54.おとぎ話の結末
崩れかけた砦の中で、魔族と白竜が睨み合う。
ドラゴン族の切り札・ブレスを真っ向から防いで耐えきったのは、向こうとしても想定外だったらしい。
当初の勢いも鳴りを潜めて、今ただ警戒するようにこちらを見ている。
「……忌々しイ」
ファラヴギは吐き捨てるように言った。
「この力……闇竜どもヲ屠るため、蓄えていタというのニ……!」
その瞳が、怪しい虹色の光を放ち始める。
おいおい。何をするつもりか知らんが、待ってやるほど優しくねえぞ俺は。盾を掲げながら接近――ナイフで傷口をさらに抉ってやる!
しかしファラヴギの瞳の輝きは、速やかに全身へ広がっていく。
「【
白銀の鱗が光り輝く。まるで真夏の太陽のように――
「グルル……ウウオオオオ――ッッ!」
咆哮。視界が白く塗りつぶされる。
眩しい! 目が焼けそうだ! というか肌が熱い、全身から熱線を放ってる!? 威力低めとはいえ全方位ブレスみたいなもんじゃねえか、ふざけんなよ。
防護の呪文を唱え直し、全身に闇の魔力を漲らせた。痛みが少しはマシになる。
だが――このままでは、ソフィアや獣人はともかく、転がってるナイトエルフたちがこんがり焼き上がっちまう。
ああっ、クソ! なんで俺が闇の輩の心配なんかしなくちゃいけねえんだ!!
「グラアアァァ――ッッ!」
一方、猛り狂うファラヴギは素早く身を翻し、尻尾を薙ぎ払う。
跳躍して回避。びっしりと鱗が生えた尻尾に、空気が削り取られてボヒュッと渦を巻く。ナイフで斬りつけたが、たやすく弾かれた。光り輝く鱗は先ほどよりも遥かに強固な存在になっている。
しかもよく見れば、ヴィロッサが切り刻んだ傷の出血が止まり、徐々に塞がりつつあった。自己強化系の魔法か!? ただでさえタフなのに厄介な!
「【――発光を禁忌とす!】」
制定。しかし直後にバチンッと干渉が弾かれた。
「グウオオオオ――ッ!」
涎を垂らしながら、ファラヴギが突進。噛みつきは間一髪でかわす、しかし追加で振るわれた爪が俺を捉える。
「ぐッ――」
盾で防いだが、勢いまでは殺しきれずに吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がって体勢を立て直したが、一撃で防護の呪文が持っていかれちまったぞ……!
それより、禁忌の魔法が全然効いてねえ!
『おそらく精神干渉じゃ』
アンテが告げた。
『自らに魅了の魔法をかけたんじゃろう。明らかに正気を失っておるが、その代償に魔力の循環が早まり、その他の魔法への耐性も得たと見える』
そんな、冷静に、解説されてもなッ!
爪、尻尾、噛みつき、目にも留まらぬ連撃をかわし、盾で防ぎ、あえて吹き飛ばされて距離を取り、どうにか凌いでいるが――このままじゃ俺の体が持たねえ! 格闘を禁忌、噛みつきを禁忌、色々試したが効果なし。
あと転がってる手下どもが踏み潰されそうだ! 畜生め!
爪の薙ぎ払いに合わせて、黒曜石のナイフを叩き込んだが――光の魔力と竜の鱗の堅牢さに、とうとう刃が悲鳴を上げた。
「あっ」
パキンッ、と嫌な音。
いかに強い魔法が込められていて、下手な金属製より頑丈といえども――耐えきれなかった。
黒曜石の刃が半ばからへし折れる。
「グルアァァッ!」
ファラヴギの腕が、すかさず叩き込まれた。咄嗟の防御、盾を持つ俺の左手もへし折れちまいそうだ。後方に跳んで勢いは殺したが、やべえ、壁にぶつかる――
「――ご主人さま!」
柔らかい感触が俺を包んだ。
壁と俺の間に、何かが挟まって「ギにゃっ」と悲鳴を上げた。
「――ガルーニャ!」
フワフワの白毛がすっかり焦げてしまった、獣人のメイドが俺を抱きしめていた。
「お逃げくだ、さい……わたしが、時間を稼……」
そのまま俺の前に立とうとして、フラフラと膝を突き、倒れてしまう。
クソッ、すまん。恩に着る。
が――壁ごと俺とガルーニャを粉砕してやるとばかりに、正気を失ったファラヴギが突っ込んでくる。
避けるのはたやすいが、壁がふっ飛ばされたら――ただでさえボロボロなこの砦が崩壊しかねない。
ちら、と見やれば、ヴィロッサをはじめ手下たちは全員ダウンしており、ピクリとも動かない。このまま怪我人どもが下敷きになったら、それがとどめになるだろう。
あいつらなんてほっとけよ、という声がする。――別に闇の輩なんて、いくら死んでも構わねえだろ?
