490.田舎の名癒


「こりゃ大変だ! 早く聖教会で診てもらわねえと!」


 俺たちは特に怪しまれることなく――いや、多少は怪しまれているかもしれないが緊急性の高さゆえ――そのまま門を通された。


 よかった、門番のオッサンが偏屈じゃなくて……! それだけが唯一にして最大のリスクだったんだ。


 裏を返せば、ここさえ突破できれば、何とかなる可能性が非常に高い。情に訴えるだけの作戦に見えて、勝算というか、この村を敢えて選んだ理由はいくつかある。


 まず第一に、田舎であること。


 大きな街と違って訪問者が少ないから、入口で聖検査を実施していない。この規模の村だったら、聖教会があったとしても神官はせいぜいひとりだろうしな。


 次に、人の往来が乏しい立地であること。


 旅人や行商人によって、魔王子大暴れの噂が伝わっていなさそうな僻地を選んだ。流石に魔王子ジルバギアス追放の件は聖教会経由で共有されているはずだが、タイムリーな話題は伝わっていないに越したことはない。


 そして俺のおこちゃま化だが――


 例の魔王子追放を報せるビラは、魔王子の年齢には言及していない!


 つまり誰もジルバギアスが6歳児であることを知らない! まさかそんな幼児が兄殺しの咎で追放されているとは、思いもよらないだろう。真実が書いてあったところで、信じる奴がいるかは謎だが。


 魔王子ジルバギアスが人に化けている可能性が高いとしても、毒キノコを食って泡吹いてるガキンチョを見て、「……こいつ魔王子では?」と疑ってかかるような奴はそうそういないはず、という結論に至ったわけだ。


 ………………いや、たったひとりだけ、「妙だな……」とか言い出しそうな神官には心当たりがあるものの、アイツは今ここにいないはずなので。




 門番のオッサンに連れられて、俺を抱きかかえたレイラは、村の小さな聖教会へと駆け込んだ。めっちゃ揺れて胃液がこみ上げてくるんだが、レイラにぶっかけるのは申し訳ないので、死ぬ気で我慢する……


「爺さん! ゲドック爺さん、起きてるかー!」

「んが……寝とらんわい! なんじゃ騒々しい!」


 がなり立てるオッサンに、安楽椅子の上でうつらうつらしていた老神官がブンブンと頭を振って叫び返す。ゲドック爺さんと呼ばれた彼は、枯れ木みたいにヨボヨボな老人で、ポックリ逝きそうな具合は今の俺といい勝負だったが、言動を見る限り相当元気そうだ。


 でも口ひげの端によだれの形跡があるぞ爺さん……


「急患だ! この子、毒キノコ食っちまったって!」

「何じゃと……!?」


 しかしオッサンの言葉を聞いた瞬間、その顔が別人のように引き締まり、しゃんと背筋が伸びた。


「ここに寝かせなさい」


 老神官に言われるがまま、俺を簡易寝台に寝かせるレイラ。ささやかな平屋建ての聖教会なので、どちらかというと診療所みたいな趣だな……田舎にありがちな聖教会のあり方だ、と俺は天井を眺めながら、他人事みたいに思った。


「毒キノコと言ったか?」

「は、はい。それくらいしか、心当たりが……」


 老神官の鋭い眼光に、レイラがたじろぎながら答える。レイラの緊張がひしひしと伝わってきた。もし俺や自分の正体がバレてしまったら――即座に人化を解除して、俺を連れて逃げなければならない。たとえ目の前の神官が、吹けば飛ぶような老人だとしても、聖教会の一員である以上は油断できない。


 アーサーたちとの戦いで、レイラも骨身に沁みただろうから……


「むぅ……体力の消耗が酷そうだ」


 しかしレイラからすぐに視線を外した老神官は、ざっと触診し、俺の顔や目を覗き込み、頷いて素早く魔力を練り上げた。


「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」


 そして銀色の光をまとい、


「【解毒アポ・トクスィノシ】」


 治癒の奇跡を流し込む。



 ――途端、体が軽くなった。



 ここ数日の苦しみはいったい何だったんだ、ってくらい、呆気なく吐き気や手足の痺れが吹っ飛んだ。ああ――光の奇跡だ。涙が出そうになる。闇の輩には、決して手が届かない慈悲の力だ……


 そして、これこそが今回の作戦の肝。真っ当な神官なら、奇跡の効力を高めるために聖銀呪も併用するはず。


 普通の闇の輩なら、


 この治療行為は、俺にとって限りなく都合のいい身分証明にもなるんだ。俺の正体は自動的に『人』とみなされ、加えてそんな死にかけのを必死こいて連れてきたレイラやアンテが、疑いの目で見られるはずがない。


