71.剣と槍の饗宴


 どうも、運動着に着替えて外に出てきたジルバギアスです。


 レイラについての話し合いが一段落したら、プラティが「じゃあせっかく演習から帰ってきたことだし、数日ぶりに手合わせでもしましょうか」と言い出し、訓練する流れになった。


 脳筋……ッ!


 ちなみに出かける前に、レイラとプラティの顔合わせも済ませた。


『あなたがレイラね』

『はっ、はいぃ……』


 威風堂々たる魔族の大公妃を前に、ガチガチに緊張するレイラ。


『ジルバギアスからわ。あなたがジルバギアスに仕えることを許しましょう。慣れない環境に戸惑うこともあるかもしれないけど、我が家のように思って過ごしていいのよ』


 俺がレイラを厚遇する方針を受けてのことだろう、猫なで声で、プラティらしくもない、やたらと優しい言葉をかけた。


 俺も、その他の使用人たちも「誰だお前!?」みたいな顔でプラティを二度見したし、肝心のレイラも、優しげな言葉とは裏腹な冷え冷えとしたプラティの雰囲気に、「ひぇっ……」と怯えた声を上げていた。


『……わたし、何か変なことを言ったかしら?』


 妙な感じになってしまった場の空気に、プラティは首を傾げていたが……


 ともあれ、めでたくレイラは、正式に俺の一党となった。




 ――魔王城から馬車でしばし、郊外の森のほとり。


 普段なら練兵場で訓練するところだが、今回は部外者の目がない場所が選ばれた。


 俺が剣槍を使うからだ。プラティは、一応は許可を出してみたものの、普通の槍の方がマシそうだったら、人目に晒される前にやめさせるつもりらしい。


 言うならば、これは試験。


 こいつぁヘタ打てねぇな……!


 やるぞ、アダマス。俺たちの可能性を見せつけてやろうぜ!




 そう胸の内でつぶやいたら、鞘に収まった聖剣がプルプルしだした。




 ……やめろ! まだその時じゃない!!


 そこまでやる必要はない!! 目覚めるな!!!


 ――などと、秘められた力を解放しかける聖剣を、俺が必死になだめていると。


「あなたがヴィロッサね」

「はっ」


 警護についてきたヴィロッサに目を留め、プラティが声をかけた。


 ヴィロッサはいつものように、弓を背負い、黒染めの革鎧を身に付けた、夜エルフにありがちな猟兵スタイルだ。腰の細身の剣だけが、彼らしさを主張している。


「夜エルフでありながら、剣を極めるとは大したものね」

「はっ。……光栄です。まだまだ、底は見えませぬが」


 慇懃に、穏やかな表情で一礼するヴィロッサ。しかし俺の目には、(いったい自分に何の用だ……?)と警戒しているようにも見えた。


「わたしは、剣聖とは数えるほどしか戦ったことがないけれど」


 なんでもないことのように、プラティは言う。裏を返せば、剣聖相手に何度も生き延びてきたってことだ……


「あなたの腕前が見たいわ。少し相手をしてちょうだい」

「はっ。……は?」


 反射的に頷いてから、ヴィロッサが怪訝な声を上げる。


「ジルバギアスには天賦の才があると、あなたが太鼓判を押したという話ね。でも、一口に剣聖と言っても、ピンからキリまであるわ。どの程度の剣聖がジルバギアスの才能を認めたのか――知りたいのよ。なら、自分で確かめるのが一番でしょう?」


 そうか……わざわざ人気のない場所を選んだのは、それも目的だったのか。


 魔法の槍を手に、プラティは既に臨戦態勢だ。対するヴィロッサは、「え? マジでやんの?」とばかりに困惑気味。


「わたしの身体に傷つけることなら、心配しなくていい。たとえあなたに敗れることになっても、へそを曲げるほど狭量ではないつもりよ」


 不敵な笑みを浮かべるプラティ。


 大公妃がどうやら本気らしいと悟って、ヴィロッサの周りにいた者たちがそそくさと距離を取る。


「…………」


 ひとり残されたヴィロッサが、無言で俺を見つめてきた。何となく、助けを求められている気がしたが、残念ながらプラティはやると言ったらやる女だ……。


 俺は首を横に振ってみせた。


「……かしこまりました」


 ちょっとだけ渋い顔をしてから、ヴィロッサが剣の柄に手をかける。


 その姿がぶれたかと思うと、人族の剣士がそこにいた。


 剣聖の抜刀は、不気味なほど音を立てない――


 だらりと業物の剣を下げた状態で、自然体に構える。


「手合わせ願うわ」


 相対するプラティは随分と楽しそうだ。その槍の腕前は、俺も身にしみているが、果たしてヴィロッサと戦うとどうなる……?


