188.不意の遭遇
――エヴァロティ王城外壁。
「うわああぁァァッ!」
ふたり並んで立つのがやっとの、狭い連絡用通路だ。悲鳴じみた雄叫びを上げながら、兵士たちが斬りかかってくる。
「…………」
対して、鮮血にまみれた魔王子は、恐ろしいほどに冷徹な眼差しで。
無造作に、その手の槍を突き込み、片側の兵士を盾ごとブチ抜いた。
「クソォォォッ!!」
仲間の血飛沫を浴びながらも、もう片側の兵士は止まらない。むしろ魔王子の槍を盾で押さえつけ、果敢に懐へ飛び込んでいく。長物の動きが制限される狭い通路内。ここまで接近できれば、槍よりも、取り回しの良い剣に分がある――!
が、魔王子は全く動じることなく、空いた左手で殴りつけてきた。兵士は胸甲で受け止めたが、まるでイノシシの突進でも食らったかのような衝撃に息が詰まる。
その隙に、サッと手元に槍を引いた魔王子は、剣のように短く握り直して、兵士の喉元へコンパクトな刺突を放った。
「ごヴッ……」
首を押さえながら、吐血して倒れ伏す兵士。すでに通路は死屍累々、守備兵たちの死体で足の踏み場もないほどだ。
「…………」
無言で刃の血糊を振り払い、しばし考え込むジルバギアス。この城門塔はほぼ制圧したと見ていい。何人かは応援を呼びに行ったかもしれない。ここで増援を待ち受けるべきか、それとも下に飛び降りてさっさと城門を開けてしまうべきか。
この戦争を終わらせてしまうなら、門を開け放ち、魔王軍を招き入れた方がいい。だが、より『力』を稼ぐならば――他に獲物を取られる前に、自分で殺せるだけ殺した方が――
ガヒュンッ、と硬質な金属音。
背後からだ。弾かれたように振り返る。暗い通路の奥――誰かがいる。そして視界に黒い点。魔族の目をもってしてもハッキリと視認できない。ゾワッと不吉な戦場勘に背筋が粟立つ。
咄嗟に、顔を伏せた。
ガァンッと兜が震える。何かが当たったらしい。ハンマーで叩かれたような衝撃。通路の奥の人物が、何かを放り捨て、別の何かを構えるのが見える――
「【刺突を禁忌とす】」
ガヒュンッ、と再び金属音。通路を走りながら刃を掲げて顔を防御する。飛来物は禁忌の魔法に絡め取られ、威力を大幅に削り取られながらも腰のあたりに着弾。鱗鎧【シンディカイオス】が当然のように弾き飛ばすが、鈍い衝撃が走る。
「畜生――ッッ!」
毒づきながら、床に置いてあった別の何かに手を伸ばす、通路奥の兵士――しかし彼がそれ以上、行動を起こす前にジルバギアスの刃がその首を撥ねた。
「……何だ、これは」
死体の手から、謎の武器を拾い上げる。金属製の弓を木製の土台に貼り付けたような武器。それが『クロスボウ』と呼ばれるドワーフの試作品であることなど、魔王子は知る由もない。
「…………」
引き金を引いてみる。装填されていた、短めの太い矢が、ガヒュンッと音とともに射出されていった。
険しい顔で、今一度、手の中のクロスボウを観察するジルバギアス。射手の死体も見てみれば、片腕の肘から先がなかった。
「負傷兵で……」
この威力の矢を放てる兵器。しかも、禁忌の魔法を展開してもなお、鎧がなければ刺さる程度の勢いで着弾した。(ドワーフ製なので)矢にほのかな魔力がこもっていたこともあるが、弓に比べて扱いやすさが比ではない。
「【沈黙を禁忌とす】あああ――」
付近を索敵してから、試しにクロスボウの弦を引いてみた。かなり、いや、めちゃくちゃ固い。それもそのはず、弓部分は金属製だ。夜エルフの強弓並の張りの強さ、圧倒的魔力で身体を強化したジルバギアスなら問題ないが、下位魔族だと装填に手こずるかもしれない。
「どうやって人族が装填を……?」
射手の死体の足元には、同じ武器がさらにふたつ。……すぐ近くに、何やら大きめの手回しハンドル(?)のようなものがついた道具があり、それを使って弦を巻き上げたらしいと察する。(ジルバギアスは知る由もないが、それはハンドルではなく、両足で回すペダルだった。)
「…………」
もう一度、クロスボウの構造をじっくり観察して頭の中に叩き込んでから、ジルバギアスはクロスボウと巻き上げ機を槍で粉々に破壊していった。
――これは、あまり知られるとまずい。
魔族はおそらく、見向きもしない。もしかしたら遊び道具ぐらいにはなるかもしれないが。夜エルフは、「人族ごときが生意気な!」と憤慨してブチ壊すだろう。壊す前に資料は残すだろうが。獣人は……興味を示すかもしれない。だが夜エルフの領分を侵すことになるので、大々的には運用しようとしないはず。
問題は、アンデッド。つまり
アンデッド軍団の強みは、その物理的なタフネスと、数の暴力にある。クロスボウはそのコンセプトにぴったりとハマるのだ。エンマの場合、これをヒントに自動巻き上げ機能がついたクロスボウ型アンデッドを作り出しかねないし、それを持たせた遠距離攻撃部隊を試しに編成するかもしれない。
夜エルフ猟兵並みの威力の矢を、雨あられと浴びせかけてくる軍団なんて悪夢だ。アンデッドの兵器としての有用性が高まりすぎて、魔王国での立場が不安定化することをエンマは心配していたが、
敵の手札は、少ない方がいい。
だが……今この場で破壊した3つで終わりということはあるまい。
「……やることが増えたな」
魔王軍が城へ突入する前に、可能な限り、この武器を破壊して回ろう。全部は無理だろうし、遅かれ早かれエンマにも知られるだろうが……遅ければ遅いほどいい。
独り、うなずいたジルバギアスは、城壁の回廊を駆けていく。
武器の性質上、見張り塔などから敵軍を狙撃している可能性が高い。そのあたりを重点的に潰していく……!
