136.咲き誇れ徒花
立ち話もなんだということで、族長一家もソファに腰掛ける。
ただし、ルミアフィアだけは、向かい合う俺たちの間で小さな骨の椅子――クッソケツが痛くなる『自省の座』に、まるで置物のように座らされていた。
やっぱ一家に一台あるんだな、あれ……。
「うぅ……」
羞恥のせいか、屈辱のせいか、はたまた単純にケツが痛いせいか、ルミアフィアは半泣きで顔を歪めていた。
「――それで、話を戻すけれど」
しかしすぐに、プラティの絶対零度の視線にさらされて、蒼白になる。
「ディオス家の阿呆――あの身の程知らずは、角折られて報いを受けたので、この際よしとしましょう」
ひらひらと扇子を扇ぎながら、プラティがジジーヴァルトを見据える。
「――けれども伯父さま。その小娘はね、
「……それは、そうだが」
重々しくうなずいて認めるジジーヴァルト。ルミアフィアは、頭越しの会話にダラダラと冷や汗を流していた。
「…………」
口を閉ざしたジジーヴァルトは、腕組みしたままプラティをジッと見つめている。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだが、何かを訴えかけるような眼差し。「お前もうちの血族だろう?」と言わんばかりの。
一方でプラティは冷笑を浮かべたまま、平然とその視線を受け止めていた。
……族長としては頭が痛えだろうな。ルミアフィアが騒動の原因であったことが、他者経由で俺たちの耳に入る前に素早く頭を下げに来たのは、内々で済ませるつもりだったからだろう。
『ところが、蓋を開けてみたら、そう簡単には許して貰えそうにない、と』
身内だから「ゴメンネ!」の一言で済むって思ってたんだろうか。
お生憎様……相手はプラティだぜ。舐められたままで終わるわけねえよなぁ。
「この一件は、私たちとしても半端な対応は取れないのよ、伯父さま」
プラティは、言い含めるようなネットリとした口調で語りかける。
「どうあがいても、その娘が原因だという噂は抑えきれないのでしょう? まずいのよ、前例ができては。『
笑顔はそのままに、プラティの手に握られた扇子がギリィッと軋みを上げた。
「これが魔王城に伝わったら、どうなるかわかる? 小娘なら許されるんでしょ、とばかりに、こぞってアホどもがちょっかいをかけてくるわ」
…………考えただけで鬱陶しい。
「もちろん、私のジルバギアスですもの。問題なく撃退できるでしょう。だけど対処すればするほど、情勢がかき混ぜられて面倒なことになる。私たちはいちいちそんなものに構っていられるほど暇じゃないの」
脅威度の問題じゃなく、その対処に割かれるリソースの問題ってわけだ。
「だから、申し訳ないけど、私たちは
舐めた真似すんじゃねえぞ、と内外にアピールする必要がある。
「……ルミアも、角を折れとでも?」
唸るようなジジーヴァルトの問いに、ルミアフィアがギョッとして、ガクガクと目に見えて震え出した。自省の座であんなに震えたらケツがクッソ痛そうだなぁ、と俺は他人事のように思った。
ジジーヴァルトはもはやプラティを睨むようだし、その隣のジークヴァルトは鉄のような無表情。ソファの後ろに立つエイジヴァルトが、俺に縋るような目を向けてきたが――
「…………」
俺は無言で、小さく首を振った。こんなノリノリのプラティ俺に止められるかよ。ってか、ルミアフィアに思うところはないのは事実だが、俺が身を挺して庇ってやるほどでもないんだわ……。
エイジヴァルトは、万策尽きたとばかりにガックリと肩を落としている――。
「角を折る? まさか。私もヴァルト家の出身ですよ。そのようなことを望むはずがないでしょう」
それは本音か、建前か――うそぶくプラティ。
「短絡的な厳罰は、ディオス家の言い分を暗に認めるようなものですし。
虫けらでも見下ろすような目を、改めてルミアフィアに向ける。魔王城で女の戦いに明け暮れる大公妃の、どろどろとした圧に晒され続け、ルミアフィアはもはや過呼吸でも起こして倒れてしまいそうな様子だった。
「――そこで、いいことを考えつきました」
ぱちん、と扇子を畳んで、プラティがニッコリと微笑む。
「…………」
その場の全員が、おそらく心をひとつにした。
――絶対ロクなことじゃねえ。
「あなた。ジルバギアスと槍で決闘なさい」
ルミアフィアの顔を覗き込みながら、プラティは言い放つ。
「え……ッ!?」
目を剥くルミアフィア、プラティを二度見する俺。
ナンデ!?
