55.身を切る思い
どうも……ホワイトドラゴンの長との戦いで、死ぬほど消耗しまくっている魔王子ジルバギアスです。
この『死ぬほど』ってのは比喩でもなんでもない。
俺の眼前――床に寝かされたヴィロッサ。全身バッキボキで、体の各所から折れた骨が飛び出ているような酷い有様だったが、転置呪で傷ひとつないキレイな体に変わっていく。
わかるだろ?
全てを引き受けた俺が、代わりに全身バッキボキになるってことだ。
「が……はっ……!!」
あまりの痛みにひっくり返って血を吐くことしかできない。上半身の至るところがヤスリでもかけられてるみたいに痛むのに、下半身の感覚が不気味なほどなかった。ヴィロッサの野郎、腰の骨が砕けてやがったな……!
「くぅーん! くぅーん!!」
リリアナが悲痛な声を上げながら俺をぺろぺろして癒やしてくれる。「さっきからずっと治してあげてるのに、なんでまたすぐにボロボロになるの! わけわかんないよ!!」と言わんばかりの様子だった。
ごめんよリリアナ……心配かけて……
あと10人くらい怪我人がいるから、この調子で頼むぜ……
そんなこんなで、俺は手下たちを回復させていっている。ファラヴギがクソみたいにしぶとかったせいで、全身まっ黒焦げだったヴィーネなんかは、ほとんど息を引き取りかけていた。あと1、2分手当てが遅れていたら死んでいただろう。
まあその傷を引き受けた俺も死にかけたがな!!
今はメイド服が焼け焦げてボロボロになっている以外は、全快した姿で床に寝かされている。まだ意識は戻っていないようだ。
いくら憎きナイトエルフとはいえ、俺を庇って天敵ホワイトドラゴンの光のブレスを全身に浴びたわけだからな。これで死なれちゃ俺も寝覚めが悪い――
『そこは、俺のために命を投げ出すとは愚かなり! 冥府で俺の裏切りを知って、歯噛みするがよいグワハハハハハ! と高笑いするところではないのか?』
…………。
アンテ、お前も無駄口叩く暇があったら手伝えよな。怪我人並べたり、目が覚めた奴に状況説明したり。
『我はもう充分仕事したし~。
ご丁寧にも、幻想となって傍らに姿を現したアンテが、うつ伏せに寝転がって俺をニヤニヤ眺めながら、足をぷらぷらさせて『ほーれ、がんばれ♪ がんばれ♪』などとのたまう。
これなら見えない方がマシだよ、ぐうたら魔神がよォ……!
……ところでソフィアが黒焦げのまま動かないんだが、どうしたらいい? 悪魔は生物扱いじゃないのか、転置呪も効かないし。
『あー、たぶん深手を負って休眠状態に入っとるんじゃろ。この世界において我らの体は魂と表裏一体じゃからの』
アンテいわく。物理的衝撃で手足が千切れたくらいの
『勇者として、何度も悪魔と戦ったことがあるんじゃろ? 知らんかったのか?』
悪魔が倒れたら、即座にとどめを刺すのが基本だったんで……。
『ああ……悠長に気絶させたまま放置することがなかった、と……』
――そんなことを話していると。
「殿下! ジルバギアス様!!」
「坊っちゃん、無事ですか!!」
「うわっなんだアレ、ドラゴン!?」
砦の外から、ドタドタと慌ただしい足音が。
見れば、崩壊寸前な砦の入り口の前で、魔族の戦士たちが呆然と立ち尽くしているではないか。
その数5人。目立たない色合いの革鎧に、携帯性に優れた魔法の槍。ここまで全力でダッシュしてきたのか、全身汗だくで息を荒げている。何人かは頬のあたりに黒い塗料でシンプルな戦化粧を施してあった。
「殿下……だよな?」
「なんて魔力だ……」
「出発前と別人じゃないか……」
などとコソコソささやいているが。
ピンと来たぞ。コイツら、プラティが言ってたレイジュ族の護衛兼監視役か。
「おせーよ。もう終わったぞ」
リリアナのぺろぺろで回復し、よっこらせと身を起こしながら、俺は背後の白竜の死体を示す。
「一応確認するが、母上が言っていた監視役ということで間違いないか?」
護衛役、と呼ばなかったのは俺なりの気遣いだ。
「……はっ、その通りです……」
一番年長っぽい――人族でいえば40歳くらいの外見――の魔族の男が、姿勢を正しながら答える。ファラヴギの死体を見ながら、今までとはちょっと違うタイプの汗をダラダラと流していた。
護衛なのに遅参した上、護衛対象はドラゴンに襲われていて、しかも現場に到着したらもう討伐済みだった――俺が連中の立場だったらどんな心境か、想像もしたくないな。考えるだけで胃が痛くなりそうだ。
「部下たちが手傷を負った。治療中だから、怪我人を並べるのを手伝ってくれ」
「はっ」
これ以上の失態は避けたい、とばかりに四の五の言わず、レイジュ族の戦士たちは指示に従った。
「――ぬがあぁぁぁ!」
「殿下が傷を引き受けられるのですか!?」
俺が、焼け焦げたナイトエルフの猟兵の傷を引き受けると、レイジュ族の若い戦士が素っ頓狂な声を上げた。
「そうだ……負傷したのが俺なら、
引きつった笑みで答える。
もっとも、ガルーニャの傷はリリアナが治していたようだが――口には出さない。あとで本人にも口止めしておかないとな、ややこしい事態を招きかねん。
「しかし……わざわざ下等種ごときのために、殿下が――」
王子様が下々の者のために体を張る必要はないってか? なんでか知らないが、俺はムッとした。
「……俺の部下をどう扱うかは俺の裁量だ。それに、少なくともこの者たちは、身を挺して俺を守ったぞ」
「あっ……はっ、いえ……出過ぎたことを……」
顔を青くして口を閉ざす若い戦士だったが、ドスッゴスッと音がして「ぐえっ」と呻いた。俺から見えない角度で他の護衛たちに殴られたらしい。
「それで……お前たちはどこで何をしていたんだ?」
「はっ……いえ、それが……」
年長戦士が苦虫を噛み潰したような顔で答える。
いわく、彼らはプラティからこんな指示を受けていたらしい。
・息子のプレッシャーにならぬよう、遠巻きに護衛すること。
・他王子派閥の干渉を避けるため、周辺の監視を徹底すること。
・非常時以外は極力姿を見せないこと。
まあ……できるだけ俺の自由にやらせてやりたい、という心遣いだったようだ。
ただ、問題があるとすれば、魔族の戦士はナイトエルフほど隠密行動が得意ではないということ。だから距離を置く必要があった。一応、目がめちゃくちゃ良かったり魔力の探知に長けていたり、そういう人選がされていたみたいだが。
俺に姿を見せず、かつ他派閥を警戒して監視を第一にしていたものだから、今回も遠巻きに砦の周辺に散開して、ゆるりと見守っていたらしい。
そしたらゴブリンしかいないはずの廃墟から、灼熱の極太光線が何発も放たれて、何事かと大慌てで駆けつけてきたというわけだ。
せめてまだ戦闘中だったら面目も立ったんだろうが、俺が手づから返り討ちにしちまったからな……。
というか、俺が普通の魔族の王子だったら、死んでた可能性もあるわけで、面目もクソもありゃしなかっただろうが……。
「…………」
レイジュ族の戦士たち、沈痛の面持ちだ。一般に魔族の文化圏では、言い訳は死ぬほどみっともないものとされている。
彼らがプラティに対してどれだけ申し開きを許されるか、未知数だ。怒ったら怖いもんな、プラティ。つくづく同情するぜ……
「ぐ……」
手下たちの治療をほとんど終えたあたりで――死ぬほどキツかった――ヴィロッサが意識を取り戻した。
「……殿下ッ!?」
ガバッと飛び起きて、周りを手で探っている。武器を探しているらしい。
「これなら借りたぞ」
俺が鞘に収めた業物の剣を突き返すと、くわっとした顔でこちらを見つめ、周囲を見回し、状況を把握し――そのまま打ちひしがれた表情でひれ伏した。レイジュ族の戦士たちの5倍くらい『沈痛』な顔だった。
「此度の失態……誠に申し開きのしようもなく……」
いやー、言い出すと思った。
