29.魔王子たち


 どうも、数十年越しに故郷を滅ぼした魔族と鉢合わせた魔王子クッソふざけんなよコイツだけは絶対にブチ殺す! 絶対にだ!!!


 魔王は憎い。魔王軍も憎い。だが、こいつは何よりも憎い!!!


 第4魔王子エメルギアス。のはお前のせいだ!!


 許せねえ。許せるわけがねえ。何度、夢見たことか。あの日に戻って直接この手でお前を縊り殺すのを……! 親父とおふくろ、そして――村のみんなの仇――


『おうおうおう! 凄まじい荒れようじゃ。嵐というよりまるで噴火じゃな』


 そっと手に触れる感触。


 いつの間にかアンテが出現していた。――いや、これは、幻か?


 腰のベルト、黒曜石のナイフに伸びかけていた俺の手を、アンテが押さえている。


『アレクサンドル。今は堪えよ。気取られるぞ』


 強く輝く極彩色の瞳が、俺を見据える。真っ赤に染まっていた視界が、色を取り戻していく。


 アンテが俺の頬を撫で、フッと消えた。


 不審そうに俺を見下ろす魔族――エメルギアスが視界に飛び込んでくる。


「……なんだぁ?」

「……いえ、失礼」


 俺はスッと息を吸い、姿勢を正した。


「急に背後から声がしたので、驚きまして」

「ハッ。ビビったか?」


 口の端を釣り上げたエメルギアスが、俺の頭をワシャワシャと撫でつけてきた。


「大好きなママと引き離されて、ビクビクしてんだろ。心配しなくても今すぐ取って食いやしねえよ、よしよし、いいこでちゅねー」


 大好きなパパとママを殺したのがお前だよ。舐めやがって。ブチ殺してやる。



 沸騰しそうな俺をよそに、全員が席について自己紹介が始まった。



「お前も、我々についてはだろうが、一応名乗っておこう。魔王が長子、アイオギアスだ」


 円卓の上で手を組んで、第1魔王子アイオギアスが微笑む。しかし穏やかな表情とは裏腹に、その目に浮かぶ光は冷徹だった。「その程度の予習もしてこない奴なら用はない」とでも言わんばかりに。


「――そして、やがて魔王になる男でもある。お前が相応の敬意を払えば、俺もそれに応えよう」


 いきなりぶっこんできたな。部屋の空気が少し冷えたようだ。


「……あたしを忘れてもらっちゃ困るんだけど?」


 不機嫌さを隠しもせず、対面の第2魔王子ルビーフィアが鼻を鳴らす。燃えるような赤毛と赤い瞳が、ゆらゆらと魔力を滲ませている。まるでお気に入りの宝物を掠め取られたドラゴンみたいなツラしてやがる。


「もちろん、忘れていないとも」


 アイオギアスは鷹揚に答える。


「――忘れてはいないが、、だ」


 冷笑。


 剣呑に目を細めるルビーフィアに、笑みを崩さないアイオギアス。


 事前情報によればルビーフィアが50歳くらい、アイオギアスが70歳くらいか。


 20年の差があるわけだが、ルビーフィアもその立ち居振る舞いからかなりの実力者であることが窺えた。魔力はよく練られており、ゆったりと渦巻きながらも爆発力を秘めている。まるで煮えたぎる溶岩みたいな女だ。


 対するアイオギアスは、ひたすらに隙がない。魔族としては年若いが、すでに老練の域に達しているようにも見える。そのあり方はひたすらに静かで、しかし、獲物を待ち伏せる捕食者のように獰猛だ。心身ともに鍛え上げられた、自他とともに厳しい完璧主義者。そんな印象を受けた。



 ――と、不意にアイオギアスが俺に視線を戻す。



「見ての通りだ。現在、我々は2つの派閥にわかれている。この席次は縮図と言ってもいい」


 魔王を挟んで、アイオギアス派とルビーフィア派でわかれて座ってるわけか。


 アイオギアス派は、腕組みして不満そうな顔をしているエメルギアスと、この状況でも構わずひとりだけ食べ続けている第5魔王子スピネズィア――話は聞いているようだが、口が塞がっているので口を挟まない。


 ルビーフィア派は、我関せずとばかりに手鏡で髪型をセットしてる第3魔王子ダイアギアスと――いや何やってんだコイツ――相変わらず眠り続けている第6魔王子トパーズィア。いやホント、何やってんだコイツも。


