342.依頼と推理
どうも、イザベラとニーナを、ドブクサ夜エルフの魔の手からかろうじて救い出すことに成功した勇者アレックスです。
頭をかち割られ背中と腰はズタボロと、凄惨な死を遂げたオフィシア。そして血塗れで倒れ伏すイザベラに、ぐったりしたニーナ。現場にはむせ返るような血の臭いが立ち込めている――
危なかった。ふたりを『守れた』とは、とてもじゃないが言えない。あと少しで手遅れになるところだった。今ふたりとも生きているのが奇跡だ……!
――こうして介入が間に合ったのは、ひとえにエドガーのおかげだ。
アウトルク制圧後のこと。
「まんまと騙されたな。まさか夜エルフだったとは……」
上級司祭のイヤースは、俺の火傷と毒にやられた片目を治療しながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
首元に毒を打ち込まれたにもかかわらず、彼はピンピンしていた。もっともノーダメージだったわけではない。首に広がっていく冷たい痺れで、それが強力な神経毒であることを察したイヤースは、咄嗟に中和の術を使っていたらしい。
おかげで毒の回りを最小限に抑え、致命的な事態を避けられたようだ。エドガーの治癒を受けて身体が動くようになってから、さらに自力で奇跡を使い、完全に解毒したそうだ。
それにしてもこの毒、夜エルフが自害とかに使うやつだと思うんスけど……よくもまあ対処が間に合ったもんだ。
「イヤース殿は司教への昇進が有力視されているからな」
と、先ほどエドガーがレイラの治療をしながらそう言っていた。イヤースが聖属性の強化を併用しながら治療していたので、レイラの正体がバレないよう、気を遣ってくれたのだろう。ありがたい。
にしても、司教か。上級司祭から司教への壁は厚いからなぁ。それを突破する逸材となると、将来のトドマール大司教候補といったところか。
そんなエリートが、しょーもない諜報員の毒でやられなくてよかったぜ。
「こいつ、かなり長いこと潜伏していたのでは?」
俺は気絶したアウトルクをふん縛りながら言った。
「……ああ。私も顔見知りだった。信頼できる商人と紹介されていて、すっかり人族だと信じ込まされていた……」
忸怩たる思いを滲ませるイヤース。
「しかしアレックスは、どうしてこの男が怪しいと気づいたんだ?」
「コルテラ商会員だったからだよ」
エドガーの問いに、俺は何気なく答える。
「言ったろ? オフィシアの家を訪ねたらパウロともうひとりの諜報員がいたって。オフィシアも疑わしいし、こいつも商会員だし、何より邪悪な雰囲気を感じたからな……間違いだったら謝ればいい、くらいのノリで聖属性を浴びせたよ」
「なる、ほど」
「なんと、コルテラ商会は諜報員どもの巣窟なのか!?」
小さくうなずくエドガーと、目を丸くするイヤース。
「それにオフィシアといったか? あの副支部長の? ……きみはいったい、何者なんだね?」
「申し遅れました。勇者アレックス、上級司祭です。休暇中につき所属は控えさせていただきたい。こちらは俺のパートナーで、ホワイトドラゴンのレーライネ」
「はじめまして」
ぺこりとお辞儀するレイラ。「ホワイト……!?」とイヤースは目を白黒させた。
「……彼には少々、込み入った事情があるようです」
エドガーがやんわりと間に入る。
「私も詳しくは聞いていません。あまり深入りしない方がよろしいかと……」
「ぬぅ……そうか」
俺の言葉が真実なら、階級は同格の上級司祭。イヤースの方が年上とはいえ、俺に情報開示を強要することはできない。アウトルクとの戦いぶり、魔力や
