257.報復措置


 真昼間、雲ひとつない青空を、俺はレイラと飛んでいる。


 エヴァロティから魔王城に戻る途中だ。普段なら俺もおねんねしてる時間帯だが、イザニス族と緑カス対策で蜻蛉返りしている。



 さて――今回の件、どうしてやろうか。



 さっきから色々と考えているが、まずは緑カス対策だな。自治区に魔獣を解き放つなんぞ、俺に対する明確な敵対行為だ。


 イザニス族がやらかしたことだからって、知らぬ存ぜぬは通じねえぞ。認めようが認めまいが、故意だろうが事故だろうが関係ない。イザニス族の王子として、ツケを払ってもらう……


 ひとまず俺の、第7魔王子として、極めて不安定な立ち位置を最大限に利用させてもらおうか。現在、俺はアイオギアスともルビーフィアとも距離を置いているが、積極的にルビーフィアに絡みに行ってみよう。


 もちろんイザニス領から流入してくる魔獣について、みなの前で抗議した上でだ。アイオギアスが、あの自信たっぷりな笑みを引きつらせるのが目に浮かぶ。俺がルビーフィア派に転んだら一番困るのはアイツだからな。


 原因を生み出した緑カスは、派閥内でかなり肩身が狭い思いをするはずだ。アイオギアスから叱責されるだろう。


 ……というか、派閥の長が俺の動向に注意を払っていて、スピネズィアまで接触を図ってきたっていうのに、あからさまに敵対するとかアホなのか?


『――まったく、どうしようもない男ですね――』


 レイラまでプンスカしている。


 ……【キズーナ】を通して、俺の考えは全部筒抜けなんだ。ちょっと、こんな汚い思考をレイラには流し込みたくないんだが。


 でも、さっき手綱を握らずに物思いにふけっていたら、「ちゃんとそういう気持ちも共有させてください」とやんわり怒られてしまった。ううーむ。


『――心配しなくても、わたし、そんなに純粋な娘じゃありませんよ――』


 レイラが笑いながら、ちょっとほろ苦い気持ちも滲ませる。


 そうかなぁ。俺は、きみほど心がきれいなヒトを知らないけれど。


『――えっ……そんな……――』


 絶句したレイラがてれてれとした気持ちで、くすぐったげに身をくねらせている。そう……こういうところだよ。


 レイラはヒトの良いところも悪いところも、たくさん見てきたんだろう。それでも根っこが……眩しいくらいに優しくて純粋だと、俺は思うよ……


『――それを言うなら……アレクだって……とっても真っ直ぐで――』


 いやいや、俺なんてひねくれ者だし。


『――わたしの方がひねくれてます!――』


 そんなことないよ!


『――あります!――』


 ないって!


『――……うふふ――』


 ……ははは。


『クケエェェェェッッ!!』


 突然、アンテが奇声を発した。


 おいおい、いきなりどうしたんだよ。レイラもびっくりしてるじゃないか。


『これが叫ばずにおられるか! 延々と聞かされるこちらの身にもなってみよ、ゼロ距離じゃぞゼロ距離!!』


 知るかよ!!


『――ま、まあ、一番純粋なのはリリアナってことで、どうでしょう――』


 アンテの存在を思い出して、こっ恥ずかしい気持ちを誤魔化すように、早口気味にレイラが言った。


「わう?」


 視線を感じたか、俺の前で景色を眺めていたリリアナがこてんと小首をかしげる。


 いや……リリアナは純粋っていうか……この状態を『純粋』と呼ぶのは、何かちょっと違う気も……。


 ま、まあ、何はともあれ。


 緑野郎はねちっこく追い詰めて、アイオギアス派閥内の立場を悪化させてやろう。目標はとりあえず、アイツから菓子折りでも持って、頭を下げに来させることかな。


 本当ならブチ殺してやりたいところだが。それは……魔王位継承戦までの楽しみに取っておこう。




 次、イザニス族そのもの。


 俺が現時点でイザニス族に仕掛けられる嫌がらせといえば、思い当たるものはひとつしかないな。


 アンデッドたちの高速通信網だ。


 以前、クレアに尋ねてみたことがある。


「実際のとこ、日刊エヴァロティって具体的にはどうやってるんだ?」

「あたしが魔王城に呼び出されて、お師匠様に報告している」


 エンマが情報を解禁したこともあって、クレアは淡々と、包み隠さずに答えた。


「実はあたしにも、お師匠様みたいに、あたしを常に呼び出し続けているアンデッドが用意されてるのよ。この体から離れて霊界に入ったら、自動的に地下宮殿の某所に呼び出されるってワケ」


 そして待ち構えていたエンマに報告し終われば、宮殿の呼出用アンデッドを一時的に停止させる。


「その間に、今度はボディのそばに用意しておいた、簡易型の呼出アンデッドを使ってエヴァロティに戻るの」


 ちなみに魔王城の呼出用アンデッドは、地脈から魔力供給を受けているので出力が高いらしい。簡易型はもちろんそれより力が弱い。なので、魔王城の呼出アンデッドが作動している間は魔王城に引き寄せられるし、それが停止している間は、他に引っ張られる。