「
もはや作り笑いすらなく、冷ややかな目でルミアフィアを見下ろすプラティ。
「今はまだよくとも、代替わりで何を言われるかわからないわ。そして次期族長争いなんて、下らない内輪揉めをしてみなさい。治療枠で煮え湯を飲まされた他氏族が、これ幸いとばかりに介入してくるわ」
その冷ややかな目を、そのまま族長一家へ向ける。
「レイジュ族の汚名返上は我らが悲願。魔王城で他派閥としのぎを削っているというのに、後背地が浮足立っているようでは、戦もままならないわ」
「それは――わかる。しかし、それがどうして決闘につながるのだ?」
ジジーヴァルトが問う。いいぞ! もっと聞け! 俺も聞きたい!
「『王子に不満を抱くルミアフィアは、宴を途中で退席し、自らの力量をもってして王子の鼻を明かすことを決意した』」
台本でもそらんじるように、プラティが語り出す。
「『そしてその決意のつぶやきを、たまたま聞きつけたゲルマディオスが、先んじて王子の面目を潰すことによりルミアフィアの気を惹こうとした。――その結果、角を折られたのは本人の自業自得だが、あまりの体裁の悪さに、ディオス家が事実を歪曲し、ヴァルト家の足を引っ張ろうとしている』」
あー……。
なんか……見えてきた……。
「『ゲルマディオスの狼藉は、当人の私利私欲に基づくものであり、ヴァルト家は無関係である。しかし、ルミアフィアの不用意なつぶやきが騒動の一端となったことは事実。その責任を清算し、当人同士の不満を解消するため、そして名誉のため、ルミアフィア=レイジュはジルバギアス=レイジュへ槍による決闘を挑む』」
あの王子、気に食わねーな……とルミアフィアが口に出したのは事実と認めつつ、ゲルマディオスが俺に喧嘩を売ってきたのは当人が暴走した結果に過ぎない、と。
そしてルミアフィアが俺に不満を抱いていたのは事実なので、俺と直接ガチンコでやり合うことで、それを解消する、と……。
ば、……蛮族……。
ジジーヴァルトは「うぅむ……」と唸ってるし、ジークヴァルトは得心したように「なるほど」などとうなずいていた。
エイジヴァルトは遠い目をしているし、「マジかよ」と愕然としているのは、俺とルミアフィアだけだった。
「安心なさい。殺しはしないわ」
プラティが優しく、蒼白になったルミアフィアに微笑みかける。
「死ぬほど痛い思いはするでしょうけど、死にはしない。名誉は著しく失うでしょうけど、やり直せる。
カタカタと再び震えだしたルミアフィアの目を、ぎらぎらと凶暴に輝く瞳で覗き込みながら。
「【私に感謝しろ】」
おどろおどろしい声で。
「【お前が嫁に行く前に、『喧嘩を売ること』がどういうことなのか、その身に教え込んでやる】」
呪詛を流し込むように。
「【誰かが気に食わぬなら、自らの手で叩きのめせ。それができぬなら大人しく這いつくばっていろ。己の力量に見合わぬ振る舞いを心から反省するがいい。】……これに懲りて少しは学べば、他所でもうまくやっていけるでしょう」
ぽふっ、と肩の力を抜き、ソファに身をあずけるプラティ。
「……返事は?」
冷え冷えとした声。
ルミアフィアは絞り出すように「は……ぃ……」と答えた。
満足そうにうなずくプラティと、諦めムードだが納得している族長一家。
あ、あの……
なんか一件落着してるトコ申し訳ないんですけど……
俺の意思は……!?
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