418.伝手と鉄火場


 ベネットもといヴェロッサが雲隠れしたのは、妥当な判断と言わざるを得ない。闇の輩狩りが始まっても悠長に商会に所属したままだったら、いつ聖検査で正体を検められるかわからないからな。


 商会員として働き、街に税を納めている以上、きっと街の市民のリストに載ってるはずなんだ。これでそのまま働き続けてたらアホだぜ。


「商会のお金を着服ですか……?」


 用心棒の言葉に、俺はわざとらしく唖然としてみせた。


「い、いったいどれくらい……?」

「まあ……そんな大したカネじゃねえって話だ、帳簿をちょろまかして小遣いくらいをせしめてたんだとか……」


 用心棒の男は訳知り顔で語り、肩をすくめた。


 なるほどな。それにしてもいい考えだ、商会のカネを懐に納めていたのは、一般的な人族がトンズラしても違和感がない事情だし、それでいて商会が血眼になって探すほどではない少額に抑えている。


 さて、これでベネットがトンズラしたのはいいとして――


 ここで夜エルフ視点で考えてみよう。姿をくらますにしても、いったいどこへ逃げるべきか?


 闇の輩狩りは、セーバイの街だけのことじゃない。同盟圏全土で、野焼きの火が広がるように始まっている。諜報網はガタガタで横の連携は取れないし、見ず知らずの土地に踏み込めば却って目立つことになる。


 かといって、森や山に隠れ住むのも難しい。獣人族や森エルフに捕捉されたら、並の夜エルフじゃ逃げ切れない。


 アウリトス湖なら、無人島に隠れ住むって手もあるかもしれないが――まあ現実的ではないわな。


 マトモな判断力があり、かつ人間社会に溶け込む自信がある工作員なら……


 しかも土地勘があり、人脈もあり、人の出入りが激しく、脛に傷のある奴らばかりな、このセーバイの街なら。


 ――商会とは縁を切りつつ、街には留まるという選択肢があるはずだ。裏社会に身を潜めて……そう、例えばマフィアとか……。


 アークディーカン商会が色々と悪事を働いているなら、ごろつきとの縁にも事欠かないだろうからな。アークディーカン商会と直接のつながりがある組織だと、けじめの問題があるから匿ってはもらえないだろうが……


「いやぁ、困ったなぁ。ベネットさんの叔父さんに頼まれてたのに……」


 俺は心底困り果てた、情けない顔を作って頭をかく。


 そして、ふと気づいたように。


「あ、用心棒さん、肩にごみがついてますよ」


 サッサと用心棒の革鎧の肩当てを手で払って――そのまま腕を伝い、用心棒の手に銀貨を握らせた。


「…………」


 手のひらでコインを転がして、感触を確かめる用心棒。


「……どうしたらいいと思います?」


 俺が神妙な顔で尋ねると、用心棒はニヤリと笑って俺の肩をポンと叩いた。「わかってるじゃねえか」とでも言わんばかりに。


「さぁな、トンズラした奴がそう簡単に見つかったら苦労しねえよなぁ」


 わざと大きめの声でそう言った用心棒は、


「……『昼寝鳥亭』って酒場の裏手に行きな。ボルタック通りの13番地。『白目』のステファンって奴に聞けば、ツテくらいは見つかるかもだぜ」


 小さく囁いて、俺の肩を軽く小突いた。



 よし。かかった。



 汚れ仕事にごろつきを使うような商会だ、この手の用心棒も質が知れている。蛇の道は蛇、じゃねえが、こいつらは多少お行儀がいいごろつきみたいなもんだ。商会員ほどには商会への忠誠心もなく、ベネットが『つなぎ』として残すにはちょうどいい人材。


『何か』を知っている奴がいるに違いない、とは踏んでいた。これでこの用心棒が、チンピラじみた若者だったり、逆に衛兵みたいに融通が利かなさそうな男だったりしたら、こうはいなかったな。


「いや、それじゃあ、俺はこれで……失礼します」


 俺はヘコヘコと頭を下げながら、その場をあとにした。……ボルタック通り13番地、酒場じゃなく酒場の『裏手』ってことは、大方賭場とかだろうな。


 しばらく、通行人に道を尋ねながら歩いて行く。色街とは違った猥雑さ、ある種の熱に浮かされたような活気がある地区に、足を踏み入れることになった。


 ……あ、あの男ってニードアルン号の乗組員じゃないか? なんだかしょんぼりと肩を落として、立ち飲み酒場で酒をあおっていた。かと思えば、逆にウハウハな顔で浮かれて歩いている男もいる。