「どうだい? 楽になったかね?」


 少しだけ表情を和らげた老神官が、優しく話しかけてくる。


「うん……ありがとう、神官さま……」


 俺はできる限り幼い雰囲気を醸し出しながら、それでも演技ではなく、心の底から感謝した。


 ありがとう。マジで死にかけてたんだ。


 本当に助かった……



 ……だけど、善良な田舎のオッサンと老神官をいいように騙していることに、良心の呵責がないと言えば嘘になる……



 安堵と疲労と罪悪感を同時に覚えながら、俺は脱力して溜息をついた――


「よし、とりあえず命の危険はなくなった。しかし毒キノコを食ってしもうたなら、解毒だけでは不十分。念のため腹の中も洗っておこう」


 ――えっ。


「少し苦しいかもしれんが、我慢するんじゃぞ」


 老神官の手から、清浄な魔法の水が湧き出す。


 水属性の使い手でもあるのか……! いや、ってか、腹の中を洗う!?


 待てそれめっちゃ苦しいやつ! 前世の勇者時代にやられたことがある、あのときは腹に毒矢を受けたからだったけど! 蛇みたいにのたうつ水を流し込まれて、毒物ごと一気に引き抜くってアレだろ!?


「あ、あの、神官さま、ぼくもうだいじょぶです……」

「何を言うか! 今は体を巡る毒を浄化したに過ぎん。毒の源が少しでも体内に残っておったら意味がなかろう!」


 正論!


「で、でも、もうたくさん吐いたし……おなかの中、からっぽです……!」


 そもそも毒キノコなんて食べてないしな!!


「その言葉を信じたいのは山々だが、それで坊主がまた体調を崩したら、ワシが後悔することになる。患者の自己判断ほどアテにならんものはない」


 老神官は、厳かな顔で告げた。せ、正論……!


「まあまあ、そんなに苦しくはないから。とりあえず深呼吸でもして、落ち着こうな坊主。ほら、息を吸ってー」

「す~~~」

「ほいっ」


 とりあえず言われるがまま深呼吸した瞬間、口の中に聖銀呪まみれの水をドバッと流し込まれた。


 そしてそれが! 蠢きながら腹の奥へ奥へと入り込んでくるッ!


「もがががが! もぐあぁぁあ!」

「これ! 暴れるでない! ちょっとの我慢だ!」

「もうがあああぁぁぁ!」

「【戒めの鎖アリシダ・エンドロン!】」


 ゲェッ拘束の魔法まで!? あああああああッ胃の中にオエッ水が! 流れ込んでグオエアアアア!

 

「あわわ……」


 レイラがオロオロしているのが視界の端に見えた気がしたが、とてつもない異物感と吐き気でのたうち回る俺は正直それどころではなかった。


 ああああああいつまで流し込むんだ!? もう量的には十分だろぉぉぉ!


「よし。こんなもんかの」


 無造作に、ズルルルォォと口から長い水の塊が引っ張り出される。体の中身をまるごと引き抜かれるような感覚。


「ゲホッおげええええ!」

「よしよし。よーく頑張ったなぁ坊主。これで安心だ」


 老神官はニコニコしながら俺の頭を撫でてきた。


「よかったな嬢ちゃん、坊主!!」


 門番のオッサンもホッとした様子。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 レイラもまた、半泣きで何度も頭を下げている。



 いや……まあ、キツかったけど、毒で苦しみ続けるよりは万倍もマシだな。



 しかも聖銀呪まじりの水をあれだけ流し込まれて、全く焼かれなかったわけだから……これ以上ないほど俺が『人』である証明になっただろうよ。



 ホント、何とかなって良かった。今度こそ俺は安堵感に全身から力を抜いた……



「ところで見ない顔だが……どこの誰なんだ?」


 と、一安心したところで門番のオッサンが若干訝しみだす。


「旅芸人、とか言ってたけど……あんまりそういう感じには見えないなぁ」



 そりゃ見世物になるような芸なんて身につけてないからな!



 



「おおーっ!」と聖教会の外から、人々のどよめきが聞こえてくる。



 なんだ? という感じでそちらに注意を惹かれるオッサンと老神官をよそに、俺とレイラは目配せしあった。



 どうやら早速、芸を披露しているようだな。



 ――アンテが。




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※ちなみに村の名前はデトクス村です。

 

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