368.湖面のように


 宿屋の朝ごはんもサイコーだった。


 焼きたてのパンに、チーズ、オイル漬けの魚、オリブの実の塩漬け、そしてオレンジのジャムにヨーグルト。チーズも魚のオイル漬けもオリブの実も、塩味の効き具合が絶妙で、もりもりパンが進んでしまう。無限に食べられる気がする!


 しかもパンはおかわり自由……!


 おかわり不可避……ッ!!


「昨日、晩ごはんいっぱい食べたのに、朝ごはんもたくさん食べちゃいましたね」

「美味いから仕方ないな!」


 レイラがぽっこり膨らんだお腹を撫でながら、苦笑している。 の予定がある日は、万が一の内臓の損傷に備えて朝食も控えめにするもんだが、今日は休日だしな。


 俺も朝から美味しいものが食べられて大満足だ。


 そこそこグレードの高い宿屋ってこともあるが、アウリトス湖一帯は全体的に食い物が美味い。交易で各地の物産がやり取りされていて、作物の種類なんかも洗練されているし、水も土地も豊かだ。不味いもんができる理由がない。


 しかも、湖の幸のおかげで最低限の食が保証されているから、人々に嗜好品などを育てる余裕もある。どこの都市国家も(よほど酷いところを除いて)そんな調子で、全体のクオリティが高まっている――そんな感じだな。


 ……前線からすれば夢みたいな地域だよ、ここは。


 たっぷり栄養補給した俺たちは、貴重品と必要なものをリュックに放り込み、ラフな格好で街の外へと繰り出した。


 ここらの都市国家の城壁は、湖賊や湖の魔獣を退けられる最低限のもの、といった風情で、どちらかというと利便性を重視しているように感じられる。堅固な壁がそれほど必要とされていない、ということなのだろう。平和なのは良いことだが、ここが前線になったら苦労するだろうな……。


 まあ、魔王軍には大規模な水上戦のノウハウはなさそうだし、意外と苦戦を強いられるかな? 面倒くさくなったらドラゴンで空から乗り込んできそうだな。


 ……うーん、今はやめておこう。せっかくの平和な景色に、脳内で戦場を上書きするなんて。


「今日は日が強いな~」


 てくてくと歩きながら、空を見上げてつぶやく。ギラギラと照りつける夏の日差しが、涼やかな湖の青を引き立てるかのようだ。


「ですね~」


 湖から吹きつけた風に、麦わら帽子を手で押さえながらレイラが相槌を打つ。真っ白な薄手のワンピースが、ぱたぱたとはためいていた。これは、夜エルフの傀儡商会から接収したやつだ。取り潰し不可避で在庫一斉処分が始まっていたので、ついでに貰い受けてきた。


『絵になっとるのぅ……』


 アンテのつぶやき。なんか、腕組みしてうんうんとうなずいていそうな感じだ。


 いざというとき、素早くドラゴンの姿に戻らなきゃいけないレイラにとって、ワンピースみたいに着脱容易な服装は理にかなってるんだよな。防御力が極端に低いから夜エルフにカチコミかけるときには向いてないけど。毒針とか刺さったら事だし。


『いや、そういうことじゃなくての……』


 わかってるよ。……ほんと、似合ってるよな。色白で、銀髪に金の瞳のレイラが、真っ白なワンピースまで着ていたら、ただでさえ透き通った存在感なのに、ますます浮世離れして見える。


 でも一点、庶民的な麦わら帽子がどこかチャーミングで、それが風に飛ばされないよう気にしている彼女が、真夏の蜃気楼なんかじゃなく、実在することを主張しているかのようでもあった。


