374.先行きの占い


『オアアァァァ――ァァァァアアア――ナゼェェ――シニタクナァァァイ――!』


 どうも、宿屋に戻って死者を呼び出してみた死霊術師アレックスです。


 残念ながら、魂の損壊は著しく、すでに怨霊と化しているようだった。


『アアアアアァァ――カエセェェェ――カエセエエエェェェ――ッ!! チヲオオォォ――イノチヲォォォォ――カエセエエェェェ――ッッ!』


 かろうじて人の形を保っているだけの魂が、結界の中でもがき苦しみ、手を伸ばしていた。まるで溺れているかのように……


『こりゃダメそうじゃの』


 うん。少なくともこのままじゃ対話は無理だな……ちょっと『補強』してみる。


 俺は沈静化のまじないを唱えながら、慟哭する魂へ魔力を注ぎ込む。どんどん吸い取られていく――ちょっとキツいな、まるで穴の空いたバケツに水を溜めようとしてるみたいだ。


「【我が名はアレクサンドル――】」


 思わず自嘲の笑み。


「【――勇者にして死霊術師なり】」


 これで、少しは余裕が生まれた。おぼろげだった魂の輪郭が、徐々に、形をなしていく。『人のような何か』から、『人っぽい影』へ――


『――――』


 結界の中、人型の闇の塊――補強された霊魂がぴたりと静止している。


「……落ち着いたか?」


 霊魂は、すぐには答えなかった。


『私のことでしょうか』

「ああ、そうだ」

『はい』


 沈黙。現状への疑問やその他の質問もなし。最低限の自我、ってとこか……。


「自分について、覚えていること、思い出せることを話してほしい」

『私は――名前は覚えていません。男性で、おそらく人族です。年齢は、30代から40代だったように思えます。家族構成は覚えていません。ですが家族はいました。出身は……』


 淡々と話し始めていたところ、ここで迷ったような素振りを見せる。


『……都市国家の……、カ、ェ、……思い出せません』


 ほんの僅かに、名前の一部だけが記憶にこびりついていたんだろうな。ゆら、と影が揺れめいて、のっぺらぼうじみた顔面に、中年の男を思わせる輪郭がうっすらと浮かび上がっていた。


 思い出せなくて、歯痒いだろう。


 気持ちはよくわかるぜ……。


『私は……具体的には思い出せませんが、何らかの理由で、家族のために船旅をしていました。客船……に乗っていたはずです。おぼろげに、船室を覚えています。ハンモックがいくつもぶら下がっていました。私以外の乗客も数多くいた気がします』


 となると、中型以上の客船ってことか……?


『自分について思い出せるのは、それくらいです』

「あなたが、亡くなった状況は?」

『…………!』


 霊魂が、さざめくように震えた。怒り――憎しみ――恐れ――魂の核に残されていたそれらの情念が燃え上がり、しかしすぐに、身にまとった仮初の理性に沈静化されていく。


『おそらく、夜のことでした。私は眠っていましたが、船のどこかで悲鳴が上がりました。私は恐ろしくて部屋に閉じこもっていましたが、やがて、奴が……奴が、現れて、私を――ォ、オォォ――!』


 ブルブルと震えていた霊魂だが、またすぐに静かになる。


「……『奴』とは、どのような姿だった?」

『あまり覚えていません。暗闇でほとんど見えませんでした。しかし人族の男のように見えました』

「あなたは、どのように殺された?」

『殴られて、頭がひどく痛みました。船の中を引きずり回されたのを覚えています。全身に焼けるような痛みが走りました。笑い声が――男と女の笑い声がこだまして、寒さ、恐れ、疲れ、眠気、それらがどっと押し寄せて――』


 黙り込む。


『――私は死にました』


 ぽつん、とつぶやくように。


「……それで、全部か」

『はい』


 なるほど。


 得られた情報はそれほど多くないが、かなり重要なものが複数あったな。


『まず、中型以上の客船の航路上で襲われた、と』


 ふわふわ浮かんで話を聞いていたバルバラが、腕組みして唸った。


「この人、男と女の笑い声が聞こえた……って、言ってましたよね」


 レイラが霊魂を見やりながら、おずおずと口を開く。


「ということは、男の吸血鬼だけじゃなく、女の吸血鬼もいたんでしょうか」

「俺もそれは思った。そしてその可能性は高い」


 厄介この上ないのであまり考えたくはないが、徒党を組むのは、吸血鬼からしても普通に『アリ』な戦略だ。あまり大人数で動くと、吸血死体が目立ちまくって聖教会に捕捉されやすくなるという欠点もあるが、巨大湖ならそれもカバーしやすい……


