512.奇才の種族
【前回のあらすじ】
地下に隠れ潜んだ吸血鬼を速やかに仕留めてみせる――そう豪語するヴァンパイアハンター・アレクサの言葉を信じ、村で気を揉みながら待っていたヴァレンティウスは、早々に戻ってきたアレクサ一行により吸血鬼の討伐完了を告げられる。
ただし、吸血鬼の灰を含め証拠は一切提示できず、どのように討伐したかも教えられないという。
本当に吸血鬼は全滅させられたのか、そして村人を納得させる材料の少なさに不安を覚えるヴァレンティウスだったが、オーダジュとリリィに命を救われた恩もあり、アレクサたちを無条件で信頼し、自らの貴族としての名誉を担保に村人たちを安堵させることを決心するのだった――
オダジュ「オーダジュ=エル=デル=ティユールの名において、この地域の吸血鬼が全滅したことを保証しましょう」
ヴァルス(! エル=デル=ティユール……森エルフ8大氏族! ともすれば聖大樹連合議会の元議員の可能性さえある……私ごとき田舎の木っ端貴族が本来、直に口を利いていい御方ではないな……!)
アレクサ「なんかヴァルス殿やけに動揺してましたね」←魔王子
オダジュ「ですなぁ」←元聖大樹連合議会議員
リリアナ「わぅん」←女王の後継者候補
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どうも、ヴァルス殿ことヴァレンティウス=(中略)=セル・オプスガルディア殿に別れを告げ、次なる吸血鬼出没スポットへと急ぐ新人ヴァンパイアハンターのアレクサです。
『ウオオオオアアアア吸血鬼ィ!』
『待ってろよ今すぐ行くぞォォォォ!』
『ぶち殺してやるゥォヮァァァァッッ!』
『キエエエエアアアァァァッッ!』
レキサー司教はじめ他のヴァンパイアハンターの皆さんは、大暴れしたばかりだというのに元気いっぱいだ。
すでにオディゴスの案内で、最寄りの吸血鬼がいる方向はわかっている。たかだか2,3匹狩ったところで、休んでる暇なんてないというわけさ!
レイラがキツくない程度にぶっ飛ばしていくぜ!
「――おっと、このまま進むと街道を逸れますね」
「そのようですな」
しばらくオディゴスの導きのまま進んでいくと、街道が大きくカーブするところに行き当たった。まあ一直線に最短距離で行こうとすれば、こういうことも起きるか。
ただ、こちとら上位の森エルフが3人もいる。鬱蒼と生い茂る森に踏み入るなり、草木が身をよじり、お辞儀するかのように勝手に道を作っていく様は圧巻だった。
『そりゃあこんなことになるなら、こやつら森エルフは草木を切らんで済むじゃろうなぁ』
他種族だとこうはいかないもんなー。まあ並の森エルフだと『こう』までにはならないみたいだけど……
導きの権能で俺たちの移動力も底上げされているのか、道なき道を進んでも足腰には負担を感じない。オディゴス様々だぜ……俺も魔界に入ったときは、アンテの宮殿まで行くのに世話になったもんだ。逆に導きがなかった帰り道は、やたら時間がかかってダルかったのを覚えている。
「わっ、木の根がっ」
「危ない! 大丈夫?」
「あ、ありがとうリリアナ……」
しかし諸々のサポートがあってもなお、人の姿ではちょっとどんくさいレイラは、柔らかい腐葉土に四苦八苦している様子だ。ごつごつと張り出した根に足を取られて転びそうになるたび、リリアナやヘレーナに肩を借りて事なきを得ている。
「うぅ……」
時々恨めしげに木漏れ日を見上げているのは、(飛べれば一瞬なのに……)とでも考えているのだろうか。気持ちはとてもよくわかる。このくらいの森なら突破するのに数秒しかかからないだろう。
それでも、えっちらおっちら走るうちに、だんだん木々の密度が下がっていった。足元もしっかりと踏みしめられる硬い土へと変わっていき、そして俺たちの前に姿を現したのは――
「山ですね」
「山ですなぁ」
俺が足を止めて眼前の岩山を見上げながらつぶやくと、オーダジュが真面目くさって相槌を打った。それほどデカくはないが、決して小さいとも言えない山々が、連綿と東西に続いている。
「迂回は……難しそうか」
ぐるっと山脈を大回りするのは、早駆けを加味してもちょっと遠そうだ。それなら俺たちの前にそびえ立つ山と山の間の部分――稜線が凹んでいるところ、
「えっ……まさか、これを越えるんですか……!?」
愕然とした顔で、レイラが俺と山を二度見。森の不整地でさえ苦戦していたレイラに、これの踏破は少々酷かもしれない。
「オディゴス、最寄りの吸血鬼は?」
「こっちだね」
リリアナの問いに、オディゴスがパタン……と岩山の方に倒れた。
無慈悲……!