「……どうしました?」


 俺の視線に気づいたレイラが、小首をかしげる。


「似合ってるなぁと思って」


 素直に告げると、レイラがはにかんだように微笑んだ。


「アレクも、似合ってますよ」


 ……えっ!? 昨日と服装ほとんど変わってないんですけど!? 思わぬ全肯定に動揺してしまう。


「服装じゃなくて、そのリラックスした姿が、です」


 いたずらっぽく付け足すレイラ。


「顔の険がなくなってますよ」


 俺は自分の頬をぺたりと撫でた。……そうなんだろうか。むしろ今まで険のある顔してたんだ……。



 ――日差しをさけて、林道を歩いて行く。



 街に面した湖岸は全て停泊所として利用されているので、水遊びをするには向いていない。少し歩いて、この防砂林を抜ければ――ほら。


 真っ白な砂浜が、日に眩しい。


 街からちょっと離れたところにある、防砂林に囲まれた隠れ家的なビーチだ。飛んでくるときに空から目に留まってたんだ。


「おらーくらえー!」

「わっぷ! やりやがったな!」

「逃げろー!!」


 賑やかな子どもたちの声。水をばしゃばしゃとかけ合いながら、地元の子どもたちが遊んでいた。暑さを避けて家族連れが涼みに来ているのか、それとも漁師の子どもだちか。子どもの服装の雰囲気がごちゃまぜだから、両方かもな。


 大人たちも木陰で飲み物を傾け、思い思いに歓談し、くつろいでいる。いざというときに備えて、銛や剣が木の幹に立てかけてあるのはご愛嬌。


 俺たちに警戒というか奇異の眼差しを向けてきたので――よそ者だしな――軽く頭を下げて、「こんにちは」と気さくに挨拶しておいた。


 まあ腰にゴツい剣を下げた青年がやってきたら、ちょっと警戒もするよな。レイラのおかげで「なんだカップルか」という雰囲気になり、俺たちに向けられていた視線がするすると解けていく。


 ちなみに俺は、ほとんどいつも通り、旅装っぽい普段着にブーツ、リュックを背負い、腰にはアダマスを引っ提げた格好だ。暑いからブーツじゃなくてサンダルにしたいんだけどな、レイラみたいに。でもサンダルだといざってとき足元が弱いし、結局ブーツばかり履くことになるから、持ち運びの邪魔になるんだよな……


『そんなこと言って、レイラの服や靴はよく買っておるではないか』


 レイラはいいんだよ、俺に比べて私物が少なすぎるんだから。それに、言っちゃなんだけど、荷物を飛んで運ぶのレイラ自身だし……


『身も蓋もないのぅ……』


 少なくとも、俺にとってサンダルはそこまでして買う価値がないってことさ。


 木陰の、誰も人がいないところに持ってきたマントを敷いて、荷物を置く。そんなに人がいないからな、物を盗られることもそうそうないだろうけど……


『アタシが見張っとくよ』


 と、レイラの腰の刺突剣から、バルバラの念話。


『誰か近づいてきたら脅かしてやるさ。それに日陰の方が過ごしやすいしね、アタシにとっちゃ』


 魔力のこもった刀身で厳重にガードされているとはいえ、刺突剣にはバルバラの本体がある。間接的でも日差しを浴びたらアンデッド的には落ち着かない――そういうことだろう。


 お言葉に甘えて、バルバラに荷物の見張りを任せることにした。ついでにリュックから革袋の水筒を取り出し、レイラに渡す。


「はい」

「ありがとうございます」


 こくこくと喉を鳴らして水を飲むレイラ。こまめな水分補給、大事。そしてふと、あの塩気が強めな朝食は、汗をいっぱいかくことが想定されていたのだと気づく。


「どうぞ」

「ありがと」


 レイラから水筒を受け取って、俺もひと口、ふた口。いやー、ないものねだりしても仕方ないんだけど、キンキンに冷えた水も飲みてえなー!


『王子様生活ですっかり贅沢になっとるではないか』


 否定できねェー! 氷とまでは言わないから、森エルフとかいませんかね。水を冷やしてほしい……!


