345.輝ける魂


 ――宿屋の個室にて。


「【いでよ、パウロ=ホインツ】」


 俺はアダマスを突き出したまま、その名を呼んだ。


『うわぁぁぁ――――ギャアアアアッッ!』


 霊界の門から引きずり出されたパウロの魂が、そのままアダマスの刃に貫かれて消滅する。今宵のアダマスは、闇の輩の魂に飢えている……


「えーと、それじゃ次に、【いでよ、オフィシアのアパートで死んでたもうひとりの夜エルフ】」


 霊界の門に魔力の腕を突っ込み、ゴソゴソと探る。


『おわあぁぁ――――ギャアアアァァッ!』


 同上。名前すら知らない夜エルフの魂が、歓喜に打ち震える聖剣の刃に触れて、木っ端微塵に砕け散った。


『エドガーが見たら、真名はどうした!? と目を剥きそうな光景じゃの……』


 アンテが呆れたように言う。


 うーん。まあ死亡現場が割と近場だし、充分な魔力と下準備があれば、これくらい適当な条件でも引っこ抜けちゃうんだよな、魂。すまんなエドガー。


「さて、続きまして……【いでよ、オフィシア】」


 本命だ。リーダー格だから、色々と聞きたいことがある。


『――あああッ!? いやあぁぁぁッッ!!』


 ズルルッと引きずり出されたオフィシアは、頭を抱えて悲鳴を上げていた。多分、俺に頭をかち割られた瞬間で、時が止まってたんだろうな。


『ああぁ……、え? ……ッ!』


 唐突に変わった周囲の景色に目を白黒させ、茫然とし、そして俺に気づく。


『ひぃぃ!』


 情けない悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、当然、俺が用意していた魂封じの結界に阻まれた。


『いやあァァ! 誰か助けてえええ!』


 透明な結界の壁をバンバンと叩きながら、半狂乱のオフィシア。俺は手早く、霊魂をなだめ落ち着かせる呪文を唱えた。


『あ……あう……』

「さて、話をしようか。お前は死んだ。そして俺に死霊術で呼び出された状態だ」


 半透明の自らの手を見て、オフィシアは愕然としている。


『私……死ん、で……。お前は、勇者アレックス……いや、魔王子ジルバギアス、なの!?』


 転置呪使っただけなのに、よくわかったなぁ。


『なぜだ! いったいどうして、こんなことを!? 血迷ったか魔族め! 私たちに何の恨みがある!?』


 沈静化の呪文を使ったのに、まだ怒り狂ってらっしゃる。まあ俺の正体なんてどうでもいいんだ。それに冥土の土産を渡すつもりもない。


 俺は無言で、アダマスを突きつけた。


『……ッ』


 ちりちりと焼け付く聖なる刃に、本能的に怯え、限界まで後ずさるオフィシア。


「回りくどい話はなしにしよう。お前には知る限りの、他の諜報員たちの情報を吐いてもらう。具体的には、イクセル、パウロ=ホインツ、アウトルク以外の、周辺地域および国家に潜伏する夜エルフと内通者の所在や肩書についてだ」

『だ、誰が……お前なんかに……!!』

、と? 見上げた根性だな」


 俺は酷薄に笑ってみせた。せいぜい、こいつの魂に恐怖を刻み込み、反抗の意思を挫くために。


「お前の口が軽くなるよう、いくつかいいことを教えてやろう。まず、俺は卓越した死霊術師であり、お前の嘘を簡単に見抜くことができる」


 ――夜エルフはみな、表情を覆い隠す術を学んでいるが、そうやって鉄面皮を保つ訓練をしなければならないほど、割と短気で激情家だったりする。


 さらに霊魂の姿では、心のありようがダイレクトに反映されてしまう。今の半透明なオフィシアも、俺に対する怒りと恐怖、さらには自身の境遇への悲観をありありと表情に滲ませている。


 俺が嘘を見抜けるというより、こいつの顔にすぐ出ちゃうってわけだな。


 そしてこの状況に慣れて、心を落ち着かせるだけの余裕を、俺は与えない。


「次に、お前が正直に話した場合は、褒美として死後の安寧を約束してやろう」

『死後の、安寧……?』


 あまりにも不穏な言葉に、さらなる怯えを見せるオフィシア。


 そうだよな、裏を返すと――素直に話さなければ、安らかな眠りなんて望めないと言っているに等しいもんな。


「お前が情報提供を拒んだり、虚偽の証言をした場合。お前の魂を天に打ち上げ、光の神々の御許に送ってやる」

『…………?』


 何を言われたのか、すぐにはわからなかったようだ。


 だが、意味を理解するにつれて――その顔が恐怖と絶望に染まっていく。


「そうだ。お前の魂は、闇の神々の園に招かれることなく、永劫に光の神々の御許で焼かれ続けるのだ」


 ――陰険で性悪な夜エルフたちが、なぜ嬉々として死霊術に手を出さないか。


 それは宗教的な理由が大きい。死の領域を侵す死霊術は禁忌の術であり、闇の神々の怒りを買うと信じているのだ。死者の魂は闇の神々の園――つまり冥府に招かれるべし、という固い信念があり、自分たちの魂も当然、闇の神々の御許に迎え入れられることを望んでいる……


