387.仲魔と特定


 どうも、死霊術で調査中の勇者アレックスです。


 霊魂いっぱい出た。


 本当に、びっくりするほど大量の死者の魂を呼び出せた。


 呼び出せてしまった……。


 まず一番手となったのは、リベルトと名乗る商人。


『えっ……私は、死んで……そんな……』


 呼び出された直後はただひたすら困惑していたが、現状を把握してから一瞬、気が遠くなったかのようにフラッとよろめいた。


『――私は! 死んでなんか……死ぬわけにはいかないんだ!!』


 彼は、俺にすがりつくように。


『助けてください! お願いです! 娘が嫁入り前なんです! なんとか……なんとかなりませんか!? まだ死にたくない、まだ死ぬわけにはいかないんです!』


 必死で懇願してきた。結界の壁をバンッバンッと、闇の魔力で構築された半透明の手で叩きながら……。


「あなたは……もう、死んでいる。どうにもならない……」


 気持ちは痛いほどわかるが、そう告げる他なかった……リベルトが半狂乱になってわめき始めたので、俺は悪霊化を防ぐため鎮静のまじないを唱える。


『…………』


 沈痛の面持ちで、床にへたり込む男の霊。本当にどうしようもない、いたましい姿だったが、ただただ同情して終わりってわけにはいかねえんだ……


「俺は、アウリトス湖に潜んでいると思しき、吸血鬼を探している。大変申し訳ないが、あなたが最期に見た状況を、聞かせてくれないだろうか……」


 俺の言葉に、『吸血鬼……』とつぶやくリベルト。



 その瞳に――めら、と憎しみの炎が宿る――



 彼の証言から明らかになったのは、吸血鬼がおそらく二人組であること。都市国家アテタイから沿岸のハミルトン公国付近の水域に潜んでいること。そして元は魔王国にいた連中っぽいということだ。


『奴らは……何とか族を気にせず、踊り食いできると喜んでいました……クソがっ、馬鹿にしやがって……何が踊り食いだ……ッッ!!』


 リベルトは正確にはその名を覚えていなかったが、レイジュ族だろうな多分。魔王国内の吸血鬼たちは、人族の供給をほぼレイジュ族に頼っている。それも、買い取るほどには金銭的な余裕がないので、転置呪の治療で用済みになった、瀕死の身代わりや死体から血をすすることが多い。


 ヤヴカとの関わりで吸血鬼の事情も色々と聞いたが、瀕死の人族を『餌』として与えられ、魔族から施しを受けているみたいで馬鹿にされるわ、自分らも惨めだわで、かなり鬱憤を溜めているようだ。なので、危険を承知で『食べ放題』な同盟圏にやってくる奴もいる――


 ふざけやがって……!!


 しかも聖教会が弱体化してるのをいいことに、アウリトス湖の船を滅茶苦茶に食い散らかしている。許せねえ! 絶対にブチ殺してやる。


「俺は今、その吸血鬼どもを狩るための仲間を探している。そしてあなたに、あなたの魂を代償として、闇の輩を討つ力を与える用意がある」

『ください! その力を!! 化け物どもめ、目にものを見せてくれる……ッ!』


 というわけで、リベルトは聖霊第2号となった。死にたてホヤホヤだったので、マーティンに比べ自我も聖属性の出力もかなり強い。


「吸血鬼たちはどんな見た目をしていた? 一応、顔なども特徴を聞いておきたい」


 自我と理性が補強されたリベルトから、さらに詳しく話を聞く。


『ふたりとも、気味が悪いくらい色白でした。闇の中にぼうっと浮かび上がっていたのを覚えています。男の方は黒髪に赤い瞳、薄く口ひげを生やした、クソッ、腹が立つくらいの伊達男で礼服を着ていました。女の方は、明るい茶色のカールした長髪、夜会にでも出席しているかのようなドレス姿で、こちらも美女でしたね……』

「ほう……ふたりとも、水には濡れていたか?」

『……いえ、特にそういう印象は受けませんでしたが』

「なるほど」


 となると、水中に潜ってるワケじゃなくて、夜間に霧化して水上を動き回ってる可能性が高まったな……水の中に隠れるのが常態化してるなら、潜水時にクッソ邪魔な礼服やドレスなんて着ていないはずだ。


『となれば、見つけやすいかの?』


 いや~~~わかんねぇ、陸地や島を隠れ家にしている可能性は高まったが……。


 まあ水中にずっと潜ってるヤツよりかはマシかな、霧化して沿岸で獲物を探しているのであれば、行動範囲も限定される。船を囮にした罠を張って、おびき寄せられるかもしれない。


 それから色々と話してくれたリベルトだが、『家族と最期に会いたい』という強い要望も出してきた。ただ、これに関してはベアトリスのときと同様、断らせてもらう他ない。


 リベルトが滅茶苦茶落ち込んでいて胸が痛んだが、すまない、本当にすまない、そのためだけに手札を全世界に開示するわけにはいかねえんだ……。


 全てが終わったあとで、家族に手紙を送るくらいなら、俺にも協力できる。本当に申し訳ないが、それで満足してもらうしか……




 その後も、リベルトの関係者と思しき船員や傭兵を次々に呼び出した。リベルトに確認したところ、やはり彼の船に乗っていた者たちだという。


 吸血鬼に嬲り殺されて怒りと憎しみに囚われている者もいれば、何が何やらわからないまま、未練を感じる暇もなく死んでいた者もいた。そして後者は魂がほとんど崩れかけていたので、そのまま霊界に還す形となった。


 ……死霊術が邪法と言われる所以だ。結局、現世への強い未練――多くの場合は、怒りや憎しみがなければ、魂の核が残らない。


 自我がはっきりとした船員たちの多くは、吸血鬼への復讐を希望し、聖霊化することを受け入れた。俺は、こうして彼らの憎しみを利用する……。己の魂を燃やす、死霊術のさらに一歩先を行く禁術――


『くふふ』


 ……いっそのこと笑い飛ばしてくれ、アンテさんよ。


『えっ、おれって……なんで、殺されたはずじゃ……?』

「あ……申し訳ないが、あなたは多分殺されている」

『ええっ!? あんの湖賊の野郎!』


 ところがさらに呼び出しを続けていると、死因が変わってきた。


 リベルトの関係者のうち、吸血鬼に殺されたのは半数ほどで、残りの半数近くは、どうやら湖賊に殺られたらしいことがわかってきた。彼らの話を統合するに、どうやらリベルトたちを吸い殺して満足した吸血鬼が去っていったあと、湖賊どもが乗り込んできたようだ。


 生き残っていた船員たちも眠りこけていた上、リベルトら半数の乗組員が壊滅していたためロクに抵抗もできず、そのまま殺されてしまったらしい……


 なんて、泣きっ面に蜂な……。許せねえよ、湖賊ども!!!


 どうせならそいつらが吸い殺されてりゃよかったのにな。


『チクショウあいつら、ブッ殺してやる!!』

『俺たちにも復讐の機会を!』

『邪法使いの勇者さん、お願いします!』


 湖賊にやられた船員たちは口々にそう願ったが、人化したままだと、俺の魔力的にアンデッドの維持がキツい。


 逆に彼らを聖霊化すれば、魂の核を燃焼させてある程度自分で存在を維持してくれるが、彼らは湖賊――すなわち人族や獣人族への憎しみを爆発させている。聖銀呪が受け入れてくれないのだ。


『ギヤあああァァァァァ――ッッ!!』


 どうしてもというひとりで試してみたが、案の定、焼かれて消えた。


 というわけで、湖賊に殺られた組に関しては、そのまま霊界にお還りいただく形となった。彼らを補強するのに使った魔力は可能な限り回収したので、まあ、生者でたとえるなら、凍えていた人を暖かい部屋に招き入れ毛皮の服を着せて温めた上で、身ぐるみ剥いで極寒の外に再び放り出したようなもんだ。落差に耐えきれず、彼らの魂はほどなく消滅するだろう……。


『ふっふっふ』


 いっそ、もっと激しく笑え、アンテ……!! 


