部隊。
「詠唱あわせ――3、2、1、【
「「「【
ぽつぽつぽつ、と薄暗闇に火が灯っていく――
次の瞬間、轟々と燃え盛る無数の火の玉が、まるで洪水のように殺到する。
「おっ」
ちょっと同盟圏じゃなかなかお目にかかれない大規模魔法行使だ。死にはしないが気合い入れないと火傷するな。
俺は手を突き出し、展開した防護の呪文にさらなる闇の魔力を注ぎ込む。俺と俺の周辺に次々着弾した火の玉が、轟音とともに爆炎を噴き上げ、魔力障壁を削りながら草原を焼き、地面を吹き飛ばし、辺り一帯を丸ごと灼熱地獄に変える――
ほうほう、これはこれは。俺みたいな奴を相手取るのに、極めて有効な一手と言わざるを得ない。魔法耐性で直接の被害を防げたとしても、熱された空気で火傷したり肺を焼かれたり、大規模な火の魔法は何かと厄介だからな。
耐えること十数秒、横薙ぎの噴火みたいな火炎球の連打が終わり、焦げ臭い匂いとともに白煙がもうもうと立ち込める。
「……やったか!?」
そんな誰かの叫びが響いてきたが、この程度じゃ俺は討ち取れねえんだよなぁ。
もっとも、【エヴロギア】の耐熱効果がなければ、もうちょっと慌ててたかもしれないけど。今も赤色の燐光を放ち、熱気を中和してくれている――持っててよかったボン=デージ。
俺がずんずんと歩みを進め、煙を突き破って姿を現すと、
「無傷……だと……!?」
「馬鹿な……!?」
「化け物か……」
火魔法をブッパしてきた集団が愕然としていた。人族にしては高めの魔力、魔法の才、凝った装飾の統一感ある鎧……近衛騎士かな? ただの貴族出身のボンボンの集まりじゃなさそうだ。皇帝の身辺警護にとどまらず、タイミングを合わせた一斉魔法の訓練もしっかり出来てるあたり、練度が高い。
「ぬるいッ! この程度で俺を討ち取れると思うてか!」
だけど褒めるわけにはいかないぜ。戦場中に響き渡るよう、声に魔力と気合を込めて叫ぶ。
「俺の姉にしてリバレル族の姫、第2魔王子ルビーフィアは火魔法の使い手だ! 姉はただひとりで、今の魔法の数十倍の火を放つぞ!」
実際に見たことないから知らんけど。でもルビーフィアも大公だし、リバレル族の【延焼呪】もあるし、【放火の悪魔】と契約してるらしいし、とんでもない大火力を投射してくるのは間違いない。
前回出陣したときは、城と城下町を守兵ごと焼き尽くして、部下の手柄も丸ごと奪ってしまい非難轟々だったらしいんだよな……誇張抜きで小国なら単身で灰燼に帰してしまう歩く災厄だ。これ以上、出陣される前に仕留めたいところだが、そんな機会があるかどうか。本人がやる気満々だからなぁ畜生。
「くっ……削れ削れ!」
「ここは通さんぞー!」
「陛下をお守りしろー!」
無傷の俺を見ても、近衛騎士は士気旺盛だ。今度は火魔法だけじゃなく、稲妻や風の刃も飛んでくるようになった。さっきの一斉魔法ほどの圧はないが、純粋に魔法の使い手の数が増えている。みんながみんな、火属性持ちなわけじゃないからね。火が使えない奴は、さっきの大魔法では控えてたんだろう。
そして、最大火力でも俺が傷つけられなかったから、量で俺の障壁を削る方向に切り替えたわけだ。なかなか判断も早いし、お飾りの近衛騎士じゃないらしい。殺すにはちと惜しい、そんな気持ちにさせられる……
「なんだァこのなまっちょろい稲妻は!? 俺の兄、ギガムント族の第3魔王子ダイアギアスは、この比較にならんくらいの雷を放ってくるぞ! 気合い入れろォ!」
煽りつつ、同盟圏では知られていない魔王ファミリー情報なども開示していく。
「ギガムント族……!?」
「族って何だよ蛮族かよ」
遠巻きに取り囲む一般兵の声が風に乗って聞こえてきた。蛮族だよー!!
「この風の刃も、そよ風かと思うたわ! イザニス族の兄、第4魔王子エメルギアスはもっと凄まじい風の使い手だったぞ! 緑髪が特徴のイザニス族はなぁ、風に声を乗せて運ぶことができ、戦場では伝令の役目も担う優秀な一族なのだ!!」
なので戦場で緑髪の魔族を見かけたら、優先的に狙おうね!!
「まあ、その優秀な兄を、俺はブッ殺したんだがなァ! ハッハッハッハァ!」
近衛騎士が放ってきた風の刃を粉砕しながら馬鹿笑いすると、「うわ何だコイツ」「正気か」などという声も。残念ながら正気です……。
「いいか貴様らァ! 【我が名はジルバギアス! 魔王国の第7魔王子なり!】 俺は魔王子の中でも最年少だ!」
殺到する魔法を避けもせず、全て真正面から弾き飛ばして見せながら笑う。
「俺に殺された第4魔王子は除いて、俺の上にはまだ5名の兄と姉がいる! 俺を倒せないようでは、魔族征伐など夢のまた夢ぞ! なにせ父上、魔王ゴルドギアスは、俺の何十倍も強いんだからなァ!」
ヤケクソじみて叫ぶ。
クソッ、俺もこれだけ強くなったのに!
これでも、まだ魔王には届かないなんて……!
いったい魔王には自分以外の存在がどれだけ薄っぺらく見えているのか、想像すると空恐ろしくなるくらいだ……!