「残念ながら、最適な道が必ずしも快適な道とは限らないのさ」
杖状態から燕尾服姿に戻り、ひょいと肩をすくめる仕草をしてから、再び杖に擬態するオディゴス。遠い目で空を見上げるレイラ……果てしない蒼穹……
「レイラ、俺がおぶっていこうか?」
毒が抜けて気力体力ともに充実、大人の体でガタイもいい今の俺に隙はないぜ! 荷物の一部をオーダジュあたりに手伝ってもらえれば、レイラくらいなら軽々背負っていけるだろう。
「お、おんぶ……! いや、でも……!」
俺の言葉に、レイラがクッと歯を食い縛っている。
『くふふふ、揺れとる揺れとる。隙あらばお主と密着したいが、だからといって足は引っ張りたくないし、情けないところもあまり見せたくない……という顔じゃの』
忍び笑いを漏らすアンテ。
「いつも長距離移動でお世話になりっぱなしだし、たまには逆に、俺に乗ってみるってのはどうだい」
レイラがあまり気に病まないよう、冗談めかして提案する。『まあ旅の間に何度もお主には乗っておったがのぅ』やかましいわ。
移動でレイラに頼り切りなのは事実だし、幾度となく命を救ってもらったし、先日は毒の症状まで引き受けてもらったし……返せるものなら少しでも恩を返したい。
「……いえ! 大丈夫です! 可能な限り自分で頑張ります!」
が、俺の思いとは裏腹に、葛藤を振り払ったレイラはキリッとした顔で宣言した。
しかし岩山を再び見上げて、へにょっと挫けそうになっている。
「……頑張りますけど、遅すぎて迷惑だったり、どうしても無理だったら、そのときはお願いします……!!」
――そんなわけで、俺たちは山越えと洒落込んだ。
「あ、こっちは足場がいい感じで歩きやすいわよ!」
「ここはちと登りづらいですの。ツタでも生やしましょうか」
「湧き水が滲み出してるわね。滑りやすいから別のルートにした方がいいわ」
何と言っても森エルフ組があまりに頼りになる! 特にリリアナは、オディゴスの権能の影響もあってか、歩きやすい箇所を見つけ出すのが異様に上手かった。
「ひっ……ひぃ……」
そしてレイラはというと――文字通りヒーヒー言っていたが、根性で歩いていた。肉体的な疲れはリリアナが定期的に吹っ飛ばしちゃうから、あとは精神力の問題なんだよな。そしてレイラの精神力はすごい。
ただ、いくら気合と根性があっても、ロープ代わりのツタをよじ登っていくのは厳しかったらしく、両手でぶら下がって真っ赤な顔でプルプルしながら頑張っていたが――「すいません、これ無理です!」とのことだったので、そこは俺がおぶって突破した。
『最初からお主が背負ってやった方が早かったのではないか?』
どのみち急勾配が多くて、みんなそんなにスピード出せなかったし……してほしいときはしてほしい、無理なときは無理、ってお互いハッキリ伝えるように心がけてるしな。レイラが自分の足で歩くって言うなら、俺はその意志を尊重するよ。
『どのみち触れあえば【キズーナ】で筒抜けじゃしのぅ』
