393.共生関係


 まさに『殺到』という語が相応しかった。


 あまりに多くの霊魂が一度に押し寄せたため、俺は一旦霊界の門を閉じて、ひとりひとりを落ち着かせてから話を聞いた。


 ひょっとするとどこかで災害が起きて、多数の死者が出たのではないか――そんな可能性さえ疑ったが。


 やはり、違った。


『オレ、見張り番をやってたんです。そしたら急に、後ろから女の声が聞こえて。振り返ったらドレス姿の綺麗なヒトがいて、あの、オレ、夢かと思ったんスけど、そしたら額をトンッて叩かれて、気づいたらここに――』

『化け物だ――恐ろしい、人の姿をした化け物だった! アイツら、おれの腕をねじ切って、食らいついてきて……ああ、ああ……!』

『寝てたら、怖い夢見ちゃったの……男のヒトと女のヒトにいきなり噛みつかれて、痛くって、真っ暗になっちゃって……おうち帰りたいよ……うぇぇぇん……』


 どうやら商船が襲われたらしい。商人や船乗りたちはもちろん、商人見習いの幼い子どもまで容赦なく殺されていた。吸血鬼どもが我先にと食らいついて、生き血を吸い尽くしたようだ。その子は、自分が死んだこともよくわかっていなかった……。


 ふざけやがって……ッッ!


 以前に呼び出した、事故死した子の霊魂と同じように、見習いの子の霊魂は可能な限り穏やかに霊界へ送り返したが、その他の大人たちは、それぞれ魂を犠牲にしてでも吸血鬼と戦う意志があるかどうか、確認を取った。


 流石に、みながみな、うなずくわけではない。冥府に行けなくなるかもしれないという恐れ、殺されたという自覚が薄くイマイチ火がつかない復讐心、そういった理由から断る者も少なくはなかった。


 だが、何人かは聖霊化を承諾し、仲間に加わった。そうやって霊魂を次々に捌いていき、さらに呼び出しを続けると――


『――湖賊が襲ってきやがったんだ!』


 犠牲者たちの証言から、新たに浮かび上がった事実。


 、吸血鬼が暴れ回った直後に、湖賊の襲撃を受けていた。


 さらに――


『みんな次々に部屋から引きずり出されて、殺されて……中には、獣人でもねえのに噛みついてくる奴までいて……!』


 間違いない、吸血鬼どもめ……!


「湖賊を手下にしてやがったのか……ッ!!」


 証言をまとめるに、吸血鬼どもは湖賊のうち数名を眷属化して、湖賊船を支配下に置いている可能性が高い。


 合点がいったぜ。昼間も移動しているとしか思えない行動範囲に、襲撃場所を次々に変える用心深さ、それでいて中途半端な死体の処理。


 移動から死体の処理まで、湖賊に任せていたと考えれば説明がつく!


 お互い利用しあえる関係なのだろう。吸血鬼は昼間でも水上を移動可能な手段ふねと、それを操る人員が手に入る。湖賊は夜間の襲撃に極めて有用な、強力極まりない戦力が味方となる。


 人類の敵と人類のクズ、理想の共演ってワケだ……クソがよ!


『あの湖賊ども、吸血鬼と組んでやがったのか……許せねえ!』

『ウオアアァァまとめてブチ殺してやるァァァァ!』

『オレも仲間に入れてくれ! 頼む!!』


 何名か湖賊への憎しみが先立って悪霊化してしまったが、さらに仲間が増える。


『その湖賊って、どんな連中だった?!』


 そして、すでに仲間にしていたベアトリスが、話を聞きつけて覚醒。


『――太っちょで、頬に引っかき傷のある男はいた? ――じゃあ、船長は? 四角い顔で黒い口ひげを生やして、じゃらじゃら金のネックレスつけてなかった? ――他にガリガリのひょろい下っ端は見てない? 黄ばんだ青と白の縞模様のシャツを着てて――』


 矢継ぎ早に、新入り犠牲者たちに質問を投げかけていったベアトリスは、徐々に確信を深めていく。


『間違い、ない…………あたしを殺した奴らァァァッ!! ウオアアアアァ許さない許さない許さない許さない――』


 なんと、ベアトリスが捕らわれていた湖賊団も、吸血鬼どもの手下と化した連中である可能性が高かったのだ。人質に取ったベアトリスを、眷属化された湖賊が欲望に負けて吸い殺してしまったのか、はたまた嘘を言って従属させ、吸血鬼のおやつとして生かしていただけなのか……


『敵』が明確になったベアトリスは、さらに憎しみを燃え上がらせて、もはや原型をとどめないほどに悪霊化が進んでいた。今の彼女なら死霊王リッチでも目指せそうだな……流石に俺の手でそこまで変質はさせないけど……。


 魂の核を燃やして存在を維持できる聖霊と違って、頻繁に魔力を供給しなければならない普通の霊体は、今の俺にはぼちぼち維持がキツくなってきたが、気持ちはわかるだけに捨て置くこともできない。


 そして――


『頼む……俺の恋人を助けてくれ!!』


 呼び出した直後、ひたすらに困惑していた若い男の霊が、状況を把握するなり闇の魔力の涙をぼろぼろと流しながら、俺にすがりついてきた。


『彼女は、まだ殺されてない! 生きてるはずなんだ!!』


 男の名をロメオと言った。聞けば彼は、別の街で商家のメイドとして雇われることになった恋人の、付き添いで船に乗っていたらしい。


 彼女が別の街でメイドとしてやっていくなら、もう長いこと会えなくなる。最後の別れになるかもしれない――そうは思っていたが、まさかこんな形になるなんて。


 思ってもみなかった……


 何者かの襲撃を察知したロメオは、恋人を倉庫に隠れさせて守ろうとしたが、眷属化した湖賊に歯が立たず敗北。血をすすられながら最期に目にしたのは、髪を捕まれ倉庫から引きずり出される恋人の姿だった――


『このままじゃ、あいつは湖賊どもの慰み者に……!!』


 悲痛な声で訴えるロメオだったが……残念ながら、すでにそうなっている可能性は濃厚だった。ベアトリスのように。


 だが、裏を返せば。


 ベアトリスと同様、しばらくは生かされる可能性が高い……!!


 そしてロメオたちは、殺された直後だ。


 自我と記憶がハッキリした船員たちの証言もある。どこで船が襲われたのか、場所まで特定できているのだ。



 今すぐにレイラの翼で急行すれば――



 間に合うかも、しれない。



「わか――」


 反射的に、了承しそうになった俺だが。


 胸の内で、圧力が膨らむのを感じ取る。


 禁忌の魔神の脈動――



『ならんぞ』



 アンテが、唸るようにして言った。



『レイラの正体を知られずに、どうやって姿を消すつもりじゃ、馬鹿者』



 ……そうだ。



 こんな湖のど真ん中を航行する船から。



 忽然と勇者とその連れが消え失せるなんて……説明がつかない。

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