エドガーが気絶したアウトルクを、俺がパウロの死体をそれぞれ担いで、ひとまずすぐ近くの聖教会――トドマール大聖堂に向かう。
「それで、治療の依頼とのことでしたか?」
道すがら、エドガーが再びイヤースに尋ねた。
「ああ。さっき、その諜報員が言っていたように、急患とのことだった。……もっとも本当だったのか、今となっては怪しいがね。私を夜道に連れ出して、毒殺でもするつもりだったのだろうか……」
ジロッ、と剣呑な目でアウトルクを睨みながらイヤース。
なるほど、なんでこんな夜分に治療の依頼なんか……と思ってたけど、オフィシアたちは公都脱出の手筈を整えている最中で、去る間際にトドマールの有力な神官を消そうとしていた、と考えると辻褄が合う。
イヤース氏は、自力で猛毒を食い止めたとはいえ、エドガーの助けがなければそのまま殺されていただろうからな……
「ふむ…………」
エドガーが顎に手を当てて考えを巡らせている。
「その『急患』は、どのあたりに住んでいるか、事前に聞かされていましたか? イヤース殿」
「中心街から少し外れにある、コルテラ商会の慈善施設とのことだった。具体的な住所までは知らされていない、ただついてきてくれ、と……」
エドガーの目がきらりんと光る。
「……妙だな」
そう言って、顔を上げた。
「妙? 他に何か狙いがあったとでもいうのかね?」
「失礼ながら、イヤース殿の命が目的だったならば、もうすでに殺されていたと思うんですよ。……向こうの通りには井戸があります。この街に長年潜伏していた諜報員なら、それを把握していないはずがない。毒で仕留め、遺体を放り込んでおけば、明日の朝まで――ともすれば数日は気づかれないかもしれません」
「うぬぅ」
割と容赦のない指摘に、イヤースがうめく。
「もっと遠くに連れ出して、改めてイヤース殿を始末するつもりだった――という線も考えたのですが、それにしては依頼が妙です。『急患』とイヤース殿は仰っていましたが、私の記憶が正しければ、アウトルクは『商会が支援している難民の中に、状態が芳しくない者が数名いて、取り急ぎ治療してもらいたい』といった旨のことを言っていたはず」
……エドガーの言葉で、俺も違和感に気づいた。
「ずいぶん、
「そう、そこなんだ」
我が意を得たりとばかりにエドガー。
「イヤース殿、ないし有能な神官を始末するのが目的だったならば、もっと緊急性の高い依頼を出すだろう。たとえば『オフィシア副支部長が倒れた!』だとかな。そうすれば人気のない場所に速やかに連れ出せる。なのに『状態が芳しくない』という表現にとどめて、さして急いでいる様子もなかったのが解せない」
「それは……確かにそうだな、言われてみればそうだ……」
他ならぬイヤースもうなずく。
『我らが鉢合わせしたときも、
アンテも考えを巡らしているようだ。
『しかし、何が目的だったんじゃ? この夜エルフどもは……』
「私が思うに、アウトルクの目的は、本当に『人を治療させること』だったのではなかろうか」
まるでアンテのつぶやきが聞こえたかのように、エドガーは言葉を続ける。
「それは……なぜ?」
「逆説的に考えた。何か奇妙に思える点があるならば、そこに何らかの意図があったはずだ。アウトルクはイヤース殿を連れ出したが、殺害が目的ではなかった。夜分にわざわざ依頼したのは、おそらく明日の朝では遅すぎたため。そうまでして何をしたかったのか? そこまでして治療したい人物がいたのか?」
夜エルフたちにとって、重要な人物がいる、と……?