「うわっ! 魔族!?」
「もう侵入――がハッ」
途中、出くわした守備兵をなぎ倒しながら城壁内の通路を突き進み、階段を見つけ次第登っていく。
――ガヒュンッ、という金属質な音が聞こえた。
「当たりだ」
見張り塔のドアを蹴破り、最上部の
「なッ」
「魔族!?」
「嘘だろ!?」
案の定、複数名の兵士が巻き上げ機でクロスボウを装填していた。突然の魔族襲来に目を丸くする彼らをよそに、(ああ、あれ足で回すのか。そっちの方が力強いもんな)などと感心するジルバギアス。
「!? 死ねッ!」
装填済みクロスボウで下に狙いをつけていた兵士が、ギョッとしてから魔王子に矢を放つ。だが慌てた発射で狙いが甘く、避けるまでもなく外れてしまう。
そして――振るわれる刃。
たった数名の一般兵が奇襲を受けて抵抗できるはずもなく、見張り塔の櫓は一瞬にして沈黙した。
「…………」
律儀に、クロスボウと巻き上げ機を破壊して回るジルバギアス。
ふと、兵士の死体のベルトに目を留め、水筒を拾い上げる。念のため、魔法の指輪を確認。毒はない。口に含んで、ゆっくりと呑み下し、残りはバシャバシャと頭からかぶって鎧の血糊を洗い流した。
「さて」
見張り塔を駆け下り、再び城壁内の通路を走っていく。頭上の城壁上部からは兵士たちの怒声と激しい戦いの音が聞こえる。まさかすでに魔族が入り込み、真下の連絡用通路を走っているとは、誰も思うまい――
そうして、王城をグルッと円を描くように取り囲む通路を走っていき、見張り塔に殴り込んでは、クロスボウを破壊して回った。途中出くわしたのはほぼ一般兵だったが、一度だけ、負傷兵を治療中の神官とも遭遇した。
「魔族!? 【光――」
魔法を使われる前に、負傷兵ごと斬り捨てた。上級戦闘員はおそらく城壁の上部で頑張っているのだろう。連絡用通路を走っていても、思ったほどには出くわさない。
ジルバギアスも別に身を隠しているわけではないのだが、出くわした奴が騒ぐ前に片っ端から斬り捨てている上、高速で移動しているので、勇者部隊が大挙して押し寄せるような事態にはなっていなかった。
「…………」
恨めしげにこちらを見つめる神官の死体から視線を引き剥がし、ジルバギアスは先を急いだ。
だが、次に見つけた階段は、見張り塔のそれよりも大きい。
「別の城門塔か……」
どうやら、あっという間に王城外周部を半分も走ったらしい。……だが、何の問題があろうか、そのまま階段を駆け上がり、守衛室へ――
「――ぬッ!?」
階段から飛び出てきた魔族に、そこに控えていた戦士団のひとりが目を見開いた。
「魔族じゃと!?」
殺気だった視線が、ジルバギアスに集中する。
思わず、気圧されたように足を止めた。
なぜならそこにいたのは――
「総員、構えィッ!」
ヒゲモジャの戦士が叫ぶと同時、光り輝く魔法の甲冑に身を包んだ短躯の戦士たちが、ガシャンッ! と一斉に、それぞれの
武器作りのプロにして、戦闘のスペシャリスト。
――全身を、先祖伝来の『真打ち』で固めた、ドワーフ鍛冶戦士団だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます