94.王子の仮面


 ――バレた。


 どうも、冷や汗が止まらない魔王子ジルバギアスです。


 俺の横では、レイラが「???」という顔で目をぱちくりさせている。父親が何を言っているのか理解できなかったらしい。


 ……今が最後のチャンスだ。


 全力で誤魔化すしかない!!


「なんのことだ?」


 俺はすっとぼけた。


『たわケ』


 しかしさらに目を細めたファラヴギは、唸るように。


『最期に見タ、あの白銀の輝き――貴様ノ刃に宿っタ光。そして我が首を断ち切っタ焼けるような痛み……!』


 視界の隅で、尻もちをついたままのレイラがギュッと手を握りしめるのが見えた。


『あれは紛れもない、聖属性であっタ。勇者たちが使ウところを何度も見タわ!』

「……気のせいじゃないか?」

『いや、勘違いなどではなイ! 我も聖属性ハ何度か受けたことがある! あの感覚は絶対にそうだっタ!!』


 頑として譲らないファラヴギ。


 コイツ、仮に勘違いだったとしても我を曲げるつもりねえぞ! 厄介な!


『ぬ……それに、思い出しタぞ。貴様、我が全力のブレスを盾で防ぎおっタな!?』

「……そりゃ他に防ぎようがなかったからだ」

『あっ、しかも剣まで置いておル!!』


 さらに、無駄に目ざとく、部屋の片隅に立て掛けてあった聖剣アダマスの存在に気づくファラヴギ。


 そしてビビーン! と雷に打たれたような顔で、ハッと俺を見つめてくる。


『貴様……さてハ、魔族になリすました勇者か!?』


 …………


 俺は絶句してしまった。


 ファラヴギは――直情的なヤツだ。あまり考えずに直感で動くタイプ。


 これまで、そんな性格のせいで、勘違いや思い違いを量産してきたんだろうが。


 今このときに限っては――理屈をすっ飛ばして真実を言い当ててきやがった……!


 何か言い返さねば、と思うが、あまりのことに口が動かない。


 そっと霊界の門を閉じようとしたが、ファラヴギの巨大な霊体が引っかかってて、うまく行きそうになかった。畜生め。


 いや、だが、ここでファラヴギを叩き出したら事実と認めたようなもんだし。


 そもそも、このままファラヴギを霊界に放り出すわけにはいかない……!


 が、情報が漏れるのはまずい!!


 どうにかうまい手はないか。考えを巡らそうとする俺だったが。


「ああ……」


 溜息のような声が聞こえて、隣を見下ろすと。


 反対に、俺を見上げるレイラと目が合った。


 その瞳には――ある種の『納得』があった。



 ……反逆者の娘でありながら、なぜ自分レイラがこうも厚遇されていたのか。



 ずっと不思議に思っていたはずだ。



 だが、それも、聖女リリアナの扱いも、剣へのこだわりも――



 俺が勇者であることを前提にすれば――



 すべて――



 