「たとえば、病気で死にかけの内通者とかか?」
「うーむ、その線もなくはないが」
俺の言葉に、エドガーが首をかしげる。
「協力者や内通者なら、もっと早い段階で治療していそうなものだ」
「確かに……」
「急いでいた理由は、わからないでもないがな」
と、イヤースが何か思い当たった様子で口を開いた。
「例のビラ騒動を受けて、トドマールも全住民の聖検査の計画が立ち上がっていた。コルテラ商会の上層部にも夜エルフが潜んでいたならば、情報を掴むのは容易だっただろう。正体がバレる前に逃げ出そうとしたのは想像に難くない……」
などと話しているうちに、トドマール大聖堂に到着。
門番の修道士たちに敬礼されながら、中に入る。さすが首都の大聖堂だけあって立派だなぁ、見ろよあのステンドグラス。儀式魔法があんなにハッキリと浮かび上がってる。
あれだけ立派なのは、他に――――どっかで見た覚えは、あるんだが。今の俺には思い出せなかった。聖教国の大聖堂かなぁ。どこだっけ……
「イヤース様! いったいどうされたのです?」
と、ガッチガチに拘束されたコルテラ商人&頭に矢が刺さった死体を担いでいる俺たちを見て、神官が目を剥いていた。
「こやつ、なんと夜エルフの諜報員だったぞ! 見よ、これを」
イヤースが気絶したアウトルクの目を開いてみせる。その瞳は――人族ではありえない、真紅。
特殊な甲殻類の殻と、染料となるコーンを原料に作られた
「それは……!!」
誰の目にも明らかな夜エルフっぷりに、神官たちも絶句している。
「衛兵隊に連絡を。少なくともあと1名、夜エルフと思しき者が逃走中だ。コルテラ商会トドマール副支部長のオフィシア。彼女のアパルトマンにも、死体が放置されているそうだ。すぐに現場に人員を派遣せねば」
「こやつはどうしますか?」
「厳重に、地下室に閉じ込めておけ! 決して自害を許さぬよう……聞かねばならぬことが山ほどあるからな……」
嫌悪感を隠しもせずに、イヤース。
哀れ、アウトルクは勇者たちに身柄を渡され、そのまま地下へと連れて行かれた。生きて日の目は――うん、幾度となく見る羽目になるだろうな。夜エルフに対して、日焼け止め抜きの陽光はかなり効率がいい
「これでよかろう。色々と疑問は残るが、詳しくは本人に聞けばいいだけだ」
イヤースが「違うかね?」とばかりに俺たちを見てきた。
松明に照らされた重々しい地下室の扉が、ギィィ――――ドゴォッ!! と閉じられるのを見届けて、それでも俺は、どこかモヤモヤした気持ちを抱えていた。
ふと隣を見ると、エドガーも釈然としないような顔をしている。目が合って、互いに同じ気持ちであることを察した。
「……ひとつ気にかかっているのは、オフィシアの動向だ」
エドガーは独り言のように。
「きみが彼女の家を訪ねたとき、当の本人はいなかったのだろう?」
「ああ」
「オフィシアが現状を把握したとき、どう動くだろうか……」
「孤立した諜報員がひとり。できることは限られるな。せめて情報を持ち帰るために逃げ出すか、苦し紛れに破壊工作を行うか、ほとぼりが冷めるまで潜伏するか……」
潜伏ってのはなさそうだけどなぁ。コルテラ商会トドマール副支部長という肩書を失って、さらにお尋ね者となった状況で、総ざらいの聖検査をやり過ごせるとはとても――
「――――」
やり、過ごす?
「私には……」
エドガーは顎を撫でながら。
「例の治療依頼が、何かしら関係しているのでは……と思えてならないんだが」
…………考えろ。俺は、何かに気づきかけている。
総ざらいの聖検査。人族の治療。
こいつらは、何をしようとしていた?
オフィシアの家にあった偽造書類を見るに、脱出の用意を進めていたのは間違いないが――
いや、待て。俺が送りつけた、ジルバギアス来訪を匂わせる手紙……あれはどんな影響を与えていただろう?
奴らが一箇所に集まったということは、それについて協議したのは間違いない。
「あの……」
と、レイラが遠慮がちに声をかけてきた。
「ん、何か思いついたのかい」
「神官さんたちって、普通は治療するときに聖属性も使いますよね?」
……先ほどエドガーが、レイラの正体がバレないよう、純粋な光属性のみの奇跡で治療してくれたな。結局、俺が自己紹介でイヤースにはバラしちゃったけど。
「それはそうだ。奇跡の効きが格段に良くなる。その、人類に対しては、な」
レイラの正体を知るひとりとなったイヤースが、ちょっと奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「では……もし、夜エルフたちが姿を隠そうとしているなら、協力者か、なりすますための身代わりが必要になると思うんですけど。治療を受けた人って、『人族であること』が確定しませんか?」
――聖属性まじりの治療を受けたなら。
確かに、そうだ。人族であることが確定する――
「…………」
レイラが俺を見つめている。その唇が、「かりうど」と動いた。
――ハントス。
ずるりと顔面の皮マスクが剥ぎ取られる、おぞましい光景を思い出して――
俺は、全身が粟立つのを感じた。
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