419.無我夢中


「うわぁぁん! 嘘だァァァ! お金返して!!」

「あっ! バカヤロー! 負けたのに返ってくるわけねえだろ!」

「ならもう1回だけ! もう1回だけやらせて!!」

「離しやがれッこの……うおっなんだコイツ、ちからくそ強えっ!?」


 どうも、賭場から出ていこうとしたら、ボロ負けして幼児退行しかけてる同僚を見つけちゃった勇者アレックスです。


 おい!


 人類の英雄!!


 なにやってんだよ!!!


 思わず駆け寄って頭をポコンと叩きそうになったが、すぐに自分の顔がアレックスとはちょっと違うことを思い出す。あぶねえあぶねえ。


 アーサーがみなの注意を引き付けている間に、物陰でフードをかぶったまま人化の魔法を掛け直す。強大な魔力は周囲の空間に発散させて目立ちにくくして(唯一気づきそうなアーサーは駄々こねてる)、角がニョキッとなったのはフードで隠した。誰もこっちは見ていないな、よし。


「オラッいい加減にしろ兄ちゃん! 出禁にするぞ!」

「あの兄ちゃん、なんかどっかで見たことがあるような……」

「もう1回だけでいいから! 頼むよぉ! あっ、そうだ、この剣を担保に――」

「バカタレお前! すいませんコイツは俺が引き取りますんで……」


 まさかの聖剣を賭けようとしたアーサーをポコンと叩いて、羽交い締めにしながら頭をペコペコ下げ引きずっていく俺。


「わぁっ誰だ……って、えっ!? アレッ……!?」


 振り返って俺を二度見して、思わず名前を出しそうになるが自分で自分の口を塞ぐアーサー。


「なにやってんだよお前さんは!」

「ちっ、違……これは、調査で……!」

「嘘つけィ!」


 賭場の外に出て、なんか見苦しく言い訳しそうなアーサーをもう一度ポコン。


「まさか、稀代の英雄がギャンブル狂だったとはな」

「いや、違うよホントに! こんな場所に入ったのは生まれて初めてさ!」


 手をわちゃわちゃさせながら、アーサー。ホントか~??


「だって、世間体が悪いし……その、勇者として……こういう区画には近寄らないようにしてたんだよ! だけど、色々と街がキナ臭い感じがして、正攻法じゃあんまり情報も入ってこなかったから、裏の人間からも話を聞こうと思って……」

「ほう……」

「で、情報屋がここにいるってわかったから、入ってみてさ。でも入って何もしないのも、ちょっと怪しい感じがしたから……」

「いや、変装が怪しすぎて、すでに浮きまくってたが」

「ちょっとやってみたんだよ、カードゲーム。船旅の暇潰しにみんなやってたから、ルールは知ってたし、イケるかなって。そしたらさ……」


 アーサーはうつむいて、プルプルと震えだす。


「ぎゃ、ギャンブル……なんて……ギャンブル、なんて……!」


 ロクなもんじゃない?


「ギャンブル、なんて楽しいんだ!」


 目をキラキラさせながら、鼻息も荒くガバッと顔を上げるアーサー。俺は道端に落ちていた果物の皮を踏みつけて、危うくズルっと滑り転けそうになった。


 そっちかーーーい!!


「あのスリルと興奮! 勝ったときの恍惚感、負けるかもって思ったときのハラハラ感! そして窮地で、一発逆転に賭ける、あの緊張感ときたらもう! 堪らないよ、あんなに夢中になれたのは初めてだ!」

「いやでも負けてんじゃん」

「ふぐぅ。……ああ、負けたよ。ボロ負けだよぉ……」


 しおっ……とアーサーは情けない顔になった。


「まさか、ロクに手札交換もせずに、『2本指』で張ってる人がいるなんて思わないよぉ……せめて『3本指』か『4本指』だろあそこはぁ……しかも『道化師』まで抱えてたし……あの局面で『恋人たちの抱擁』はズルだよ……」


 ルール全然知らねえから何言ってるかサッパリだ。


「はぁ……お金、なくなっちゃった……」

「おいおい、大丈夫か?」


 素寒貧勇者王か? いくら公国には家族がいないからって、自由すぎるだろ。


「や、流石に有り金全部を持ってきたわけじゃないから大丈夫だよ」

「でも聖剣賭けようとしてたじゃん」

「うん……」

「『うん』じゃねえんだよ。まあ、これに懲りたらもうやめとくんだな」


 俺は呆れつつ、手で周囲を示した。


「見ろよ、ここらの博打打ちどもを。浮かれてる奴なんて数えるほどしかいねえ、落ち込んでる奴の方が圧倒的に多いだろ? 賭け事で儲かるのは胴元だけなんだよ」

「そう、だね……うん。そうだね……」


 トボトボと歩きつつ、肩を落とすアーサー。


「ギャンブルは、もう――」


 チラッと賭場を振り返る。


「二度とやらないよ。うん。絶対に!」


 ホントか~~~??? クッソ未練タラタラに見えるんだが……???


