361.生物的限界


 どうも、夜が明ける前に、次なる街の近郊に到着した勇者アレックスです。


 完全にレイラ任せだったとはいえ、ピンチの客船を救うことができて、清々しい気持ちで朝を迎えられそうだ。


「レイラは、疲れてないか?」

「大丈夫です!」


 木陰で人化していそいそと服を着るレイラは、ふんすと両手を握りしめながら笑顔で答えた。……本当に、無理をしている様子はない。


「流石はドラゴン、タフだな……!」


 思わず俺が感心して言うと、レイラは「えっへん」と得意そうに胸を張る。クラーケンを追い払うため、全力ブレスを連射してからの高速離脱。直後はかなりキツそうだったが、今はもうピンピンしているようだ。途中見つけた適当な小島で、わずかに休憩しただけなんだけどなぁ。


 俺が魚を獲ろうと骨槍を手に浅瀬をうろついてたら、いい感じの獲物を見つける暇もなく、「もう大丈夫です、いけます!」って起き上がるもんだから驚いたよ。事実たったそれだけの小休止で、レイラは完全に回復していたんだ。


 ――ちなみに休息中は人化せず、ドラゴン形態のまま光属性の自己強化魔法を発動させてゴロゴロしていた。その方が効率が良いから、とのこと。月夜の砂浜で、燐光をまとい横たわるホワイトドラゴンはあまりに神々しく、俺が信心深い一般人だったら天の使いとでも思ったかもしれない。


『間違いなく、地上最強の生物じゃのぅ』


 ああ。自己強化と回復が得意なホワイトドラゴンってこともあるけど、それにしたって半端ないよな。


 彼女が味方でよかった……。


「街の門は……開いてるみたいですね」

「ちょうどよかったな。行こうか」


 荷物を背負いながら、俺は気合を入れ直した。


 ここにはアルナークという名で、占い師に扮した夜エルフが潜伏しているらしい。



 この調子で、ガンガン狩りに行くぜ!!!



          †††



「それでは、手相を拝見……」


 ――フードを目深にかぶった、いかにもな雰囲気の女占い師が俺の手を取る。


「むむ。これは……! 大変に珍しい相をお持ちだ、あなたは世界を揺るがすような大いなる運命を背負って生まれたようですね……!」


 なんかわざとらしく驚いてみせる占い師、アルナーク。


 ちなみにコイツの同僚の魂から引っこ抜いた情報によると、こんな感じで大袈裟に持ち上げていい気にさせて、客の口を軽くさせるのが常套手段らしい。


「しかし、感情線に細かな縦線が数多く見られます。健康にはもう少し気を払われた方がよろしいかと……」

「なるほど、気をつけよう。……ところであんた、自分の手相は見ないのか?」

「え?」

「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」

「――ぎゃああアアアァァッッ」

「ほら、あんたの方がよっぽど健康運が悪そうだ」


 でも黒焦げで、手相はもう見えないねぇ……。


『こやつの占いはあまりアテになりそうにないの』


 だな。よし、次!



          †††



「いらっしゃいませ。お客様、何かご入用で?」


 ――また別の街、とある商会にて、受付嬢が俺に尋ねてくる。


「ああ。新しく船を手配したいと思っててね。なんだ、フラウドさんはいるかな?」

「少々お待ちください」


 うやうやしく一礼した受付嬢が、奥に人を呼びに行く。怪しまれないよう、いつもの普段着じゃなくてそこそこ質の良い服に着替えた甲斐があった。


 まあ、もっとも――


「お呼びにあずかりました、フラウドです。船をお探しとのことで……?」


 揉み手しながら、これまたうさんくせえ美形の男が出てきた。容貌は事前情報と完全に一致。左手の指には、これまで散々見てきたような指輪――毒の暗器。


「ああ。ちょっとした渡し舟をな」

「渡し舟……にございますか?」

「そうさ」


 俺はテーブルの上に、こつんと指輪をひとつ置いた。ヴィロッサが使っていた印章つきの指輪、怪訝そうに覗き込んで検めようとするフラウド。


「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」

「ぐわあああアァァァッッ!!」

「必要だったんだ」


 俺はアダマスを抜き放ち、そいつの首を刎ね飛ばす。


「――お前を冥府に乗せていく渡し舟がな」


 あーあ、せっかくの上質な服だったけど、返り血がついちゃった。気をつけたんだけどな。



 まあいいや、次だ次!