まあな。
だけどあいつらは、俺の手下でもあるんだよ。別に情にほだされたってワケじゃあねえぞ。暴走したトカゲのせいで全滅なんて、割に合わねえんだ。
そう、割りに合わない――これは情ではなく、合理的判断だ!
畜生。
よりによって――今生、この名で初めて守るのが、闇の輩どもかよ。
「【我が名は――アレクサンドル】」
全員気絶してるし、ファラヴギも正気を失っている。
「【魔神アンテンデイクシスの契約者なり!】」
ここで聞いてるのは俺とアンテとリリアナだけだ!
ただでさえ強化されていた自身の格が、さらに数段、無理やり押し上げられるのを感じる。
――光の神々よ、ご照覧あれ。
「【
左手の盾が輝き、俺を包む闇の魔力が銀色に燃え上がる。
それは凄まじい活力をもたらしながらも、俺の身を焼き焦がす。
激痛。しかし不意にそれが和らいだ。
「わう!!」
いつの間にか傍らに駆けつけていたリリアナが、俺の背中を支えている。
「――来いよトカゲ野郎ッ!!」
真正面から、突進を受け止めてやる。
背後にはリリアナとガルーニャがいるんだ。
俺は、
その信念を確信に変えて。
盾にファラヴギの頭が激突。聖属性がバチバチと弾け、白銀の竜の鱗を焼き焦がしていく。俺の足は石のタイルにめり込み、全身がバラバラになりそうな衝撃も、銀色に輝く闇の魔力が丸ごと包み込んで無理やり押し込めた。
地響きとともに、竜の巨体が――止まる。
互いに息がかかる距離で、虹色の光をともしたファラヴギの瞳と睨み合う。
「よくやった」
その瞬間、アンテが俺から飛び出した。
「我は運動が苦手での」
ひょいとファラヴギの頭に飛び乗って。
「だがこの距離ならば流石に届く」
手を伸ばす。
「いないいない――ばぁ♪」
ずりゅっ、と無造作に、ファラヴギの両目を手で抉った。
「――――ッッ!」
声にならない悲鳴を上げたファラヴギが、むちゃくちゃに頭を振り回す。あえなく吹っ飛ばされたアンテが、天井に叩きつけられ「ぎえっ!」と悲鳴を上げ、続いて床に落下し「ぐえっ!」と呻いた。
だが――見事だ。
おそらくは術の基点であった瞳を潰され、ファラヴギの輝きが明らかに弱まった。
「【――アレクサンドルの名において、発光を禁忌とす!】」
追い打ちをかけると、鱗の光は、まるで消えかけのろうそくのようにゆらゆらと揺れて――
「――ま、だ、ダ。まだ――ここデ、倒れル――ワケには……!」
涙のように血を流しながらも、正気を取り戻したファラヴギが呻いている。萎れかけていたその魔力が再び循環しだし、怒りの火が灯ろうとしている――!
なんて奴だ。不屈の精神、絶対に復讐を遂げるという執念。他人事とは思えない、味方であればどれほど頼もしかったか――
だが――これ以上、暴れられるわけにはいかない。
何か。何か武器を。
周囲を見回した俺は――血溜まりに沈むヴィロッサの傍らに、ぎらりと凶悪な輝きを見出す。
業物の、剣だ。
この場にあれ以上の凶器はない。
「グゥゥ――ルルルルオオオオ――ッ!」
ファラヴギの野郎、また何かしようとしてやがる! 時間がない! 剣を拾う数秒さえ惜しい――!
その瞬間、盾を形作っていた遺骨が、もぞっと身じろぎした。
伸びる。俺の望みを叶えるように。鞭のようにしなって剣の柄を握り、遺骨が再び巻き戻る。
そして槍の柄に似た棒状に変形。俺の手に――剣とも槍ともつかぬ、新たな武器が生まれていた。
背中を押された気がして、俺は駆け出した。
この武器――実に手に馴染む。兵士の遺骨に業物の刃という組み合わせ。俺の身に染み付いた人族の剣術と、新たに叩き込まれた魔族の槍術が、ここに――
結実する。
「【
銀色に輝く刃。
突進と、遠心力を加えて――ファラヴギの首に叩きつけた。
驚くほど、手応えを感じなかった。
スッ、と薄暗い砦の闇に、銀の光が弧を描いて。
ぴたりと動きを止める白銀の竜。
その首が――ずれて、落ちる。
どうっ、と床に転がる竜の首。ほとんど治っていた、血塗れの金色の瞳が――俺を恨めしげに見上げていた。
だが、かすかに残されていた、意志の光も消え失せて。
頭を失った巨体が、地響きとともに倒れ伏す。
――怨念に駆られた光の竜は、魔族の勇者によって、討ち果たされたのだ。
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