『ずいぶん仲間が増えちゃったねぇ……いや、仲と呼ぶべきかな』


 天井で天地逆さまに座り込んだバルバラが、腕組みして寂しそうに、あるいはどこか皮肉げにつぶやいた。


「そうだな……まあ期限付きの仲間だけど」


 聖霊化したので、非活性化させない限り活動可能時間はそう長くないし、そもそも吸血鬼を倒すことができたら、目標を失って自我を維持できなくなるだろう。


 願わくば、彼らの復讐が無事に果たされんことを。


「かなり重要な手がかりが手に入ったし、アーサーにも知らせておくか……」


 例の『占い』の成果ってことにして。


 とりあえず、都市国家アテタイ付近に、つい先日まで吸血鬼どもがいたことはわかったのだ。十中八九移動はしているが、そう遠くには行っていないはず。


 ……もうアーサーとは別れて、レイラに乗ってブチ殺しにいくか?


 ……いやダメだな、現地に駆けつけても、吸血鬼をおびき出す手段がねえ。ある程度、聖教会の組織力を利用しないと、この狩りはキツそうだ。


 時間をかければ俺たちだけでも見つけ出せるかもしれないが、『都市国家アテタイ周辺』ってだけの情報だと、まだ水域が絞りきれていない……偶然に頼らず地道に探し続けるなら、たぶん見つかる頃にはアーサーもその水域に辿り着くんだよな……


 なら、協力し続けた方が確実性が高いし、結果的に効率もいい。


 何はともあれ、俺よりは地理に詳しいであろう、アーサーの意見を仰いだ方が賢明だ。近くに吸血鬼どもが隠れるのにぴったりな洞窟とかあって、それを知ってるかもしれないし。



          †††



「というわけで、お邪魔して悪いけど、報告しに来たわけさ」

「なるほど、とても助かる。遠慮せずに来てくれてありがとう」


 ベッドに腰掛けたアーサーが、にこりと微笑んだ。


 ここ? この街のアーサーの奥さんの家だよ。元気いっぱいな活発な女性で、笑顔が素敵な奥さんは臨月。もうすぐ赤ちゃんが産まれそうなんだってさ。


「吸血鬼はおそらく二人組、主に水上を移動、新たな犠牲者が出たのは都市国家アテタイ付近の水域、狙われたのは中型の商船、か……」


 まさか死霊術で犠牲者本人たちから聞いたとは言えないので、情報は断片的、しかし重要なものを選んでおいた。前々から水域の特定を試みていたアーサーにとって、かなり大きなヒントになるはず……


「……参考になったよ、ありがとう。ひょっとしたら吸血鬼どもは、一日で移動できる距離に、複数の拠点を構えているのかもしれないな……」

「そうなのか?」

「ああ、そうとでも考えないと、行動範囲が広すぎる。霧化した吸血鬼の移動能力がどれくらいのものなのかは、専門家ヴァンパイアハンターに聞かなきゃわからないし、話はそれからだけど……」

「面倒だな……」

「ああ、全く。やっぱり船を囮にしておびき寄せることになりそうだな……」


 やっぱそうなるよな……。


「……あ、そういえばアレックス」


 と、考え込んでいたアーサーが、ふと何かを思い出したように顔を上げる。


「さっき聖教会で詳しめの地図を見たんだけどね。ホラ、僕たちが出会うきっかけになった、最初の水死体があったじゃないか」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「あのご遺体の出身地は『カ』か『エ』がつく地名、みたいなこと言ってたよね」


 よく覚えてたな。


「そうだ、もしくは『ム』」

「それなら確定かな! 北部に港町があったんだよ。『カェムラン』ってところじゃないかな」


 ほほう、確かに条件には合致するな。あとでマーティンに聞いてみ――




 ――俺の胸ポケットが、ぶるりと震えて。




『それだァ――ッ!!』




 銀色の影が、飛び出してきた。




『それだ! 私の故郷の名は!! カェムランです!!!』




 マーティンが――銀色の霊体が、興奮気味に叫ぶ。




「…………は?」




 空中で。




 ぽかんとするアーサーの眼前で。

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