365.自由と義務
「本当にありがとうございました、勇者様、魔法使い様!」
「「ありがとうございました!!」」
湖賊襲撃後、客船は予定通りに1日かけて次の都市国家に到着し、俺たちは船長と乗組員たちに総出で見送られながら下船した。
もともと俺が休暇中の勇者ってことで、運賃は普通よりクッソ安くしてくれていたんだが、湖賊を退けたお礼で完全にタダになった。撃退したのは主にレイラだし、泳いで逃げようとする湖賊にトドメをさして回ったのは船乗りたちだし、俺は血の臭いで魔獣が誘われてこないか見張ってただけなんだけどな。
「いやぁ、なんのなんの。危ないところに立ち会えてよかったよ」
「…………」
軽く手を挙げて応える俺、無言でただ微笑んでいるレイラ。
『襲撃後、お主が全然休憩しておらんかったからじゃろ』
いや、そんなことないよ? のんびりしてたし。身体はかなり休まった。
『……たしかに身体は動かしとらんかったが。せっかく釣りではしゃいでおったのが台無しになってしまったからのぅ。目つきも悪くなっとったし』
だってさー……こんなに治安悪化してると思わないじゃん。
あのあと、湖賊の多くは船乗りたちの手で始末されたが、何人かはアジトなどの情報を聞き出すために生かして捕らえられた。
すると、なんとコイツらはアジトも本拠地の村も一切なく、行き当たりばったりで襲撃を繰り返していたことが判明した。ロングシップ1隻でアテもなくさまよっては小型船を襲い、奪ったカネで適当な街で遊んで、また遠くまで逃れて襲撃……そんな真似を繰り返していたそうだ。
湖賊をやるようなロクでなしに、計画性や先見性がないのはわかりきっていたが、それにしたって場当たりすぎる。よく今日まで生き延びてたもんだ……と思うと同時に、この程度のしょーもない湖賊さえ討伐されず野放しにされている現状に、忸怩たる思いも抱いた。
せめて聖教会に、小型船にも船守人を乗せる余裕があればな……。
「おら、とっとと歩け!」
「薄汚い湖賊め!」
俺が遠い目をしていると、客船から生き残りの湖賊数名が小突かれながら降りてきていた。おそらく彼らは、このあと裁判にかけられて死刑に処せられるだろう。
『情報を吐けば生かしてやる、という約束だった気がするがの?』
ああ、そうだよ。
現にあの場では殺さず、生かしてやってるだろ?
ただ、衛兵隊に引き渡したあと、裁判でどんな判決が出て、どんな罰を与えられるかまでは、俺たちの裁量を越えているってだけの話で……。
『おほほーっ奴らの絶望を思うとたまらんのぅ』
正直あんまり興味もないね……。
「……ふん」
ほとんど素っ裸で、手と首を縄で繋がれ連行されていく湖賊たちに、レイラが鼻を鳴らしていた。うん。やはりご機嫌斜めでいらっしゃる。
「……さて、アレク! ようやく着きましたね!」
と、思ってたら、にっこりと笑ってこちらを見てきた。
「行きましょう! 今度こそのんびりゆっくり!」
俺と腕を組んで、ぐいぐいと宿場街の方へ引っ張っていこうとする。
「……あー、うん」
まあ、宿は取るんだけどさ、もちろん。荷物とか置かなきゃいけないし。
でもね~この街にもいるはずなんだよね。
夜エルフ工作員――!
†††
――そんなわけで、俺たちは、湖岸沿いの少し上等な宿を取った。
ふかふかのベッドや小洒落たソファが置かれ、窓際にはお茶用のサイドテーブルと椅子までついている。もちろん、眺めもいい。落ち着いた雰囲気の二人部屋だ。
「えーと、とりあえず今までブチ殺した連中のうち、まだ呼び出してない奴らから事情聴取して、そのあとこの街の工作員についても確認して、問題なく特定できたら始末して、そいつからの情報を精査し終えたら、しばらく休みたいと思います」
「…………」
防音の結界を張ってから、俺がそう宣言すると、レイラは苦笑いしてうなずいた。
「……そうなるだろうとは思ってました。だからせめて、お船に乗っている間だけでも、のんびりできていたらよかったんですけど……」
「ま、まあ、この一件が片付いたら、ちょっとのんびりするから……」
「……はい、わかりました! わたし、せっかくですからアレクと色々やってみたいんです! お魚を釣ったり、ボートを漕いでみたり、泳いでみたり……アレク、いいですか? やってみても」
「あ、ああ。もちろんだよ……!」
めちゃくちゃグイグイ来るレイラに、俺も思わず、うなずかざるをえない。
……そうか。
レイラにも、色々とやりたいことがあるんだ。彼女は釣りをしたことも、ボートを漕いだことも、泳いだこともない。
自分の好きなように振る舞うという当然の権利を、長いこと剥奪されていたのだ。人化を強要され、使用人としてこき使われ、尊厳も自由もすべてを奪われ――
竜の洞窟から解放されて、ようやくそれらが戻ってきたというのに、今度は俺が、彼女の恩義と善意に付け込んで、血みどろな放浪の旅に付き合わせている。
「やったっ。よし、この街の夜エルフもさっさと狩っちゃいましょう! できることがあれば、わたしも全力でお手伝いします!」
ふんすふんすと鼻息も荒く、かつてなくやる気をみなぎらせているレイラ。
「……ああ。もうひと頑張りしよう!」
俺は、彼女の顔を直視できなくて、窓の外を見やった。
そして、心に決めた。
さっさとこの街の掃除を終えて、しばらくは何も考えずに遊ぼう、と。
魔王国を滅ぼすために、全身全霊を尽くすのが俺の使命だ。しかし――
こんな体たらくでは、ファラヴギに文句を言われるだろう。愛しの娘を断腸の思いで預けたのに、どうしてくれる、と。
そもそも俺は、レイラの親の仇なんだ。最大限に、彼女の善意に報いる義務が、俺にはあるのだ。レイラの優しさに甘えて、そのことを忘れてはならない。
……そんなことをつらつら考えながら、霊界の門を開く呪文を詠唱し。
「【出でよ、トリシェ】」
夜エルフの霊魂を引きずり出した。
休暇前に、仕上げのひと仕事だ――
気合い入れていくぜ!
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