72.奥の手


「――【我が名はジルバギアス】」


 プラティを見据えながら、俺は名乗る。


「――【勇剛たる魔族の猛者なり!】」


 基本、プラティとの稽古は魔法抜きだが、互いに防護の呪文と、俺の【名乗り】は許されている。実戦でも常用する、大前提の魔法だからだ。


 ぐんっ、と存在の格が膨れ上がる感覚。


 世界が俺に合わせて捻じ曲がっていく。


 自然の法則がひれ伏していく――


 まるで自分が巨大な鋼の塊にでもなったようだ。


 あるいは、振り下ろされる巨人の剣。


 今の俺の突進は、ドラゴンに匹敵するぞ!


「あははっ!」


 興奮で瞳孔が開ききった目で、プラティが凄絶に笑う。


「見違えるわ、ジルバギアス!」


 魔力を循環させたプラティが、全力で槍を突き込んできた。


 プラティのいわおのような存在の力が、研ぎ澄まされた刃に全て乗せられて。


 まともに受ければ必殺の威力が、容赦なく躊躇なく叩き込まれる。


 俺は――しかし、迫る穂先をしかと見切っていた。


 プラティの槍に、剣の刃アダマスをそっと


 そして一息に、円運動で槍を巻き込み、跳ね上げた。突きをいなす剣術の応用を、槍の間合いでやる。


 もちろん槍でも似たようなことはできるが、柄を滑走する刃の危険度が段違い。


「まあ!」


 プラティが嬉しそうな声を上げた。だがうかうかしてると指がすっ飛ぶぜ。


 力づくで俺の動きを抑えようとするプラティ、だがすぐに俺の罠に気づいて素早く身を引いた。


 剣槍を跳ね上げた俺の体勢が――そのまま刃を斬り上げる構えになっている。


 槍ならここで『叩く』とこだよな。単純な打撃なら、受ける側が柄を打ち据えたり掴んだりで、攻め手の動きを封じることもできただろう。



 だが、どうかな。



 下手に触れば怪我するぜ。俺の勢いと魔力が乗りに乗った一撃。このまま突き進めばプラティの胴を割る。得物で受けるか、四肢のいずれかを差し出すか――


 選びな!


 魔力と腕力に物を言わせ、強引に2択を押し付ける。ゴウと風が渦巻き、眠れる聖剣が空を切り裂く。


「――ははッ!」


 不敵に笑ったプラティは、ぐるんっと槍を回転させ斬撃を受け流そうとした。


 だが、押し通す!


 プラティの魔力も大したものだが、【名乗り】で強化すれば俺も負けてはいない。純粋な腕力勝負でも、五分に持ち込める――


「――ォおおッ!」


 魔法の金属の槍の上を、火花を撒き散らしながら刃が滑っていく。


 このままでは指が飛ばされる。悟ったプラティが身体を仰け反らせ、曲芸のように繰り出した膝蹴りで、俺の刃を横から打ち据えようとした。


 ――そう来ると思った。魔族の槍術は、体術との複合戦闘術。ヴィロッサの刃を、平手打ちで逸らしたように。


 予め備えていた俺は、プラティが体を仰け反らした瞬間に、手をひねった。


 刃の向きを、横から縦へ。


 プラティの膝蹴りを、真正面から『受ける』。


 すなわち、刃で。


 防護の呪文――? そんなもん。


「ぶち抜けッ!」


 瞬間的に、全ての力を刃に注ぎ込む。


 俺が勇者時代、少ない魔力を効率的に運用するため、身に付けた技術。魔力の総量で劣るなら、一点に集中させて補う。


 ぶるっと身震いした聖剣は、色褪せたままでありながら俺の魔力を漲らせ――防護の呪文を、紙のように引き裂いた。


 そして獰猛に喰らいつく。


 パキィ! と乾いた音。


「――ッつぅ!」


 膝小僧を真っ二つに割られたプラティが、流石に痛みで顔を歪める。だがその動きは止めない、止まらない。槍の石突を繰り出し、俺の鳩尾みぞおちを狙う。


 今度は逆に、俺が左手でそれを払いのけた。まるで盾で弾くように。


 そして右手の槍を一瞬手放し――短く握り直す。まるで剣のように。


 互いの瞳の、虹彩の模様までくっきりと見えるような至近距離。



 ああ、そうともさ。



 剣の間合い、だ――!



