364.突撃! 手ごろな小客船


「――おかしらァ! 獲物がいやしたぜ!」


 マストの天辺、見張りをしていた下っ端が叫ぶ。


「でかした!!」


 湖賊船長・ムーレスは、その髭モジャな凶相に、なんとも下卑た笑みを浮かべた。欠けた前歯も剥き出しになっている。


「野郎ども! お楽しみの時間だァ、配置につけ!」

「「おう!!」」


 ムーレスの号令一下、30名ほどの手下たちが漕ぎ手座につきオールを構える。湖賊船は、1本のマストに大きな帆を備えた、細長い船体が特徴のロングシップだ。風があれば帆を使い、無風時や襲撃時は手下たちがオールを漕いで速度を出す。


 浅瀬も平気で、小回りも効くため、商船や客船を襲うにはもってこいだった。


「さあ、行くぞォ!」


 ムーレスは舵を取りながら、ドンッドンッと太鼓を叩いて音頭を取る。


「「せーの!!」」


 それに合わせて、手下たちが一斉にオールを漕ぎ、大声で歌い始めた。



「ホウ! ホウ!


 おれたちゃ ムーレス・ホウ! 湖賊団!


 気ままな 根無しの水草さ!


 風の向くまま 思うがまま


 奪い 殺し 笑うのさ!」



「ホウ! ホウ! ムーレス・ホウ! 湖賊団!


 金銀 お宝 美味い飯!


 酒まであれば ごきげんさ!


 女はさらえ! 男は殺せ!」



「ホウ! ホウ! ムーレス・ホウ! 湖賊団!


 獲物は どこだっ!


 おれたちゃ ここだっ!


 ホウ! ホウ! ムーレス・ホウ! ムーレス・ホウ!」



 ――げらげら笑いながら、がなり立てる下ッ手くそな歌、聴衆がいれば迷惑以外の何物でもなかったが、少なくとも本人たちは楽しそうだ。


 彼らはみな、アウリトス湖の対岸地域からの流れ者だった。もともとは沿岸の漁民だったが、魔獣に村が荒らされたり税が重かったりでまともに暮らすのがアホらしくなり、他人から富を奪い取って生きていくことにしたのだ。


 沿岸地域を転々としながら、手ごろな小型商船や客船を襲って回る――運がいいのかムーレスの指揮がいいのか、討伐隊や軍には鉢合わせることもなく、今日まで楽しく生き延びてきた。


「見えてきたぜ……!」


 進行方向を睨みながら、舌舐めずりするムーレス。


「べっぴんさんの2本マスト帆船スクーナーだ……!」


 獲物は、全長20メトルほどの優美な帆船。ムーレスの湖賊船より一回り大きく、その分乗員数も多いが――客船だ。


 この頃は、聖教会が人手不足なおかげで、あの程度の小型船にはまず間違いなく船守人が乗っていない。もちろん、屈強な船乗りは手強いし、護衛の戦士が乗っていることもあるが、客船と違って乗員すべてが戦闘員である湖賊ならば数で圧倒することも可能だ。


 沿岸に少しでも逃れようとしているのか、船乗りたちが大慌てで甲板を駆け回り、向きを変えつつあるスクーナー。が、急激な回頭でこちらに船尾を見せる様は、まるでふりふりと尻を振り誘っているかのようだった。


「ははァ! とろいとろい!」


 戦場でも扱いやすい、短めの弯刀を抜きながら、ムーレスは獲物の必死の努力を嘲笑う。真夏の日差しを受けて、ぎらりと凶悪な光を放つ弯刀――


 ムーレスが30名もの手下たちをまとめていられるのは、(湖賊にしては)卓越した剣技を誇るからだ。真っ先に獲物の船へ切り込み、ばったばったと護衛や船乗りを斬り倒していく姿には、荒くれ者をも心服させるだけのカリスマ性があった。


「お頭ァ! 船だけじゃねえ、べっぴんさんがいるぜ!」


 と、物見の下っ端が再び叫んで知らせる。


 全力でオールを漕いでいた湖賊たちも、思わず手を止めて進行方向を見やった。



 ――確かに、目を凝らせば、スクーナーの甲板に麦わら帽子をかぶった若い娘が立っていた。湖面を走る風にスカートがはためき、すらりとした白く細い脚があらわになる。



 オオーッと盛り上がる湖族たち。


「ありゃあ上玉だ!」

「ふひひ、楽しみだぜ!」

「お嬢ちゃーん、おれたちとお茶しなーい?」


 お調子者の言葉に、ゲハハハと品のない笑い声を上げる湖賊たち。


 このあとのを思い描いて、ムーレスもニヤニヤと笑っていた。



 そしてそれをよそに――



 甲板の娘はこちらを睨みながら、すぅぅぅ――と深呼吸しているように見えた。



(……何だ? 何をするつもりだ?)


 まるで叫び声を上げる準備動作だが、悲鳴を上げるにしては表情が……なんというか、険しすぎるし、何の意味があるのかわからない。


 ムーレスが疑問に思った、次の瞬間。



「――がああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」



 視界が、真っ白に染まった。



 そしてそれが、ムーレスの最後に見たものとなった。



          †††



「ぎゃあああああ!!」

「ぐわああああああ!」

「アヂィィッッ!!!」


 ぐんぐんと迫りつつあった湖賊船は、一瞬にして湖上の地獄と化した。


 レイラが放った極太の光線により帆が発火、マストは枯れ枝のように燃え上がり、天辺で見張りをしていた湖賊も火達磨になって湖へと飛び込んだ。さらには、船上に置いてあった予備の帆やテント、松明などの物資にも引火し、船体そのものにも火の手が回りつつある。


 もちろん乗員も無事では済まされなかった。レイラに鼻の下を伸ばしていた者たちは、もれなく顔と目を焼かれのたうち回り、そうでなくても髪や服が燃えてしまった者も多数いる。


「勇者様、あ、あれはいったい……!?」


 勇者のツレが引き起こした惨状――あるいは大戦果に、船乗りたちはありがたく思いつつも、ちょっとビビっていた。船上の火事は全ての船乗りにとって悪夢だ……


「……彼女は、その、なんだ」


 困り顔で、聖剣を鞘に収めつつ、ぼりぼりと頭をかく勇者・アレックス。


「とある秘術を受け継ぐ家系出身の、強力な光魔法使いなんだ。…………ただし魔法は口から出る」



 ――その後、湖賊船の炎上は、怒涛の『秘術』連打でとどまるところを知らず。



 たまらず船から逃げ出した湖賊たちは、ちゃぷちゃぷ泳いでいたところに船乗りの銛や弓矢を受けて、そのまま呆気なく全滅した。

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