73.さらに奥の手


 どうも、本気出してきたプラティにボコボコにされたジルバギアスです。


 いや、ボコボコってのは語弊があるかな。


 いいようにしてやられた、というのが正しい。


『お主も大概負けず嫌いじゃのぅ……』


 うるせえやい。


 でもあの腕はズルいよ……!


 プラティが語っていたが、本契約しているのは嗜虐の悪魔カタクリシス。悪魔の中でもアスラ族と呼ばれる、多腕の武闘派悪魔らしい。腕がいっぱい生えてるので、契約時に分けてもらったとか。


『アスラ族、格が上がるごとに腕が増えていくからのー。あんまり増えると本人的にも鬱陶しいみたいじゃし、邪魔な腕を減らせてラッキーくらいのもんじゃろな』


 そ、そうなんだ。そういう事情は知らなかったな……。


 ともあれ、アスラ族なら、戦場でもたびたび出くわしたことがある。腕が6本とか8本とか生えてて、それぞれの手で武器をぶん回してくる厄介な相手だった。



 だが、俺は勇者時代、そんな連中も下してきたんだ……!



「腕が3本になったくらいが何だ! 絶対に負けない!」


 そう啖呵を切って挑んだが――


「あらあら、威勢がいいことね!?」


 めっちゃいい笑顔で、プラティは魔力に物を言わせて両手の槍をぶん回してきた。これまでの訓練では、どちらかと言うと技巧派な戦いをしてきたプラティが、それはもうブンブンと。


 ブンブンブンブン。


 まるで槍の暴風だ。


 息もつかせぬ波状攻撃で俺の動きを制限しながら、背中の腕がいやらしく、狙い澄ました一撃を放ってくる。


 盾! 盾が欲しい!


 勇者時代、アスラ族を下してきた俺だが、左腕には盾があった! 


 今は代わりに防護の呪文があるが、魔力を秘めた槍の滅多打ちでボコボコにされてあっという間に砕けちまう! 盾をくれ!!


「ほらほら最初の勢いはどうしたの!? そんな調子じゃ勝てないわよ!!」


 右手、左手、背中の手。次々に連撃を叩き込みながらプラティが煽ってくる。自分から殴り込んだはいいが、俺は防戦一方。


「――【多槍流を禁ず!】」


 魔法解禁、ということで俺も制約の魔法で対抗したが、その度にバチィッと革紐を引き千切るような音とともに振りほどかれ、攻撃の手が止むことはない。


 の【制約】じゃ、これが限界か……!


 つーか背中の腕を出してからちょっとパワーアップしてねえか、プラティ!?


 それでも、呪いを振りほどく一瞬、動きが鈍るのは確かなので――その隙を狙うしかないと俺が負傷を覚悟した瞬間。


 鋭く突き出された背中の槍が、俺の頬をかすめて、チッと小さな傷をつけた。


 プラティの目がぎらりと光る。


「――【苦しみ、果てよサディズモス!】」


 頬の傷が。まるで赤熱した数百本もの針を一度にねじ込まれて、さらに塩まで塗りたくられたような激痛。


「ぐえぇぇッッ!?」

『んぎゃぁぁッ!?』


 かすり傷のはずなのに、想定外の痛みに変な声が出る。そして俺の中のアンテまで痛みを共有してしまったらしく、妙な悲鳴を上げていた。


 思わず動きが止まる俺に、追撃の槍が叩き込まれる。肩、膝、死には至らない軽めの傷だが、こちらも同様に痛みが爆発。


「――っ」

『――――ぁぁッ!』


 もはや悲鳴すら上げられず――アンテも俺の中でひっくり返っていた――痙攣しながら倒れ伏す俺の前で、プラティはくるくると槍を回しながら満足げに頷いた。


「これが、嗜虐の悪魔の権能よ。痛覚の増幅、魂を灼く苦痛の呪い……」


 自分がつけた傷を起点に、魂に苦痛をもたらす魔法……! だから俺の中のアンテまで同時にやられたわけか!


 リリアナにぺろぺろしてもらって、とりあえず傷を治す。呪いも吹っ飛んでいったらしく、魂を苛む痛みは消滅した。


『……ふ、ざ、け、おってェ! 我が安息のに、汚水をぶち撒けるがごとき所業を!!』


 いや、お前の安息の間でもねえよ!? 俺の魂だよ!! 人様の魂を快適リビングルーム扱いしてんじゃねえ!!


「半端、なく、痛かった、んですが……」


 肩で息をしながら苦言を呈す。


「そうね。それは普段の100倍くらい痛いはずよ。下限は2倍から……上限はどれくらいかしら? たぶん3000倍ぐらいまで痛覚を高められると思うわ」


 痛覚を感度3000倍に……!?


