62.仁義と輝く鱗


「よろしかったのですか?」


 ドワーフの工房をあとにして、しばらく歩いてから、ソフィアが聞いてきた。


「どっちの話だ?」

「両方です。剣も、鎧も」


 ソフィアの視線の先――俺のベルトで揺れる聖剣アダマス。


 今は、新品の鞘に納められている。せっかくだから別のドワーフの怪我も治して、ちゃっちゃと作ってもらったのだ。さすがはドワーフの職人、俺が採寸している間に出来上がっちまった。


 しかも、中身の剣のコンディションをより良く保つ魔法つき。他種族の職人の立つ瀬がないぜ……。


 ちなみに鱗鎧スケイルメイルは、フィセロが今日中に仕上げるらしい。


『ワシの腕とヒゲにかけて、そのつるぎの、本来の輝きに匹敵するものを作り上げてみせましょうぞ』


 フィセロいわく、俺が誓いを守る限り、強い魔法抵抗と護りの力を発揮し続ける鎧になるという。意地になったというかムキになったというか。そんな雰囲気だった。


 にアダマスを打ってもらったときと流れが似ている。


「――しかし、戦場で敵は選べませんよ」


 ドワーフの戦士団と出くわしたらどうするつもりだ、とソフィアは問う。


「確かに、戦場では敵を選べないだろうな。だが戦場を選ぶことはできる。野戦ならドワーフ戦士団は遠目にもわかるから、かち合わない場所に配置してもらえばいい」


 俺は肩をすくめながら答えた。


 俺が一兵卒だったらそんなこと言ってられないが、王子だからな。まだぺーぺーの従騎士とはいえ、自分の配置に口を出すくらいの権力はある。


「そもそも、ドワーフたちはあまり前線には出張ってこないだろう?」

「それはそうですが……要塞攻略戦などはその限りではありませんよ、ジルバギアス様も戦時報告書は覚えておいででしょうけど」

「まあな」


 実際、ドワーフはあんまり戦場には出てこない。


 先祖伝来の『真打ち』で全身を固めたドワーフ戦士団は恐ろしく強く、その突破力は全種族でも随一だが、重武装ゆえに足が遅いという欠点がある。


 特に野戦では、軽歩兵が主体の魔王軍にはなかなか追随できず取り残されがちだ。城攻めや都市防衛みたいな戦ではクソ強いんだけどな。


 それに戦力として消耗するには、ドワーフたちの鍛冶の腕は貴重すぎる。同盟でもドワーフたちは後方で鍛冶をするか、都市・要塞の防衛に回されるかのどちらかだ。そして大概、都市や要塞でも、鍛冶師として活躍することになる。