「……では、失礼します」


 ヴィロッサの顔から表情が消えた。こちらも、やると決めたらやる男だ。



 チャッ、と刃を返すと同時、夜エルフの敵を惑わす歩法で、踏み込む。



 異次元の加速。剣聖の真骨頂。剣呑な光を放つ刃が、一切の容赦なくプラティ目掛けて振り下ろされる。



「ほう」


 ヴィロッサの勢いを殺すように後退したプラティが、槍を緩く振るって剣を打ち払おうとする。


 しかし、刃はと空中で軌道を変え、プラティの槍をかいくぐり、プラティの腕を斬り飛ばさんと動く。


「あは」


 プラティが短く笑った。――槍から手を放し、平手打ちのように横から刃を叩き、寸前で軌道を逸らす。さらにもう片方の手で槍を押し込み、柄で殴りつけながら、体当たりじみた反撃を敢行。


 たまらず体勢を崩されたヴィロッサが顔を歪め、しかし、その反動を利用して身体を回転、目にも留まらぬ斬撃を放った。


 夜の森に弧を描く、銀の残光――


 プラティは槍で受けた。


 ギィンッと甲高い金属音が響き渡り、火花が散る。


 そして両者ともに、弾かれたように距離を取った。


 そのまま、相手の隙を窺うように睨み合う。



「……参ったわね」


 しかしすぐに、プラティが肩の力を抜いて、構えを解いた。


「あなた今、手を抜いたでしょう」


 槍を顔の高さに掲げて、月明かりに照らして見ながら言う。


「まともに斬撃を受けてしまった。その気になれば、槍ごと切り裂けたはずよ」

「……しかし、一撃でお命を頂戴することはできませんでした」


 こちらも剣を下ろし、ヴィロッサが少しばかり渋い顔をする。


「あの角度では、首は獲れず、胴を狙っても即死とはいかぬはず。半端な傷をつければ、奥方様の転置呪で傷を返されて終わりです」


 剣聖の弱点、それは魔法抵抗の低さ。よほど上物の魔除けのお守りでも身につけるか、強力な魔法使いの援護でもない限り、呪いの類には無力だ。


「魔法がなければ、あなたの勝ちだったということよ」


 プラティは肩をすくめる。


「認めましょう。あなたは、わたしが戦った剣聖の中でも、指折りの使い手。あなたが味方であったことを喜ぶわ」

「身に余る光栄です、奥方様」


 剣を鞘に収め、一礼するヴィロッサ。



 いやぁ……短い攻防だったが、やっぱふたりとも強えわ。



 俺も、もっと気合を入れないとな……



『我なんかほとんど何も見えんかったわ』


 寝転がってボリボリと腹でもかいてそうな呑気さで、アンテがコメント。


 お前なぁ……よくそんな調子で魔神にまで至れたよな……


『そんなもん魔法でチョチョイのちょいよ』


 くそっ、元魔力弱者としてはすっげームカつく……!!



「というわけで、ジルバギアス」


 くるりとプラティが俺に向き直った。


「言うまでもないことだけど、剣聖と魔法抜きでやり合うのは無謀よ。今まで何人の槍自慢が、己の腕を誇示するため、戦場で剣聖に挑んで首をはねられたことか。剣聖を見かけたら、接近される前にありったけの呪いを叩き込みなさい。……実際は勇者や神官と一緒に動くことが多いから、そう簡単ではないけどね」

「わかりました」

「正直、人族の勇者は、聖属性以外はそれほど大したことがないから、特に剣聖への警戒を怠らないことよ」


 何、だとォ……


『――アレクサンドル、キレた!!』


 などとアンテが笑ってるが、笑い事じゃねえよ!


 いくらプラティといえど聞き捨てならねえ!!


「そのうち、あなたに聖属性の使い手を実際に見せてあげたいけれど……こればかりは時の運だから、何とも言えないわねぇ」


 悩ましげに溜息をつくプラティだったが、「まあいいわ」と笑顔を浮かべる。


「さて、次はあなたの番ね。ヴィロッサが認めたという天賦の才、剣と槍の融合とやらを見せてもらいましょうか」



 上等だコラァ! 目にものを見せてくれるッ!



 いくぞ、アダマス! 勇者の誇りを叩きつけてやれ!



 ……あっ、いや、目覚めなくていい! 目覚めなくていいから!!



 俺はどうにか聖剣をなだめすかし、遺骨と融合させて、剣槍とした。



「では、参ります母上」



 ムカつく心を押し殺して、努めて冷静に。



 俺は全身に魔力を漲らせ、プラティに斬りかかった。

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