 俺は、博打よりも堅実なものを好むタイプだから、熱中する心理がよくわからねえんだが、アーサーは随分と入れ込みかけてるみたいだな。


 そういえばコイツ、夕飯を賭けた俺とのボート勝負でもやたら楽しそうだったな。もしかしたら『素質』があったのか。


「世間体が気になって、賭場に気軽に来れない身分でよかったんじゃないのか」


 気軽にホイホイ来れてたら、絶対ロクなことにならなかっただろ。


「う、うん。そうかもしれない」


 苦笑したアーサーは、ふと周囲を見回し――遠い目になった。


「…………もし、僕が勇者じゃなかったら。今頃、呑んだくれの、どうしようもない博打打ちになってたのかな」


 それは……どうだろうな?


 顔面も今のままだったら、ヒモの博打打ちとかに……? いや、いくら自由でも、流石にそこまで堕落しねえだろ……。


「…………」


 いや! 呑んだくれるオッサンたちを、微妙に羨ましそうに眺めてるアーサー見てたら、なんとも言えなくなってきたぞ!!


「想像もつかないな」


 ぽつんと、そんな言葉を漏らすアーサー。


「想像したこともなかった、今まで」


 とぼとぼと歩きながら。


「――勇者以外の生き方なんて、さ」


 …………。


「物心ついた頃には、もう、勇者になるものと扱われてきたから……ずっと、そういうふうに生きてきたんだ」


 ずっと、か。


 アーサーの左目に宿る、【聖遺眼レリーケ】。たぶん生まれたときにはすでに発現しているものなんだろう。だから、アーサーは産声を上げた瞬間に、『アーサー』であることが――勇者になることが確定していた。


 生まれ出ると同時に、その生き方が定められていた――


 以前アーサーから感じた、『清く正しい勇者』の枠に己を押し込めているような、ひたすら求められた役割に徹しているような印象。


 ……ひょっとすると、下手くそな変装で素顔を隠して、博打に夢中になっていた、その瞬間だけは――



 生まれて初めて、自分が勇者であることを忘れられたのかもしれない。



 先ほどの、名残惜しげに賭場を振り返る、アーサーの顔を思い出した。


「…………」


 俺はそれ以上、何も言えなくなってしまった。



          †††



 その後、アーサーは聖教会に部屋を借りているらしいので、一緒に戻った。


 情報共有したいことが色々あったんだが、下手に歩きながら話すと、誰に聞かれるかわからないからな。部屋にお邪魔して、防音の結界を張った上で語った。


「へえ! そんなことが……」


 ミルトのご隠居との邂逅、商家の娘の誘拐未遂、アークディーカン商会の悪行、実際に調べてみたらキナ臭かったことなどを伝えておいた。


 夜エルフに関しては――黙っておいた。空振りに終わる可能性もゼロじゃなかったからだ。


「おかえりなさい」

『おかえりー』

「戻ったよ。お土産に色々買ってきた」


 そして、聖教会のすぐ隣の宿屋へ帰着。やはりレイラはバルバラとボードゲームをして暇を潰していたようだ。今日はこれから、ゴーストに動きがないか見張っておきたかったので、部屋で食べられるように飲食物を買い込んでおいた。


「――それで賭場から出ようと思ったら、やたら盛り上がってるところがあってさ。チラッと見てみたら、金髪にグラ産メガネかけた怪しい奴がいて、しかもなんか見覚えがあるなと思ったんだ。そしたら――」


 俺が事の顛末を語ると、レイラは目を丸め、バルバラは大ウケしていた。


 ちなみにその間、部屋の片隅には半透明な、うっすらと人型をして目と口の場所に黒々とした穴が開いただけの、不気味なゴーストがヌボォ……と立っている。


 暇潰しをしながら時折確認していたが、動きはない。



 流石に時間がかかるかな、と思いながら待つこと半日。



 ……夜も更けてきた頃だった。



 ピクッ、とゴーストが動く。そして、ゆらゆらと部屋を出ていこうとする。



 ――手紙が開封されたのだ。

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