489.北の王国連合
俺たちが暮らすこの大地――大陸は、とにかくクソでかい。気が遠くなるほど昔、変わり者のエルフ(まだ森エルフと夜エルフに分かれる前)が大陸沿岸を練り歩き、大まかな形を記したとされている。
そして聖教会が台頭して、沿岸部の人族国家がそれぞれの地図を持ち寄り、パズルのように組み合わせてみると、エルフ族に伝わる地図とだいたい合致したらしい。
……まあ、形がわかったところで、普通の人間にはほとんど関係ないけどな。なにせ地形を無視して不眠不休で歩き通しても、端から端まで移動するのに1年以上はかかる計算だとか。
生まれ故郷から一生出ない人だって珍しくないのに、大陸の端に用事がある奴なんて、ほとんどいないだろう。
……それこそ、生まれ故郷が滅びでもしない限りは。
――さて。そんな大陸の中央北よりの地域は、大小様々な山が連なり、鉱物資源も豊富だ。それを最も有効活用できているのは、他ならぬドワーフ族だろう。
だからこのあたりにはドワーフの王国がひしめいている。
『ひしめく? つまり、いくつもあるんじゃな』
ああ。ドワーフの『王国』と言っても、長命種の常で出生数が少ないから、国民のうちドワーフ族が占める割合は1割程度。他は人族・獣人族だ。関係性としては、レイジュ族みたいな魔族の大氏族と、それに仕える夜エルフや獣人族に近い。
『ははぁ、王国と言うより、規模としては氏族領のようなもんじゃの』
だな。それぞれのドワーフの王が、族長みたいな感じ。
ただ、魔族との大きな違いは、ドワーフ族と人族・獣人族の立場がほぼ対等である点と――ドワーフ族の方が優位なのは間違いないけど、人族や獣人族が奴隷扱いされてるわけじゃない――複数のドワーフ王家に同時に仕える連中がいることだ。
『複数の王家に同時に? というと?』
歴史を辿っていくと、現在『ドワーフの王国』の一部地域とみなされている人族や獣人族の共同体も、もとは独立した国だったらしい。色んな理由や事情があって、ドワーフの傘下に加わったり、統制下に置かれたりしてるんだ。
太古の時代、大地が神々の手で生み出されて間もなかった頃、ドワーフはエルフみたいに森の近くに住んでいたらしい。
『炭焼き』を発明したのはドワーフだからな。全種族の中でいち早く金属加工を始めた彼らは、森を切り拓いては炭を作り、鍛冶に利用していた。
で、当然のように森に住まうエルフと戦争になった。『燃える石』こと石炭が発見されるまで、血で血を洗う戦いが何百年も続いたという。ドワーフの種族武器の斧は木を切り倒すため、エルフの種族武器の弓は遠くからドワーフをぶち抜くためのものだったって言うんだから、まぁアレよ。
『今は同じ陣営にいるのが奇跡みたいなもんじゃな……』
ホントそれな……。ただ、実はドワーフたちは大地の信奉者だから、光の神々も闇の神々も同じくらい創造主として敬ってるっぽいんだよな。
魔族と夜エルフがあまりにもアレだから、同族扱いされないよう光の神々の陣営に属してるだけで、光と闇の対立そのものは割とどうでもいいと思ってるフシがある。
話を戻そう。
そんなわけで森の近くに住む必要がなくなったドワーフたちは、山を深く掘らないと鉱物資源が手に入らなくなってきたこともあって、鉱山に生活の場を移すようになった。
けど、そこで問題が発生した。――食い物や生活必需品が手に入らない。
ドワーフたちはあまり農業が好きじゃないようで(もちろん農業大好きな変わり者もいるだろうが)、食料調達は狩りに偏重していたそうだ。だが山に生活の場を移すと、森ほどには獲物がいない。畜産をしようにも穀物は必須。でも鍛冶や採掘、モノ造りに夢中なドワーフたちは、自分で作物を育てるのを面倒くさがった。
――なので、外部に丸投げすることにしたわけだ。
その頃にはドワーフの鍛冶は種族の魔法として洗練され、ドワーフが生み出す武具道具は特別な価値を持つようになっていた。
『自分たちは好きなようにモノ造りをして、食料やら何やらは外から買い入れるようにした、と』
そしてドワーフたちの拠点からほど近い平野部には、人族や獣人族が住み着いて、農業や畜産に精を出しつつ、ドワーフと交易するようになった。
――が、ここでもさらにいくつか問題が発生した。
当時の大陸北部一帯には、けっこうヤベー魔獣がうようよいて、ドワーフの武具を装備してもなお、人族や獣人族だと手に余ったらしい。魔獣の被害に耐えかねた人々は、取引相手のドワーフに庇護を求めた。ドワーフも、食料の安定供給のため、仕方なく人々を守ってやるようになった――そうして自然に、主従関係が構築されていったってワケだ。人々が自ら進んでドワーフの傘下に入ったパターンだな。
