102.剣闘、健闘
――それは異次元の踏み込みだった。
対消滅した火魔法の残滓を、突き破り、前進した剣聖たちは。
次の瞬間には、もう魔族の戦士たちの前に
「っ!?」
若い魔族が、ぎょっとしたように顔を引きつらせる。
対して眼前で双剣を構える剣聖は、研ぎ澄まされた刃のように冷徹。
「【我が――」
若い魔族が口を開くと同時、閃く、ふたつの刃。
一刀で邪魔な槍を切り裂いて、残る一刀で首を刎ね飛ばす。
空中を舞う若い魔族の首は、何が起きたかわからないという表情のまま。
ぱくぱくと口を動かしていたのは、呪文でも唱えているつもりだったのか――
「まずいッ、こいつら剣聖だ!」
魔法で燃え盛る槍を手に、別の魔族は叫ぶ。
獣人たちの、拳聖の存在でもっと早く察するべきだった。
自分がいったい『何』と相対しようとしているのかを――
「――来るなァ!!」
ボゥッ、と曲芸のように口から火を吹いて、少しでも剣聖を遠ざけようとする。
だが円盾を掲げて肉薄する剣聖は、難なくそれをかわし、踊るようにしてひゅんっと右手の曲刀を振るった。
「――くッ」
咄嗟に槍を掲げ、受ける。ギィンッ! と響き渡る金属質な音。ひと当てだけして衣をはためかせながら下がる剣聖に、これ幸いとばかりに、手から炎を噴射して反動で距離を取る魔族の戦士。
「あっ、あぶねえ……!」
九死に一生。思い出したように全身から冷や汗が吹き出る。剣聖と接近戦など、命がいくらあっても足りない!
――と、その手の中で、ドワーフ謹製の魔法の槍が、真ん中でパキッと折れた。
「あっ、俺の槍が!」
――続いて、魔族の胴体からバシャッと血が噴き出した。
「あ゛っ、おれ゛のっ……」
体が。
そう、受け切れてなどいなかった。
剣聖が一旦下がったのは、もう仕留めたから――
「がふっ……」
腹から胸にかけて一直線、肋骨はもちろん心臓まで深く切り裂かれた魔族は、思い出したように即死した。
「おのれェ!!」
一瞬で若手がふたりも討ち取られてしまい、年長の魔族の戦士が額に青筋を立てて怒鳴る。
「【腐れ落ちろ!】」
歴戦の風格を漂わせる戦士だけあって、剣聖を前にしても怯えの色はない。魔族の常道、魔法による弱体化を試みる。
どろりとした毒々しい深緑色の呪いがその手から溢れ出し、まるで蛇の群れのようにのたうち回りながら、剣聖たちへ――
「【風の精霊よ 淀みを吹き払い給え】」
が、後方のエルフ魔導師が呼び込んだ清浄なる風に、吹き散らされる。
「――ありがたい」
剣聖が微笑む。鏡のように磨き上げられた小型盾と、直剣を携えた細身の男だ。
そして微笑みをたたえたまま、魔族を見据える。
歴戦魔族はチィッと舌打ちしたが、妨害も織り込み済みだったので動揺は少ない。
呪いを警戒し、剣聖の突進の勢いがほんの僅かに鈍った。歴戦魔族が体勢を立て直すには、それで充分だった。
「――死ねェッ!」
槍に魔力を注ぎ込み、全身のバネを使って疾風のごとき突きを見舞う。
しかし渾身の一撃は、剣聖に軽くあしらわれてしまった。穂先を払い除け、難なく懐へ潜り込もうとする剣聖――そうはさせじと歴戦魔族が足を跳ね上げる。
爪先で地面をえぐり、剣聖の顔に向けて砂を飛ばす。目潰し、そしてほぼ同時に槍を叩きつける――
「む」
が、剣聖は軽く手首を捻り、一瞬だけ刃を眼前に持ってきて、目に入る砂粒を完全に防ぎきった。
さらにお返しとばかりに、小型盾をクイと傾ける。鏡のように磨き上げられたピカピカの盾に、太陽が映り込む。
その眩い照り返しが、歴戦魔族の目を灼いた。
「――ああっ」
槍を振るいながら、視界が真っ白に染め上げられた魔族は、絶望の声を上げた。
視覚を奪われた。たとえまばたきに満たぬ間でも。
剣聖を前に、それがどれほど致命的か――
「卑怯とは言うまい?」
含み笑いが耳元で聞こえて。
「おのれ――」
それ以上叫ぶ前に、首と胴体が泣き別れた。
警備兵たちを素早く討ち取った勇者たちは、そのままの豪奢な天幕へと押し入る。
「……いない!?」
「これは――会議室だったか」
が、予想と異なり中はがらんどう。
戦局図や丸テーブル、書類などが置かれているだけの空間だ。
てっきり魔王子が休んでいるものかと思ったが――アテが外れてしまった。しかし迷う時間もない。
「【
とりあえず資料類に火だけ放って、外に出る。あまりにも痛いタイムロス――王子を探すか、今からでも撤退するか、それとも暴れるだけ暴れるか。
――いや、選択肢はほとんどない。
「剣聖だ!!」
「手強いぞ! 近づかせるな!」
「魔導師を先に殺れ!」
王子を探しながら、暴れるしかない!!