「貴様ら帝国軍は、人類の希望ではなかったのか! さあ根性を見せてみろォ!」
「……耳を貸すな! 戯言だァ!」
「ここで奴を仕留めるぞ!」
「総員抜剣!」
近衛騎士たちが長剣を抜き放つ。むっ、あの刃のきらめき、全員がドワーフ鍛冶の魔法の武器持ってやがるな。鎧もただならぬ魔力を秘めてるし、相当にカネがかかってるなぁ羨ましい。
それにしても、これだけピンピンしてる俺を見ても怯まないとは、なかなか肝の据わってる奴らだ。同時に、なんか、追い詰められてるみたいな悲壮感もあるけど……もしかして、この間にも皇帝逃がそうとしてます?
だとしたらちと急がねえとな。
ここで皇帝の首を取れば、後継者争いで他国に攻め入るどころじゃなくなるだろうから。まあ帝国が弱体化する恐れはあるけど、今の帝国至上主義で暴走されるくらいなら、多少おとなしい方が聖教会も折衝しやすいだろ。
「いい度胸だ! 押し通るぞ、死にたい奴から前に出ろ!」
「うおおおお皇帝陛下万歳!!」
「帝国万歳――ッ!」
雄叫びを上げながら、近衛騎士たちが一丸となって突撃してくる。
――サクサクいくか。
「【絶望せよ】」
一番手で斬りかかってきた騎士に、闇の呪詛を乗せた斬撃をブチ込む。
「ごぷァ」
鎧の隙間から赤黒い粘液が噴き出した。がらんがらんとやかましい音を立てて、鎧兜や剣盾がバラバラに地面に落ちる。武具は最高品質だったから俺の呪詛撃でも壊れなかった。でも
「ひぃぃっ」
流石の士気旺盛な精鋭たちも、あんまりにもあんまりな戦友の死に様には震え上がったようだ。突撃の勢いが鈍る――
「【絶望せよ】」
悪いが、通してもらうぞ。次の奴も鎧の中身を血煙に変えてやる。光刃教徒と違って、殺し尽くす義理はないからな。やる気がなくなったならさっさと帰ってくれ……
「【絶望せよ】」
そんな調子でサクサク進もうとしたが、おっ、すごいなコイツ! 俺の呪詛撃を盾で弾きやがったぞ!? 刃の横から盾を叩きつけるようにして、直撃を避けたんだ。初めてだこんなの――
――いや、待て。
コイツ、なんか、他に比べて――
――まさか。
俺と相対する近衛騎士が、兜のバイザーの奥、スッと目を細めるのがわかった。
「……参るッ!」
改めて盾を構え、そして、
どうっ、と眼前に盾が、水蒸気爆発の尾を退いた鋼の壁が迫る。
「!!」
反応が間に合わない、凄まじい衝突音とともに防護の呪文に叩きつけられた、物の理を超越する一撃。魔力の障壁が軋みを上げる!
剣聖!
近衛騎士は一流の最精鋭! だが必ずしも魔法戦士とは限らないということか!
魔法の武具と周囲の魔力のせいで、その存在の薄さを察知できなかった……!
どうにか踏ん張ろうとしたが、堪らず俺も押し戻される、――追撃が来る!
「ッ!」
ぞわ、と直感が導くままに、剣槍を剣として上段へ跳ね上げ、刃を斜め下に向けた受け流しの型を取る。
ほぼ同時、
ギャリィィンッと壮絶な金属音とともに眩い火花が散り、アダマスの上を滑って、剣聖の必殺の斬撃が受け流されていく。
「なにっ」
目を見開く剣聖、武器ごと叩き切ってやろうって腹積もりだったか?
舐めんなよ! こちとら魔王の槍と打ち合った聖剣だぞ、休眠状態でもそう容易く斬り裂けると思うな!
「【屈服せよ!!】」
次は俺の番だ、渾身の魔力を込めて、本気の一撃を放つ。
「!!!」
相手も剣聖、咄嗟に合わせてきた。先ほどと同じように盾で防ごうとして――だが横から叩きつける動きは間に合わない!
直撃。
盾が、粉微塵に砕け散る。だが逆にそれが剣聖の命を救った。盾が犠牲になることで、呪詛が消費しつくされたのだ。勢いを殺しきれなかったアダマスが兜にぶち当たり、鐘を鳴らすような轟音を響かせた。昏倒し、地に沈む剣聖。
っぶねぇ、近衛騎士、油断ならねえ! にしても全身を最高品質の魔法の武具で固めた剣聖、クソ厄介だぜ――バルバラが羨ましがりそ――
ぞわ、と。
今度は後ろから悪寒。
戦場では、勝ったと思った瞬間が一番危ない。そんな言葉が脳裏をよぎる――
『【剣技を禁忌とす!】』
アンテが魔力を放った。ほんの少し、何かが鈍る気配。振り返りながら剣槍を掲げる、間に合え――
「かァァァァッ!」
裂帛の気合の叫びとともに、呪詛を振り払った別の近衛騎士が――新手の剣聖が刃を振り下ろしてくる!
激突。
パァァンッとガラスが砕け散るような音とともに、俺の防護の呪文が破られた。
掲げられた剣槍の、遺骨の柄を、バターみたいに斬り裂いて、
突き進んだ剣が――俺の右上腕を、
撫でた。
灼熱の感覚。
青い血を撒き散らしながら、俺の上腕が宙に舞った。
「――見事だ」
俺は、仮面越しに笑いかける。
膨大な闇の魔力で剣聖を絡め取り、その魔法抵抗を押し潰しながら。
「【
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