『なんということじゃ』


 俺の中で、アンテが嘆いた。


『まさか、このような……いや、起きてしまったことは仕方がない。これでもエンマの前で言われるよりは数倍マシな状況じゃ』


 ……確かに。


 俺は、今日の決断がなければ、死霊術の講義でが起きていたであろうことに気づきゾッとした。


『ここに至っては、覚悟を決めよ


 アンテは厳かに。


『こやつらを味方にするか、あるいは……口封じにまとめて滅するか』


 その2択じゃ、と。


 ……そんなの実質、1択じゃねえか。


 俺は息を吐いた。細く、長く。



「……そうだ」



 防音の結界を改めて確認しながら、俺は観念してうなずいた。


 肩の力を抜き、傲慢な魔族の王子としてではなく――皮肉にも戦友のような気持ちで、ファラヴギを見据える。


「お前とともに、魔王城強襲作戦に参加した……元人族の勇者だよ」


 ファラヴギとレイラが、揃って目を見開いた。



          †††



 レイラは、信じられない気持ちで聞いていた。


 ジルバギアスは語った。自らの過去を、その正体を。


 5歳児とは思えない、と常々思っていたが、理由がわかった。


 それもそのはず、精神年齢はレイラよりも上だったのだ……。


『なんト……そのような……』


 見事ジルバギアスの正体を言い当てた父も、転生とまでは考えていなかったらしく絶句している。


『……なぜ、なぜあノとき! それを言わなかっタ!?』


 そして当然のように怒り出す。


『我らハ、手を組めたはずではないカ!?』

「お前が出会い頭にブレスをぶっ放してきたんだろうがよ……!」


 歯を剥き出しにして、負けじと言い返すジルバギアス。


 レイラは驚いた。いつも冷静で、己の感情を制御しているように見えたジルバギアスが、ここまでわかりやすく直情的に振る舞うところは初めて見た。


 と、同時に、いつものあの振る舞いが、仮の姿であることがはっきりと浮き彫りになった。


「それに……言えなかったんだ」


 口惜しげに表情を歪めて、ジルバギアスは続ける。


「お前は知らなかっただろうが……俺には護衛の魔族の戦士たちもつけられていた。遠巻きに見守っていた連中も、お前のブレスを見て大慌てで馳せ参じた。しかもそのさらにあとには、お前の討伐任務を受けた魔族の王子までやってきやがった」


 兄のひとりがな、と吐き捨てるように。


「お前と協力することももちろん考えた。だが……そのためには、俺の現在の部下、俺の護衛を全て口封じに殺さねばならなかった。しかもひとりも逃さず、完璧に」


 俺は天秤にかけた、とジルバギアスは言う。


 チラッとレイラを見下ろして、苦しげに、だがハッキリと。


「全てのリスクとリターンを考えた上で……俺は……お前よりも、今の自分の地位と部下を取った! だからお前と戦い、殺した……! 全ては――」


 魔王を倒すために……!


『グッ、ウウゥゥゥッッッ……!!』


 ファラヴギが唸る。わなわなと顎が震え、今にも烈火のごとく怒りだしそうな様子だった。


 だが、ジルバギアスの立場の特異性と、自分に共通する目的から、残った理性を辛うじて働かせ、耐えた。


「俺たちは、……本当にどうしようもなく運が悪かったんだ……」


 ぽつりとジルバギアスがうつむきがちにつぶやく。


「なんで……お前もサッサと移動しなかったんだよ……」

『……あと数日、力を蓄えレば、翼の呪いを振り払えそうだっタのだ』


 ファラヴギもまた瞑目し、悔しげに言葉を絞り出した。


『いつもなら、騒ぎになる前に行方をくらませていタ……だガ……あのとき本当に、あと少しだっタのだ……。まもなく別の王子も到着しタ、という話が真実であれば、いずれにせよ遅すぎたようだガ……』


 種族は違えど、似たような沈痛の面持ちで黙り込むジルバギアスとファラヴギ。


「……お父さん」


 黙って聞いていたレイラも、ようやく、父に話しかけられた。


『おお、レイラよ』


 ファラヴギが、痛々しい笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。


『……すまない。お前には……本当に迷惑をかけてしまっタ』

「お父さん……なんで、お城を出て行っちゃったの」


 ファラヴギが白竜一派を引き連れ出奔した。


 レイラは、ずっとオルフェンにそう言い聞かされていた。ずっとそれを信じ込まされていたが――今となっては、いくら直情的な父でも、一族の未来を担う立場でありながら短絡な決断するとは思えなかった。


 レイラの問いに、ファラヴギの目が憎しみに染まる。


『グッ、ガァ、ガアァァ……ッ! オルフェン、憎き闇竜どモ……!』

「お、お父さん! 落ち着いて……!」

『ッ、すまない……!』


 怯えたような娘の声に、即座に我に返る。


『……この状態でハ、感情がますます荒ぶル……冷たき闇が、我を苛むのダ……』


 それは、そうだろう。レイラは心の底から父に同情した。もともと光属性なのに、ここまで強く濃い闇に覆われていては……。


『……闇竜どもに、担がれたのダ』


 ぽつぽつと、父は語り始めた。


 戦場での役割分担や物資の分配などを巡って、闇竜派と白竜派のあまりに不平等な扱いに、一族を率いて抗議に赴いたファラヴギだったが。


 待ち構えていた闇竜の一派に、人化していたところへ錯乱の呪いをかけられてしまったらしい。


 ファラヴギはどうにか耐えたが、未熟なドラゴンたちが抗しきれずに竜形態で暴れ出し、これ幸いと襲いかかってきた闇竜となし崩しで戦闘に。


『いつものような派閥争いではなく、本当の殺し合いになっタ……!』


 乱戦のさなか、若者が数頭、さらにはファラヴギの妻――


『フレイアも殺されタ……!!』


 母の名に、レイラも唇を噛みしめる。


『そして、収拾がつかなくなっタところに、あの憎きオルフェンが現れタのだ……! お前を、レイラの身柄を押さえタ、と……! 我らが退けばこの場を収めてやル、と言われ、我は……お前を置いて、一族とともに、尻尾を巻いて逃げるしかなかったのダ……!!』