『そんな……一介の死霊術師に、そんな芸当、できるはずが――』

「――ない、と思うのか? 夜エルフらしくもなく、楽観的だな」


 俺はいかにも邪悪な死霊術師のように、せせら笑ってやった。オフィシアの顔が引きつる。俺には不可能な芸当、と言い切れる根拠もないのだ。


『実際、どうなるかはわからんがの』


 まあな。便宜上『霊界』と呼んでいる精神界が、本当に『冥府』と同質の存在なのかすら、最近は怪しくなってきたし。


 アンデッドは、太陽光で浄化したら『消滅する』が、『死霊術による干渉が不可能になる』だけで、本当に消え去っているのかはわからない。ましてや光と闇の神々、どちらの御許に送られるかなんて……


 俺にもわからねえ。


 だが、脅しには使える。


『う……うぅぅ……』


 オフィシアは、もう体温なんてないのに、極寒の地に放り出されたかのようにガタガタと震えている。


 森エルフを絶滅させ、その魂を光の神々じゃなく闇の神々に捧げてやる、と息巻いてたくせに、逆に自分が光の神々の御許に送られると聞いたら、この怯えよう。笑えてくるな。


 ただ、夜エルフにとって陽光で焼かれるのは相当な苦痛らしいし、それが未来永劫続くとなると……生半可な拷問なんて目じゃないか。


「さて、次にお前が口を開いたとき、了承以外の言葉であれば拒絶とみなす。少しは悩む時間をくれてやるが、待つのが面倒になったらお前は。他の夜エルフを当たるとしよう……ちなみにお仲間は全滅したぞ。改めて言うまでもないだろうが」


 俺の言葉に、オフィシアがさらに打ちのめされたような、情けない表情を見せた。絶望の追い打ち食らうと、こんな顔になるんだなぁ……。


 しばし、夏の夜とは思えぬほど冷え冷えとした沈黙が続く。


『わかり……まし、た……。お望みの内容を、すべて、お話しいたします……』


 やがて、ゆるゆると、オフィシアがひれ伏した。


『ですので……どうか……安らかに死なせてください……っ』


 その目からは、ぽろぽろと魔力のしずくがこぼれ落ち、虚空に消えていく。


「よかろう。その誠意に免じて、光の神々のもとに送るのは勘弁してやる」


 俺は鷹揚にうなずいた。


『約束は守るつもりのようじゃな』


 一応な。


『これまではアダマスで粉砕したり、日光で焼いたりじゃったが、こやつの扱いは具体的にはどうするつもりなんじゃ?』


 闇の魔力で魂を粉砕。


『あー……エンマとかクレアがやっておったやつか。あれはあれで相当な苦痛のようじゃが』


 そうだけど、そのまま霊界に戻して終わりってワケにもいかないしな。できるだけ短時間で終わらせてやるよ。


『おほぉー』


 おほぉーじゃねえんだよおほぉーじゃ。


 ――その後、すっかり意気消沈したオフィシアから、国内外の他の諜報員・工作員の潜伏場所や、表向きのプロフィールなどを聞き出していく。


 流石、トリトス公国および周辺地域を指揮していた管制官だけあって、なかなかの情報量だ。全部空覚そらおぼえするのは無理なので、メモも取ってるが……これ、見られたらヤバいなぁ。機密情報の塊って次元じゃねえぞ。


