343.悍ましい手段
「なあ、エドガー」
「どうした? アレックス」
今の俺は、顔が青ざめている自覚がある。それでもエドガーは、あえて、とても穏やかな口調で返してきた。まるで俺を落ち着かせようとしているみたいに。
「夜エルフは、人や森エルフの皮を剥いで、マスクや手袋に加工することがある」
「…………まさか」
それだけで、エドガーは察したらしい。天を仰ぎながらうめいた。
「……身元の漂白! 商会に面倒を見られている難民ならば、他者との接触も最低限で身寄りもない。入れ替わってもバレづらいし、つい一日二日前に検査されたような状態なら疑われない! ……だが、そこまで……そこまでするのか!?」
「こいつらならやりかねん」
っていうか、やる。オレ、コイツラ、ヨクシッテル。
クソッ、もうこうなったら、死霊術で霊魂ぶっこ抜いて、誰を標的にしていたのか聞き出すか!? エドガーは仕方ないとしても、聖教会の面々の前でやりたくはねえが……!
いや、待てよ。
「治療の現場。『中心街から少し外れにある、コルテラ商会の慈善施設』って話でしたっけ?」
「ああ……そうだ」
イヤースが首肯した。
「…………」
「どこか、心当たりがあるのか?」
「……今日、訪ねた」
俺はエドガーを見つめながら、嫌な予感が膨れ上がっていくのを感じた。
「話したろう、戦友の妻と娘さんを探してるって。……いたんだよ。見つけたんだ。コルテラ商会の世話になっていた。ちょうどトドマール支部から歩いてすぐの、倉庫兼共同住宅に」
「……病気は?」
「肺病を患っていた。完治は高位の術者でなければ厳しい、と……」
しかも、俺の記憶が正しければ。
「オフィシアと、似たような背格好の女性だった……」
記憶にある、彼女の頭の高さに手を掲げながら。
オフィシアも、だいたいこれくらいの背丈だったな、そういえば……!
「あっ」
と、唐突に声を上げたイヤースに、俺たちの視線が集中する。
「……そういえば、アウトルクが言っていた。治療費に関しては現地で一括で支払うと。てっきり、商会員を使うのかと思っていたが、ひょっとすると仲間が――オフィシアが合流する可能性も――」
俺とエドガーは、弾かれたように顔を見合わせた。
「それを」
「はやく」
「「言え!!」」
†††
――そして、現在に至る。申し訳ないがレイラは置いてきた。ハッキリ言って人の姿じゃこの速さにはついてこれそうもなかったからだ。
『何とか間に合ってよかったのーぅ……』
アンテ、口調に残念感を滲ませるんじゃない!
……イザベラさん、必死でニーナちゃんを庇ったんだろうな。背中が刺されたあとだらけで、俺、もう泣きそうだよ。
傷は全部オフィシアに押し付けたからいいとして、問題はニーナだ。目は虚ろ、呼吸は浅く意識レベルも低下している……毒でも盛られたか?
「エドガー!」
俺はニーナを抱きかかえながら、ブチ破った窓の外に叫んだ。
「怪我人かー!?」
通りの向こう、バチバチと雷の魔力をまとったエドガーが、爆速でこちらに駆けてくるのが見える。
ダイアギアスも似たような魔法を使っていたな、あれで
「毒にやられた子がいる! 俺じゃどうにもならん!」
転置呪は、傷や病巣は移せるが、体内に残った毒素や呪詛はそのままだ。呪詛なら魔力のゴリ押しで上書きしたり、押しのけたりもできるんだが、毒素は体外に排出されるか自然に分解されるのを待つしかないからな……
ヴィロッサに色々習ったとはいえ、これがどんな毒なのかまではわからない。ここは、治癒のプロたる神官に任せる!
『待て! イザベラがこのままではマズかろう』
と、アンテが先ほどとは打って変わって真面目なトーンで警告した。
『血塗れなのに体には傷ひとつない。どう考えても不自然じゃ』
う……確かに。
でも、イザベラさん瀕死だったし、わざと傷をいくつか残したまま転置する余裕なんてなかったし……
『御託はよい。問題はどうするかじゃ』
はい。
「待ってろ! すぐに行く!」
バチバチバチッ、とエドガーの足音が迫る――やべえ、何をどうするにせよ、もう時間がない――
『なぁに、簡単なことじゃ』
アンテが、嗤った。
『
実に楽しそうに、囁くように。
言わんとしていることは……わかる。
わかるが……!