 そんなことを考えながら、ブーツを脱いで、ズボンの裾を捲っておく。……服の下には【エヴロギア】を着込んでいるので、これ以上迂闊に脱げない。まあこの高性能ボン=デージのおかげで、夜エルフにカチコミかけるときも安心だし、夏の暑さもかなり軽減できてるので、クセモーヌには感謝してもし足りない。


 水に濡れた程度じゃ傷みもしないし、俺はこのまま水遊びするぜ! 貴人が泳いだりするとき、みだりに肌を晒さないようにそれ用の『水着』とかいう服を着るらしいが……


 これが……俺の水着だ……ッッ!


『ハイエルフ皮に竜の鱗、最上級品じゃな……!』


 どんな王族だって持ってないぜこんなもん……!


「わーっ冷たい! こんなに冷たく感じるんですね……!」


 ワンピースの裾を持ち上げながら、湖にじゃぶじゃぶと足をつけたレイラがはしゃいでいる。「こんなに冷たく感じるんですね!(人の体だと)」という文脈を感じたが、たぶん気のせいではない。


 俺も湖にざぶざぶと踏み込んで――うひょーっこれはたまらん、気持ちいい――念のために、うすーく聖銀呪を足から周囲に流し込む。


 毒とか持ってる生物の気配、なし! ヨシ!!


 これで安心して水遊びできるな。


「気持ちいいなぁ……」


 ゆるやかに打ち寄せる、湖の波を足首に感じながら、俺は目を細めた。


 ……平和だ。なんて素晴らしいんだろう。


 澄んだ湖面のように、俺の心も平穏に満たされていくかのようだった。


 ぱしゃっ、と水を蹴飛ばした俺は――何をためらうことがあるだろう!


「はははっ!」


 服を着たまま、子どものように、水面にバッシャンとダイブした。




――――――――――――――

※大変長らくお待たせしました!

 書影が!! ついに公開です!!!

 作者Twitterか、カクヨム近況ノートに載せておりますので、詳しくはそちらに!

 また書籍化に際し、タイトルが微妙に変わります!


 現在「第7魔王子ジルバギアスの魔王傾国記」

 ↓

 書籍「第七魔王子ジルバギアスの魔王傾国記」


(違いが)わかりにくいのでご注意ください……!!


 書籍版、輝竜先生の素晴らしいイラストとキャラデザの数々により、作中世界に命が吹き込まれております!! ジルくんが! アンテが! プラティが、魔王が、魔王子たちが、そしてリリアナわんこまで……完全に作者のイメージが『現実化』して活き活きと描かれており、もう、感涙ものです!!


 また、書籍の巻末に特典SS「聖女と焼き菓子」、アレクとリリアナが出会って間もない頃のエピソードも掲載されております。しかも輝竜先生の挿絵つき! アレクの前世の姿も見れるよ!


 他にも、一部店舗での特典SSが合計で6つあります。


・アニメイト

「換毛期とちびガルーニャ人形」


・ゲーマーズ

「夜エルフメイド・ヴィーネが見るジルバギアス成長記」


・ブックウォーカー

「魔王城強襲作戦」


・メロンブックス

「遅参合戦の終焉・魔王ゴルドギアス大怒り」


・オーバーラップ通販

「小悪魔ソフィアと大魔神アンテンデイクシス」


・特約店

「どこででもお昼寝するトパーズィアちゃん」


 どれもめっちゃ気合い入れて書きました。ぜんぶ面白く仕上がっていると自負しております!


 加えて、『メロンブックスノベル祭り』のFP交換景品のひとつである、オーバーラップ文庫のスペシャルアンソロジーに参加させていただきました。こちらにも特典SS「泳げ! ジルバギアスくん」が掲載されておりますので、ぜひお見逃しなく!


 念願かなっての出版、作者も熱意に燃えております! ここまで来れたのも皆様のご声援のおかげです、本当にありがとうございます……! 予約受付も始まっているようでして、1巻の勢いで続刊やその他展開(意味深)が決定すると言っても過言ではありません。どうか応援のほど、よろしくお願い申し上げます……!


 いやマジで輝竜先生の挿絵を皆さんに見ていただきたいです! ほんっとにすごいんで! 輝竜先生、ありがとうございました! そのうちキャラデザとかも公開できたらいいなと思います! お楽しみに。

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