344.示唆と天啓


「――カイトが、私たちを助けてくれたんです……! あの人の遺骨が……聖なる光を放って……!」


 イザベラは涙ながらにそう語っていたが。


 俺としては、(知らん……何それ……怖……)というのが正直なところだった。


 エドガーはクワッとした顔でめっちゃこっち見てくるし、イザベラはひたすら泣いてるし、ニーナも目を覚ましてオフィシアの裏切り――というか本性にショックを受けてるしで、なんかもうカオスだった。


「ご主人の愛が、奇跡を起こしたのでしょうね……! カイトは立派な男です、本当に……!」


 俺は混乱しつつも、カイトを称賛するので精一杯だった。魔法や奇跡の前提知識がないイザベラは、「奇跡だ」で納得しているようだったが、エドガーは……


 そうこうしている間に聖教会の応援部隊が到着し、集合住宅の捜索も行われた。他にも夜エルフ諜報員が潜んでいるかもしれないからだ。


 正直、公都の諜報員は壊滅しているとは思うが、オフィシアの家には、俺が把握していない夜エルフがいたしな……油断はできない。


 そして捜索の結果、この倉庫兼集合住宅には、コルテラ商会の大量の油と布生地がストックされていたことがわかった。


「公都に火をつけて回るつもりだったのかもしれないな……」


 苦々しげなエドガーの言葉、俺もまったく同意見だ。


 ――部屋が血塗れな上、窓が壁ごとブチ抜かれてしまったイザベラとニーナは、重要参考人という建前で聖教会が一時的に身柄を保護することになった。


『お主のせいじゃな』


 はい、俺が窓をブチ破ったせいです。今はいいけど、このままコルテラ商会が取り潰しにでもなったら、イザベラとニーナはどうなるんだろう……


 俺の口利きで雇ってもらえるほど聖教会は甘くない。関連施設の職員も、修道士の採用も、公平な審査によってなされる。構成員による斡旋なんて許したら、みんなが身内贔屓を始めて、あっという間に組織が腐敗してしまうからだ。人類の敵への対抗を至上命令とし、世俗の利害関係とは距離を取る聖教会は、そのあたりシビアだ。


 イザベラが糸紡ぎの名人で、ある程度は自活できるのがせめてもの救いだが……


 コルテラ商会にも強制捜査が入り、公都の関係者が叩き起こされて拘束され始めているとのこと。ほとんど全員が何も知らされていないだろうが、協力者が潜んでいる可能性もゼロではない。公都の外壁も厳戒態勢で、蟻の子一匹逃さない構えだ。


 ――そして、それは俺にとって都合が悪い。


 オフィシアたちを壊滅させた以上、公都トドマールに留まる理由はなく――イザベラとニーナの今後が気になるくらいか――さらにボロを出す前に、さっさと出立したかったんだが。


「で、例の遺骨とやらは、どういうことなんだ?」


 そうは問屋が卸さない。レイラを迎えにトドマール大聖堂に戻る道中、当然、鼻息も荒くエドガーが尋ねてきた。


 ちなみにエドガーは、俺が死霊術を秘していることは承知しているので、イザベラたちの前では迂闊なことは言わなかった。それくらいの分別はあるらしい。


「わかんね」


 俺は率直に答えた。だって本当にわかんないんだもん。


「アンデッドは聖属性に触れたら焼かれる、常識だろ?」

「それはそうだが……」


 お前が今さら言うのか、とばかりにエドガーが妙な顔をした。


 不可解なのは、先ほどイザベラの部屋で現場検証してみたら、カイトの遺骨が普通に床に落ちていたことなんだよな。


 イザベラの証言では、戸棚に閉まってあった遺骨がひとりでに飛び出て、聖属性の光を放ったらしい。俺がカイトの霊魂を封入していたわけでもないのに、アンデッドのように振る舞って、それでいて灰に還りもしなかった……。


 本当に、奇跡としか思えないんだ。


「イザベラさんに渡したのは、ただの遺骨なんだよ……特別な魔法や奇跡を込めていたわけじゃない」

「だが、遺骨を渡したということは、だ。きみは亡くなった兵士の霊魂にそれを頼まれていたんだろう?」


 …………。


「なぜわかった、という顔をしているが……考えれば当然だ。カイト、だったかな、その人の名前は。カイト氏がきみの知り合いなら、彼の戦死が判明した時点できみは彼を呼び出すだろうし、赤の他人なら、そもそもきみには遺骨を届ける義理がない。遺された妻と娘に遺骨をわざわざ届けている時点で、きみはその兵士と面識があり、ならばきっと霊魂を呼び出しているはずだ。真名を知っているのだから」