それ以外だと、商取引に長けているが武力はイマイチな人族の集団が、ドワーフの王国の民であるという『身分』を求めて、認めてもらったパターン。彼らはドワーフ好みの商品を買い集め、逆にドワーフの武具を売りさばき、複数のドワーフの王国の臣民と化している。
あと、ドワーフたちと取引して武具を手に入れたはいいが、その性能に酔いしれて戦争をおっぱじめ、食料の生産が滞った結果、取引相手のドワーフがブチ切れて殴り込んできて制圧された――なんてパターンもある。
これが魔族だったら、制圧された側が奴隷化されてもおかしくないんだが、ここでドワーフたちの鍛冶の魔法――【作品を誰かに譲る場合は相応の対価を受け取らねばならない】という部分が効いてくる。
相応の対価。すなわち、少なすぎても、多すぎてもいけない。
『……ああ、つまり、過剰な対価は受け取れぬということじゃな。取引相手を支配して搾取することも、逆に叶わぬと』
その通り。単純に、人族を統治支配するのが面倒くさいってこともあったんだろうけどな。
――総括すると、ドワーフの国は、『モノ造りに夢中なドワーフの職人たち』と、『それを支えるその他の種族』に分かれている。
しかも『その他』の方は複数の王国に仕えていることもあって、魔王国で言うならレイジュ族の領民でもあり、同時にイザニス族の領民でもある、なんてことがザラにあるわけだ。
ドワーフは、自分たちの鉱山以外の領土はどうでもよく、他種族を支配することにも興味はないからな。
大陸で最も価値があるモノ――宝石や貴金属、ドワーフ製の武具。全てを自らの手で生み出せてしまうドワーフは、本質的に作品のクオリティを高めることしか求めてなくて、他の物事は全て『ついで』か『手段』なんだ。
そしてドワーフは、ドワーフ同士では滅多に争いを起こさないので――正確には、争うこと自体はあるんだが、鍛冶の腕前で競い合うため武力行使に至らない――複数の王国がゆるい同盟関係にある。
そんな支配体制により、ドワーフの王国には、ドワーフ族のコミュニティと、人族・獣人族のコミュニティがまだら状に分布しているってワケだ。
彼ら及び彼らの臣民の人族・獣人族をひっくるめて、『ドワーフ王国連合』、あるいは単に『ドワーフ連合』と呼ぶ。
『で、我らが今おるのも、その連合のうち、人族の領域というわけじゃな』
そういうこと。
――フェルミンディア王国。
国名は、古き言葉で『鉄を求める場所』を意味するらしい。魔王国とはまだ国境を接していない、北部戦線の後背地に位置する国だ。
アーサーたちとの壮絶な戦いから数日。俺たちは、フェルミンディア王国のさらに端っこの、小さな農村にほど近い森の中に身を潜めていた。
「アレク……大丈夫ですか?」
人化したレイラが、心配そうに俺を覗き込んでくる。
「う……ん」
俺はどうにかうなずいた。下手に頭を動かすと、ほとんど空っぽな胃の中身がすぐに逆流しちまいそうだ。木に寄りかかって座り、必死に吐き気を堪える――アンテと駄弁って気を紛らわせていたが、そろそろ限界だった。
言うまでもなく、毒のせいだ。
ここ数日、とにかく水を飲みまくって、自然に毒を排出させられないか頑張ってたが、どうやらダメっぽかった。むしろほとんど食事が喉を通らず――食べても吐いてしまう――どんどん衰弱してきている。
レイラに【転置】で症状を引き受けてもらうのも、その場しのぎでしかない。根本的に【解毒】の奇跡で治療してもらわないとぼちぼちヤバい、というのが、アーサーやレキサー司教たちの見立てだった。
が、アーサーたちは
闇の輩と戦って消滅するなら本望、と豪語する彼らだが、いくらなんでも俺を解毒するためだけに誰かひとりに消えてもらうのは忍びない。
ではどうするか、だが――話し合った結果、ある強硬策に出ることになった。
『本当に、大丈夫かなぁ』
うっすら霊体化したアーサーが、落ち着かない様子で体を揺らしている。
『正直、私が治療してもいいんだが……』
レキサー司教も浮かない顔だ。『浮かばれない霊体だけに、のぅ』やかましいわ。
「最悪の場合は、私が即座に人化を解除して離脱。それでいいですね」
レイラが神妙な顔で念押し。
「ほんと……に、誰も、傷つけ……ないんで……ヤバそうだった、ら、すぐに逃げるんで……約束、します……」
『何も起きないことを祈るよ……』
『頼むぞ。頼むから、これ以上私たちを後悔させないでくれ』
「はい……」
ウゥッ自責の念で吐きそう……でも、この吐き気だけは堪えなければ……! 毒の症状ならともかく、自責の念なんかで吐くことは俺には許されねェんだよ……!
