491.謎の旅芸人
【前回のあらすじ】
レイラ「旅芸人です!」
村門番「通ってよし!」
老神官「解毒するぞな」
アレク「ヴォエーーッッ!!」
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『――旅芸人ということにしようかの』
どんな設定で村に入るべきか? という話になって、アンテがそう言い出したときは耳を疑った。
『芸を見せろって言われたらどうすんだよ』
一発で化けの皮が剥がれちまうだろ。
レイラは、ドラゴン形態ならともかく、人化したら歩く走るといった基本動作以外は苦手だし。
俺は万全の状態なら、アダマスで岩をかち割る一発芸とかもできたんだろうけど、今はおこちゃまボディだし。
あ……でも、アダマスひび割れちゃったんだった……
俺は一発芸すらできないゴミだった……
『我はできんこともないぞ、大道芸』
現実に打ちのめされる俺とは対照的に、ムフフーッと得意げな顔をしたアンテは、そのまま人化して石ころでジャグリングを披露。
まさか魔神の隠し芸をこの目で見ることになろうとは……しかも無駄にクオリティが高い。
『すげえ上手じゃん。でもアンテって運動音痴じゃなかったか?』
『運動音痴じゃ。ただ、死ぬほど暇だったからのう……』
遠い目をするアンテ。
『本当に……暇で、暇すぎて……他にやることがなかったんじゃ……』
いくら運動が苦手だろうが、センスがなかろうが、数百年単位でやってたら何でもできるようになるわ、とアンテは乾いた笑みを漏らした。あのクソデカ宮殿でひとり寂しく練習してたのかと思うと、泣けてくるな……
『そっか……でも何が役に立つかわかんねえもんだな』
『我も披露することになるとは思わなんだ』
――そして現在。
アンテは村人たちを前に、その秘められし技能を遺憾なく発揮していた。
「それそれ、そーれ♪」
俺がフラフラと聖教会を出ると、抜き身のナイフと短剣でジャグリングするアンテの姿。本職顔負けの大道芸だ。
「おおー……っ!」
「うわぁ……」
「ひゃー!」
集まった村人たちも皆、アンテのパフォーマンスに釘付けになっている。口元を手で押さえたり、ちょっと身を引いていたり、楽しんでいるというより怖いもの見たさで目が離せないという感じだったが――やっぱりアンテのやり方が我流で、どこか危なっかしくヒヤヒヤさせられるからだろう。
「あ! アレクサ! ちゃんと治してもらえたんだね~!」
と、俺に気づいたアンテが人懐っこい笑み(俺からすると違和感バリバリ)を浮かべてジャグリングを止める。――しかし頭上高く放り投げたナイフをひとつ回収し忘れている!
「あっアンテ――ねえちゃん! うえ、上!」
くるくる回転するナイフが、アンテの頭頂部めがけて落下していく――! 観衆も「うわああぁぁ!」「危ない!!」と悲鳴を上げた。
「ほっ!」
ところがこれも計算の内だったのか、弾かれたように上を向いたアンテが、ナイフをガギンッと口で咥えて受け止めたァ!
「はぁ~い、というわけでハラハラドキドキ♪ ナイフジャグリングでした~! おひねりはこちらまで、お願いしまーす♡」
ちゃっかり裏返した帽子を足元に置いていたアンテが、一礼して茶目っ気たっぷりに愛想を振りまくものの。
「「…………」」
素朴な田舎の村民たちは、感心を通り越してドン引きしていた。
「……あれ? あたし何かやっちゃいましたぁ……?」
「お嬢ちゃんたち、大道芸人ってのは本当だったんだなぁ」
コテンと首を傾げるアンテをよそに、俺たちを通してくれた門番のオッサンだけはマイペースに感心していた。ってか、やっぱり疑ってたんだ……
「そっちの嬢ちゃんも何か芸をすんのかい?」
「えっ! わ、わたしですか?」
老神官に怪しまれることなく治療費を支払い終わり、一息ついた直後に話を振られ挙動不審になるレイラ。
「え、えっと、その……一応」
ぺたりと地面に伏せたレイラは。
「えい」
「うおおっなんだそりゃ!?」
超絶海老反りで体を折り曲げ、足を頭の前に持ってきた! 思わず仰天する門番のオッサン。
そう! なんの芸もできないかと思われたレイラだったが!
実はめちゃくちゃ体が柔らかいのだ!!
