467.相棒と約束


『――それじゃあ、行きます!――』


 浅瀬でレイラが翼を広げ、水飛沫を撒き散らしながら宙へと舞い上がる。ぐんっと体が浮く感覚、即座に【隠蔽の魔法】も展開。


 きっと俺たちの姿は闇夜に紛れて、すぐに見えなくなっただろう。ぐんぐんと高度を上げていく――それからさらに陸地から離れた沖合へと、レイラは首を巡らせた。


『うわーすごい、これがドラゴンの飛行かぁー!』


 そして俺の背後で、霊体のアーサーがはしゃいだ声を上げる。


『圧巻だな、一瞬でこれほどの高度を……』

『すげー! 速えー!』

『フフ……落ちてももう死なねェのが唯一の救いだ……』


 レキサー司教たちものっぺりとした暗い湖面を見下ろしながら、感心したり怖がったりしていた。ひとり、高所恐怖症がいるらしく、目が死んでいた(死んでいる)。大変申し訳ございません……休眠しときますか……?


 それはさておき、眼下、星空が映り込んだアウリトス湖には、人工の明かりも浮いていた。俺たちがいた島に向かって、ゆらゆらと接近していく。


 ――船だ。


 レイラが俺の毒の症状を引き受けて、自己治癒のためギンギラギンに目立っていたせいか、遠くから船がやってきてしまったのだ。


 こんな夜中に島に近づいてくるとか、座礁しても知らねーぞマジで。


 興味本位か、何かを警戒してのことか、はたまた事故を起こした船の救難信号と誤認したのか……アーサーによると、『船守人の神官や勇者が、緊急時に火や光の魔法で周囲に報せようとする』ことは、稀にあるらしい。


 だとしたら、危険を顧みず助けに来てくれたワケで、ちょっと申し訳ない。


 いずれにせよあの島に留まり続ける必要はないので、こうしてトンズラすることにしたワケだ……



          †††



 アーサーは無事に戻ってきた。エクスカリバーを携えて。


 ただし。


「なんか……控えめだな」

『うん、色々あってね……』


 神妙な顔をするアーサー。その手に握られた刃は、俺と戦ったときのような、怖気の走るとてつもない魔力は、もう秘めていなかった。


『これ、初代様の剣なんだってさ。伝説の元になった、始まりの刃』


 初代エクスカリバー……確かに言われてみれば、これにはいい感じに剣らしい装飾もついている。【絶対殲滅剣エクスカリバー】の方は殺すことだけに特化していて、ほとんど刃しかなかったからな。


「控えめと言えば控えめじゃが、密度はかなりのモノじゃな。あまりにも存在が安定しているため、控えめに感じられるということもあろう」


 と、アンテが見解を示す。


「それ、物理的干渉力もあるんかの?」

『どうだろう……ほっ』


 アーサーが近くの岩に剣を振るってみた。スッ、と刃が岩をすり抜ける。


「あーやっぱすり抜けるのか」


 俺がそう言った瞬間、ズリュッと滑らかな断面を見せて岩が切断され、絶句。


『えーーーいいなーーー!!』


 バルバラが心底羨ましそうに叫ぶ。


 いや……えっぐ! ゴーストがこの切れ味の剣ブン回せるのはエグいって! 存在強度は十分だし、見方を変えれば【絶対殲滅剣エクスカリバー】ほどには目立たず、奇襲性も高い。戦場でコレに死角から不意打ちされたら、上位魔族でも普通に死ぬぞ……


「リスクはないのか?」

『維持するのに、かなり気合が必要だね。ただ、なんだろう……これそのものが魔法具みたいなものなのかな? アーヴァロンと同じで、持っておく分にはあまり魔力を消費しないみたいだ』


 ほっ、とアーサーが手を離すと、蒸発するように初代エクスカリバーが消える。


『えーと。どうやって出したらいいんだろ。【聖遺眼レリーケ】はもうないし……』

「【聖遺眼レリーケ】もうないんだ!?」

『次代に譲ったよ。まだギリギリ産まれてない子がいたらしくって』


 それは……


『【聖遺眼レリーケ】の継承者が産まれて、みんなびっくりするだろうな……』


 物悲しげな顔で、水平線の果て――都市国家のどこかへと目を向けるアーサー。


 左目が銀色の光り輝く子が、新しく【アーサー】になるのだろう。そしてそれは、前【アーサー】の死を告げるものであり。


 …………。


 いや……遅かれ早かれ、魔王子ジルバギアスとの戦いの報が、アウリトス湖中を駆け巡るんだろうけどな……


 ごめんなさい。


 俺は、顔も知らないアーサーの奥さんを思い描いて、静かに頭を下げた。


『【来たれ破魔の刃】』


 そしてそんな俺をよそに、パッと初代エクスカリバーを呼び出すアーサー。


『できた! めちゃくちゃ楽! 隙も少ないし!』


 これはいいぞー! と叫びつつ、地面に潜ったりジャンプしたりしながら初代エクスカリバーを出し入れする。俺を圧倒するほどの魔力はなくなった代わり、半端なく小回りが効くようになった感じか……


『ただ、これ持ったまま地面をすり抜けようとすると、引っかかる感じがあって邪魔だね。普段はしまっておいて、殺るときに呼び出す方がいいかも』


 なるほど、なまじ物理的干渉力があるがゆえか。


『いーなー……』


 バルバラが死ぬほど羨ましそうに指を咥えて見ている……。


『それは、流石にアーサー君にしか使えないのかな?』


 レキサー司教も興味津々だ。


『試してみますか? うわエクスカリバーの貸し借りとか新鮮~』


 レキサー司教にほいっと手渡すアーサー。そして普通に受け取ったレキサー司教は、握ることはできたようだが――すぐに刃が蒸発して消えてしまう。


『……ダメなようだ』

『僕から離れると、消えちゃうみたいですね……』

『うまい話はなかったかー』


 ちえー、とふてくされたバルバラが逆さになってズブズブと地面に沈んでいく。


『……待てよ、消えるといっても、少しはもつわけだから……』


 再び初代エクスカリバーを呼び出すアーサー。


『そぉい!!』


 投げた――ッッ!!