 というか、アーサーも言っていたように、漂着した水死体は氷山の一角にすぎない可能性が濃厚になってきたな。


『どうやら、中型以上の客船を襲ったようじゃからのぅ。乗客と船員をひとり残らず殲滅する自信があった――かなり上位の吸血鬼かと思うたが、徒党を組んでおるならば、そこそこの吸血鬼でも可能かもしれん』


 アンテがとくとくと語る。平坦な口調だが『めんどくさいのー』と言わんばかりの心情がありありと滲んでいた。


『……どうする?』


 バルバラが俺の意見を仰いだ。


「この情報、アーサーに伝えないわけにはいかないな」


 吸血鬼が徒党を組んでおり、中型以上の客船の航路に出没していた――情報としてデカすぎる、吸血鬼どもの生息域を特定するのに大いに助けになるだろう。


『しかし、死霊術はどうするつもりじゃ』

「……俺の秘術。占い的な力があることにしよう」


 ベッドに前かがみに腰掛けて、俺は小さく肩をすくめた。


「第7局所属の、闇属性持ちの勇者という体でゴリ押す。エドガーでさえ、それで凌げたんだから、アーサー相手でも何とかなるだろ」

『ぬぅん……』

「うーん……」

『そうだねェ……』


 アンテ、レイラ、バルバラ、三者三様に複雑な顔だ。アンテは渋い顔だし、レイラは不安そうだし、バルバラは他にいい手がないか考え込んでいる。


「正直な話、怪しまれる要素がないと思う。第7魔王子がなぜか聖銀呪を使えて、勇者になりすました上、吸血鬼殲滅に協力する理由がないんだから」

『まあ、それはそうじゃが……』

『じゃあ、このあとはアーサーについていくってことかい?』

「そうしたいなぁと思ってる。同行を断って、俺たちだけで対処するには情報が少なすぎるし、空から水中の吸血鬼を炙り出せるかわかんねえからな……」


 たぶんだが、水域がある程度絞り込めたら、囮の船を用意して勇者や神官を詰め込んで、吸血鬼どもを誘い出し殲滅――って流れになるんじゃないかな。


 レイラが空から探し回っても吸血鬼どもは姿を現さないだろうし、無関係な船が襲われてるところを助けようにも、ブレスをぶっぱしたら船まで燃えちまう。そして俺ひとりが殴り込んだところで、吸血鬼複数を殲滅できるかと問われると……


『ホントに面倒じゃな~』

『これ、ひと夏でカタがつくのかね? 吸血鬼退治も大切だろうけど、貴重なアンタの時間を浪費することにならないかい?』

「うぅ~~~ん、あんまり時間がかかりそうだったら、途中で抜けさせてもらうしかねえな」


 バルバラの指摘に、俺も渋い顔。


「ただ、俺が被害者から話を聞いて情報を集めて、占いって形でそれっぽく誘導すれば、アーサーが単独で手を回すより確実に早く水域を絞り込めるはずだ。それくらいは協力してもいいと思う」


 俺の『占い』は滅茶苦茶当たるぜ~。


 なんつったって当事者から過去を読み取れるんだからな!


「何より……アーサーの招待を受けた方が、ゆっくりできるかなって、思ってさ」


 そう言って、俺はレイラに力なく微笑んだ。


 ――きっと、のんびりとした船旅になるだろう。


 ヤバそうな水域に辿り着くまで。


「いろんな街を巡って、食べ歩きでもしようかな」


 時々、夜エルフもブチ殺しながらさ……。


「……そうですね。アレクには、休んでほしいですけど」


 レイラもまた微笑んで、胸の前でギュッと手を握りしめる。


「――あなたが望むことをできるなら。それが一番かなって思います」


 ……本当に、心から俺のことを考えてくれているんだな、と伝わってきて。


「ありがとう」


 申し訳ないやらありがたいやらで、自然と頭が下がる。



 ――そういうわけで、俺たちの方針は定まった。



 今回は占い師勇者アレックスとして、アーサーに力を貸すぜ!!



 そして湖の吸血鬼退治だ……!














『私はどうなるんでしょうか』



 ――結界の中から、霊魂が問うた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る