それもある。
【キズーナ】といえば、クセモーヌ元気にしてるかなぁ。ボン=デージ・スタイルが大人気になってたのはいいけど、人気になりすぎて上位魔族に拉致とかされてなきゃいいんだが。まあダイアギアスが黙ってないか……
そんなこんなで山を越えると、起伏に富んだドワーフ連合王国の地が一望できた。森、耕作地、都市、鉱山がひしめき合ってそれぞれ勝手に領域を主張しているような印象、多種族国家ならではって感じだな。
見事な景色に、俺もリリアナたちも一汗かいて爽やか~! ってなノリだったが、レイラだけは「あれだけ苦労してコレか……」とややげっそりした顔をしていて、悪いけど笑いそうになってしまった。確かに高高度からの景色には見劣りするかも。
「集落があるわね。獣人の村かしら」
ヘレーナが目の上に手をかざしながら言った。緩やかな斜面をとっとこ下りていくと、森の中にひっそりと木造家屋が並び立っているのが見えた。家屋の大きさの割に開口部が少なめなのは、犬系獣人の好みの造りだ。
「オディゴス、最寄りの吸血鬼に悩まされている集落は?」
「うむ。……あちらで間違いなさそうだね」
ぱたん、と杖は集落を指し示す。そうとなれば話が早い。
『ウオオオッ助けを求めている人々がいる!』
『急げ急げ!!』
『吸血鬼を狩るぞォォォォッッ!』
『キエエエエアアアァァアァ――ッ!』
急いだ方がよさそうだ。
「こんにちは~!」
斜面を駆け下りていくと、森のほとりの日なたでパタパタとシーツを乾かしている獣人がいたので、遠くから声をかける。
『狼獣人の女かの?』
そうっぽいな。がっしりした筋肉質な体躯、それでいてどこか女性らしい体つき、背の高さもかなりのもんだ。俺よりデカいかも。手入れを欠かしていないのか黒色の毛並みも艷やかだ。そして尖った鼻にピンと立った耳、フサフサの尻尾……紛うことなき狼獣人だな!
「うおォン!? 旅人さんっ!? えっ、山の方からっ!?」
俺たちの接近に気づいて、女狼獣人はギョッとしたようにこちらを二度見した。
「どなたか知りませんけどっ! 今こっちには来ない方がいいかも~っ! どこに吸血鬼が潜んでるかわかんないし、みんな気が立ってるので~っ!」
わちゃわちゃと手を振りながら叫んでくる。
『おおっやはり困っているようだ!』
『俺たちが来たぞ~!』
『任せろ~!』
『キエエエエエアアァァァッッ!』
殺意!
「大丈夫です! 聖教会の方から来ました! ヴァンパイアハンターです!」
「ええっ、ヴァンパイアハンターっ!? うォン、うおォン!」
が、俺が告げるなり、全身の毛を逆立てた女狼獣人は、そのまま村の方へピューッと走り去ってしまった。
『逃げた……? もしかしてあやつ既に眷属化されとるんじゃ』
い、いやそんな馬鹿な。だって日なたにいたじゃん。
「……あ、ごめんなさ~いっ! 嬉しすぎて置いて行っちゃいましたっ!」
ほらちゃんとすぐに戻ってきた!