「――シッ!」


 短く呼気を吐き、横合いに一閃。首刈りの刃が迫る――


「――――ッ!」


 目を見開いたプラティが、左腕を掲げて首を防御する。腕を犠牲にしてでも致命傷を避ける構え。


 だが俺は寸前で、また手を捻って、刃を横向きにした。


 ビタァンッと刃の腹がプラティの腕をしたたかに打ち据えた。それでも衝撃は殺しきれず、勢い余って角に直撃。


 金属と角がぶつかり合う、鈍い音が響く。一瞬、白目を剥いたプラティがガクッと膝をついた。


 ……魔族の角は、頭蓋骨に直結してるからな。強い衝撃が加わると目を回しちまうんだよ。どんな兜をかぶっても角だけは飛び出ちゃうし、魔族の数少ない弱点と言っていい。


 ――ここまで接近して強い衝撃を加えるのが、死ぬほど難しい点に目を瞑れば。


 俺は無言で、膝を突いたプラティにとどめを刺す仕草をしてから、改めて2、3歩距離を取った。


「……すごい」


 背後で見守っていたガルーニャが、息を吐きながらつぶやくのが聞こえる。


 俺が最後まで刃を振り抜いていれば、プラティの首が胴体と泣き別れになっていたのは明らかだった。



 ……初めてだ。



 プラティに、膝をつかせたのは。



 魔力の一点集中、勇者時代は多用していたが、今世で戦闘に使えたのは初めてだ。というのも、槍だと握り手から穂先までが遠すぎて、なんか、こう、感覚的にうまく出来なかったのだ。


 だが、剣の延長線上で使える、この武器なら。


 しかも穂先になっているのが、前世の聖剣なら。


 思うように――発動できた。


 ……ただ、同時に、前世の手癖で聖属性をチビりそうになって肝を冷やした。


『お漏らししてたら最悪の結末じゃったな』


 ホントだよ。だって説明しようがねえもん……。


「……ふ、ふふ……」


 内心、冷や汗を拭う俺をよそに、プラティが低い声で笑い出した。


「……素晴らしい! 素晴らしいわ、ジルバギアス!!」


 その目を爛々と輝かせて。


「天賦の才! まさにそうとしか呼びようがないわ! ヴィロッサ、あなたの言葉は正しかった……!」


 喜色満面のプラティに、後方で腕組みして見守っていたヴィロッサが、姿勢を正して静かにうなずき返す。


 演習の帰り道も、ヴィロッサと手合わせして身体に馴染ませたからな。魔族としての槍術と、勇者として培った剣術を……


 ただ、洗練され尽くしたヴィロッサの戦い方に比べて、俺の動きの雑なこと。勇者としての剣術も小手先の技ばかりだし、ほとんど魔力頼みのゴリ押しだ。


 期せずして、魔力の集中強化の感覚を取り戻せたのは良かったが。


「本当に……驚いたわ。あそこまで容易く防護を破られるとは思ってなかった」


 血が吹き出る膝の傷を、愛しげに撫でながらプラティ。


「あ、治療します」


 俺はプラティの傷を引き受ける。



 ……いや膝小僧割れるのクッソ痛ぇな!?



 ってか頭も痛っ! 鈍痛! 角の芯から頭の奥まで響く!



「ぐぅ……」


 へなへなと膝をつく俺に、リリアナが「うわんうわん!」と駆け寄ってくる。いつもすまないねぇ……


「見事。見事よジルバギアス。あなたの可能性、しかと見せてもらったわ」


 ぺろぺろされて傷を癒やす俺に、プラティが満面の笑みを見せる。


「そしてあなたが言うように、その武器の使い方は魔族の槍術とは趣が違うようね。まだまだ荒削りなところもあるけど、これからヴィロッサとともにより洗練させていきなさい。あなたはその新しい『槍』の創始者として、歴史に名を残すでしょう」

「はい、精進します」


 誰にも伝授するつもりはねーけどな。


「ああ、楽しみでならないわ。今のあなたでこれほど手強いんですもの。魔法を組み合わせたらどれだけ可能性が広がることか……!」


 ウキウキしているプラティだったが、ふと口元に手をやって考え込む。


「……そうね。もう子爵にもなったことだし、その強さなら充分でしょう。これからは訓練でも、あらゆる魔法や汚い手も解禁しましょうか」

「えっ」



 やっと手が届いたかと思ったら……



 ……!?



「よし。ジルバギアス、もう治ったでしょう? もう一度やりましょう」


 笑顔のまま、とてつもなく楽しげに、ゆらりと槍を構えるプラティ。


 俺は溜息を噛み殺して、立ち上がり、アダマスを握りしめた。


「負けっぱなしじゃ親の面目が立たないもの。せっかくだから、わたしの奥の手も見せてあげるわ」


 ええ……。


 げんなりする俺をよそに、腰のベルトから、携帯モードの予備の魔法の槍を2本、抜き取るプラティ。



「【来たれ、カタクリシス】」



 プラティが唱えると同時。



 その背中から、半透明のゴツい腕がニョキッと生えた。



「……は?」



 は…………?



「わたしの契約悪魔、カタクリシスの腕よ。あなたが悪魔を飼ってるみたいに、身体の中に受け入れてるの」



 そして、予備の魔法の槍を空中に放り投げ――



 悪魔の腕が、それをしっかりと握り、構える。



 自前の腕と背中の腕、あわせて3本の槍。



 3槍流……だと……。



「さて、やりましょうか」



 ニコニコ笑顔で迫るプラティ。



 大人気なさすぎじゃん……。



 今日くらいは花を持たせてもいいだろ……。



『負けるな勇者アレクサンドル! 目にものを見せたれい!』



 アンテがゲラゲラ笑いながら発破をかけてきた。



 ……ええい、やってやらァ!



 俺は半ばやけくそ気味に、3槍流のプラティに突っ込んでいった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る