これはドラゴンの体質に起因している。俺はたびたびドラゴン族の機敏さを「猫科のようだ」と評してきたが、その優れた身体能力を支えているのが、猫科に負けず劣らずの柔軟性だ。
たとえばドラゴンは翼の付け根とかが痒くなったら、後ろ脚でポリポリ掻いたりもできるらしい(見たことはないが)。そして人化の魔法により、その柔らかな関節が人の姿にも反映されていたのだ。
ただ、俺も「レイラって体柔らかいよな」とは時々思っていたが、ここまでハンパない柔軟性の持ち主だとは知らなかったし、逆にレイラは自分が普通にできることなので、『芸』として通用するとは考えていなかった。
気づくきっかけとなったのは、やはりアンテだ。
『ちなみにこういうこともできる』
ジャグリングのあと、バァーンッと両足が一直線になる開脚を披露したアンテだったが――悪魔も関節が柔らかい、というか物理的制約があまりないので、それが人の姿に反映された――「おおー」と感心する俺やバルバラ、アーサーたちに、レイラがこてんと首を傾げた。
『それならわたしもできますけど……』
サラ~ッと同じように一直線の開脚を披露されたときの驚きたるや。
そして俺たちがびっくりしていることにレイラもびっくりしていた。
『これって皆さんはできないんですか?』
『『無理無理』』
俺も柔軟体操はやるけどさ……戦闘において、手足の可動範囲が広いに越したことはないから……でも限度はある。ベタッと脚広げて地面に這いつくばるのがせいぜいで、ここまで曲芸じみた動きは無理だ。
『ほうほう。それならこういう動きはどうじゃ?』
『やってみます……あ、できました』
『おほーっいいのう! ではこれは?』
『えっと……手と足がこうだから……できました』
『おほほーっ』
その後、アンテに言われるがままレイラも色々とやってみると、人体の限界を極める次元で柔らかいことが判明し、レイラは『びっくり柔軟人間』という設定で行くことになった。
『よかったです、わたしにもできることがあって。最悪、口から光を吐く芸をやろうと思ってたので……』
『流石に芸人のくくりでそれは怪しすぎるんじゃないかねぇ……』
ホッと胸を撫で下ろすレイラに、バルバラも呆れ気味だった。
『このあたりの地域で、光の強い魔力の持ち主だったら聖教会が放っておかないはずだ。優れた治癒の使い手になる可能性を秘めているのだから』
『アウリトス湖でレーライネの秘術を見たときは、アレックスの相方だから変わった魔法使いなんだろう、って解釈したけど、光の魔力の持ち主が流れの旅芸人に身をやつすのはありえないよね……』
と、レキサー司教とアーサーも見解を述べていた。いずれにせよ、『奇怪ッッ! 口から光を吐く女!!』は怪しすぎて厳しかっただろう。
「ほほーこりゃあ大したもんだな」
アンテと一緒になってびっくり柔軟体操を次々披露するレイラに、門番のオッサンが感心している。危険すぎるジャグリングでドン引きしていた村人たちも、これは素直に楽しんでいるようで、おひねりのコインや野菜なんかが飛んできていた。
「坊主も何かできるのか?」
――と、門番のおっさんの無邪気な好奇心が俺にも向けられるッッ!
「ぼ、ぼくは……」
俺は歯を食い縛った。
「なにも、できなくて……おねえちゃんたちに、たよりっぱなしのクズです……」
「うおっいきなり卑屈じゃねえか……」
岩割りしようにも
魔力なら、あるけれど、バレたらマズい闇属性!
俺こんな自分イヤだ……こんな自分イヤだ……
「ま、まあ、仕方ねえよな! まだちっこいんだからさ、な!」
ズーンと自己嫌悪に苛まれていると、オッサンは俺の頭をぽんぽんと叩いて励ましてくる。
「これから、姉ちゃんたちに負けないくらい頑張ればいいのさ。坊主、今いくつなんだい?」
「えっと……6さい、です」
そうだな、今回は無様晒しちまったけど、これから頑張らねえとな……! と若干前向きになりながら答えると。
「ああ? 6歳?」
オッサンが眉をひそめた。
「なんでえ、もっと小せえのかと思ったら6歳かよ」
しまった――!? 言動が幼すぎたか!?
クソッ真面目に幼児やってこなかったから加減がわかんねえ!