「アレックス、どうした?」
もう、エドガーがすぐそこまでに来ている。窓の外、通りの下から声が――
…………ええい、クソがよォ!
俺はニーナを抱えたまま窓から飛び出し、通りへと降りた。エドガーがちょうど、こちらにジャンプしようとしているところだった。
「この娘だ」
「了解」
エドガーがニーナを地面に寝かせて、銀色の光を身にまといながら手を組んで祈り始める。その隙に俺はまた地を蹴って、部屋に舞い戻った。
倒れ伏したままのイザベラに、歩み寄る。
「…………」
意識は戻っていないようだ。傷はすっかり消え失せていて、顔色も良い。
……だけど、これじゃあダメだ。ダメなんだ……
俺は、オフィシアの手からこぼれ落ちたナイフに目を留める。
「すまない……」
カイト、俺が冥府に行けたら、タコ殴りにしてくれ。
ナイフを拾い上げた俺は。
イザベラの意識がないことを再確認し。
背中を、ドスッと一突きした。
なるべく命の危険が少ない箇所を狙った。それでも、意識不明ながらも「ぐっ」とうめき声を漏らし、顔を歪めるイザベラ。
すまない、本当にすまない……!! 俺は歯を食い縛りながら、イザベラを抱え上げて再び通りに飛び降りる。
エドガーは首尾よくニーナの治療を終えたらしく、額の汗を拭いながら一息ついているところだった。
「ああ、アレックス、解毒は無事に――って!」
俺の腕の中、背中にナイフが刺さって血塗れのイザベラに目を剥くエドガー。
「重傷! 出血多すぎ! 早く!」
あまりにも不意打ちが過ぎたか、エドガーが珍しく取り乱していた。俺は素早く、イザベラをエドガーの前にうつ伏せに寝かせる。
真剣な顔で祈りを捧げながら、エドガーが背中のナイフを引き抜いて、治癒の奇跡を注ぎ込む。
さらに、ナイフでイザベラのワンピースの背中側を切り裂き、「ふむ……?」と傷の有無を探っている。さらに、顔が血で汚れるのもいとわず、背に耳を当てて呼吸と鼓動も確かめているようだった。
「……よかった。助かったか……」
ふぅーーーっと細く長く息を吐いて、エドガーがへたり込んだ。
「ありがとう……」
俺は頭を垂れる。すまない。無駄な労力をかけてしまって……エドガーには先ほどから世話になりっぱなしだ。顔の血、なんかハンカチとか持ってなかったっけ……。あ、ないや。そういうのはレイラが持ってるんだった……
「……オフィシアは?」
「殺した」
今さらのように尋ねてきたエドガーに、俺は端的に答える。
「そう、か……」
エドガーは、噛みしめるようにうなずいた。
「……惜しいな。話を聞く限りではリーダー格のようだったし、生かして情報を抜き取りたいところだったが……」
イザベラを仰向けに寝かせつつ、ニーナを膝枕してあげながら嘆息する。
「……待てよ」
そして、何かを思いついたように俺の顔を凝視するエドガー。
わぁ、すっごい嫌な予感――
「呼び出して情報を吐かせることは……?」
声を潜めるエドガー、俺は即座にパンと手を叩いて防音の結界を展開した。不用意に外で聞いてくるんじゃね――ッッ!!