『以上です……神々に誓って、真実を、すべてお話しました……』

「よし。ではお前の霊魂はいったん預かることにしよう」

『……へ?』


 ぽかんとするオフィシア。俺はポケットから、事前にこっそり切り取っておいた、彼女の髪の束を取り出した。


「いくつか、お前の証言の裏を取ってみて、あからさまな虚偽があった場合は、罰として光の神々の御許へ送る」

『…………』

「なあに、そんな顔をするな。誓って真実を話したのだろう? ならば、心配無用なはずだ。違うか」

『…………』


 解放されるかと思いきや、死してなお囚われ続ける運命と知り、へなへなとへたり込んでしまうオフィシア。


 俺が追加で魔力を注ぎ込んでやらなければ、ザラァッと自我が崩壊してしまいそうなくらいだった。まだ逃さねえぞ……。


「それとも、訂正することでもあるか? 今なら不問にしてやるぞ?」

『……い、え。ありま、せん……』


 へえ、一応は正直に話したんだ。信心深い奴だな。


「わかった。では、しばし眠れ」

『……ひとつだけ、教えてください……』


 俺が魂を不活性化させようとしたところで、オフィシアが声を絞り出す。


「なんだ? 答えられることなら、答えてやってもいいが」



 あくまで傲岸不遜に応じた俺は――



『ヴィロッサ先輩は……どうなったん、ですか』



 オフィシアの問いに、平手打ちを食らった気分になった。



「…………死んだよ」


 俺が殺した。


 会わせてやろうか? とヤケクソ気味に言いかけて、堪える。ヴィロッサはまだ己の死に気づいていない。利用価値が下がる……。


『あ……ああっ。ああ、ああああっ、ああああァァ――ッッ!』


 ひれ伏したまま、悲痛な叫び声を上げるオフィシア。


 俺はたまらず、その魂を眠らせて、手元の髪束へと封じ込めた。


「…………」


 首に下げていたペンダントを手に取り、ぱちんと蓋を開ける。


 サウロエ族の小さな【狩猟域】の中に、封じ込められた骨片――その狭い空間に、オフィシアの毛髪もギュッギュと詰め込んで、蓋を閉じた。


 知り合いだったんだな。しばらく一緒にいればいいさ……。


「はぁ……」


 溜息をついた俺は、ベッドにどさりと身を投げだした。


「お疲れ様です」


 ベッドの上で、ちょこんと正座して見守っていたレイラが、俺の頭を撫でた。


「どうぞ」

「ありがと……」


 そそくさと膝枕してくれたので、身を任せる。そのまま天井を見上げると――天地逆さまにあぐらをかいて座る、バルバラと目があった。


『ま、なんというか、敵ながら哀れだったね。同情の余地はないけどさ』

「そうだな……」

『アレクも相変わらず容赦なくて、実に見事な手並みだった。よっ、同盟圏イチの死霊術師!』

「ははは……よせやい、照れるだろ」


 バルバラの茶化しに、俺も助けられているフシがある。


「仕方ないですよ。向こうも、それだけの悪行は重ねてるわけですし、情報を得るには必要なことですし……アレクが気に病むことはないんですからね」


 一方で、俺の頭をナデナデしながら、レイラが慰めてくれる。バッサリバルバラと全肯定レイラ、緩急で頭がどうにかしちまいそうだ。もっとくれ。


「今夜はここで一泊かの?」


 アンテが実体化して、俺の横にごろんと寝転がる。


「そっちの方が無難だろうな」


 俺はうなずいて答えた。


 公都に用がない以上、レイラに乗って脱出してもよかったんだが、街中で竜形態になったら確実に目撃されるし、風圧だけで地味に被害が出そうだし……


 公都の諜報員を根絶やしにしたとはいえ、あからさまに目立つと、『白竜を駆る何者かが公都より逃れた』みたいな噂が流れて、それがまかり間違って魔王国に届きでもしたら……ちょっと面倒なことになりそうだ。


 魔王国に対しては、俺の足跡はできるだけ隠したい。


 なので、夜明けを待って街の門から堂々と出ていき、郊外でレイラに人化を解いてもらってから、目立たないように移動しようという結論に至った。


「現状、トドマール聖教会はアウトルクの尋問に夢中じゃろうし、連中視点では他にも諜報員がおるかもしれん。警戒や調査に人手が割かれて、今はお主どころではなかろう。何らかの働きかけがあるとしても、おそらくは明日以降……」

「だな。とりあえず朝まで、ゆっくりしようか」


 俺もちょっと疲れちゃったよ。


 戦闘は大したことなかったけど、その、気苦労が色々とな……。


『例の、聖属性の件はどうする?』


 バルバラがふわふわと天井を漂いながら聞いてきた。


『あたしで試してみるかい? 聖属性が、実は害がないなら、さらなる強化も望めるわけだろう?』

「いや……それはどうかな……」


 不敵な笑みで提案するバルバラに、俺は難色を示す。


「ハッキリ言って何が起きるかわからないし、バルバラが消えちゃったら、それこそ取り返しがつかないからな……」

『まー、それはあたしとしてもおっかないけどさ』

「無難に、まずは遺骨の兵士に話を聞いてみたらどうじゃ。ひとりおるじゃろ」

「……まあ、そうだな」


 俺は身を起こし、リュックを手繰り寄せた。



 中から、兵士たちの遺骨を取り出す。



 ……ここには、年かさの兵士の魂が眠っているはずなんだ。



 今となっては少し不思議に思うが、俺は、この骨をアンデッドだとは認識していなかった。骨を操る魔法によって変形する、半ば道具。それでいて、アダマスのような相棒。


 そう思っていた。


 アダマスと同様に、常々意思のようなものを感じていたから、年かさの兵士をわざわざ呼び起こしてまで、対話を試みたことは今日までなかった。


 恐る恐る、聖属性の魔力を流してみたが――骨は、ふわりと銀色の輝きを宿すだけで、灰にはならない。


 ひょっとするとアンデッドのいち形態なのではないのか、と今の俺が感じているにもかかわらずだ。


「……【目覚めよ】」


 明確に、死霊術として、俺は力を行使する。


 もはや自らの名を思い出せなくなってしまった、あの、年かさの兵士を。



 ――呼び起こす。



『……ふ、わぁぁぁ――あ』



 盛大なあくびをしながら。



 おとぎ話のランプの精みたいに、霊体が遺骨から飛び出してきた。



『んん~~~……はぁ。なんか、長いこと寝てた気がするな。おう、久しぶり。どうだ? そろそろ魔王、倒せそうか?』



 床に降り立ち、ぐっと背伸びをした年かさの兵士は。



 眠たげな目をこすりながら、ニカッと笑ってみせた。



 ――聖属性の銀色を、その身に宿したまま。

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