74.闇の輩らしく
「……んぁ」
気づけば、自室のベッドで寝かされていた。
窓を見やれば、カーテン越しにおひさまの光。
どうやら魔族的に中途半端な時間に起きちゃったらしい。
「……前にも、こういうことあったな……」
あれは……初めて人族の兵士たちと戦わされた日のことだったか。疲労困憊で早寝したら、今くらいの時間に目が覚めたんだっけ。
部屋の隅の棚には、今も5つの髑髏が安置されている。死してなお、アンデッドとして闇の輩に使役されることのないよう、俺が所望したものだ。
……彼らは死後も、冥府から俺のことを見守ってくれているらしい。枕元に立てかけられていた槍状の遺骨を手に取り、改めて祈りを捧げる。
いつもすまない……そして、ありがとう……!
「くぅー……くぅー……」
俺の隣では、リリアナがスピスピ寝息を立てていた。さらに人化したアンテまで、寝相悪く腹を丸出しにしていびきをかいている。
あえて俺の中に戻らず、下等生物のように惰眠を貪ってみるか、ってとこだろう。こいつ、けっこう人の体エンジョイしてやがるな……よう眠っとるわ。
ふたりを起こさないよう、そっとベッドから抜け出す。俺のぬくもりを求めてか、リリアナがもぞもぞと身じろぎしたが、そのままアンテにすり寄って、安心したように再び穏やかな寝息を立て始めた。アンテも「んが……」と声を上げたが、抱き枕のようにリリアナを抱き寄せて爆睡継続。
うむ。仲良きことは美しきかな……。
リリアナが、こうも安心して無防備に眠っていられる。それだけで、俺さえも救われたような気持ちだ。彼女の受けた凄惨な仕打ちを考えれば、信じられない。
たとえ、それが記憶を封印された末、愛玩動物に成り下がって得た仮初の平穏だとしても……彼女の心の安息が、少しでも長く続くことを祈らずにはいられない。
「お目覚めですか」
部屋から出ると、扉の横の小椅子に腰掛けて、ソフィアが読書していた。
「ああ。何か飲み物と軽くつまめるものを頼めるか。サンドイッチとかでいい」
「かしこまりました」
パタン、と本を閉じてソフィアが下級使用人に指示を出しに行く。
「あ、そうだ。せっかくだからバスケットにでも詰めて持ってきてくれ。城のどこか他所で食べよう」
「こんな真っ昼間にですか? わかりました」
また妙なことを、とばかりに首を傾げるソフィア。お前にはわからないだろうな、俺のおひさま大好きソウルは……。
せっかく久々に、昼間に活動できてるんだ。部屋のふたりを起こすのも忍びない、ピクニック気分で散歩して適当な場所で軽食と洒落込もうかな。
待つことしばし、ソフィアが戻ってきた。
メイド服姿のレイラをつれて。
「あっ……えへへ……どうぞ、サンドイッチとお飲み物、です……」
にへら、といつもの愛想笑いを浮かべて、バスケットを差し出してくるレイラ。
「……大丈夫なのか、寝てなくて」
俺はちょっとびっくりしながら、バスケットを受け取る。なんでレイラがこの時間帯にメイドを?
「あっ、大丈夫、ですぅ……あの、むしろ、体調はいいっていうか、あの、わたし光属性なんで……」
ふへへ……と仄暗い自虐的な笑みを浮かべて、ちょっとうつむくレイラ。
「……不眠症気味のようでしたので、昼のローテーションに組み込みました。メイドは本人の希望です、何もしないのは落ち着かないとかで……」
ソフィアが軽くお手上げのポーズを取りながら解説する。
「そ、そうか……わざわざ働かなくても、勉強とかでもいいんだぞ?」
「あっ、ひ! あのっ、お勉強も……頑張ってます、し、とってもありがたいんですけどやっぱりずーっとお勉強っての何か違うかなっていや決して嫌いというわけではないんですけれどもその――」
慌て気味に早口になってふるふると首を振るレイラ。
ああ……いくら大切だとわかっていても、四六時中お勉強はイヤなのね……。俺もその気持ちはとってもよくわかるだけに、何とも言えねえ。
俺とソフィアは顔を見合わせて、小さく苦笑した。お互い、勉強は絶対イヤと反抗していた俺の小さな頃――今でも5歳だが――を思い出してのことだ。
レイラは怒られるのを恐れる子どものように、身を縮こまらせている。
「きみの好きなように過ごしていいよ。きみが苦しくないように、楽しいようにやるのが一番さ。俺としては、何かを急ぐわけでも、急かすわけでもないから」
俺は努めて気さくに、そう告げた。
「きみは……比較的、自由だからな」
結局は俺の隷下であることは変わりないので、そういう言い方になってしまう。
「さて、じゃあどこかで食べてくるかなぁ」
「お供します」
「あっ、じゃ、わ、わたしも……」
身辺警護を兼ねるソフィアは当然としても、レイラもついてくることになった。
腰には
――こういうピクニック気分に合う場所と言ったら、俺は一箇所しか知らない。
「わぁ……お花がいっぱい……」
魔王城の中庭。さんさんと陽光が降り注ぐ、蛮族らしい乱雑な植物園は、秋の草花で賑わっていた。
レイラは、ここを訪れるのは初めてらしく、オレンジや紫、黄色と色とりどりの花を見て目を輝かせている。
「あ、それ毒草だから気をつけてな」
「ひぇっ……」