「いつまでもオムツ穿いてるみたいに甘えてんじゃねえぞ! 男ならもっとシャキッとしねえとダメだろ!」
「ウッス……すいません……気をつけまッス……」
「うおっいきなりやさぐれるじゃねえか……」
俺が忸怩たる思いで答えると、若干引き気味のオッサン。
「こらこら、その子は病み上がりだ。あまり詰めるのはよしなさい」
と、聖教会から老神官が出てきた。
「……しかし、このあたりで旅芸人というのは珍しい。君たちだけなのかね?」
俺、アンテ、レイラと順に顔を見て尋ねてくる。
「まさかと思うが、親御さんは……」
「……はい」
見かけでは最年長のレイラが(実は俺たちの中で一番歳下なわけだが)、寂しげに微笑んだ。
「幼い頃、母を亡くしました。父はそのあとで……魔族との戦いで死んだ、と聞いています」
うん……嘘は全く言っていないな……。
魔族との戦いで……お父さんは、殺された……。
間違いない……。
「そうか……」
沈痛な面持ちで頷く老神官。村人たちも同情の眼差しを向けてきている。
「この坊主が『お姉ちゃん』っつってたけど、あんまり似てないんだな」
そして相変わらずマイペースに、俺たちを見比べながら門番のオッサン。
まあ確かに色白なレイラ、普通な俺、浅黒い肌のアンテと三者三様だし、そもそも顔立ちが全然違うもんな。
「はい。実は、血は繋がってないんです。でも……」
アンテに微笑みかけてから、俺をぎゅっと抱き寄せるレイラ。
「……大切な、家族です」
耳元でレイラの声。
「この子は……わたしが、絶対に、守ります……!」
な、なんだろう……
ついさっきまで、慈愛に満ちた声って感じだったのに……
なんか質量が感じられるほどに、重たいものが滲み出しているっていうか……!
「そ、そうか……」
老神官と門番のオッサンは顔を引きつらせていた。
「本当に、神官様、治療を引き受けてくださってありがとうございました」
「なんのなんの、ちゃんと対価も受け取っておるし」
レイラが立ち上がってペコリと頭を下げ、老神官も気を取り直す。
お、これはお暇する流れ……!!
「わたしたちは、このまま先を急ごうかと思います」
「流石にこの子が病み上がりすぎる、少し休んでいった方がよかろう。この村に宿屋なんて洒落たものはないが、聖教会の部屋を貸すぞ?」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが……できるだけ早くに、国境の峠を越えたいんです」
レイラはやんわりと固辞する構え。
「峠越えを?」
「はい。ジミーナ共和国に、親類がおりますので、頼ろうかと」
――このあたりの設定も考えてある。
『俺は隣国のジミーナ共和国の出身だ。このあたりも土地勘はあるから、アドバイスできるぜ』
そう言ってくれたのは、高所恐怖症のヴァンパイアハンターだ。
『ジミーナ共和国に通じる街道はいくつかあるんだが、ここらの峠道が狙い目だ。女子供でも突破できるくらいの高低差な代わりに、階段が多いせいで馬車が通れねえ。だから徒歩の行商人や旅人、配達人くらいしか行き来しねえんだ。関所も通行料が安いしな。女子供だけの旅芸人がこんな辺鄙な田舎にやってくる理由として、そこそこ説得力があると思うぜ』
そんなわけで、ジミーナ共和国のとある地方都市を目指す旅芸人、という設定が固まった。高所恐怖症ヴァンパイアハンターのおかげで、現地の詳しい地名なども不自然なく把握できている。
「――なるほど、そういうことなら、日が暮れんうちに出発した方がいいかもしれんが……」
「それにしても、明日にした方がよくねえか?」
「そうだよ、泊まっていきなよ!」
「あたしゃ芸のおひねり代わりにスープをごちそうするよ!」
「おっ、それならオレはとれたての果物で!」
「じゃあオラは――」
クソッこの村の人たち――ッ!
めっちゃ親切――ッッ!
「え、ええと……」
無下にしづらい流れになってしまい、困り顔のレイラ。
アンテも「ええ~みんな優しぃ~♪」とか言いながらヘラヘラしてるが、目がせわしなく動いているあたり突破口を探しているな。
どうしたもんか。ここで強硬に出ていこうとするのはそれはそれで怪しいし、何とかボロが出ないように一晩泊めてもらうべきか……?
森に荷物一式を置いてるけど、一応バルバラやアーサーたちが見張りはしてくれているわけだし……でも誰かに見つかったら面倒なことになる。参ったなこりゃ……
――などと、俺が考えていると。
ドドドドッと足音。
「うわっなんだ……あんたは……!?」
人だかりの向こうで、村人の困惑する声。
「おわっ!?」
「ちょっ」
「なんだァ?」
人の群れを押しのけて、誰かがやってくる。
姿を現したのは――汗と土埃と草木の葉っぱにまみれた、
小麦色の肌の、美しい森エルフで、
「――わん」
俺を見据えて、
彼女は、鳴いた。
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