456.あの日の光


 どうも最悪な気分のジルバギアスです。


 吐き気がやべえ。手足の震えもやべえ。


『はよう転置せんか! 死んでしまうぞ!』


 必死なアンテに言われるまでもなく、俺は手近な気絶してる騎士に毒の症状をポイッと押し付けた。


 対症療法にしかならないが、少しだけ楽になる。転置呪、病気や怪我は押し付けられても、毒素は体内に残ったままだからな……体外に排出されるか、毒素が分解されるまで自力で耐えるしかねえんだ。


「あ……どうせなら、皇帝殺る前に転置しときゃよかったな……」


 ほとんど無傷なのにそのまま殺しちゃった。まあいいか。


『こんな結末になるなら、最初から本気を出して皆殺しにするべきじゃった……』


 アンテが溜息混じりに言う。


 ……あんな隠し玉があるなんて、思わなかったよ。


 エクスカリバーも、今なお俺を焼き続けているこの鎖も。



 ――アーサーが息絶えても、アーヴァロンが変化した【戒めの鎖】は俺に巻きついたままだった。



 どうにか引き剥がそうとしたけど、ビクともしねえ。仕方ないのでアーサーの左腕を切り落として、盾部分と一緒に付けたまま引きずっている。


『……手こずったの』


 ……ああ。まさか、毒まで盛られるなんて。


 確かに、毒が転置呪の弱点だとは公言してたけどさ。こんな爆速で対策されるなんて思ってもみなかった。


 アーサーたちが駆けつけてくる前に話したんだけどなぁ、毒については。どっから聞きつけてきたんだろう。そしてどうやって毒を調達したんだろう、レキサー司教。


 すごいよ、本当に。流石だなぁ。


 流石、だな…………。


 ……くそぅ。


「う……おえ……」


 もう一度吐いたら、ちょっとだけ楽になった。口元を拭う。俺も水魔法が使えたら喉の乾きを癒やせたのに――そんな益体のないことを考えて、ふと自分が素顔を晒したままなことに気づいた。


 仮面にしていた遺骨、アーサーにかち割られて落としたまんまだ。回収したいけどどこにあるやら……とりあえず、槍の柄を一部を分離して、簡易的な仮面する。


 早いとこズラからねえと……毒が抜けるまで、安静にして体力を回復させなければならない。もしくは何食わぬ顔で、どこかの街の聖教会で治療を受けるか。


 ……そんなこと、許されるんだろうか。


 俺なんかに……。


『許されるも何もなかろう! ひとまず今は動くべきじゃ、さもなくば――』


 ズチャッ、と背後から足音。


「おい……待て、こらァ……!!」


 ……振り返る。


『ああ、言わんこっちゃない!!』


 泥にまみれたヴァンパイアハンターが、血走った目で俺を睨んでいた。


 彼は……俺が転置呪撃で片足を吹っ飛ばし、左腕の欠損を押し付けた若手だった。意識を取り戻して自力で治癒したらしく、傷は塞がっている。ただ、上位の奇跡は使えないようで、左腕は欠けたまま、脚にも剣の鞘をくくりつけて、無理やり義足代わりにしていた。


「逃さねえぞ……魔王子……! みんなの、仇……ッッ!」


 すげえ……なんて根性だ……お互いボロボロなのに……


『感心しとる場合か! 殺せ!!』


 俺は、槍を突き出し、若手ヴァンパイアハンターを叩きのめそうとした。


 だが、自分でもびっくりするくらい力が入らない。まるで生まれたての子鹿みたいになっちまった。フラフラと狙いが定まらず、当然のように剣で弾かれる。向こうも片手で、しかも義足なのに。