 ぐうの音も出ねえ。そして呼び出したなら、その霊魂はどこにいった? という話になるわけで、じゃあ遺骨に宿っていると考えるのが最も自然。そしてそれが妻と娘のピンチに聖属性の光を放ったなら、俺が常識をくつがえすような何らかの仕込みをしていたとみなすのも当然か……。


「残念ながら、カイトの霊魂は――」


 消えちまったんだ、と言おうとして。



 ふと思い出す。



 そういえば――遺骨の兵士たちの霊魂は、聖属性に触れても消えなかった……



 いや、最終的には消えたんだが、ゴーストを叩き斬ったときのように、瞬時に蒸発するでもなく、むしろハッキリと自我を取り戻していた。あんときゃ俺も死霊術の初心者で、謝罪メインだったからそれどころじゃなかったが、冷静に考えると聖属性とアンデッドの基本的な法則に反している。


 っていうか。


 宿屋のリュックに仕舞い込んである、兵士たちの遺骨――あれには年かさの兵士の魂が宿っているはず。


 そしてアダマスと融合させては剣槍と化し、聖属性をまとわせて散々使い倒しているのに。


 あの骨は、灰にならない――


「……何か、あるのか?」


 思わず考え込んでしまった俺を、エドガーが興味深げに観察してきていた。


「いや……何もわからないことがわかったというか……」

「というと?」

「今まで、聖属性はアンデッドを消し去るものと思ってたから、死霊術を使うときも最大限に気をつけてたんだよ。考えてもみろよ、もし戦友の魂を呼び出して、そいつが自分の聖属性に焼かれて消滅してしまったら、どう思う?」

「…………」


 エドガーがすっごい後味の悪そうな顔をした。


「そういうことだよ。だから……経験もデータもない。かといって、実験するのも、なあ?」

「うぅむ……」

「で、さっきの続きだが、カイトの霊魂は『妻と娘を頼む』って言い残して、消えてしまったんだ。だから……本当にわからないんだよ、何がなんだか……」

「……そうか」


 俺たちはしばし、無言で歩いて、ひとりの男の死を悼んだ。


「彼は……兵士だったのか? 勇者ではなく?」

「一般の兵士だった」

「そうか。じゃあ、生前聖属性が使えたわけではないんだな……死の直前、あるいは死後に勇者に目覚めたという線は――どうだ?」

「わかんねェ……あり得るのか? とは思ったが、アンデッドが聖属性を使うことに比べれば――」

「まだあり得る話だな」


 路地に切り取られた、縦長の夜空を見上げる。


「死してなお、妻子を守る。少なくとも……カイト氏の在り方は、勇者と呼ばれるに相応しいものだと、私は思うよ」

「同感だ」


 カツカツと、俺たちのブーツの音だけが響いていた。


「……だけど、そもそも後天的に勇者って目覚めるのか?」

「自分で言っておいて何だが、どうだろうな」


 俺の根本的な疑問に、エドガーが苦笑する。


「成人の儀を受けずに聖属性に目覚める、か――今となっては、あってもおかしくはないんじゃないか、と私は感じるな」

「『今となっては』?」

「ああ。きみに聖属性の正体を教えられてから、だ。神々の恩寵ならば、成人の儀でのみ覚醒する、まさに神秘だと思っていただろう」


 エドガーは穏やかな顔で前を向いている。


「だが――人の意志が生む魔法であるならば」


 そういうことも、あるかもしれない。


 ……考えてみると、アレだな。


 エヴァロティ自治区でも、マンティコアの犠牲者の中に聖属性の使い手が混じっていたって、クレアが言ってたな……。


 てっきり一般兵に偽装した勇者や神官が流入したのかと思ってたんだが、後天的に目覚めた勇者って線もあり得るのか?