 そしてブォンブォンと回転しながらすっ飛んでいったエクスカリバーが!!


 スパァンッとその辺に生えていた木を切断して消えたァァ!!


『うわコレ使えるよ! エクスカリバー投げるとか新鮮~!』

「だからエグいって!!」


 神出鬼没のエクスカリバー投擲マンはやべーって!!!


『すごいが、外したら終わりなのはいただけないな。隠し玉としてはよさそうだ』

「一度見せたら警戒されるじゃろうしの」


 はしゃぐ俺たちをよそに、レキサー司教とアンテは冷静だった。そッスね。いくら【絶対殲滅剣】より呼び出しが早いといっても、隙は生まれるわけだし、弓聖の一撃と違って見てから避けられる速さだし。


「でも、見えないところから飛んできたらマジで脅威ッスよこれ」

『聖属性宿したら光るしね、水魔法を組み合わせれば――うわ~色々できそう』



 で、そんなこんなで盛り上がっていたら。



 レイラが沖合から近づいてくる船に気づいて、慌てて荷物をまとめて離陸し、現在に至る。


『ちょっとフラフラしてきた……』

「はしゃいで魔力を使い過ぎたな」


 アーサーに闇の魔力を補給。俺も絶不調だから、あんまり譲れないけど。


 ただ、それでもアーサーがすぐに消えてしまうということはなさそうだ。レキサー司教たちも同じだが、生前は魔力強者だった上、強靭な意志の持ち主でもある。つまり魂の芯が一般人より遥かに頑丈で、聖霊化しても魂が摩耗しづらい。


 年かさ兵士や、これまで呼び出してきた吸血鬼の被害者たちとは違い、聖霊としての状態をより長く維持できる。


 そうか……冷静に考えれば、エンマを軽々と超える死霊王リッチになりうるわけだよな、ポテンシャル的な意味では……あいつも生前は普通の田舎娘だったって言ってたし。


『いや、あやつはあやつで傑物じゃろ。ただの田舎娘にしては精神性と倫理観がブッ飛びすぎておるわ、後天的でもああなるには才能が必要ぞ』


 それもそうか。


『あと、聖霊も見方を変えれば死霊王みたいなもんじゃろ。闇属性に染めるか、属性はそのままに聖銀呪で存在を固めるかの違いがあるだけで』


 アンデッドであることには違いはなく、自前の属性で光や火が強めの者は自滅してしまったようじゃが、とアンテ。


 死霊王と一緒くたにされるのは、すげー複雑な心境だが……それにしてもアーサーが水と光のハイブリッドでよかった。光だけだったら、存在がここまで安定していたかはわからない。


『ドタバタになっちゃったから、まだ話してなかったんだけど』


 と、アーサーが口を開いた。


『初代様からいくつか伝言がある』

「……俺に?」


 伝説の勇者王から……しかも俺が殺してしまったアーサーのご先祖様……


 うっ、お腹痛くなりそう……


 そして、俺はアーサーから伝言を聞かされた。『魔王絶対ブチ殺せ』『しばらくしたらアーヴァロンは返せ』『勇者であるうちに国を守ってみせろ』――


『あと【アーサー】を代表してきみをブン殴れとも言われたんだけど……』

「遠慮なくやってくれ! さあ!!」

『いや、飛びながらは危ないから。それに今じゃなくていいよ』


 アーサーがいたずらっぽく笑う。


『言われたからには、殴る。殴るけど……その時と場所の指定までは、していない。つまり……僕がその気になれば、ブン殴るのは、10年、20年後ということも可能だろう……ということ……!!』


 アーサー……!


『まあ、あくまでたとえで、そんなに何十年もいられないけどね』


 このままでは。


『僕にもう一度終わりの時が来たら……悪いけど、そのとき1発殴らせてもらうよ』

「……ああ。もちろんだ」


 俺は瞑目して、うなずいた。


 他に、答えようがなかった……。



 ――ちなみに初手で俺をボコボコにしてきたレキサー司教たちは、すごく神妙な顔で話を聞いていた。



『――あっ――』


 不意に、レイラが妙な声を上げる。


「どうした?」

『――いえ、その、一箇所だけ妙に波が荒いところがあって――』


【キズーナ】を通して心象が流れ込んでくる。


 かなり離れたところだが、前方、月明かりを反射する水面がバッシャバシャと荒ぶっていた。


『――近づいてみますか?――』


 そうだな、一応。



 そうして距離が縮まっていくと――



 レイラの卓越した視力は、捉えた。



 水面からドリュリュッと飛び出す、を。



『――クラーケンです! それも……2匹? 絡み合ってる……?――』



 そこにいたのは、荒ぶる2匹のクラーケンだった。



『交尾しとるんかの』


 え……いや……どうなんだ……?


 クラーケンの交尾とか見たことねえし、わかんねえよ……


 アンテは見たことあるのか?


『いや、ない。……しかし様子が妙じゃな。あれは……』



 俺も肉眼で捉えた。



 荒れる水面――ん、水の色合いがちょっとおかしい?



 あと、触手が……浮いてる? まさか……



『ねえ、僕の目が正しかったらさ』



 アーサーが言った。



『アレ、デカい方が小さい方、喰ってない……?』




 クラーケンが、共喰いしていた。

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