警笛に叩き起こされ、周辺の天幕から続々と魔王軍の戦士が飛び出してきていた。
が、得物だけを手にほぼ寝間着姿の者も多く、相手が剣聖と知るや否や軽装のまま飛び出たのを後悔している様子だった。生半可な鎧は役に立たないが、だからといって半裸で戦いたい相手ではない――
大天幕から出てきたばかりの勇者たちを、遠巻きに囲いながら、魔法戦が始まるのは必然だった。
「【ひれ伏せ!】」
「【足萎えよ!】」
「【死に狂え!】」
雨あられとばかりに呪詛が飛んでくる。
「【
勇者が盾を掲げて叫ぶと、銀光の衣がみなを覆った。
「【悪しき呪いは我らを避けて通る!】」
エルフ魔導師も必死で魔除けのまじないを唱え続けている。
そのまま一丸となって進むが、及び腰の魔族たちが距離を取るので埒が明かない。剣聖は隙あらばいつでも斬り込む構えだったが、あまり突出すると加護が薄れて敵の魔法に囚われてしまうため、迂闊に動けない。
「何だ何だァ!? これが天下の魔族様かよ!」
「とんだ腰抜け揃いどもだぜ、なあ兄弟!?」
――と、例の二人組の剣聖が、大げさに肩をすくめながら叫んだ。
「せっかく本陣まで挨拶に来たってのによォ」
「こーんな腑抜けばっかとは、張り合いがねえなァ!」
ハッ、とお手本のような蔑みの表情。
「おーいお前ら、その手の槍は飾りかァ?」
「代わりに杖でも持ったらどうだ!」
「それならヨボヨボになっても安心だな!」
「今だって似たようなもんだろ! モゴモゴ言ってるだけだし!」
ガッハッハとこれみよがしに爆笑。
「うえーん、お母ちゃん、剣聖が怖いよぉ」
「おおよしよし、可哀想な坊や。いい呪文を教えてあげるわ」
甲高い子どもの泣き真似、気色悪い裏声で母親の真似。
「【マゾク ダジャク ナール ヤリガ ツエニナール】」
「おお! みんな、お母ちゃんが呪文を教えてくれたよっ!」
「さあ皆さんどうぞご一緒に! ご自慢の魔法を見せてくれ!」
「唱えたら剣聖が怖くなくなるぞォ!」
ギャッハッハッハ……と笑い転げる二人組。
本陣が、恐ろしいほど静まり返った。
魔族の男たちは、ほぼ無表情で、立ち尽くしている。
いや、表情筋が引きつりすぎていて、逆に表情が消えているのだ。
段々と――顔が、首が、青黒く染まっていき――
「殺せェ――ッッ!!!」
目を血走らせた半裸の魔族たちが、特に若者ほど、怒りに我を忘れて突撃する。
年嵩の戦士たちが「やめんか馬鹿者!」「挑発に乗るな!」と引き留めようとするも、全く取り合わず――
笑い転げるのを切り上げて立ち上がった二人組の剣聖は、盾を眼前に掲げ――その裏で、獰猛な笑みを浮かべた。
だがすぐに軽薄な表情に塗り替えて、剣と盾を構える。
ふたりの姿勢は、まるで判を押したように『同じ』だ。他の剣聖たちと違って個性らしい個性がない。
それもそのはず。
ふたりとも、兵卒上がりの剣聖なのだ。
いち兵士として、人族汎用剣術を極めに極め、物の理を超越した。
そして、兵士の剣の真骨頂とは――
連携にある。
「合わせるぞ」
「応」
たったふたりの陣形が、怒り狂う魔族の群れと激突した。
殺到する魔法の槍を、何の変哲もない盾が押しのける。
いや、破砕する。
そして踏み込む。
堅実に、最小限の動きで、的確に。
魔族の心臓をえぐり、首を掻っ切り、襲いかかってきた十数名がたちまち死体の山を築いた。
「あっ、ああ……!」
「あの……馬鹿者どもめがァ!」
「生かして帰すな!! 苦しめて殺せぇ!!!」
いよいよ怒り狂った、それでも判断力を失わない魔族たちが、一斉に魔法を放つ。
「ぐぅッ……【精霊よ 我らを守り給え 悪しき言葉を祓い給え!】」
「【
額に汗を浮かべた魔導師が必死に逸らし、それを勇者が援護する――
「あいつを殺せ!!」
「死ね草食みィ!」
そのとき、新たに駆けつけた夜エルフたちが、エルフ魔導師に狙いを定めて嬉々として矢を放った。
が、エルフ魔導師の周囲には、ドガジンをはじめとした拳聖たちが控えている。
「いやはや、人気者じゃの」
飄々と笑うドガジンが、舞う。
そして哀れ、夜エルフたちはすぐに静かになった。エルフ魔導師は気分爽快な笑みを浮かべ、疲れを忘れたようにさらなる詠唱を――
「【
――耳元で、声がした。
バシュッ、とエルフ魔導師の顔が、引き裂ける。
「が――ッ!?」
傷は浅い。だがエルフ魔導師は信じられない思いだった。
周囲に張り巡らせた風の精霊の護りをすり抜けて、呪いが届いた。
自分の周りには味方しかいないのに。
まるで、自分のすぐ真横で誰かが、呪文を唱えたかのように――
にわかに魔族たちの背後、ひときわ強力な存在が近づいてくるのを知覚する。
「……こりゃまた手酷くやられたな」
完全武装の、緑色の髪をした魔族の戦士が顔を出し、同胞の死体に溜息をついた。
――直接、顔を見知っていたわけではない。
だが勇者たちは悟った。
そいつこそが、自分たちの標的。
第4魔王子、エメルギアスであると。
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