「ヴィロッサ。今回の件、何が悪かったと思う?」
「……偵察に不備がございました、殿下。気配のみで人族の術者と断定してしまい、その他の可能性を検討しなかった我が身の至らなさこそ、全ての原因……」
ぎり、と歯ぎしりの音が聞こえてくる。
「他の者ならいざしらず、自分は、人化の術を使えるというのに……!」
それは――そうかもしれない。人族の術者がこんなところにいるのは変だ、という意見までは出ていたのに、他種族が化けている可能性にまでは、誰も思い至らなかったんだよなぁ。
「確かに、それはあるかもしれん。ではヴィロッサ、思いつき以外では、どうすれば此度の事態を避けられた?」
「……砦の内部までも偵察し、術者を目視していれば――」
「そうだ。そして砦を外から、ちょっとだけ見てこいと指示したのは俺だ」
俺が溜息まじりに告げると、ヴィロッサの肩がピクッと震える。
「お前にも至らぬところがあったのかもしれないが、そもそもの敗因は、俺がお前の能力を充分に活かしきれなかった点にある」
「…………」
「だから、お前がそれ以上頭を下げ続けるなら、俺はもっと低く頭を下げなければならない」
「そんな! しかし殿下――」
「次はないぞ」
俺は改めて、ヴィロッサに剣を突き返しながら、ニヤッと笑ってみせた。
「次は、俺の指示に至らぬ点があれば、どんなに些細なことでも指摘せよ。俺は同じ過ちを繰り返す愚か者にはなりたくないからな。……だから、これからもお前の剣、頼りにしているぞ」
「…………はっ。全力を尽くします」
ヴィロッサが深く頭を下げ、俺の手から剣を受け取った。
背後から「……ほんとに5歳か? 15歳の間違いじゃ?」「それにしたって若すぎる」などとささやきが聞こえたが、知らんぷりをする。
「それにしてもヴィロッサ、お前の剣が業物で助かったぞ」
肩の力を抜いて、俺はファラヴギの首を示した。
「それがなければ、とどめを刺せなかったかもしれん」
「……見事な切り口にございます。本当に、殿下には……」
剣を学んでいただきたい、と言いかけたところで、レイジュ族の者たちを気にして口をつぐむヴィロッサ。
うん、俺もまた剣をやりたかったよ……
ただ、槍と剣の合体という、新たな境地が見えたのは幸いだった。
あれならば魔族に対して、「これはちょっと変わった槍だ」と押し通せる。穂先に使ってたナイフも折れちゃったし、新しい武器を調達してもいいかもしれない――
「――! 何か接近してきます!!」
不意に、レイジュ族の戦士のひとりが叫んだ。背後、砦の外を振り返りながら。
「今の殿下と、同等以上の魔力! 上空からです!」
全員に緊張が走る。
今の俺と同じくらい魔力が強くて――しかも空からとなれば。
そんなもの、ドラゴン以外に考えられない。
「……迎え撃つぞ。この砦はいつ崩れるかわからん、動ける者は外へ!」
レイジュ族の戦士たちを先頭に、外に出る。
バサッ、バサッという重量感のある翼の音が聞こえてきた。
見上げれば確かにドラゴンの飛影。しかも3頭、こちらに向かって降下してくる。
全員が臨戦態勢に入り、ヴィロッサも人化して剣を抜く。次こそは仕留める、と言わんばかりの鬼気迫る顔だった。レイジュ族の戦士たちがヴィロッサを二度見する。
「……待て、誰か乗ってるぞ」
「騎竜か?」
「強い魔力の持ち主は、ドラゴンではなく騎手のようです!」
砦の前に、ズ、ズンと着陸するドラゴンたち。
それぞれ赤銅色や緑色の鱗を持つドラゴンで、鞍がついている。騎竜だ――
そして、鞍からひらりと身を躍らせて、降り立つのは。
魔族の戦士だ――強い魔力の持ち主で、その髪は緑色、性悪そうな目つきの――
「――なぜお前がここに?」
それは、第4魔王子エメルギアスだった。
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