 やっぱり『そういう場所』だな、間違いない。


 そしてそんな地区の一画に、寂れた酒場『昼寝鳥亭』はあった。まだ太陽も高いってのに飲んだくれてる奴らが多いこと。裏手には案の定――賭場だ。


 小銭みたいな入場料を支払ってから中に入ると、カードゲームやルーレットなどが盛んに行われていた。中にもちょっと高級なバーがあって……あのオッサンか。


『片目が白く濁っておるのぅ』


 バーテンの初老の男。右目のあたり大きな刀傷があり、目が濁っていた。こいつが『白目』のステファンじゃなきゃ他に誰がいるんだって感じだな、探す手間が省けて助かる。


「何か1杯もらえるか? あんまり酔いたくないから、軽めのやつを」


 バーカウンターに寄りかかって頼むと、手際よく小さなジョッキにエールを注がれて出された。その場で支払ったが、思ったより良心的な価格だ。少し多めに払う。


「ステファンさんってのは、旦那のことかい」

「さん付けされるほど立派な人間じゃないがな」


 しわがれた声で、ステファンはニカッと笑った。


「何の用だ?」

「ベネットって人に手紙を頼まれてるんだけど、らしくて困ってる」


 俺は胸元から封筒を出して肩をすくめ、ジョッキのエールをあおった。


 まっず! 良心的価格なんてとんでもねえ、とんだボッタクリだこりゃ! 多めに払わなきゃよかった……!


「ハッハッハ。どのベネットだ?」


 エールのまずさに顔をしかめる俺に、イタズラ小僧みたいに笑いながら、尋ねてくるステファン爺。


「商会の小銭をちょろまかした方のベネット」

「なるほど?」


 ふんふんとうなずきながら、ステファンは金属製のジョッキを磨き始める。


 俺がピンッとコインを指で弾き、その顔面に向かって飛ばしてやれば、パシッと難なく掴み取られた。ちぇっ、ちょっとは驚けっつの。


「無事に届くかは保証できんぞ?」

「このままゴミ箱行きよりはマシさ」

「それと、お前さんの名前がいる。もしくは差出人」

「テオドールの旦那だ。そう言えば伝わるだろうさ」


 ――ヴィロッサが同盟圏で活動する際に使っていた偽名だ。


「テオドール、ね。……わかった、その手紙は預かろう」


 俺から封筒を受け取り、厳重な梱包を面白がるようにしげしげと眺めてから、カウンターの下にしまい込むステファン。


「厳重だな」

「テオドールの旦那は心配性でね……」


 これだけ何重にも梱包してあったら、気づかれずに開封して中を覗き見るのは不可能だからな……。


『はてさて、無事にするか、楽しみじゃのう』


 ……ああ。


 この手紙。今までとは違って、ただの便箋ではない。



 ――中に、小さな人骨が仕込んである。



 霊界から拾ってきた、ほとんど自我の残されていない霊体ゴーストの、依代にしたもの――つまりアンデッドの『本体』だ。


 今、宿屋の俺たちの部屋には、ゴーストが待機している。消えてしまわないよう、バルバラから俺の闇の魔力の供給を受けながら……


 そしてひとたび封が切られれば、同時に依代に施した封印も解かれ、部屋のゴーストがゆっくりと仕組みだ。


 つまり、この手紙の――開封者の位置が明らかになる。


 ベネット以外に開封されたら破綻してしまうので、そのための厳重な梱包だ。だがベネット本人が開ければ――まったく、死霊術様々だぜ。


『便利じゃが、ちと恐ろしくもあるのぅ』


 そうなんだよな~俺ができるってことはな~。


 当然ながらエンマもできるし、何ならアイツの方がもっと高度な仕込みができるんだよなぁ~~~!


「ほら、ワシのおごりだ」


 色んな感情を飲み込んで、俺が封筒の仕舞い込まれたカウンターの棚から目を逸らすと、ステファンがジョッキに別の酒を注いで寄越した。


「これで口直しするといい」

「お、ありがとさん」


 グイッとあおる。


 ヴェッ!!


「まっっっず!! オイこらジジイ!!」


 カラカラといたずら小僧のように笑うステファン。クソッ酒が残っていればぶっかけてやったのに!!


 こんな場所二度と来るか! とプンスカしながら、その場を辞する。あとは宿屋で仕込みの発動を待つだけだからな!!


「うおおおっ」

「やりやがるぜ兄ちゃん」

「英雄的だな!!」


 と、去り際にチラと見れば、カードゲームの場がやたら盛り上がっていた。


「くっ……ここで一発逆転だ……!!」


 どうやらプレイヤーのひとりが、チップを全賭けしたようだ。金髪のけっこう若い雰囲気の兄ちゃんで……薄暗い賭場の中、なぜか怪しげな黒いメガネをかけてて……あれ、グラ産メガネか……? 夏だってのにスカーフで口元を隠してて……怪しすぎだろ……


「うっ……大丈夫だ、僕ならいける、僕ならいける! おおっ! これだァ!」


 バンッ! とテーブルに、決死の覚悟でカードを出す金髪青年。


「悪いな兄ちゃん」


 隣のオッサンが、ニタァとあくどい笑みを浮かべた。


「オレの上がりだ」


 パサッ、と公開されたオッサンの手札に、ギャラリーが「うおおおおっ!」と沸き立った。ルールは欠片もわかんねえけど、金髪青年がなにかやっちまったことだけはわかった。


「あっ……あァッ……そんな! あり得ない! ウワァァァッ!」


 絶叫しながら、椅子から転がり落ちる金髪青年。


 その拍子に、かけていたグラ産メガネがぽろりと落ちて、そのミステリアスな美貌が露になる。




 アーサーだった。

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