131.きみの二つ名は。
――『鉄壁』のゲルマディオス。
それが、この男の二つ名だ。
オンブル族より受け継いだ【
ゆえに、『鉄壁』。
特にレイジュ族同士での戦いでは、ほとんど負け知らずだった。なにせ同格の相手ならば、ほぼ一方的に呪詛や魔法を無効化できるのだ。
(私が負けるはずがない!!)
だからこの日も、己の勝利を確信していた。
魔王子ジルバギアス――たとえ年齢の割に魔力がずば抜けていようと、所詮はまだ子どもだ。
80年以上の
純粋な槍勝負で子ども相手に負けることがあろうか?
いや、ない――ありえない!!
これで、悪魔の魔法も使用可能だったなら、番狂わせが起きたかもしれないが。
(まあ、それは王子の
ゲルマディオスは慈悲深く、そう考えていた。
『悪魔の魔法を使えていたら勝てた』――自分に膝を屈した王子が、悔し紛れにそう言い訳する姿を夢想して、せせら笑う。
王子が何の悪魔と契約しているのかはまだ伏せられている。悪魔の魔法にはメチャクチャな効果を持つものも多く、魔族同士の決闘で起きた、
だが――そんな王子を尻目に、自分は周囲にこう言って聞かせるだろう。
『いかなる魔法を使われたところで、私の【
そんな自分の姿を、思い描いて――
しかし、壇上から飛び降りた王子が、雷光のように迫り。
呑気な空想など消し飛ばされた。
(――速い!)
槍ごと両断してやるとばかりに、大上段から振り下ろされる剣槍。
いや――落ち着け、何を慌てる必要がある!
自分の武器はドワーフ製の魔法の槍で、さらに魔力で強化している。
対する王子は何を思ったか、今にも折れそうな古びた剣を穂先とした、不格好極まりない槍とも剣ともつかぬ奇妙な武器を用いている。
たしかに構えは堂に入ったものだったが――
「そんななまくらに!」
負けるものか!!
逆に折り砕いてくれる、とばかりに正面から受け止めた。
瞬間、
ガァァァンンッという轟音とともに、腕に電流のような衝撃が走り抜けた。
なんという剛力。凄まじい斬撃の圧。
天井のシャンデリアが悲鳴を上げるように共鳴し、ビリビリと震える空気に全身の毛が逆立つのを感じた。
(押し負け――ッ!?)
馬鹿な。この体格の、どこにこんな力が――!
「――らああァァァァッッ!!」
野獣のように歯を剥き出しにしたジルバギアスが、
ゲルマディオスはたまらず弾き飛ばされる。
受け身を取ろうとしたが、宴会場のテーブルが邪魔をして、再び木片と食器類を床に撒き散らす羽目になった。
おお、と見守っていた一族の面々がどよめく。「すごい!」「何という剛力!」と王子を褒め称える声も――
(クソが――ッ!)
力量に乏しい者ほど、ゲルマディオスが吹き飛ばされたように見えたことだろう。だが実際には違う! 衝撃をいなしたのだ!
それに王子を見てみろ。
剣槍を保持する右手に、うっすらと傷が走っている。ゲルマディオスは、飛び退く寸前に槍を突き込んでいたのだ。
目敏い者はそれに気づいた。王子が圧倒したように見えて、力量的には痛み分けに近いと。
「フッ、馬鹿力だけでは私に勝てま――」
キザな笑みとともに言い放とうとするゲルマディオスだったが、言い終わる前に、フッと眼前に影がさす。
「おォォォ――ッッ!」
狂犬じみた気迫でジルバギアスが迫っていた。
「――くッ」
回避するには速すぎる。受け流さざるを得ない! 全力で踏ん張ってどうにか剣撃を逸らし、カウンターの一撃を叩き込む。再び、うっすらと傷跡を刻んだ。
(このままじわじわと体力を削り取ってくれる――ッ!)
ゲルマディオスは嗜虐的に笑った。自分に対し転置呪による傷の押しつけは不可能だ。この生意気な王子が痛みで泣きべそをかくまで、嬲り者にすると心に決めた。
そして、真の実力を、上下関係というものを思い知らせてやる――!
魔族の序列とは、生まれではなく力にあるのだ!!
「らああアァァッ!」
再びジルバギアスの一撃。全身をきしませながら耐え、カウンター。
「しアァァァッッ!」
さらに一撃。手の痛みを堪えながらカウンター。
「おらあァァァァッ!」
歯を食いしばり、か、カウンターを――
(――いったいいつまで続く!?)
