256.下意上達
「――と、いうことらしいのよ」
「なるほどなぁ」
どうも、衛兵隊副長からの情報を聞きながら、図書室でクレアと手をつないでいるジルバギアスです。
いかがわしいことをしているわけではない。ただの魔力補給だ。
かつての幼馴染が、俺の命の力で存在を維持している……妙な気分だ。
それにしても……クソッ、魔獣か。
地図なんて見るまでもない。自治区の西に何があるか考えれば、原因は明白。
やってくれたな、イザニス族。
領地の分配について、レイジュ族というか俺に強い不満を抱いているらしいことは聞いていた。まあデフテロス王国西部を制圧したのは自分たちなのに、いくら接敵しなかったからって、穀倉地帯の大部分が自治区に吸収されたら腹は立つだろうよ。
その腹いせに、イザニス領内の魔獣をこっちに追いやってきやがったな……!
畜生め!!
忌々しいほどに有効な一手だ、嫌がらせとしては最上級といっていい。自治区民に被害が出るのは
自治区の農業・畜産業を推進するのは、魔王国のため(という建前)だ。それを妨害するのは国益を損ねるに等しい行為――そう言って糾弾することはできるが、おそらく効果は薄い。
イザニス族の内部告発でもない限り、確たる証拠がないからだ。「我らイザニス族に怯えた魔獣が勝手に逃げ出しただけでは?」などとすっとぼけられたら、それ以上の追求は難しい。
そしてイザニス族から告発なんて、あるわけもなく。……適当な木っ端を締め上げて吐かせるか? 拷も……もとい、尋問で引き出した証言を魔王がどう扱うかが焦点になるな。
『【制約】の魔法で嘘を禁じるという手もあるが』
うーむ。格下からなら、暴力抜きで証言を引き出せるな。しかし……
『嘘を禁じられると、一番まずいのはお主じゃからの』
それだ。しかも他の魔王子に俺の手札がバレる。あまりにもリスクが高いし、そこまでする必要があるか謎だ。
ああ、もうめんどくせえ! あの緑野郎を一族郎党もろともギタギタにしてやりてえところだが。
――魔王位継承戦が始まるまで、魔王子同士の直接的な闘争は禁じられている。
直接的な手出しが可能だと、年長の魔王候補が他の若い候補者をあらかじめ潰して回るようになってしまうからだ。
特に魔王国黎明期、悪魔の契約が解禁され力への渇望が強まり始めたころは、それはもう酷かったらしい。現魔王ゴルドギアスの兄弟やその他有力者の間で、血みどろの争いが勃発したらしく、初代魔王がかなり厳しく直接闘争を禁じたのだ。
なので現在も、アイオギアスとルビーフィアは火花を散らしつつ、殺し合いにまでは至っていない。
プラティが長らく俺を隔離していたのも、こういう理由だな。直接的な手出しは禁じられているが、裏を返せば、間接的あるいは証拠が残らなければいいわけだ。
たとえば、強めの呪詛で精神を壊してしまうとか、強烈な苦手意識を植え付けて上下関係を確立してしまうとか。
ちなみに、この規則を破って候補者同士で直接闘争したらどうなるかというと……魔王の鉄拳制裁で済めば優しい方で、自室への謹慎や、最悪夜エルフ監獄に放り込まれることになる。
それも数十年単位で。魔族は長命種なのでこの手の罰則の期間も長い。収監は言うまでもないが、謹慎でも部屋から一歩も出られないので、当然戦功を稼ぐこともできず、他者との交流もままならない。
戦士生命の終わり――とまでは言わないが、出世という点で相当な遅れを取ることは間違いないだろう。腕もなまるだろうしな。
――では、謹慎をさらに破って、勝手に外を出歩いたら?
今度は、魔王による粛清が待っている。処さなければ国の秩序が崩壊するからだ。全てが個人の武威に依存しているだけに、自身の権威を傷つける者に対して、魔王は容赦しないだろう……
俺も、今すぐにでもイザニス領に乗り込んで連中を緑野郎ごと族滅したいところだが……先に手を出した方が負けだ、これは。
今の俺は、まだ魔王と殴り合って勝てるほどじゃない。
魔王と殴り合って勝てるようになったら、好き放題できるんだが。
『それはもうお主が魔王じゃろ』
そういうことよ。
何はともあれ……向こうがねちっこく仕掛けてきたからには、こっちもねちっこく応戦するしかねえ。イザニス族もとい緑野郎が嫌がりそうなことは何パターンか思いつく。自治区にちょっかいかけたことを後悔させてやる……!
加えて、イザニス族の木っ端くらいは締め上げてもいいかもしれない。適当に城の連絡要員でも〆るか? 今回の一件は知らされてなさそうだから意味ないかな。まあ仮にレイジュ族に報復があっても、俺は知ったこっちゃねえし、やるだけやるか。
それはそれとして、自治区内の魔獣対策もしなきゃいけないので頭が痛い。レイラといっしょに探し回れば、かなりの数を狩り殺せるだろうけど、俺の時間が削られる上に、俺が何から何まで世話すると外野がうるせえんだわ。
『せいぜい、エヴァロティと魔王城の行き来で見かけたやつを狩るぐらいかのう』
そんくらいが限界だろうな。こればっかりはどうしようもない……
『とはいえ、大怪我しても復帰できるだけマシじゃろ』
まあな……生き残った連中に、死ぬ気で頑張ってもらうしかない……ホント、上級戦闘員の欠如があまりにも痛い。
「……ありがとう、王子さま」
と、俺から魔力を吸い取っていたクレアが、手を離した。
「もういいのか?」
今の俺からすると微々たる量に感じる。……決して名残惜しかったりするわけじゃないぞ。
「おかげさまでお腹いっぱい」
いつもの愛想笑いを浮かべながらクレア。
魔力は……純粋な力だ。魔法ではない。他人をトンと手で押して、力を与えるのと同じで、どれだけ注ぎ込んでも気持ちは伝わらない。
ただ、エネルギーを補給したという事実だけが残る。
当然――クレアが何を考えているかも、わからない。
「衛兵隊副長……タフマンといったか。かなり仲良くなったみたいだな」
どうやら、俺と謁見もした、あの活きの良い兵士が副長になったようだ。骨のありそうな奴だとは思っていたが……
「ただの情報提供者よ」
スンと無表情になって、クレアは答える。
「それにしては、楽しそうに話してるように見えたが」
「楽しいっていうより、憐れんでるの。さっさと死んじゃえばこんなに苦しむこともないのに、って」
ひょいと肩をすくめて、また、愛想笑いを浮かべるクレア。
まあ……そう答えるよな。
本当のところ、どう思ってるんだ? クレア……教えてくれよ。
でも……もしも、もしも本当に、そう考えてるんだとしたら……
俺は……
「そうか。早く悲願が叶えばいいな」
俺は微笑んだ。できるだけ自然に。
魔王子の仮面を、見破られないように。
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