 そしてこのたび、魔王のちょうど反対側、両派閥の中間に第7魔王子ジルバギアスが現れた、と――。



 いや、でもさ……これ……



「……何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」


 立派なお胸の下で腕組みしたルビーフィアが、キツい目を向けてくる。


「いえ……皆さん、個性豊かだなと思いまして……」


 魔王、アイオギアス、ルビーフィアの3人が揃って渋い顔をした。こうしてみると家族だな、表情がそっくりだ……


「……ジルバギアス。お前も身の振り方を考えるといい。どちらがかは、一目瞭然だろうが」


 気を取り直して、アイオギアスが微笑む。


 ド腐れ緑髪クソ野郎エメルギアスはともかく、フードファイターと化している第5魔王子スピネズィアを前に『まとも』と言い放つとは、良い根性だ。


「実力ではウチの派閥は負けていない」


 ルビーフィアが唸るように言うが、こっちはこっちで、髪型を気にする優男と爆睡する少女しか見当たらないんですが……


 まあ、それぞれの一族とか、配下とか、いろいろ他の繋がりもあるんだろうが。



 派閥については、俺とプラティの意見は一致している。



「派閥は、お構いなく」


 お好きにどうぞ、とばかりに俺は素っ気なく答えた。


「お前が構うかどうかの問題ではないのだよ」


 アイオギアスが目を細める。


「旗色を示せ、と言っているのだ。中立などという甘えは許されない」


 それに関しては同意らしく、ルビーフィアも無言で俺を見据えている。


 おいおい、ふたりとも5歳児に向ける顔じゃねーだろうがよ。


 いや5歳児をこの場にお出しした側に問題があるか、これは。


 ……冷静に考えたら、5歳児相手に50も70も越えた連中が派閥云々言い出すのヤバすぎだろ。笑えてきたわ。


 俺は思わずくつくつと声を上げて笑ってしまった。


「何がおかしい?」

「いえ。5歳児を必死に迎え入れようとするほど、お二方とも切羽詰まっているのかな? と思いまして」


 俺の言葉に、アイオギアスとルビーフィアが顔を見合わせる。


「そういえば」

「そうだった」


 厳粛な表情を保っていた魔王が、口の端をピクッとさせて顔を背けた。おい笑ってんじゃねーよ。


「5歳か。……5歳か。そういえばそういう話だったな」


 アイオギアスが困ったような顔で俺を見てくる。


「見た目と言動のせいで忘れてたわ。ほとんど赤ん坊じゃない」


 ルビーフィアも呆れたように肩の力を抜く。


「さすがに5歳児に頼るほど切羽詰まっちゃいないわ。……今はね」

「珍しく同意見だ。……今は、な」


 背もたれにゆったりと身を預けながら、アイオギアスは薄く笑う。


「だが――改めて言うが、、成人する前に身の振り方を考えておくことだ。勝ち馬に乗る、などという虫のいい話はないぞ。いつか雌雄を決する日が来るのだ」

「生きるか死ぬか――その二択よ。今は見逃してあげるけど、惰弱者ならこの場に身を置く資格はない。痛いのも怖いのもイヤなら、もう顔を出さないことね。そして、普通の魔族として暮らしなさいな」


 ……実はお前ら、仲いいんじゃねーか? 息ピッタリじゃん。


 そして自由だったり興味がなさそうだったりしているけど、この場にいる王子たちは、みな――自分の立ち位置をはっきりさせた。


 覚悟を示した、ということか。


「――。よく理解していますよ」


 俺は静かに答える。


 敵か味方か、白黒つけろってわけだ。


 なら――答えは単純。、俺の敵だ。


 今は波風を立てる必要がないから、口には出さないけどな。俺の腹は決まっているし、プラティとも思惑が合致している。


 生きるか死ぬかの二択? よくわかってるじゃねえか。


 全員、俺の敵となるならば――待ち受けている結末は――



 俺の胸のうちに、ドス黒いものが広がっていく。



 ……そんな内心が伝わったのかは知らないが。



 ルビーフィアがぺろりと唇を舐め、アイオギアスが笑みを深くした。



「……そろそろ飯にしないか? 腹減ったんだが」


 と、ド腐れ緑髪クソ野郎がぼやく。


「ぼくも女の子たち待たせてんだよね。早く帰って続きしないと」


 ぱちん、と手鏡を閉じて気怠げにダイアギアス。おい、ナニをやろうってんだ。


「早く、もぐもぐ、メインディッシュが食べたいわ」


 この上まだ食べるのかよスピネズィア。


「ぐー…………」


 トパーズィアは相変わらず、スヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。




 ……全員、俺の敵。のはずなんだけどなぁ。気が抜けるぜ。




円卓ここは飯が美味いのだけが取り柄だからなぁ。……おおっと、それとも僕ちゃんはママのおっぱいの方がいいかな?」


 半笑いでからかってくるクソ野郎。


 しょーもな。俺は無視した。


 お前だけはいずれ絶対に殺す。お前のパパとママともどもな。

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