ゲルマディオスは内心で悲鳴を上げた。王子は全く息切れを起こさない。どころかラッシュがどんどん加速していく。ガガガガァンッと槍と剣槍が打ち合わされる音で頭がどうにかなりそうだった。
ゲルマディオスの的確な反撃で全身に傷をつけられ、血が流れているというのに、痛みに苦しむどころか、まるで爽やかに汗を流しているような――
笑顔。
ぎらぎらと輝く
「――っ」
それに真正面から捉えられ、ゲルマディオスは怖気が走るのを感じた。
ジルバギアスの凄まじい猛攻に、見守る一族の面々も歓声を上げている。もはや、どうあがいてもゲルマディオスが優勢には見えない。
そして真に目敏い者は気づいていた――ジルバギアスが反撃で受けた傷はすべて、見切った上で許容されたかすり傷に過ぎないということを。
ドンッ
「うッ!?」
突如、背中を襲った衝撃にゲルマディオスは動揺した。
壁だ。
しかもそのことに――気づいてすらいなかった。
それほどまでに、ジルバギアスの猛攻を受けるので必死だった。初めてそれを自覚したゲルマディオスは、さらに愕然と。
「どうした? もう逃げ場はないぞ」
ようやく攻撃の手を止めて、ジルバギアスがニヤリと笑う。
傲岸不遜。まさにその一言に尽きる。
羽と脚をもがれて苦しむ虫けらを、見下ろすような目――
「こ……ッ」
このクソガキ……ッッ!!
「舐めるなァ――ッ!」
激昂してジルバギアスへ突進しながらも――ゲルマディオスは心はどこか冷静に、どう決着をつけるか算段を立てていた。
(……ええい、仕方あるまい!!)
ここに至っては使えるものは何でも使う。
バサッ、と【
この、実体を持たない魔力のマントは、全ての光を吸い込むような闇色だが――
実は、使い手自身には、向こうが透けて見える。
いささか卑怯だが、血統魔法は使えるのだから問題はない!
そしてこちらの構えが見えなければ――相手の出方はどうしても一瞬、遅れる。
間合いまで滑り込み、王子が迎撃しづらい形で一撃を打ち込む。
そしてそちらに対処しようとしたところを、カウンターのカウンターで刈り取る!
「――――」
ゲルマディオスは無言で、槍を突き出した。
突如として【
「――そこか」
しなかった。
獲物を見つけた猟犬のように、むしろ喜び勇んだ顔で――穂先に刃先を合わせて、まるで、巻き込むように。
円運動で、槍を跳ね上げられた。呆気なく突きをいなされた。そう、カウンターに終始していたゲルマディオスは、そのとき初めて自ら仕掛けたのだった。
ぐんッ、と槍ごと腕が引っ張られるような感覚――
【
「【我は――『角折』ジルバギアス】」
至近距離まで引き込んだ王子が、狂気じみた笑みを。
「【魔族の誇りを打ち砕く者なりッ!】」
その存在感が、さらに膨れ上がる。
間合いが近い、近すぎる――
するりとその手の剣槍を握り直し、肩の肉が盛り上がるほどに力を込めた王子は。
「死ねァァァァ――ッ!」
純然たる殺意の咆哮とともに、剣槍を横薙ぎに叩きつけた。
――殺される!
宴会場が一瞬にして戦場に塗り替えられた。理屈抜きの恐怖に襲われ、ゲルマディオスは死を遠ざけるべく必死で槍を掲げて防御する。
それは――彼が今まで積み重ねてきた槍の技術など微塵も感じられない、稚拙極まりない動きで――
対する王子が振るう刃は、荒々しくも美しい、
剣閃。
パキィン! とこれまでにない甲高い音を響かせ。
何の変哲もない古びた刃は、ドワーフ製の魔法の槍を
「ひッ――」
そしてそのまま、ゲルマディオスの首を刎ね――
「…………」
飛ばそうとしたところで、刃先が跳ね上げられ、ぴたりと止められた。
すぅ……と、煙のように【
穂先が切り取られた槍をへっぴり腰で構える、情けない顔のゲルマディオスが姿を現した。
寸止めされた剣槍は、示し合わせたように、ゲルマディオスの頭部、右の角に添えられている――
「運が良かったな」
ジルバギアスが傲岸に言い放った。
「出発前に、父上から念押しされてな。『角を折るのはやめろ』と」
固唾を呑んで見守る周囲を見回し、再びゲルマディオスを睨む。
「だが――次はないぞ」
子どもとは思えぬ、ドスの利いた声。
「今度また舐めた真似をしてみろ。貴様の角、へし折ってくれる。そのときは父上も俺を責めまい――」
――ピシッ、と妙な音が響いた。
「……ん?」
怪訝な顔をするジルバギアスだったが。
かつん、ころころ……と。
刃が添えられていたゲルマディオスの角の先端が――
欠けて、床に落ちた。
「「あっ」」
見守っていた周囲の面々も、「あっ……」と声を漏らした。
「あっ…………ああ……!?」
わなわなと震える手で、自らの欠けてしまった角に触れたゲルマディオスは――
床の破片とジルバギアスの顔を、唖然とした表情で見比べて――
「……うーん」
そのまま、泡を吹いて気絶した。
「…………ま、まあ、その、アレだ。……さきっちょだけだし」
ジルバギアスはバツが悪そうに、肩をすくめて言った。
「父上も責めまい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます