316.手招きと呪い


 ――石造りの殺風景な部屋だった。


 暗く、窓もない。それもそのはず、そこは魔王城の地下深く、岩盤をくり抜き造られた空間だ。


 岩が剥き出しの天井からは、青色の燐光を放つランプが吊り下げられている。照明と呼ぶにはあまりにもささやかな輝きで、ほとんど意味がないように見えるが、それは可視光ではなく、魔力の波動で周囲を照らすことを目的としていた。


 生者のための道具ではない。


 魔力でモノを知覚する、アンデッドのための照明器具だ。


 そして、そんな無味乾燥な部屋に、まるで不釣り合いな、華やかな宮廷音楽が奏でられている。華美な衣装に身を包んだ楽団員たちが、それぞれに弦楽器や管楽器を操っていた。一心不乱に演奏する彼らは、一様に幸せそうな笑みを浮かべていて、演奏すること以外に何も知らないようでさえあった。


『~~~♪』


 彼らの見事な演奏に合わせて、鼻歌と、カチャカチャという金属音が混ざる。


 ――部屋の中心に、異形の怪物がいた。


 蜘蛛じみた複数の脚がある下半身と、樹木じみた無数の腕を持つ上半身の化け物。そうとしか形容できない姿だった。腕に埋もれるようにして、仮面にいくつもの眼球を装着したような不気味な頭部が存在し、チキチキと時計のような駆動音を立てて細かく動いている。


 また、腕の先端にはそれぞれ、鋭い刃物メスやピンセット、縫い針、ハサミなどの無数の工具が装着されており、それらを器用に操って、画家もしくは外科医のような繊細な手付きで、作業に没頭しているようだった。


 ――何の作業に?


 怪物が向き合うのは、棺にも似た水槽。中には薬液が満たされ、青い肌の、人型の物体が浮いている。


 ――ジルバギアス=レイジュ、そっくりの物体が。


 しかし、それはまだ未完成だった。具体的には、腹の中身はすっからかんで、手足の一部も皮膚が貼られておらず、筋肉や神経系が剥き出しになっている。顔面部分はかなり完成に近づいているが、髪の毛も角も生えておらず、眉毛はちょうど今、怪物がピンセットで整えているところだった。


『うーん……こんな感じかな?』


 怪物の、無数の腕の一本が動き、ピラッと紙を一枚手繰り寄せる。それはジルバギアスの肖像画だった。正面と左右横は当然として、様々な角度から顔の造りが緻密にスケッチされていた。


『よしよし。眉毛はこれでいいね』


 スケッチと眼前の人形を見比べて、満足気にうなずく怪物。


『ジルくんに違和感がないよう、ぴったりのボディを用意してあげなきゃ!』


 無数の腕をクネクネさせる異形の正体は――言うまでもない。


 死霊王リッチ・エンマだ。


 現在、ジルバギアスさえ招き入れたことがない地下最深部の工房にて、効率特化の作業用ボディに憑依し、愛しの彼の落命に備えて専用ボディ作成を進めているところだった。


 普段、ジルバギアスには人型のキレイなボディしか見せていないエンマだが、現在は、言うならば完全プライベートで化粧も何もしていない、アットホームな姿だ。


 エンマはこの工房が気に入っている。殺風景に見せかけて、壁には収納スペースがいくつもあり、アンデッドボディ作成に必要なあらゆる素材が揃っているばかりか、楽団にリクエストすれば過去のありとあらゆる名曲も聴ける。


 おそらく大陸で一、二を争う、贅沢極まりない作業環境だ。


『……ん?』


 と、張り切ってジルバギアスボディの作成を続けようとしていたエンマだが、ふと天井を振り仰ぐ。


『なんか、が騒がしいな。……ネフラディアが死んだ? へーっ、あのクソ魔族がねえ、魔王に殺されたのかぁ……意外と呆気ない最期だったねえ』


 チキチキ、と首を傾げるように、その仮面の頭部が回転する。


『……一応呼び出しておこうかな。ジルくんの仇なわけだし』


 カシャカシャと蜘蛛のような脚を操り、恐ろしくなめらかな動きで工房の隅に移動するエンマ。床に刻み込まれていた結界を起動し、霊体を囚える空間を展開。さらに無詠唱で霊界の門を開く。


