282.日進月歩
――アウロラ砦にて。
「調子はどうだ?」
『悪くないね!!』
ビヒュッ、と刺突剣を繰り出しながら、バルバラが答えた。
その動きは洗練されている。初期のぎこちない、できの悪い操り人形みたいな挙動とは雲泥の差だ。
俺の肉体を素材にした青肌ボディの上に、レイラから剥ぎ取った白竜の鱗が貼り付けられている。頭部は、バルバラのトレードマークにして遺品でもある一角獣の兜。
魔力で周囲を知覚するため、眼球や鼻、唇といった『人に擬態する』モノは全て投げ捨てており、耐久性重視なのっぺらぼうな構造だ。人外、というより、白銀の鱗鎧を装備した仮面の剣士といった風情。
レイラの鱗までふんだんに使用していることからわかるように、これがバルバラの一応の完成形だ。パワーにタフネス、魔法に対する抵抗力も実戦に耐えうる次元で、そして何より――
ズンッ、と踏み込みで異次元の加速を見せるバルバラボディ。
『――いいね』
おそらく史上初。剣聖としての絶技を扱えるアンデッドの誕生だ。
これに関しては、俺が何か特別なことをしたわけではない。ひとり砦に引きこもって、身体の制御に磨きをかけ続けたバルバラの地道な鍛錬の賜物だ。ボディの性能が一定水準に達した時点で、すでに限定的ながら絶技の再現は可能になっていた。
ただ問題があったのは、魔法に対する抵抗力と、バルバラ・ボディ間の接続の両立だ。バルバラのアンデッドとしての本体は刺突剣【フロディーダ】の柄に埋め込まれており、呪術的な結びつきでボディを遠隔操作する仕組みだった。
が、この方式は、エンマのような腕利き死霊術師による乗っ取りに対して、極めて脆弱と言わざるを得ない。
それを解決したのが、フードファイターもとい、スピネズィアからもたらされた魔道具だった。
残念ながら、クレアを助けるのには使えそうになかったが、せめて何かに応用できないものかと試してみたらこれが見事にハマった。あらゆる魔法的干渉を跳ね除ける【狩猟域】エンチャントの中に、ボディの制御を司るアンデッド本体を格納し、神経系を模した物理的な導線を右手まで引くことで、乗っ取り対策とバルバラとの高度な接続を両立したのだ。
『はははっ、まるで羽根みたいに軽い!!』
バルバラは縦横無尽に駆け回る。異次元の加速、砦の地下室の床だけではなく、壁や天井まで足場に目にも留まらぬ速さで動く。
全身ほぼ骨と筋肉で、戦闘だけを念頭に置いて作られたボディだからな。腹や頭も内臓や脳じゃなく、魔力を蓄える魔石の類が収められてるだけ。体重に対する筋力、つまり出力比という考え方では、生前の肉体を遥かに上回るだろう……
そんなわけで、アンデッド剣聖としてパーフェクトボディを手に入れたかのように見えるバルバラだが、実は欠点がひとつ。これまでは剣がボディのそばにあれば操作可能だったところ、物理的に右手が剣に触れていなければ制御が途切れるようになってしまった。
『どのみち戦場で剣を手放したら終わりだからさ』
だがバルバラはあっけらかんと。
『呪詛の心配をせずに動き回れるってだけで、お釣りがくるよ』
魔法抵抗の欠如で辛酸を嘗めてきた、剣聖らしい割り切り方だった。そのうち、クセモーヌにバルバラ用の防具とか注文してもいいかもしれないな。現状、バルバラの明確な弱点と言えるのは、光と火属性の魔法だから火炎対策の何かしらを。
『これで魔族どもをブチ抜く日が来るのが楽しみさ!』
ヒュパァンッ、と炸裂音を立てて剣先に水蒸気の尾を引く刺突を放ちながら、バルバラは獰猛に笑った。
実戦――いつになるかな。
上位魔族並の魔法抵抗を誇る、不死の剣聖――どれほどの脅威たりうるか、作成者の俺をして予想がつかない。
楽しみだな。その日が来るのが。
……ま、俺が正面切って魔族とやり合うのは、まだまだ先の話だろうけど!
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