          †††



「……な、なんだお前は!? どこから入った!?」


 ――そしてまた別の街、貧民窟に接したとあるマフィアの拠点。 


 俺の前で、ふとっちょの男と色白な美女が半裸で絡み合っていた。ここのマフィアのボスと、その愛人――に収まった夜エルフ工作員、トリシェだ。


 邸宅の屋根を突然ブチ抜いて降り立った俺に、ふたりとも目を丸くしている。


「【光あれフラス!】」


 聖銀呪の魔力をぶっ放したが、トリシェは驚異的な反応速度でマフィアのボスを盾とし、これをやり過ごす。俺はさらに聖銀呪を放って距離を詰めようとしたが、かたわらの戸棚から何かを手に取ったトリシェが、床に叩きつけ――ぼふんっと煙が部屋に充満した。煙幕か!


「小癪なッ」


 なんて用意のいい奴! さらに、ジリリリリ――ッと鐘を鳴らすけたたましい音が響き渡った。警報のからくりでも仕掛けてあったのか!?


「ボス! どうしました!?」


 部屋の外からマフィアの護衛が雪崩れ込んでくる。扉が開くと同時に換気まで行われ、煙幕が一瞬にして晴れちまった。もちろんトリシェとボスの姿はない、ベッドの奥の戸棚が通路になってる――!?


『用意周到じゃのホントに』


 感心してる場合かよ!


「何だテメェは!?」

「聖教会の方から来た、勇者アレックスだ! 愛人のトリシェは夜エルフ工作員だ、奴を討伐する!」

「何をワケのわからねえことを言ってやがる!」

「こいつ、ボスの女に手を出すつもりだ!」

「やっちまえ!!」


 剣やナイフを手に襲いかかってくる護衛たち。


「だから! 勇者だって言ってんだろ!!」

「それがどうした!!」

「ここは教会じゃねえぞ!!」


 ああああああ面倒くせえこれだからマフィアって奴はよォ!


 今回はゴートンのときと違って現地の詳しい情報がなく、逃走経路などを事前に予測することができなかった。トリシェが夜エルフだという確たる証拠も提示できず、現地聖教会も人材払底で武闘派とベテランが不足しており動きが鈍い。加えて、当の夜エルフが愛人としてボスに取り入っているので警備も厚いときた。


 なので隠密の魔法で忍び寄り、不意打ちで仕留めるのが理想だったんだが……!


「どけっつってんだろがァ!」


 俺は防護の呪文を全開にし、護衛たちの攻撃を受け止めた。雑魚はさっさと蹴散らして、トリシェの後を追うつもりだったが、警報を聞きつけて次から次にゴロツキが押し寄せてきやがる!


「オラァ死ね!」

「ぶちくらすぞコラ!」

「生きて帰れると思うなよ!」


 剣やナイフ、爪や牙を受け止めて、ガンガンガンガン防護の呪文が耳障りな音を立てた。こっちが手加減してるってのに、殺す気で攻撃してきやがって、コイツら……夜エルフが逃げようとしてるってのに……!!


「――いい加減にしろッ! 社会に巣食うシロアリどもがァ、調子こいてんじゃねえぞォォォッ!!」

「んだとォ!!」

「ナメやがって!」

「ブチ殺してやる!」

「それはコッチのセリフだボケァぁッ!!」


 終いには本気でテメェらも駆除すっぞコラ!!!!



 ――結局、見せしめに護衛の数名を全身バッキバキの半殺しにして、ようやくゴロツキたちは戦意喪失。



 俺は隠し通路に飛び込んでトリシェたちの後を追い、仕掛けられた罠の数々を防護の呪文で強引に突破、邸宅の外で待機していたバルバラの支援を受けながら、スラム中を散々駆けずり回って、ようやくトリシェを仕留めることに成功した。


 現地聖教会が微妙に頼りにならなかったので、マフィアのボスはふん縛って、街中を引きずり回した上でトリシェの生首とセットで領主の屋敷に送り届けた。闇の輩への協力者ってことでな。


 ボスは身の潔白を――つまり、トリシェが夜エルフだとは知らなかったと主張していたが、どうだろうな。


『流石に、男女の仲にまでなっておいて気づかなかったのなら、よほどの間抜けじゃがのぅ……』


 まあ、ちょっと無理があるよなぁ。


 トリシェも、いくら愛人枠に収まったからといって、ボスに正体を明かしたのならかなり豪胆な奴ってことになるが……


 いずれにせよマフィアのボスは大概、領主とも裏のつながりがあるもんだが、俺が街中にそのを喧伝したから、全くのお咎めなしとはいくまい。


 ゴロツキたちも、同盟に唾を吐きかけてまでボスを守ろうって気はなかったみたいだしな。それでも、聖教会への報復とか考えるアホがいる可能性はあるので、何人かマフィアのまとめ役を脅しておいた。