『流石にフカしすぎじゃろ、そんなもん痛みだけで発狂即死するわ』


 だ、だよなぁ。感度3000倍なんて、常人が耐えられるはずがない。


『それに、嗜虐の悪魔であれば、相手が苦しめば苦しむほど力を得られるじゃろう。獲物を長時間いたぶった方が効率よく、権能にも合致するため、実際には与えられる痛みの上限はもっと低いはず。どんな傷であっても、今の痛みが最大と見た……!』


 そうであってくれ……! とつぶやくアンテ。


 でもそれってさ、裏を返せば、ほんのかすり傷でも致命傷レベルの痛みをバンバン与えられるってことじゃ……?


「ちょっと、えげつ、なくないですか」

「えげつないわよ。だって悪魔の魔法ですもの。それを言うならあなたの魔法も大概じゃない、わたしだからまだ振り払えるけど」


 伊達に大公妃を名乗ってないってわけだ……!


 そしてプラティは、魔王国において医者でもある。治療の過程で苦痛を与える機会なんてありふれてるから、悪魔の権能で力を育てられた……!


 ……いや、待て、治療?


「母上、その魔法。転置呪と組み合わせたり……」

「するわよ、もちろん」

「…………」


 クソすぎる……!!


「これが教訓その1。魔法解禁を宣言したにもかかわらず、あなたは呪いに対して、あまりにも無防備だったわ。だから苦痛の呪いも、最大限に効力を発揮してしまったわけ。……相手が何をしてくるかわからない、その警戒心を忘れずに、どんな呪いにも抵抗できるよう常に心を強く持ちなさい」

「……はい、母上……!」


 畜生……これだから魔族って奴はよォ!!


「さて、心構えができたところで、もう1戦やりましょうか。わたしがあなたの魔法を振り払えるんだから、あなただってこの呪いに抵抗できるはずよ」


 ……やってやらァ!


 痛みに抵抗できればどうってことはない、そうだな!?


 アンテ、俺たちの意地を見せてやろうぜ!!


「…………」


 意気込む俺をよそに、スッ、とアンテが出てきた。



「――我はここで見届ける! お主の勇姿を!!」



 そして、ごろりと地面に寝そべりながら、宣言した。


「…………」


 アンテ、てめぇぇぇぇぇぇ!!!


 頬を痙攣させる俺、爆笑するプラティ。


「ああ。仲が良いのは良いことね……良好な関係を築けているようで何よりだわ」


 笑い過ぎで出てきた涙を拭い、プラティがニヤリと笑う。


「それにしても久々に、子どもみたいに槍を振り回して楽しかったけど……やっぱりわたしの流儀には合わないみたい」


 ニョキッ、と追加でもう1本、プラティの背中に半透明の腕が生えた。ええ……


 左手に握っていた槍を、新たな腕に手渡すプラティ。


 そして自前の両手でしっかりと槍を握りしめ、腰を落とす。その構えは、まさに、魔族の正統派槍術。


 さらに背中の腕2本が、「んじゃいっちょやりますかー!」とばかりにそれぞれ槍をぶん回し、ビシュッ、ピタッ――と切っ先を俺に向けた。


 まるで、遊びは終わりだ、とでも告げるように……


「教訓その2。魔族なら、隠し玉のひとつやふたつはあって当たり前」


 ……俺も隠し玉使いてぇよ!!


 だが、今の俺が切れる手札なんて……


 そこで寝っ転がってるぐーたら魔神くらいしか……!


「アンテ、お前、俺の盾になれ!」

「イーヤーじゃ!」

「お前がまとわりつけば、ちょっとは時間稼げるだろ!」

「我は運動が苦手じゃ。1秒たりとも稼げんわ」

「ンなことでドヤ顔すんな!」

「――【多腕を禁ず】。ほれ、定期的に援護してやるから、それでよしとせい」


 …………クソッ、地味にそっちの方が有効なの腹立つな!!


「話は終わった? それじゃあ、ジルバギアス」


 優しい口調で、プラティは言った。


「死ぬ気でかかってきなさい」


 先ほどまでの槍ブンブン丸な戦いとは打って変わって、滑るような足取りで間合いを詰めてくる。


「――やってやりますよ!!」


 俺はやけくそ気味に迎撃――




 しようと思ったけど、いいようにしてやられボコボコにされましたとさ。




 おわり。




 ……あとで聞いたけど、これに加えて闇属性の呪文諸々と、プラティも両親が名家出身だから、転置呪以外の血統魔法も使えるらしい。


「それらは次回以降のお楽しみね。あなたの成長が待ち遠しいわ……」


 ボロ雑巾状態の俺を抱き上げ、愛しげに頭を撫でながら、プラティはそう言った。


 クソがよ……これだから、魔族って連中は……!


 次回は、ファラヴギの鱗鎧シンディカイオスを装備して臨んでやる、と俺は心に決めた。


 魔法や呪いに抵抗力のある鎧を用意した、俺の先見の明が光る……ッ!


 まさか……訓練で必要になるとは、……思ってなかったけど……。




 心身ともに消耗しきった俺は、そこで気絶した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る