 エヴァロティから魔王城には一瞬で移動できるが、逆に、魔王城からエヴァロティは、出力の関係で数分かかるとか何とか。


 ただそれでも、レイラが本気でぶっ飛ばしても、数時間はかかる距離を数分で行き来できるわけだ。


 これを通信に応用したら……とんでもないことになるぞ。


 そして、霊界経由の高速通信が普及すれば、現在は騎竜とセットで伝令として活躍しているイザニス族も、ほとんどお役御免になるだろう。


『ただのぅ……』


 いや、みなまで言うな、アンテ。


 わかってる。やっぱどう考えても、魔王軍が強化されすぎるんだわコレ。


 イザニス族には大打撃を与えられるかもしれないが……そこまでして報復する必要があるのか? というそもそも論が始まる。


 あと、エンマが魔王軍の行動をつぶさに把握できてしまうという事実に、何か空恐ろしいものを感じずにはいられないんだよな……


 そんなわけで、諸々の事情を鑑みると、高速通信網の開示は軽率過ぎるという結論に至る。イザニス族への報復は、ひとまず保留しておこうかな。




 で、最後に、自治区に隣接するイザニス領に対して。


 こちらも色々と考えてるんだが、なかなか「これだ!」というアイディアが思い浮かばない。


 というのも、どうやらここらのイザニス領、山と森以外ほとんど何もないんだよ。

人族から接収した街がいくつかあるくらいのもので。


 だからこそ、自治区の開発計画を滅茶苦茶にして、「自治区は穀倉地帯を持て余しているのではないか?」「俺たちイザニス族の領地として接収してやろうか? その方が効率がいい」という話をねじ込んでこようとしているのだろう。


 俺は俺で、「アスラベアのような大物さえ逃がすとは、狩りのひとつもロクにできない惰弱な一族」とイザニス族どもをディスってやるつもりだが、どれほどの効果があるかは不明だ。


 衛兵隊が大苦戦したらしいというアスラベアも、魔族に取っちゃ片手間で仕留められる雑魚に過ぎないからな……


 人間でいうなら、自分の領地の野良猫や野良犬が他所へ言ってしまった、くらいのノリなので、俺が自治区民の被害を訴えても「そんな雑魚にやられる方が悪い」で話が終わってしまいそうだ。


 うぅむ……どうしたものかな……魔獣をイザニス領に追い返しても、イザニス族は困らないしなぁ。


 要はこの領地に、イザニス族が『守るべきもの』がないのが問題なんだ。まさか、街を直接襲撃するわけにもいかないし……



『――あ、魔獣がいますよ。どうしますか――』



 と、自治区を抜けて、そろそろイザニス領に入ろうかというあたりで、レイラが俺に指示を求めた。


「どこに、どんなのがいる?」


 俺も目を細めて眼下を見渡すが、まだ何も見えない。ギラギラと輝く夏の日差しを浴びて、青々とした森が広がっている。


『――前方1時の方向、腕が多い熊に見えます――』


 ああ、またアスラベアか。


『――もしよければ、わたしが対処しますけど――』


 うん、頼むよ。今回は毛皮が傷ついても問題ないし。


『――では、失礼して――』


 飛びながら、レイラがガパァッと口を開く。


「――ガアァァァッッ!」


 普段の声とは似ても似つかない咆哮が轟く。竜形態で喋るときは、言語に合わせて無理に声を出しているというか、俺たちで言う裏声みたいな状態らしい。


 なので、この力強い叫びこそが、レイラのだ。


 レイラの口から、一条の光が放たれた。


 そのまま、森の一角に突き刺さる。


 ホワイトドラゴンの光属性ブレス――上空にたどり着くと、頭がこんがり黒焦げになったアスラベアが、大きな樹の下に倒れ伏していた。


 即死したか、あるいはまだ息があるのか――それでも頭部が丸焼けとあってはタダでは済まされまい。あとは森の他の生物たちがカタをつけてくれるはずだ。


「すごい威力だなぁ」


 レイラの首を撫でながら、俺は感心してうなずいた。


 威力もさることながら、狙いは正確無比だし、何より索敵能力がエグい。


 やはり、悪魔との契約がなければ、ドラゴンこそが最強の種族なのではないか……とひしひしと感じる。


『――えへへ――』


 俺の混じりけのない称賛に、照れ笑いしながら、レイラは『狩り』の成果を見せびらかすように、アスラベアの上空を旋回し続けていた。



 ……ぴくりとも動かないな、アスラベア。やっぱり頭を焼かれて即死したか?



 そして、アスラベアの頭部からブスブスと立ち昇る煙を見ていて、俺は閃く。



 あるぞ! イザニス領にもやられたら困ることが。



 ……なあ、レイラ。



『――はい、なんでしょう――』



 ……俺は、ちょっと躊躇ってから、レイラに問うた。



「全力でブレス吐いたら、森を焼き払えたりする?」



 夏のギラギラとした太陽を見上げながら。



「わうん!?」



 俺に抱きしめられるような形で鞍に座っていたリリアナが、「マジかお前」みたいな顔で振り返った。

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