「……ふたりの意識は?」
「……寝てます」
俺の声に若干の怒りが滲み出ていたか、姿勢を正して答えるエドガー。
はぁ……いずれ避けては通れない話題ではあるんだがな。よりによってオフィシアで踏み込んでくるあたり、この男はよォー。
『お主の正体に勘づいたっぽかったからのぅ、あの女』
絶対に情報を漏らすわけにはいかねえんだよ。アダマスでブチ殺したから魂が破損している可能性もあるが、宿屋に戻ったら処理しとかないと……
「――死霊術で霊魂を呼び出すには、条件がある」
と、そんな内心は押し隠し、俺は真面目くさって講釈をたれ始めた。
「まず、物質界と精神界――いわゆる霊界だな――をつなげるため、『霊界の門』を開く。その上で、呼び出したい相手の『名前』を呼ばねばならない」
「あー」
その説明だけでも、エドガーは察したようだ。
「『真名』でなければならないのか?」
「オフィシアは、少なくとも偽名だろうからな」
我ながら、ちょっと際どい答え方だ。厳密には、俺はエドガーの問いかけに答えていない。オフィシアは呼び出せない、と主張するために、こういう言い方をしているわけだ。
真名で霊魂を呼び出せるのは、事実。だが、
だけど、それじゃマズいんだよ!
他の夜エルフならともかく、オフィシアはヤバいんだって!!
「なる、ほど……」
エドガーは顎に手を当てて、俺の言葉を吟味している。
「しかし、そうすると魔王軍の死霊術師はどうなんだ? 戦力としてはあまり投入されていないようだが、膨大な数のアンデッドの目撃情報はある。使役されている哀れな霊魂の、すべての真名を調べ上げたとでも?」
痛いところを突いてきやがる。まあ当然の疑問ではあるが。
「魔王軍は、現地の墓場や聖教会、役所なんかも制圧しているだろうからな……戸籍なんかを調べ上げている可能性はあるぞ」
俺はしたり顔で答えた。
「なるほど……」
「まあ、そうでなくとも……強大な魔力や、さらなる邪法を使えば、真名を調べるまでもなく霊魂を呼び出せるのかもしれない」
真名で呼び出すのが一番楽で、他の条件は余分に力を使うので嘘ではない。
「ひとつだけ確かなのは、魔王軍の
これも多分事実だ。同盟圏で最高の死霊術師は、多分俺かエンマの手下。当然ながら純粋な実力では、俺はエンマに敵わない――
「だからこその"第7局"、か……さらなる研究を重ねないことには、対抗する次元にないということだな……」
エドガーも納得したようだ。そして、ふと何かを思いついたように顔を上げる。
「……ということは、アレか? アウトルクから、同僚たちの真名を聞き出せばいいわけだな?」
よっし明日の朝までには全処理しとこう! そうしよう!!!
「ああ! だけど聖属性でブチ殺したから、魂がブッ壊れてて呼び出せない可能性はあるぜ!」
「お、おう、そうか……」
俺の力強い補足に、若干引き気味なエドガー。
「ん、ぅ……」
と、そのとき。
寝かされていたイザベラが、小さくうめいた。目が覚めたか?
「…………ニーナは!?」
薄目を開けたイザベラは、しばし視線をさまよわせてからガバッと起き上がる。
「大丈夫です。無事ですよ」
俺はしゃがみ込んで、イザベラに極力優しく声をかけた。
「あなたは……アレックスさん!?」
「ほら、すぐ隣に」
俺が示した先、エドガーに膝枕されて穏やかな顔で眠るニーナに、イザベラも気づいたようだ。
「ああ……!!」
すぐにほっぺたに手を当てて、体温を、呼吸を確かめて、安堵のあまりヘナヘナと脱力している。
「よかった……よかった……!!」
「すいません、助けるのが遅れちゃって……」
「そんな……とんでもないです、本当に……!! ありがとうございます……!」
バツの悪い俺に、涙ながらにイザベラは首を振る。
「それに、あの人が……カイトが、私たちを助けてくれたんです……!」
すんっ、と鼻をすすりながら、イザベラは言った。
……え、どういうこと?
「アレックスさんが届けてくださった、あの人の遺骨が……聖なる光を放って、オフィシアさ――オフィシアを、怯ませてくれたんです……!」
え…………!?
どういうこと……!!??
――――――――――――
※Twitterやコメントで言及されて気づいたんですが、改めて数えてみると、アレクが同盟圏に入ってからまだ4日しか経ってないですね!!!! 充実ゥ!
※しかも猶予期間中なので、追放刑はまだ始まってもいない……!
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