 クソッ……頭がぼんやりしてきた。視界が明滅している。


 早く帰って……リリアナに、解毒してもらわなきゃ……


『阿呆! リリ公はもうおらんじゃろ! しっかりせい!!』


 あ……、そうだった。


 いずれにせよ、戻らねえと。プラティも心配してるだろうし……


『じゃから――!』


「うおおおお――ッッッ」


 義足ながら鋭い踏み込み。若手ヴァンパイアハンターが聖剣を振り下ろす。


 殺気を受けて、目が覚めるような気がした。どうにか槍で弾く。しかしすぐに次の一撃、こちらは防護の呪文で防ぐ。クソッ、全身の鎖が痛い……痛い……


 鎖のせいで、さっきから魔力がうまいこと練れないんだ。元気なときは、それほど辛くなかったけど、今は疲れ果てたところに重石を背負わされてるみたいで……


 ひゅぅぅん、と風を射抜く音。


 俺の防護の呪文が、矢にぶち割られた。


「なに……?」


 見れば、真っ青な顔で、額に脂汗を滲ませた森エルフ――ヴァンパイアハンターのイェセラが弓でこちらを狙っている。


 ああ……そういや、彼女もいたなぁ。戦いの最中はまるで存在感がなかったけど、初っ端に大規模な神話級魔法を使ってたし、今の今までバテてたのかもな。


「【大地の慈悲よ 我らに活力を!】」


 声と魔力を振り絞るイェセラ。彼女を中心に燐光の輪が広がっていき、気絶していた近衛騎士たちが、うめき声を上げて体を起こし始める。


 やってくれるなぁ……厄介なときに、復活されたもんだ……


『呑気にしておる場合か! はよう、護りを固めよ!!』


 防護の呪文を、再展開……ああ、キツくて、気持ち悪いのに、眠い……


 あ、やべ、息してなかった……吸わなきゃ……空気……


 ……頭が、働かねえ。


「うっ……おぇぇ……」


 苦い……。


「みんな! 魔王子は虫の息よ! はやくトドメを!!」


 イェセラが叫びながら矢を放ってくる。どうにか防護の呪文を再展開、若手ヴァンパイアハンターの聖剣とともに矢も防ぐ、ふらふらと後退しながら。


「ここは……勇者様はどうなった!?」

「あああ! 陛下が! 陛下がああぁぁ!」

「クソッ魔族め! もう許さねえからなぁ!」

「俺たちでやるしかねえ!」

「キエエエエエアアアァァァァッッ!!」


 無数の足音が迫る――


 ヒトが弱ってるのをいいことに、こいつら……!!


