63.闇竜の誠意


 どうも、冷凍保存されていたファラヴギの生首に再登場してもらったジルバギアスです。


 すまんなファラヴギ。お前の死体を辱めるような真似をして。だがお前という奇貨を用いて、せいぜい魔王国をかき乱してやるから、それで手打ちにしてくれ。


 俺は部屋の真ん中のソファに腰掛け、左手側に生首を、右手側にピッカピカの鱗鎧を据えた上で、闇竜の長とやらを待ち受ける。



 そして待つことしばし、闇竜の長が部屋を訪ねてきた。



 それは、闇色のゆったりとした衣を身にまとった長身の男だった。肌も髪の毛も、そして眼球さえも真っ黒で、瞳だけが氷のように冷たい水色をしている。いかにも優男風な顔には穏やかな笑みをたたえているが、同時に、どこか気取ったような空気も漂わせていた。


 極めつけに、人族ではないことを示すように、側頭部から後方にかけて2本の角を生やしている。


 ――ヴィロッサが言っていたな。


『その気になればドラゴンたちも、角を消して完全に人の姿になれるようです。ただ魔王城では、人族でないことを示すため、あえて角を残しているとか』


 淡々と語るヴィロッサは表情こそ消していたが、複雑な心境を声に滲ませていた。魔族も、悪魔も、ドラゴンも。魔力強者の種族はみんな『角あり』だ。


「ご機嫌麗しゅウ、ジルバギアス殿下。お会いできて光栄です」


 向こうからまず挨拶してきた。人の姿で話し慣れているのだろう、ドラゴン族特有の金属的な軋みの少ない、聞き取りやすい発音だった。


「闇竜の長であり、魔王国ドラゴン族の族長も兼任しておリまス、オルフェンです」

「第7魔王子ジルバギアスだ」


 俺は敢えて尊大に、もったいぶって応じる。


「大儀である。族長直々に謝罪とは殊勝な心がけだな」

「エエ、まさしく此度の一件は、我らドラゴン族にとっても痛恨の極み」


 俺の偉そうな態度を気にかける様子もなく、芝居がかった仕草と表情でオルフェンはうなずいた。


「ジルバギアス殿下に多大なご迷惑をおかけしたこと、一族を代表してお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんデした」


 なんと、深々と頭まで下げてきた。


「う、うむ……」


 めちゃくちゃ素直な低姿勢に、肩透かしを食う。


「そしてその憎々しい顔! まさしく白竜の長・ファラヴギにございますナ。同盟の猿どもに媚びを売った末路がこれとは、まさにドラゴン族の恥晒し。いやはや、まさか逃げ延びた上、国内に潜んでいようトは……」


 ……同盟の猿ってまさか人族のことか? 殺すぞ貴様。


 いや待て、相手のペースに呑まれてどうする。嫌味のひとつでも言ってやるか。


「ファラヴギが言っていたぞ。【翼萎え】の呪いとやらを受けて、まともに飛べなかったそうだ。魔王城警備のドラゴンどもは、地を這うトカゲを逃すほどに愚鈍であったのか?」


 あからさまに挑発してみるものの。


「おお、最終的にはファラヴギにも、呪いが通用していたわけにございますネ。てっきりあやつの魔法抵抗に阻まれたかと思っておりましたガ」


 オルフェンはわざとらしく驚いてみせた。


「いやはや、あの呪いは遅効性で、ある程度してから途端に飛べなくなるという性質でしてナ。ホワイトドラゴンどもも、多くは地に落ちて挽き肉になっておりました。激しい戦闘の影響もあり、死体の検分が困難であったことも事実。いや、それにしても我々がファラヴギの生存を見逃したことも、また事実にございますナ。検分を担当した者を改めて罰しておきましょウ」


 こいつ……手強いな。


 ドラゴンはプライドがクソ高いという固定観念を覆してくる奴だ。目的のためなら笑顔で靴を舐めるし、泥水だってすする覚悟と見た。


 だが――その屈辱と恨みは決して忘れない。そういうタイプだ。


 穏やかな微笑みと、芝居がかった仕草で誤魔化しているつもりだろうが、瞳の奥に浮かぶ氷のような冷たさは隠しきれていないぞ。


「そしてそちらは、ファラヴギの鱗の鎧にございますか。素晴らしい力を感じます、ドワーフの作ですかナ?」


 同族の遺骸を用いた武具を見ても、まるで気にしていないような態度。


「ああ、そうだ」

「せめて死後にでも殿下のお役に立てるならば、この同族の恥晒しも、少しは面目を保てようというモノ……」


 改めて俺に向き直ったオルフェンが、ニヤリと笑う。鋭い歯を剥き出しにして。


「そして本日は、心ばかりのお詫びとして、殿下に贈り物を持参いたしましタ」

「ほう」


 マジでご機嫌取りに余念がないな。こいつを挑発して関係悪化を招くのは難しそうだ――あるいは、こいつがご機嫌取りに徹するほど、魔族とドラゴン族の関係は既に悪化している、と考えるべきかな?


 それにしても、贈り物ってなんだろう。


「聞けば殿下は、ハイエルフをペットにされているとカ」


 振り返ったオルフェンが、部屋の外に向けて金属的なきしみ声を発した。


「――であれば、こちらのも気に入っていただけるかト」



 扉が開く。



 そして――ひとりの少女が、入ってきた。



 透き通るような、真っ白な肌。白銀色にきらめく髪。太陽のような金色の瞳。あどけなさを残しながらも整った顔立ち。しかし目の下には、睡眠不足なのか、はっきりとしたクマがあり、肌の白さも相まってどこか不健康な印象を受ける。そして側頭部からは、後方に突き出した2本の角。



 おどおどとした態度で、縮こまりながら部屋に入ってきた少女は――ファラヴギの生首と鱗鎧を見やって、泣きそうに顔を歪めてから、無理に媚びへつらうような笑みを浮かべた。




「は、じめまし、て……殿下。ファラヴギの娘、レイラでしゅ……」




 消え入りそうな声で。ぽろぽろと涙をこぼしながら。




「この、たびは……父が、大変なご迷惑を……しゅみません……」




 ……思い出す。




『ファラヴギよ。何をそこまで怒っているのだ。お前はなぜ魔王を憎む?』

『――知れタこと!! 闇竜どもと手を組み、我が娘を奪い、我が妻を殺しタ!』




 妻は殺された、と言っていたが――




 娘は、『奪われた』としか――




 俺は思わず、両脇の生首と鱗鎧を見やった。




 ち、違っ……俺、そんなつもりじゃ……




 アンテ、俺の力を、預かってくれ……!!


『安心せい。もうやっておる』


 ハッ、と魔神が短く息を吐いたが。


『――すさまじい勢いで流れ込んできおるわ』


 溜息をついているのか、笑っているのか、判然としない。



「殿下。ファラヴギの娘・レイラを、我らの誠意の証として献上致しまス」



 オルフェンはレイラの肩を掴み、俺の方へ、ずいと押しやった。



「罪人の娘ゆえ、我らドラゴン族への気遣いは不要。ファラヴギの件は、殿下も大変にご立腹でしょウ。その憤り、この娘で晴らされてはいかがですかナ」



 そう言って、嗜虐的な笑みを浮かべる。



「奴隷にするなり、痛めつけるなり、縊り殺すなり。いかようにモ……」



 どこまでも邪悪な笑みを。



「殿下のお望みのまま、お使いくださイ」

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