「では、そろそろ始めるかのぅ」
アンテが俺の中から飛び出てきて、流れるように人化した。
「さぁて、どんな服を着たものか……」
いそいそと荷物をあさり、ちょっとサイズが合わない俺たちの服を、それっぽく着込み始めるアンテ。
「どーぉ? これ似合ってるぅ? ア・レ・ク・サくん?」
人化して心なしかいつもよりもちもちしているアンテが、ニヤニヤと小生意気な笑みを浮かべて俺の前でポーズを取る。
「もうちょっと……薄、汚れてた……方が……旅……感……」
「む。確かに小綺麗すぎるかもしれんのぅ」
演技をやめ、アンテがごろごろと地面を転がりだす。せめて土埃でもつけておこうという心算か。
――俺も、溜息ひとつ、人化の魔法を行使する。
一気に、がくんと視界が低くなった。今の俺は、毒で死にかけ、もうヘロヘロだ。
これまでやっていたような、無理に加齢させた状態での人化――青年の姿になるのは、負担が大きすぎて無理。
つまり、年相応の姿に人化するしかない。
そして、俺の年齢は……!
「アレクサくん6さい!! かぁ~わいい、ちっさ~い!」
アンテがこれ以上なくニヤニヤしながら俺の頭を撫でてくる。いつもなら俺より遥かにちっこいはずのアンテが、すっかり大きく……!
ウッ。やめろ。揺らすな。吐きそう。ウッ!
「おろろろ……」
「あっやめんかこら、吐きかけるでない!」
「落ち着いたら、行きましょう。絶対に成功させてみせます」
レイラが俺の背中をぽんぽんと撫でてから、
「よいしょっと」
俺を抱きかかえた。
「じゃあ……行って、きます……」
『無事を祈ってるよ……』
『うまくいってくれ……』
『頼むぞマジで……』
『でも、うまくいったら、それはそれで……なんだよなぁ……』
心配そうなアーサーとレキサー司教ら、ヴァンパイアハンターの皆さんに見送られながら、俺たちは森を出る。
「走りますよ!」
レイラが俺(6さいのすがた)を抱きかかえて走り出し、アンテもそれに続く。
めちゃくちゃ必死に、悲壮な顔をするレイラ。演技じゃなくて俺を心の底から心配しているからだろう。
それに対し、今にも吹き出しそうになりながら、どうにかしかめ面で誤魔化そうとしているアンテ……頼むぞ、笑うんじゃねえぞ!
オェッ揺れが酷くて死にそう……ウゥ……!
――だんだんと、村が近づいてくる。
獣や魔物に備えてか、丸太の壁でぐるりと取り囲まれた村だ。前線から離れているということもあり、牧歌的な雰囲気が漂っている。ほとんど何もないド田舎だが、小さな聖教会があることは上空から確認済み……!
そう、俺たちの作戦とは……
「助けて! 助けてくださーい!」
レイラが走りながら声を振り絞る。
「ん……!? 誰だ、どうしたー!?」
門番と思しきオッサンが、不審そうにしながら叫び返してきた。
「私たちは! 旅芸人ですッッ!」
レイラ、迫真の叫びッッ。
「弟が! 毒キノコか何かにあたっちゃったみたいで……死にそうなんです! お願いです、こちらの聖教会で治療してください――!」
いかにも人の好さそうな門番のオッサンが「なにィ!?」と動揺し、レイラの腕の中の俺を見て目を剥いた。口の端から泡吹いて、顔面蒼白で今にも死にそう(ガチ)に見えるだろうからな……うん……
というわけで、どうも、ジルバギアスあらため旅芸人の弟アレクサくん(6さい)です。
毒キノコ食って死にかけてる設定で、田舎の人情に全てを賭けます。
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