 ぽろぽろと闇色のしずくを、両目からこぼしながら、ファラヴギは言う。


『すまなかっタ……! レイラ、我が不甲斐なさゆえ、お前をこんな目ニ……! 我はあのときまで、闇竜どもも、憎いながら同族と思っておっタのだ。だが、あやつらは……我ら白竜を、敵としか見ておらんかっタ……』


 それを見抜けなかった。


 油断していた自分の責任だ、と。


『お前に、本当に苦労ヲかけてしまった……すまない、レイラ。すまない……!』


 結界に阻まれながらも、レイラに、限界まで頭を擦り寄せて謝るファラヴギ。


「お父さん……! そんな、悪いのはお父さんじゃない……!!」


 レイラも、涙をこぼしながら、震える声を絞り出す。


『それデ……一矢報いるため、人族と手を組み……』


 ファラヴギが、ジルバギアスに視線を戻す。


『あとは……知っての通りダ。レイラには、ますます迷惑をかけてしまっタだろう。……むしろ、今まで無事に生きていてくれて、良かったと思えるほどダ……』


 そのとき、ふと気づいたように。


『しかし、なぜレイラが貴様のところにいるのダ?』

「……落ち着いて聞いてほしいんだが」


 ジルバギアスが、慎重に、ゆっくりと説明する。


「……お前が、この魔族の王子を害したことに対する謝罪と賠償として、オルフェンがドラゴン族を代表して、レイラを献上してきたんだ」

『…………』


 ファラヴギの顎が、ガコンと落ちた。


 あまりのことに呆然としてしまったらしい。


 そして理解が追いつけば、当然――


『グッ――ガアアァァアァアアアァッッ! オルフェン、貴様ァァァッ舐め腐りおっテエェェェッッ!!!』


 激発。


 凄まじい怒りぶりに結界が吹き飛びかねなかったが、その勢いで口からブレスになりかけた光属性が漏れ出し、自らの魔力に焼かれたファラヴギが『グワアアッ!』とうめいて、また大人しくなる。


『ぐ、グウウ……』


 ブスブスブス……と口から煙のような闇の魔力の残滓を吐きながら、苦しげに。


 それは、かつての白竜の長とは思えないほど……あまりにも痛ましい姿だった。自らが思うように、振る舞うことさえできない……


「俺のできる範囲で、娘さんは……大事にさせてもらっている」


 ジルバギアスがファラヴギに頭を下げた。


「そして、今になってお前を呼び出したのは、それが関係していたんだ」

『どういうことダ……?』

「実は、俺は死霊術を学んでいてな……」


 自分が次の講義の教材に選ばれた、と聞いてファラヴギは愕然としていた。


 レイラでさえ恐れおののいたぐらいだ、当の本人が受けた衝撃はいかばかりか想像もつかない。


『なっ、ならバ、我は……どうなるのダ』

「落ち着け。悪いようにはしない。……そもそも、俺の正体を知られた時点で、お前の魂を野放しにはできないんだ、当然ながら」


 レイラとファラヴギを交互に見るジルバギアス。


「だから……お前さえよければ、俺の術でお前の魂を何かに封入して、こちらで保護できればいいと考えている」

『…………』


 父は――ファラヴギは、黙り込んでレイラを見下ろした。



 レイラもまた、固唾を飲んで見守る。



『……な、るほド』



 やがて熟考の末、顔を上げたファラヴギは。



『その申し出、ありがたく思ウ、勇者よ』



 父の答えに、安堵の溜息をつくレイラ――



『――だが断ル』



 しかし頑とした姿勢で続いた言葉に、レイラもジルバギアスも目を剥いた。

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