273.火急の報せ
――夕暮れのエヴァロティ王城。
暇そうにベッドに腰掛け、霊界の門に魔力の腕を突っ込む。時間が来るまで、死霊術の修行も兼ね、近場の霊魂を拾い上げて暇潰しをしていたところ。
「……あら?」
クレアは、やけに活きのいい魂を掴んだ。
『――うがあぁぁぁッックソッッこんなとこでやられるわけには――!』
ジタバタと暴れる男の霊魂が、霊界から引きずり出される。
『――ああああッッ……あ? ここは……俺は、いったい――』
前後不覚の状態で、よろよろと起き上がる男。ツンケンと後頭部に尖った髪型に、特徴的なかぎ鼻、どことなくカラスを思わせる風貌――
『……村は!? みんなはどうなった!? 俺はどうしてここに……俺は助けられたのか!?』
「落ち着いて。何があったの? ゆっくり話してちょうだい」
呼び出し直後、死者が取り乱しているのはいつものことなので、クレアは手慣れた様子で優しく語りかける。
『……ライアン村に、とんでもない化け物がやってきたんだ。めちゃくちゃでかい、獅子みたいな魔獣だった……しかも空を飛ぶ奴が。あっという間に堀と壁を乗り越えて、村を……みんなを……』
――獅子みたいな空を飛ぶ化け物。マンティコアかな? とクレアは即座に当たりをつける。
この男、マンティコアに襲われたのだろうか。それは死んで当然だ、普通の人族が敵う相手ではない。そしてライアン村といえば、例の前線基地につけられた名前だったか……
魔物避けの拠点のはずだったのに、早々に大物に襲われてしまうとは。災難と言うべきか、当然の帰結と言うべきか。
『こうしちゃいられん、早く助けを呼ばねば……!!』
と、男が慌てて部屋を出ていこうとするが、それは叶わない。
なぜなら、クレアの術によって、霊魂がこの場に縛り付けられていたから。
『これ……は?』
「あなたは死んだのよ。あたしは死霊術師。あなたを呼び出したの」
おそらくたった今死んだばかりのあなたをね、と付け足すクレア。
自らの手を見下ろし、それが透けていることに気づいて……男は愕然とした様子で顔を上げた。
『死霊術師……お前、まさか、……魔王軍の……』
「ご明察。察しが良いわね」
本当に死んだばかりなのだろう、しっかりと理性が残っている、と思わず感心してしまうクレア。
『貴様……人族でありながら、邪法に手を染めた魔王軍の術師かッ! この裏切り者めッ!!』
キッとクレアを睨んだ男は――
『【
――銀色に光り輝きながら、殴りかかってきた。
「嘘でしょ!?」
流石のクレアも目を剥く。聖属性の使い手!?
拳を振り上げて突っ込んでくる霊魂に、闇の魔力を叩きつけた。回転するノコギリのように凶悪な呪詛が、男の霊魂を半ば粉砕しながら、霊界の門の向こうへと吹き飛ばす。
『がぁぁぁぁ……ッッ』
断末魔の叫びを残して、門に吸い込まれていく霊魂。
「…………あっぶな」
手応えがあった。おそらく、あの魂は長くはもたず崩壊するだろう……
「……勇者? なんで自治区に?」
どう見ても神官ではなかった。というか、神官なら修行で光属性の魔力を身に着けていただろうから、さっさと自滅していたはず。……未熟な勇者? まさか捕虜の中に紛れ込んでいたのか……?