「死ねええあぁァァァ!!」


 若手ヴァンパイアハンターが、俺に聖剣を――


『ここは我が出るしか――』


 俺の中から、アンテが飛び出でようとした――



 まさにその瞬間。



「ガァァァァァァァアアアアアァァ――――ッッ!」



 耳を聾する咆哮。



 天から、極太の光の柱が降ってきた。


「えっ」


 今まさに聖剣を振り下ろさんとしていたヴァンパイアハンターが、天を振り仰ぎ。


 光に呑み込まれて、パチパチチッと脂が弾ける音を立てながら、一瞬にして真っ黒焦げになった。


 眼前、パサッ……とヴァンパイアハンター人型の炭が、倒れる。


 かつて二度見した【とっても熱くて明るい光】――その真の力を、彼は身をもって知ることになったのだ……


 ああ……翼の音が。


 頭上から、突風が。


 ずずんっと背後から重低音が響き、さらにメキメキグシャッと馬車が中身ごと踏み潰される音。


「殿下!」


 金属質な声。


 どうにか振り返れば――三日月を背景に、ホワイトドラゴンが鎌首をもたげ、俺を守るように翼を広げていた。


 ……レイラ。


 助けに来てくれたのか。


 俺が不甲斐ないばかりに……


 助けに、来させてしまったのか。


『よし! これでなんとかなった!』


 ホッと安堵するアンテをよそに。


「馬鹿な!? あれは……」

「ホワイトドラゴン!?」

「あの噂は本当だったのか!?」


 騎士たちはもちろん、外縁部の歩兵たちも動揺している


「くっ……風よ!」


 突風を呼び起こしたイェセラが、俺に再び強烈な魔法の矢を放ってきた。森エルフお得意の、必ず標的を射抜く追尾の矢――


 が、レイラの尾が鞭のようにしなり、それをたやすく叩き落とす。


「風使い……!」


 レイラは低い声で唸り、スッと目を細めた。


 すぅぅぅ――とその首のブレス溜まりが膨れ上がり、そして、


「っ【水よ!!】」


 イェセラが水の膜を展開するのと同時、


「ガアアアアアァァァァ――――ッッ!!」


 咆哮。灼熱の光が放たれた。


 水の膜を壁として、ブレスを防ぐ――イェセラの判断は正しかった。


 ……相手がただの、炎の吐息ブレスを使うレッドドラゴンであれば。


 だが、レイラはホワイトドラゴンだ。その吐息ブレスは閃光。


 生半可な水の膜では、防ぎきれない。むしろそれが裏目に出た。


 ブワッと一瞬にして水分が沸騰し、蒸発。突き破った光が大地を薙ぎ払う。


 イェセラもろとも、背後の兵士たちまで――


「きゃああぁぁぁぁああッッ」


 熱湯と蒸気に茹で上げられ閃光も直に浴びたイェセラが、悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。見開かれた瞳は白く濁り、肌も真っ赤にただれている。びくんびくんと痙攣しているあたり、死んではいないようだが……ハイエルフの血を引いていると言っても、リリアナのように完全無効化は無理だったか。


「がうわあああああ」

「いぎゃああああぁぁっっ」

「ああああぁっ! うわあああぁぁ!」


 そして、兵士たちの列を舐めるように走ったブレスも、数百人単位で甚大な被害をもたらしていた。一瞬であっても直撃を受けた兵士は肌が焼けただれて七転八倒し、そうでなくても余波で火傷を負った兵士たちが至るところで悶え苦しんでいる。


「ゴガアアアァァッッ!!」


 さらに、威嚇するように吠えながら、レイラが尾を薙ぎ払った。


 咄嗟に盾を構えた近衛騎士たちが、手足をへし折られながら、まるで紙くずのように吹き飛ばされていく。


「この――化け物ッ!」

「どけええ!!」

「なぜ白竜が魔族を庇う!?」


 反撃で火の玉や水の刃、雷なども飛んでくるが、俺に当たりそうな奴はレイラが身を挺して防いだ。ほとんどが竜の鱗に弾かれたが、一部は焦げ付かせたり、レイラにうめき声を上げさせる程度に『痛い』魔法もあったらしい。


 それすなわち、彼らがまだ、『脅威たり得る』という証左でもあり――


「ガアアァァァ――ッッ!!」


 ブレスの追い打ち。鎧ごと蒸し焼きにされて、断末魔の叫びを上げてバタバタと倒れていく騎士たち。


 どうにかこちらの隙を窺っていた騎士団も、これで完全に士気が崩壊し、みな盾や剣を放り捨てて潰走し始めた。


「ハァッ、ハァッ……殿下! 行きましょう!」


 息を荒げたレイラが、むんずと前脚で俺を掴み上げる。そして、俺の胴体にくくりつけられたままの【戒めの鎖】に指を焼かれて、「ぐっ」とうめいた。


 そうさ……ドラゴン族は、人類の敵だから……。


 レイラが翼を広げる。アダマス……落とさないようにしなきゃ。骨の柄を変形させて、俺の腕にくくりつけておく。もう、腰の鞘に収める元気すらなかった。


 とにかく……全身が重い……鉛みたいに……


 バサッ、バサッとレイラが離陸していく。


「地面……を、焼いて……くれ……!」


 薄れていく意識の中で、俺はどうにか言葉を絞り出した。


「匂いを……焼け……!」



 ――戦場には、俺の体臭がこびりついている。



 レキサー司教たちが来たってことは、ルージャッカも戻っているはずだ。非戦闘員だから今は街で待機してるんだろうが、もしも現場検証に来たら、まずい……!


「わかりました……! ガアアァァァッ! ガァァァッ!!」


 レイラもまた、必死にブレスを吐く。


 光のシャワーが、地面を焼いていく――


 気絶したままの兵士や、動けない負傷者を巻き添えにして――



「…………」



 俺には――闇の輩には、眩しすぎる光だったが。



 目を見開いて、俺は、その光景を焼き付けた。



 彼女にそれを命じたのは、他ならぬ俺自身なのだから。



 そうして、人が豆粒ほどに見える高空まで舞い上がって――



 夜の闇に呑まれるように。



 俺の意識もまた、途絶えた。




――――――――――

※世直し編あらため、魔王子世直し編、これにてひとまず決着。

 今後は後日譚とか後始末とか第三者視点とかをじわじわやっていきます。

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