「次に何かやらかしてみろ。……夜エルフを庇い立てした咎で、貴様ら全員消し炭にしてやる」


 聖銀呪と身体強化フルパワーで、ボスが身につけていた宝剣を素手でメキメキ折り畳んで見せたら、かなりビビってた。念のため、そいつらの前で現地聖教会の面々に「もし何か困ったことがあったら、俺がまた来るからな!」とも言っておいたので、よほどの命知らずのアホでもない限り、早まったことはしない……と信じたい。


『此度は少しばかり強引だったからのぅ』


 偵察と調査にもっと時間を割けばよかったのかもしれないけど、バランスが難しいよな……。



          †††



 ――と、狩りを終えたらもう日が高くなっていたので、俺はレイラと一緒に港で昼食を摂ることにした。


 市民から、こっちに美味い飯屋があるらしいと話を聞いていたからだ。噂に違わぬ名店で、安くて美味い湖の幸を堪能できた。スラムを舞台にした大立ち回りでお腹がペコペコだったから、これは沁みた……


 そして大満足で店を出て、ぷらぷら散歩していると、


「困ったなぁ……」

「やべーことになった……」

「あーあ、ひでえなこりゃ……」


 何やら波止場で船乗りたちが頭を抱えている。


「どうしたんだ?」

「あ、勇者様」


 声をかけると、船乗りが情けない顔で眼前の船を指さした。


「実は、オレたちの船がフナクイムシにやられちまいまして……」

「フナクイムシ?」

「へい。船を穴だらけにしちまう害虫でさぁ。海にもいるんで、海のシロアリって呼ばれてますが、こいつは船乗りの天敵でして」

「ああ、いかにもヤバそうで不快な呼び名だな……!」


 見たところ、船はなんともなさそうだったが、船底が侵食されつつあるらしい。


「修理したいところなんですが、他の船にムシがついたらまずいんスよ、なので退治するまでドックに入れちゃなんねえんで……」

「気づくのが遅れちまったせいで、どこまで食われてんのかがわからんのです」

「このままだと沈めるしか……このままだと漁にも出れねえ。女将さんも困るだろうし、どうしたもんか……」


 聞けば、どうやら彼らは、俺たちが堪能してきた飯屋に魚を納入していた業者でもあるらしい。あまり他の者が近寄りたがらない、割と深い水域まで出張って美味い魚を獲ってくる怖いもの知らずで、彼らの漁の成果がなければ飯屋のクオリティが維持できないとかなんとか。


 そして、流石の怖いもの知らずの船乗りでも、穴だらけの船で出港しようとはしないし、できないってわけだ。


「よしわかった、要はそのフナクイムシが完璧に退治できればいいわけだろ?」


 俺は腕まくりして、船に飛び乗った。


「俺が一肌脱ごう……!」


 あの店の魚はマジで美味かった!


 この船乗りたちの窮状を見て見ぬふりはできない……!


「勇者様、やってくださるんで?」

「魔法が効けばの話だがな! 光の神々よ! ご照覧あれ!!」


 フナクイムシ、どんなムシかは知らないが、海のシロアリって呼ばれてるぐらいだし人類の敵判定はされるだろ! たぶん。



 いや、されろ!!



 絶滅しろ!!



「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ――!!】」



 俺は全力で聖銀呪を放った。



 銀色の光が、決して小さくはない漁船を包み込む――



 バチパチパチィッ、と船の各所で何かが弾け飛ぶ音が響き、煙が立ち昇る。確かな手応えがあった。



「よし、害虫は全滅させたぜ! この船はまっさらだ、俺が保証する!」

「おお……!」


 船乗りたちは目を輝かせていた。


「ありがとうございやす! 勇者様!!」

「ははっ、この程度、どうってこと――」


 船から波止場に飛び降りた俺は――



 ん――? なんか、目の前が、暗く……



「おりょ……?」



 膝に力が入らなくて、そのまま、ガクンと衝撃。



「――アレク? アレクッ!?」



 やけに遠く、レイラの上擦った声が響いた。



 気づけば俺は、波止場に倒れ込んでおり、レイラに抱きかかえられていた。



 ……あれー? 俺、どうしちゃったの……?



『あ』



 アンテが何か気づいたように。



『お主……ずっと人化しとるくせに、レイラより休憩しとらんのでは……?』



 ……あ。

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