367.ほのぼの湖


 ――流石に事前相談もなく、町中で4人もブチ殺しておいてのんびりってワケにはいかなかった。まあうちのシマで何やってんだお前!? って話にはなるしな、これは仕方ない。


 現地聖教会と衛兵隊とのやり取りに時間を食って、件の鉄板焼レストランに行くのがかなり遅くなってしまった。それでも席は空いてたし食材もあったので、問題なく湖の幸を堪能できた。


「美味しかったですね~!」

「ホントにな!」


 ふたりでお腹いっぱいになって、上機嫌で宿屋に戻る。夜も更けてきて、流石の港町も寝静まりつつあった。石畳の通りには、俺たちのように外食して帰宅途中の者や酔っぱらいくらいしかいない。


 心地よい夜風――夏の真っ盛りとあって昼間はかなり暑いが、夜になると湖から涼しい風が吹きつけてくる。魔王城の位置する地域に比べると、空気もみずみずしくて過ごしやすい感じだ。


 まあ、魔王城は魔王城で、氷魔法の使い手が掃いて捨てるほどいたから、夏の暑さとはほとんど無縁の暮らしだったけど……。


「湖エビの塩焼き、あれめっちゃ美味かったな」

「身がぷりぷりしてて最高でしたね」


 レイラもほくほくと夢中になって食べてたな。シンプルな料理ではあったが、素材が抜群によかった。


「あの、生魚を酢とオイルとチーズで和えた料理も美味しかった……」

「カルパチオでしたっけ」

「そうそう、そんな名前」


 寄生虫が怖かったから、ちょっと聖銀呪でジュワッとしてから食べたのは内緒。氷漬けにして寄生虫を殺してあるなら安心できるけど、同盟圏にはそうそういないからなぁ、氷を扱える魔法使い……。


『氷といえば水属性じゃろ? となれば森エルフか』


 あ、森エルフは氷魔法は苦手だぞ。冷たい水を出すことはできるけど、極限まで冷やして凍結させるのが難しいらしい。氷ってのは水からすると不自然な状態だから、森エルフいわく『水が嫌がる』んだと。


 だからってわけじゃないが、魔力が弱い人族の魔法使いの方が、氷を生み出すのは得意だったりすることもある。……得意と言ってもタカが知れてるが。あと夜エルフもけっこう上手だよな、人工物とか自然破壊とか大好きだからアイツら。


『ほー。氷魔法って意外と厄介なんじゃの、魔王城じゃ珍しくもなかったが』


 水を一瞬で凍結させたり、氷を粘土みたいに変形させたり、自在に操ったりできるヴェルナス族が異常なんだよなぁ。向こうじゃ飲み物なんてキンキンに冷えて出てくるのが当たり前だったけど、こっちじゃエールとか常温だし、ちょっと物足りなく感じる瞬間はある。


 そういえば、第1魔王子アイオギアスも、そのお供も、氷獄男裸祭りのときクッソ寒いのに涼しい顔をしていたな。冷気への耐性もあるんだろう、ヴェルナス族の血統魔法は日常生活じゃかなり便利そうだ。


 それにしても、アンテほど長生きな魔力の権化みたいな奴が、水魔法と氷のことを知らなかったのは意外だったな。


『魔力の権化と言っても、この世界の魔力じゃないからの。我が扱うのは【禁忌】だけじゃ、知らんものは知らん』


 それもそうか。


『さっきの鉄板焼はうまそうじゃったのー。我も食べてみたくなったわ』


 明日あたり、人化して食べに行くか?


『それも一興じゃな』


 折角の休みだし、いいんじゃないか。


 ……俺は、チラッとレイラの腰の刺突剣に目をやった。


 こういうとき、バルバラに申し訳なくなる。彼女はもう何も飲み食いできない。面と向かって言ったらたぶん小突かれるし、失礼の再生産にしかならないし、そもそもどのツラ下げて俺が言及するんだって話になっちまうから、言わないけど。


『気に病むでない』


 アンテが、ふんと鼻を鳴らして言った。


『それこそ失礼の再生産よ。お主が自罰的になったところで、バルバラの状態が改善されるわけでもなし。そしてお主が楽しむところを見て、気分を害すほど狭量な奴ではなかろう。楽しむべきときは楽しんでおかんと、精神がもたんぞ?』


 お主には長いこと頑張ってもらわねばならんからな、とアンテ。


 わかってるよ……理屈としては。


 ありがとうな。


『ふん』


 それきり、アンテは黙った。



          †††



 明けて早朝、宿屋のベッドで目を覚ました。


 隣を見ると、部屋の反対側のベッドですでに目を覚ましていたらしいレイラが、寝転がったまま俺を見つめていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 俺は、ごろんと寝転がってレイラに向き直る。


「――今日は何もしない!!」


 堂々たる俺の宣言に、レイラがにこにこしながらぱちぱちと拍手した。


「いいと思います!」

「というわけで、その第一弾として、二度寝をキメようと思う」

「いいと思います~!」


 レイラが枕の位置を調整して、体勢を整えた。


「わたしも、ちょっと寝足りない感じだったんで、二度寝しちゃいます!」


 お、それならちょうどよかったかな。俺がゴロゴロしてたら、レイラが暇こいちゃうんじゃないかって心配してたんだ。


「じゃあ、のんびりぐうたらしようか」

「しちゃいましょう!」


 そうと決まれば話は早い。俺もまた枕に顔を埋めて眠りの体勢に入る。いや~、横向きで寝れるってホントにサイコーだよな! 俺はもともと仰向けじゃぐっすり寝れないタイプだったのに、角が生えちまったからチクショウ! 今は人の体をすっごく満喫している。


「…………」


 しかし、アレだな。


 のんびり計画の第一歩として二度寝を敢行したが、もう目が覚めちゃったっていうか、ぶっちゃけそんなに眠くないっていうか、落ち着かないな……。


 まあでも、レイラも二度寝するって言ってたし……。


 俺は、薄目を開けてレイラの様子を窺ってみた。


「…………」


 すると同じように薄目を開けて、こちらの様子を窺っていたレイラと、バッチリ視線がぶつかり合った。


「……ふふっ」


 どちらからともなく噴き出してしまい、くすくすと笑いあった。


 あーあ。


「朝ごはん、食べに行こうか」

「そうですね」


 苦笑して起き上がる俺たち。


 まあ、ベッドでごろごろするだけが休息じゃあないさ。


 雨戸を開けると、まだ朝方なのに強烈な陽光が差し込んでくる。


 今日も暑くなりそうだ。……せっかくだし、湖に泳ぎにでも行ってみるかな!


――――――――――――――

※水着回の予感!!(水着という概念が存在すれば)

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