『【出でよネフラディア=イザニス】』


 ズリュォッ、と闇の魔力の触手が霊界をまさぐった。


『あー、やっぱりだめかぁ』


 しかし、手応えなし。


『魂喰われちゃったんだね。あの槍も大概だよなぁ……』


 誰に言うとでもなく、独り言。


 基本的に、アンデッドは闇の輩に強い。魔族や夜エルフでは、火で焼き払うぐらいしか有効な攻撃方法がないからだ。


 だが、あの魔王の槍――【捕食の魔神】カニバルの権能を封じた武具は。


『ボクらにも効くかもしれないからねえ』


 物憂げにつぶやくエンマ。


 実は、ハッキリしたことはまだわかっていない。魔王と交戦した経験がなく、アンデッドの魂も捕食可能なのか、検証できていないからだ。


 しかしエンマは、自分たちの魂も喰われかねないと想定し、そのための対策も考えている――


『まだちょっと、数が足りないよなぁ……魔王とやり合うには』


 向こうは生身だ。いくら強くても寝食を必要とする。力では敵わずとも、休む暇を与えず攻め続ければ、いずれ体力が尽きる。


 魔王に撃破された兵隊は再利用できない? それなら再利用できなくても問題ないくらい――数日に渡って攻め続けられるくらい、圧倒的な物量を用意すればいい。


『あーあ。それにしても、残念だったな。せっかくジルくんに粋なプレゼントを用意できるかと思ったのに……』


 ネフラディアの魂。


 エンマとしては、ネフラディアの暴挙のおかげでジルバギアスの落命が早まり、願ったり叶ったりだったが、死んだ本人はそうは思わないだろう。


 ――これ、ジルくんを追い詰めた元凶の、ネフラディアの魂だよ! ジルくんの好きにしていいからね♪


 ――おお、さすがエンマ! 気が利くな、ありがとう!! 愛しいひとよ!


『~ってなるかと思ったのにー』


 霊界の門を閉じながら、エンマは溜息をつくような仕草を見せたが、このボディには肺が備わっていないため、無数の肩が蠢くにとどまった。


『ああ……今ごろ、どうしてるんだろう。ジルくん、大丈夫かなぁ』


 死ぬのはまったく構わないどころか大歓迎なのだが、ジルバギアスの魂が損壊し、人格が損なわれることだけは耐えられない!


『まだ死んでないよね? うーん、まだ死んでない』


 意識を飛ばして確認するも、ジルバギアス呼び出し装置は虚しくその名を呼び続けていた。


『……ああ! 聖教会にだけはやられないでおくれよ、ジルくん! どうせ殺されるなら、魔獣か剣聖あたりにして!』


 無数の手を祈るように掲げながら、はるか地上に向かって呼びかけるエンマ。


『お願いだよジルくん! 聖教会には近づかないでねえ……!』



 魔王子の死をこいねがう死霊王。



 冥府のごとき地下の奥底で、愛しの彼を待っている――




          †††



 一方、その頃。



          †††




「うおおおッ!」


 俺は、全身に魔力をみなぎらせた。


「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」


 銀色の輝きが俺を包み込む。


「人間に寄生するゴミ虫どもめ……ッ! まとめて浄化してくれる!」


 そして聖属性の光を解き放った。


「はァァァァッッ!」



 ――眼前に積み上げられた、シーツの山に。



 バチパチパチッと軽やかな音を立て、無数のノミやシラミが焼け死んでいく。



「うっし! こっち、殺虫消毒終わりましたー」

「ありがとうございます~」


 孤児院の女神官見習いが、ホッとした顔で胸を撫で下ろす。


「すいません……貴重な魔力を……」

「いやいや、どうせ休暇中なんでね。それに未来ある子どもたちのためですし」


 俺は笑って答えた。


「他にもヤバそうなところがあったら、言ってください。ちゃっちゃと済ませちゃいましょう」

「それでしたら……食料庫の方も。虫が湧いちゃって……」

「任せてください」



 ――どうも、勇者アレックスです。



 あんまり関係者と一緒にいたくないって言ったけど。



 なんだかんだで、聖教会つながりでボランティアやってます。

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