しかし、レイラがしゃがみ込んで不用心に匂いを嗅ごうとしていたのは、確か痺れ薬の原料だったはずだ。ぴょんと猫科じみた跳躍で距離を取るレイラ。その動きに、何となく、彼女の父親ファラヴギの面影を見た。
アイツも……あんなふうに俊敏に動いていたな……
「ソフィア、せっかくだから、色々と教えてあげてくれ」
「わかりました。レイラ、これはムラサキ賢者草の花ですよ。賢者草は煎じて飲むと心を落ち着かせる作用がありますが、中でも紫色の花を咲かせるものは非常に作用が強く――そしてこちらはアカバネ草、煮汁に強い脱毛作用が――」
ソフィアがその豊富な知識を披露し、レイラはしゃがみ込んで実物を観察しながらほうほうと興味深く聞き入っている。
お花とか、好きなのかな、レイラは。何にせよ、興味があることから学んでいってくれたらいいなと思う……
中庭のベンチの腰掛け、バスケットを開けて、サンドイッチをぱくつく。暖かな日差し、植物園で戯れる見目麗しい娘たち(悪魔と白竜)――俺の魔族の目には少しばかり眩しいが、心休まる光景だな……
ドワーフ製の密閉ゴブレットを手に取り、お茶を一口。うむ……これが平穏……
――などと思ってたら、急に目の前が真っ暗になった。
「だ~れだ」
何者かのひんやりした手が、俺の目を覆っている。背後から。
「――いや誰だよ!?」
思わずゴブレットを取り落しそうになる。油断していたこともあるがマジで気配が感じられなかった。
手を払って振り返れば、にんまりと笑う女と目が合った。小洒落た刺繍入りローブを身にまとい、目深にかぶったフードからは色白な肌と紅をさした唇が覗いている。美女――と言っても差し支えない、しかしどこかとらえどころのない、人形じみた顔立ち。
「離れなさい! 何者ですか!」
異変に気づいて、ソフィアがすっ飛んでくる。謎の美女はその気迫に「わぁっ」とわざとらしく驚いた様子で、数歩下がった。
続いて駆け寄ってきたレイラが、美女を見て「うっ……」と嫌そうな声を上げる。
美女の方も、「へぇ……」と興味深げな、冷笑じみた笑みを口元に浮かべていた。
「ハイエルフの次は、ホワイトドラゴンも手に入れたんだっけ。キミも大概、変わったお供を連れているよねぇ」
「……誰だ?」
「ええっ。ボクのことを忘れてしまったのかい? ボクはこんなにもキミのことを思っていたというのに……!」
率直な俺の疑問に、わざとらしく、よよよと泣き真似をする女。
そのガラス玉じみた瞳と、軽薄な口調。そして何より、かすかに感じるドロドロとした魔力の雰囲気に、思い出す。
「……エンマか」
アンデッドの親玉、
「ああ! よかった、覚えていてくれたんだね。忘れられたら、悲しくって、どうしようかと思ったよ」
クネクネと身を捩らせて、エンマはごくごく自然に俺の隣に腰掛けた。ソフィアは「……なるほど」と正体を察したらしく、敵対的な態度を引っ込める。
レイラは、引きつった顔をしていた。光属性の彼女からしたら、闇属性の最も冒涜的な部分の煮こごりみたいなエンマは、本能的に受け入れがたい存在だろう……。
しかも、ドラゴン族の孵卵場を監視している、アンデッドの親玉だしな。
「俺に、何か用か?」
「ええっ。キミの方こそ、ボクに何か用事があるんじゃないのかい。わざわざこの時間帯に、中庭にやってくるなんて……!」
しげしげと俺の顔を見つめてくるエンマ。
本気で言ってるのか、冗談なのかわからねえ……。俺はどちらかと言うとコイツが苦手だ、調子が狂う。
「いや、たまたまだな……」
「連れないねぇ。まあ、特別な用事がなくても、会えて嬉しいよ、ジルくん」
「……ジルくん?」
「ジルバギアスじゃ長いから。駄目?」
いや駄目っつーか、俺とお前そんなに親しく……
「……あの、こちらに御座すのは一応魔王子殿下なんですが」
あまりのエンマの馴れ馴れしさに、苦言を呈するソフィア。
「魔王子殿下だけど、子爵でしょ? ボク伯爵だもーん。ギリギリ上だもーん」
唇を尖らせたエンマが、人形じみてグルッと首を巡らせ、笑顔を向けてきた。
「そうだ、子爵に叙されたんだってね。おめでとう!」
「あ、ああ、まあな……」
やめろ! その原因となった竜の娘がいる前で、その話題を出すな!!
「何か、お祝いをしてあげようか。あっ、キミがボクより階級が上になったら、喜んで足元に跪いて足も舐めてあげるからねぇ」
「誰もそんなこと頼んでねえ!!」
やめろ!!! レイラの前で!!! そんなことを言い出すのは!!!
すげえ目でこっち見てるだろうが!!! 信頼関係の芽を潰すな!!! 浄化するぞ貴様ァ!!!!
「あはは、冗談さ。それよりさあ、気づいたんだけど。ジルくんって、闇属性だよね魔力」
「あ、ああ……」
気圧されがちに頷き返す。ホント、今日で会うの2回目なのに馴れ馴れしすぎじゃねーかコイツ、何が目的だ……?
「じゃあさ、叙爵祝に、さ」
ニンマリ――とエンマは笑って。
「せっかくだから、教えてあげようか」
俺の耳元に囁いた。
「ボクの死霊術」
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