いずれにせよ、
気を取り直し、それからクレアは、ライアン村に紐づけて呼び出しを試みた。
すると、出るわ出るわ。
『いやだぁあぁ死にたくねえ!!』
『うわああ来るなッ化け物ぉぉッッ!』
『助けてくれええ! お母ちゃぁぁん!!』
落ち着かせて、軽く話を聞き、霊界に戻して――を繰り返す。
「これは……ほぼ全滅ね」
無表情で、誰に言うとでもなくつぶやき、クレアは肩をすくめた。
そうこうしている間に、定刻になった。枕元に置いていたドクロを、ちょんと指でつつき『起動』させる。
ポッ、と眼窩に青い魔力の灯火。これは微弱にクレアの魂を引き寄せる、簡易呼び出しアンデッドだった。
ベッドに身を横たえたクレアは、スゥッと幽体離脱する。そしてしっかりと念入りに魔力の殻をまとい、眼前の霊界の門に勢いよく飛び込んだ。
すべてが暗転する。
果てしない――虚無の世界。
時間も距離も曖昧な、底なしの闇。夜の海の只中に漂うのはこんな気持ちなのかもしれない――などと考えている間に、グンッと力強く引っ張られた。
気づけば、石の円卓が置かれた会議室に座っている。もちろん霊魂のまま。
「やあクレア」
にこにこと笑顔を浮かべる主――エンマが、向かいの席で手を組んで座っていた。
この会議室は、見ての通り、幹部級の上位アンデッドが霊魂の姿で一堂に会して話し合える場所だ。円卓に並ぶ座席ひとつひとつが、それぞれの幹部の呼び出し機能を備えており、緊急時に魂を魔王城へと離脱させる安全装置も兼ねている。
「今日のエヴァロティも異常なしかな?」
『はい……と言いたいところですが、今しがた異常が発生したみたいです』
「へえ?」
興味深げな顔を作って、こてんと小首をかしげるエンマ。
クレアは、どうやら前線基地がマンティコアに襲われたらしく、おびただしい死者が出ていることを話す。
「あらら。せめて彼らが、苦しみなく逝けたことを祈ろう」
どこか白々しく祈りを捧げるエンマ。
「で、その人たちの魂はどうした? せっかくだし、仲間にしてあげようよ!」
そして間髪入れず、ニタリと笑顔を浮かべる。
クレアは努めて、心を無にしていた。今は霊魂の姿だ。強く意識しなければ、感情がすぐ表に出てしまう――
『時間がなかったので、そのまま放流しました。あんまり見込みがありそうな人もいませんでしたし……ただ、ひとりだけ勇者が紛れ込んでいたみたいで、危うく聖属性で焼かれるところでした』
クレアの報告に、「へえ!」と目を見開いてみせるエンマ。
「自治区に勇者が? それは興味深いね。クレアが無事で良かったよ。……この件、ジルくんにはどうしようか」
『報告した方がいいんじゃないですか? 自治区に思ったより戦力がある、とわかったら、きっとあの王子さま喜ぶでしょ。……死んじゃいましたけど』
「死んじゃったけどねえ。その人も放流?」
『はい。反射的に削っちゃったんで、今ごろもう崩壊してるかと……』
あらー、とエンマが残念そうな顔をした。
「せっかくだし、詳しく話を聞きたかったところだけど……まあ仕方ないか。クレアもご苦労さま、ボクは早速ジルくんに知らせてくるよ」
『はい。それじゃあまた明日』
エンマが軽く手を振って、座席の呼び出し機能を一時的に停止させる。
一礼したクレアは、再び、エンマが開いてくれた霊界の門に飛び込んだ。そのまま簡易呼び出しアンデッドの微弱な引力に身を任せ、ふわふわと霊界を漂い、エヴァロティまで戻る。
「ふぅ……」
自室の霊界の門から物質界に飛び出して、ボディにスゥッと定着し、目を開けて起き上がるクレア。呼吸する必要もないのにわざと溜息っぽい声を出して、コキコキと肩を鳴らす。
「…………」
ここ最近のエヴァロティ暮らしで、すっかり人らしい仕草が身についてしまった。理由は語るまでもない――
「……そろそろ行こうかしら」
今日は、
――香辛料の匂いが染み付いたローブを羽織り、クレアは自室を後にした。
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