「わたしワインフって言いますっ! 村に案内しますから、離れずについてきてくださいっ! 危ないので~っ!」
「ヴァンパイアハンターのアレクサです。わかりました」
挨拶もそこそこに、村へと続く森の小道を走っていく。
ワインフが背中を向けた隙に、ヘレーナがぽわんと光の玉を放ってぶつけ、敵味方の判別をしていた。アンテと同じようにちょっと怪しんでいたらしい。
獣人たちの村は、やはりと言うべきか静まり返っていて、数えるほどしか村人たちが活動していなかった。夜の間は吸血鬼に備えて起きているからだろう。
「散らかってるけど上がってくださいっ! 村長がいますからっ!」
ワインフが、村の中心部の大きめの家に案内してくれる。半地下気味な構造、小さな部屋がいくつも連続する間取り、まさに狼獣人の家の特徴だ。彼ら、狭めの空間の方が落ち着くんだとか。
「ダーリンっ! ダーリン、起きてっ!」
そして家の奥、ドンドンドンと扉を叩いて叫ぶワインフ。ダーリン!? 村長の嫁さんだったのかワインフ……
「う……ぅぅん、ハニー、もうちょっと寝かせておくれよ……」
眠そうな声が扉越しにくぐもって響いてくる。
「お客さんよっ! ヴァンパイアハンターの方たちが来てくれたのっ!」
「うぅん……えっ、ヴァンパイアハンター!?」
眠気が吹っ飛び一気に覚醒する顔が目に浮かぶようだ。
「あっ、ちょっとまずい! 今ぼく何も着ていない! 身支度整えるから、少しお待ち頂いて~!」
そしてベッドから飛び起き、ドタバタと慌ただしい音。
『身支度ってそんなにいるんじゃろか、狼獣人で……』
う、うん……それ俺も思った。
ワインフも、カラフルな刺繍が施された布を巻いて局部を隠すだけのめっちゃラフな格好をしている。そもそも全身に毛皮があるから、夏なんて全裸でもいいくらいなんだよな、彼らは。
それこそ男の狼獣人なんて、腰布一丁で現れてもおかしくないっていうか、さっき見た村人たちは現にそんな格好してたし……一応村長がお客さんに応対しようとしてるわけだから、ちゃんと着込もうとしてるのかな?
そうして待たされることしばし……
「ふぅ、やっと着終わった。――うォンッ!?」
扉がバンッと開いて、飛び出してきた人物がギョッとしたように仰け反る。
「びっくりしたぁ! ここにいらっしゃったとは! 大変お待たせしました!」
バッと頭を下げてくるが、俺は驚きで咄嗟に声が出せない。
これだけ身支度に時間をかけたのに――
腰布一丁だ……ッッ!
いやしかし、おかしいのはそれだけではない。
「えっ……?」
「おや……?」
「ん~……?」
森エルフ組も怪訝な顔をしている。だよね? 俺の気のせいじゃないよね!?
まず、目の前のこの『狼獣人』――ちっさい! 背がめちゃくちゃ低い!
ワインフが俺より大柄なだけに対比が際立つ。アンテよりは大きいみたいだけど、頭頂部が俺の胸に届くか届かないか、って身の丈だ。
だが背の低さとは反比例するように、がっしりと盛り上がった筋肉がやばい! 縦に叩き潰された粘土が横にブワッと広がったみたいなノリで、体の恰幅が凄まじいというか、みちみちと毛皮が張り詰めているというか……!
獣人は概して筋肉質だけど、こんな筋肉の塊みたいなヤツは初めて見たぞ!?
そして何より――
『こやつ、魔力が異様に強いんじゃが?』
そう! 今の俺の、人化して鈍った感覚でさえ薄っすらと感じ取れる!
けっこうな魔力強者だぞこの人……!
「あの……失礼ですが、獣人ですよね……?」
リリアナが遠慮がちに尋ねる。その横でヘレーナが無言でぽわぽわと光の玉を投射して『狼獣人』にぶつけていた。反応なし、少なくとも吸血鬼ではない。
「あ~……」
ぱちぱちと目を瞬いた『狼獣人』は、そのままスンッと真顔になった。
「まあ……おわかりになりますよね……」
いや、うん……何かがおかしいことくらいは……
「あの、ごめんなさいっ。ダーリンはちょっと特殊で――!」
「いいんだよ、ハニー」
何か言い募ろうとするワインフをやんわりと遮って、彼は首を振った。
「ぼくは……ぼくの心は、獣人です」
心『は』……?
「ですが、肉体的には……忸怩たるものがありますが……」
首の後ろに手を回す自称『狼獣人』氏。ジジジッ……と何かが外れていくような音が響き、そして顔をグッと引っ張った、次の瞬間。
「ふぅ」
ズポォッと首が取れた!?
いや――違うっ! その下から、短くヒゲを刈り込んだ男の顔が……!
「はじめまして。村長にして名誉狼獣人の、モフスキン=ゴス=テュームです」
ドワーフだコイツ!!!!!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※ちなみに村の名前はケモパラ村です。
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