『そもそも、勇者とは、成人の儀でしか目覚めんのか?』


 うーん。少なくとも俺は、戦ってる最中に急に聖属性が使えるようになった、って話は聞いたことがないな。


『ならば、やはり儀式が能力発現の鍵となっている可能性は高そうじゃな。そういう仕込みがされた呪詛なのかもしれん』


 なるほど?


「……成人の儀を大人にやってみたら、どうなるんだろうな」


 俺はつぶやいた。


「……どういうことだ?」

「いや、俺たちって聖水をパパッとかけられて目覚めたわけじゃんか」

「ああ……そういうことか。最初の成人の儀では勇者となれずとも、カイト氏のような真の勇者であれば、遅れて聖属性に目覚めてもおかしくはない、と……」

「戦場で人は変わるからなー。っていうか、勇者も神官も全然足りてねェんだよなァ前線じゃよォ」

「違いない……」


 俺たちは揃って遠い目になった。


『しかし聖属性――いや聖銀呪と呼ぼうか、その力の源は人族の集合意識なわけじゃから、あまり勇者や神官が増えすぎると、ひとりあたりに供給される魔力が減って、弱体化を招きかねんぞ。案外、聖教会の上層部はそれを把握した上で、秘しておるのかもしれん』


 それにしたって、前線が瓦解して国が滅び、力の源になる人口がゴッソリ削られるよりはマシだと思うんだよなぁ。もし上層部が聖銀呪の仕組みを把握しているなら、なんだかんだと理由をつけて遅咲き勇者を増やすと思うんだ。


『うぅむ、一理ある……』


 アンテも唸った。


 俺も人のこと言えないけど、盲点なのかもしれない。聖属性が後天的に目覚めるとか、思いもしなかったからな。


「ふむ。色々と、試してみてもよさそうだな。実に興味深い」


 エドガーが好奇心を隠しきれぬ様子で言った。


「だな。俺も……課題が見えてきたかもしれない」

「イザベラの話が事実ならば、あり得ないことが実際に起きたわけだからな。アレックスも、休暇中なら私と一緒に神秘を探ってみないか?」

「は、ははは……」


 俺は笑って誤魔化した。


「…………」


 視線ゥ――ッッ!


 必死で俺が気づかないフリをしていると、エドガーがやれやれと首を振る。


「……何はともあれ。罪なき母娘は、闇の輩の魔の手から逃れた。ニーナもイザベラも、今は至って健やかだ。それ自体は喜ばしいことじゃないか、アレックス?」

「……そう、だな」


 結果的に、ふたりとも生き延びた。それは本当に良かった。だが……


「ニーナちゃんは……本当に、ショックだったろうな」


 恩人だと思っていたヒトに、自らの命を脅かされるどころか、目の前で母親が殺されかけたワケだからよ……。


「…………そうだな」


 俺をじっと見つめていたエドガーもまた、嘆息して前に向き直った。


 通りの向こう――トドマール大聖堂の正面。


 レイラが所在なさげに、入口の前で心配そうに立っているのが見えた。


「っ! アレク!!」


 俺に気づいたレイラが、トタトタと駆け寄ってくる。


「あの――どう、でしたか? さっきから聖教会も、すごい騒ぎになっていて」

「どうにか、助けられたよ。ふたりとも」

「ああ! 良かった……!」


 胸を撫で下ろすレイラ。置いていっちゃってごめんね。


「アレックス、このあとはどうする?」

「宿屋に戻るよ。さすがに今日は疲れた」


 エドガーの問いに、俺はあくびを噛み殺してみせながら答えた。


「そうか。まあ大活躍だったからな、おそらく司教様たちがアレックスに詳しく話を聞きたがるだろうが……今は、休息を取る権利は充分にあるさ」


 肩をすくめるエドガー。


「約束通り、宿泊費は私が持つよ」

「はは、じゃあ最高級の部屋に変更してやろうかな」


 俺が冗談めかして言うと、「そいつは勘弁」とエドガーも笑う。


「これ以上、難しい話は明日以降でいいだろう。こっちはこっちでうまいこと説明しておくよ」

「助かるよ、エドガー。……それじゃあ」

「ああ。また明日」


 ヒラヒラと手を振って、大聖堂に入っていくエドガーを、俺は見送った。



 ……ひとまず有耶無耶にできた、か。



 悪いけど、明日の朝には、俺たちはもういないよ。



 宿屋でやるべきことを片付けたら、出立しようと思う。


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