「まあ、要塞戦でかち合ったりしたら……そんときはそんときだな」


 鎧を脱ぐなり、手勢に任せるなり。


 ……これで、抜け道は許さないとばかりに、フィセロが着脱にめっちゃ時間がかかるような鎧を仕上げてきたら、笑うしかない。


「それに――」


 俺はパチンと指を鳴らして、防音の結界を張った。


 自力でできるようになって、だいぶん便利になった。


「俺としては、この装備は主に対兄姉を想定している」

「……なるほど」


 ソフィアも一発で納得した。


 アイオギアスやルビーフィアの魔法に抵抗するために、少しでも強力な鎧が欲しかった、と。もちろん口には出さなかったが、俺は対魔王戦も想定している。


 だからドワーフと戦えないくらいのデメリットは、全く問題ない。むしろ鎧の制約のおかげで、ドワーフとの戦いを回避する大義名分ができてよかったくらいだよ。


『ま、肝心の人族とは殺し合う羽目になるじゃろうがの』


 アンテの無慈悲な指摘。


 それなんだよな……。一番多いのは人族だからな……。


 戦場で遭遇しやすい順に並べると、人族>獣人族>>エルフ族>>>ドワーフ族って感じだし……。


 ままならねえ……。


「鎧に関してはわかりましたが、剣は本当にでよろしいのですか?」


 改めて、汚いものでも見るようなジトッとした目を聖剣に向けるソフィア。ほのかに漂う聖属性の残滓がお気に召さないらしい。


「これが、いいんだ。俺のとの契約で、力を育てやすい」


 実際は禁忌の魔神だが。そして、ソフィアもそれは知っている……。


「…………」


 神妙な顔で唇を引き結ぶソフィア。俺たちの空気がにわかに緊張を孕む。


「わうーん! わうーん!」

「あっ、こらリリアナ、そっち行っちゃダメ!」


 広めの回廊でテンション上がって駆け回るリリアナと、それを追いかけて連れ戻すガルーニャだけは平常運転だった。


「勇者の剣で、人族を屠る。……これ以上に冒涜な行為があるか?」

「……そうそうありませんね」

「そういうことさ。母上には俺からを説明する」


 だからお前がアレコレ言う必要はないぞ、と俺はソフィアに逃げ道を用意した。


 ソフィアもそれを悟り、小さく頷いて――何も聞かなかったかのような、素知らぬ顔をした。



          †††



 翌日、宣言通り、ホワイトドラゴンの鱗鎧スケイルメイルが届いた。


 胴体から上腕、そして股下までを幅広く覆うタイプで、強靭な防御力と柔軟な可動性を両立させており、物理的な圧を感じるほどの強い魔法抵抗を備えた逸品だった。


 俺の禁忌の魔法さえ弾き返しかねないほどだ。フィセロが職人としての意地を見せてきたな。しかも、俺の体格にあわせてサイズが変わる魔法もかかっていて、成長しても丈直しなしで使い続けられるらしい。


 加えて、すっぽりと頭からかぶり、腰のベルトをしめるだけで装備完了という着脱のしやすさ。添えられた手紙には、「【シンディカイオス】と銘打ちました。誓約がある限り、魔法の力が殿下をお護りするでしょう」とドワーフらしい正確無比な筆致で、魔族文字で書かれていた。


 シンディカイオス――古い言葉で、ともに信じる、あるいは、共通の信念といった意味があるらしい。


 言外に、誓いを破ったら承知しねえぞという圧力を感じる。


 もちろん、約束は守るぜ、フィセロ。この鎧は、魔王や兄姉たちとの戦いで、大いなる助けになるだろう。ドワーフ族は決して傷つけない。代わりに、どれほどの人族やエルフ族を犠牲にすることになろうとも……な。


 鎧立てに着せた鱗鎧【シンディカイオス】を睨み、俺は今一度、誓った。


『これでドワーフを殺せば、多大な禁忌を犯すことになるしのぅ』


 やめろ!!


 神聖な気分を台無しにするんじゃねえ!!!


「……そういえばジルバギアス様。ドラゴン族の代表から面会希望が入ってます」


 鱗鎧を眺めながら目覚めの食事を摂っていると、ソフィアが報告に来た。


「面会?」


 しかもドラゴン族が?


「代表って誰だ?」

「ダークドラゴンの長・オルフェンです。実質的なドラゴン族の王ですね。今回の件で、討ち漏らしのホワイトドラゴンがジルバギアス様を害したことに対する謝罪と、首実検のため参上したいとのことでした」

「ほう……」


 ファラヴギが言っていた、闇竜の首魁がここで出てくるか。


「どういう狙いがあると思う?」

「概ね、言葉通りではないかと。ドラゴン族が魔王子を害したことは事実ですから、先手を打って頭を下げに来たのでは」


 まあ俺もそんなところだろうと思う。


 ドラゴン族と魔族の関係を悪化させたい俺としては――ここで突っぱねてドラゴン族への風当たりを強くしたり、あるいはわざと超傲慢に振る舞って、ドラゴンたちのさらなる反感を買う手もあるな。


『その2択ならば、突っぱねるよりも、呼びつけた方が良かろうな』


 だよな。その上でクソウザ王子ムーヴをキメた方が効果的だろう。俺はファラヴギの忘れ形見たる、鎧立ての鱗鎧を見やった。


「その話、受けようか。首実検のためにファラヴギの生首と、その鱗鎧を両脇に置いて出迎えてやろう」


 威圧も兼ねて。


「そのくらいはしていいですね、こちらが受けた被害を鑑みれば」


 丸焦げにされたソフィアもふんすと鼻を鳴らす。他の側仕えたち(主にファラヴギの被害にあった連中)も当然という顔をしている。


 皆、最終的に死者は出なかったとはいえ、黒焦げにされるわ反撃も許されずに吹っ飛ばされるわで、相当腹に据えかねていたようだ。元はと言えば強襲作戦後ホワイトドラゴンを討ち漏らしていたドラゴン族に原因があるわけだからな。


 ククク……高慢ちきなドラゴンに、せいぜい気まずい思いをさせてやるぜ!!

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